「初心者VRMMO(仮)」小話部屋
保のカカエルモノ
保が日本に来たのは、十五年ほど前のこと。
両親の離婚が発端だった。
保の父親は実験道具としか見ておらず、母親は金蔓。そんな中でまともに育つはずもなく。父親と母親を天秤にかけて、母親の方がましというレベルで、選んだだけだった。
時がたち、母親に恋人ができるなり、保は計画を実行に移した。
父親を亡き者にする、と。
それだけのために渡米し、面会を取り付けた。実験道具が来たといわんばかりの出迎えに、保は遠慮はいらないと思った。
たった一度で仕留めるのは生易しい。だったら精神的に壊してしまえ。
それを実行に移した。
母親は発狂した。新しい恋人に逃げられ、金蔓がなくなった。たったそれだけのことで。
予想外だったのは、受け入れてくれると思っていたクリストファーもスフィンクスもバケモノを見るような目で、己を見たこと。
「褒めてくれないのかよ!!」
父親が何をしようが「素晴らしい」と褒めていたくせに。それと同等のことをしただけなのに。
己を精神的にまともに見せる方法位知っている。それで精神鑑定を振り切り、司法取引で出所した。
そして十五という年齢で天涯孤独の身になった。
父親の金は要らない。他の方法で稼げる。これからは一人で生きていけばいい。そう決心したはず……だった。
金の心配はなかった。ちょっと相場を弄れば金は入る。数字の読みは得意だ。
ツマラナイ。高校になど行かなくてもいい。暇な時間はネットにつないで適当に過ごせばいい。
それを覆したのは、とある夫婦で潜っているプレイヤーだった。
「ジャッジ君、今度この肉を納品して欲しいの!」
エルフ族の女性が楽しそうに言う。そんなジャッジに「一緒に行こうか」と誘うのは、その女性の夫。いつも振り回されてばかりだった。
「高校受験!? ジャッジ君てっきり大学生かと思っていたわ」
「全くだ。高校は行った方がいい。日本にいるなら、なおさらだ。就職する際、最低でも高卒になっていたほうがいい」
「ふぅん」
金は稼げる。人ともゲームで繋がれる。一応、アメリカで大学は出ている。問題ないはずだ。
「同世代とバカ騒ぎするのもいい。話のタネに一般企業に就職するのもいい。福利厚生がある程度利くから、保険は安く済むよ」
男はアメリカと日本の社会福祉関連での違いを述べた。
自費でかかるよりも、ずっといいと。
「それに、ジャッジ君は一度精神科に行った方がいいと思うんだ。……完全に壊れたら元に戻らないからね。なんだったら、腕のいい精神科医を紹介するよ」
その精神科医を本当は実の娘に紹介したかったのだというのを、のちに知ることになる。
己の人脈を駆使して、様々な恩恵を与えてくれた夫婦は、年配の夫婦で孫までいるというのを知るのは、だいぶ先のことだ。
知り合いが増えた。それを喜んでいた矢先。夫婦のログインが一時的に減った。
「あはは。体調崩しちゃってね。マープルにも心配かけたよ」
男が笑って言う。体調は良くなったのだとばかり思っていた。
まさか、末期のがんだったなんて。保のことで、スフィンクスに文句をつけていたなんて。
何も知らなかった。これほど己が愚かだったと思ったことはない。
だから、だからせめて。ばあさんの様子だけでも。
どんなに飽きても、そのゲームを辞めることはなく。毎日ログインして様子を見る。
「ばあさん、調子はどうだ?」
「あら、大丈夫よ。それよりジャッジ君は?」
「俺も相変わらずだよ。おかげで仕事もあるし」
「それならよかったわ」
そんな会話をほぼ毎日繰り返す。おかげで別の顔見知りも増えた。
あぁ。確かに外を知ってよかったよ。でないと、こんな楽しさは分からないままだった。
今日も保は悪友たちとゲームではしゃぐ。
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