レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第六章 第九話「翼」

「いっきまっすよーっ!!」

 ドワーフ酋長に別れを告げ、洞窟を出た陽太たちは、駆け出すアメリアの姿を見つめていた。
 三年という月日で成長したアメリアの翼は、いつのまにか腰まで達していたのだ。
 広げた翼は、両腕を伸ばしたほどの大きさだった。
 バサッバサッと羽ばたきをしながら勢いよくジャンプするアメリア。
 するとその体は宙に浮き、ぐんぐん上昇していく。
 太陽に向かってアメリアは大空を舞う。

「アメリアたんマジ天使!」

 まあ天族なのだから当然である。
 彼女の成長を微笑ましく眺める陽太。
 ここへ来て陽太は地属性最上級魔法の証をゲットした。
 【樹嶽の統馭】というらしい。
 両足首にぐるりと黒の紋章が現れている。
 ルナディはルナディで、魔力値が大幅に上がった。
 底なしかと思うほど魔法を撃てるようになった。
 それにアメリアに教わりながら属性やら効率を考えた戦い方ができるようになった。
 みんなすごい進歩だ。
 成長した二人の姿を見ていると、うるっとくる陽太。
 アメリアは何度かぐるっと旋回したあと、陽太たちのもとへ戻ってくる。
 薄ピンク色の長い髪をなびかせながら、ゆっくりと舞い降りる美少女。

「いやほんと、太陽と同じぐらい眩しかったぞ!」
「すごく、きれいだったの」
「えへへっ! ありがとうございますっ!」

 手を取り合い喜ぶ三人。
 ――これで大人の仲間入りだね。
 天族は翼を使えるようになって一人前。
 大空を舞うことのできたアメリアは、もう大人なのだ。
 大人の階段を上った彼女。
 ――もうひとつの階段は僕が……ぐへへ。
 そこへ魔女が口を挟む。

「では天族の少女。ぬしの旅はここで終わりじゃ」


「……え?」
「姐さん、どうゆうことっすか?」

「天族の島へ帰りなんし」

 天族の島。
 それは世界に点在している空飛ぶ島。
 その高さまで飛べる魔法はこの世に存在せず、戦闘には不向きな天族という種族だけが暮らす平和な島である。
 すなわち邪鬼に狙われることもなく、地上のどこにいるより安全な場所なのだ。
 それは魂を分けた陽太にとってもアメリアにとっても最上の選択といえる。

「ここいらのドラゴンは全てわっちが倒しんした。襲われることもありあせん」
「……」

 陽太はアメリアを見つめる。
 家族を超えた繋がりのある子だ。
 届かないところへ行ってしまうのは正直切ない。

「そうですよねっ……私、帰りますっ!」
「マジで言ってんの? 俺は離れたくないな……」

 するとアメリアは陽太を見てにっこりと微笑む。

「ありがとうございますっ。すごくうれしいですっ。でも……私たちは天族は戦いに向いてないですし……足手まといなだけですから」
「そんなことないだろ。俺らには思いつかないような戦術を立ててくれたりしたじゃん!」

「でも私が殺られたら……陽太様も死んじゃうんですよ!? そんなの……」
「いいよ俺は。死ぬときは一緒だろ? なら一緒にいたいんだ」
「陽太様……」

 アメリアもきっと陽太と離れるのはとても嫌だろう。
 しかしそれが陽太の命を少しでも危険から遠ざける手段であることも分かっているであろう賢い彼女。
 陽太のことが何より大切。
 出会った時から一途に想い続けてきた彼女。
 そんな彼女に悩む時間は必要なかったのかもしれない。

「私……そんな陽太様が大好きですっ」
「じゃあ……」
「だから……大好きだから……バイバイするんです……!」
「っ……」

 ぽろぽろと大粒の涙を流すアメリア。
 ここまで泣いている彼女を見たのは初めてだ。
 どんな時でも他人を想い、倒れるまで他人に尽くす彼女。
 その優しさは、強くて大きい。
 こんな小さい体に、どれだけの愛が詰まっているのだろうか。
 陽太は彼女のか細い肩を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。


「いつか……必ず、迎えに行くから」

「天族の誤解を解いて……絶対迎えに行くから! そん時は、また一緒に暮らそう!」
「陽太……様……私、そのお言葉を心の支えに頑張ります……!」
「ああ、誓うよ。天族のために」
「この本を……私だと思って、持っていてくださいますか?」
「これは……ココ?」
「はい、きっと陽太様をお守りしてくれるはずです」
「ありがとう……」

「私、待ってます……ずっと待ってますっ……!」


 こうしてアメリアは故郷へと帰っていった。

 その誓いが果たされ、アメリアたちが地上へ戻って来れるようになるのは、これからまだ幾年先のこととなる――

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