レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第四章 第四話「疑問」

「ほほう……それでは、他をすっ飛ばして最上級魔法をいきなり覚えられる体にしてもらったというわけかえ」
「一応……そのようです」
「ならちょうどよい、早速そこにおる不死鳥のヒナと契約しなんし」

 不死鳥の谷で切り取ったきのこ岩には、陽太と卵が乗っていた。
 そこから今にも孵化しそうなヒナが目の前にいるのだ。
 というか、もう顔を覗かせてキョロキョロとしている。

「契約?」
「そう、火属性最上級魔法でありんす。そのために不死鳥の巣を訪れたのではないのかや」
「あ、そっか。ポセイドンみたいなノリなんでしたね。てか、最上級魔法って結局使えるのは契約してからとか。らくしようと思ってたのに、これじゃあ全然意味ないやーん」

 ――強い魔法を最初から使えて俺TUEEEする、そんなつもりでお願いしたのに。

「何を言っておるのじゃ。上級魔法までを覚える時間を短縮できることは、何十年、いやおそらく何百年もの短縮になっていんすえ」
「そ、そうなんですか……確かに、そこを地道にやるよかマシだよな。寿命までに帰れないところだった」
「わっちは何年かかったことか」
「ということは姐さん、全属性の最上級魔法を使えるんですか?」
「無論」
「まじですか! ラッキーだなぁ俺! こんな師匠に出逢えるなんて! あ、そうそう、まず代償をしっかり教えといてくださいね! 俺、バカだから! 一回えらい目に合ってるんですよねー」
「……わかったから。これ以上酸素を消費するのは止めてくりゃれ。もったいない」
「死ねと!?」


「まず、火属性最上級魔法というのは、不死鳥の力を借りた【灼熱の業火】という名でありんす。代償は……いや代償という言葉が正しいのか知りんせんが、その力を借りる代わりに、契約した不死鳥の世話をしてやることじゃ」
「なるほど。なら姐さんも飼っているんですか? 不死鳥」
「……!」

 魔女は陽太をギロッと睨む。

「さっきお前に消されるまではの!」
「ま、まさか、さっきの激流でやられた……」
「お前のせいじゃからの! わっちの可愛いピッピたん……」
「ピッピたんー!?」
「はあああ……お前は実にゴミじゃ。この世のゴミ」
「なんて直接的表現!!」

「よいから、さっさと済ませなんし」
「あ、契約ですね」

 詩歌を教えてもらい、不死鳥のヒナと契約を交わす陽太。
 言われた通りの詠唱を行う。

「灼熱の焔を纏いし幻獣よ、我はみましの眷愛隷属、我が身に宿し猛き炎を喰らいて盟約を結び給え――」

 するとヒナの左足が発光し出し、黒い刻印が浮かび上がる。
 そして陽太に擦り寄ってくるヒナ。
 ヒナといっても某チョ○ボぐらいの大きさがあるのだが。

「ぴょぴょ」
「か、かわいい……よしよし」

 ちょうど生まれたてだったというのも機に恵まれ、すりこみ効果もあってすぐになつく不死鳥のヒナ。
 そういえばと、陽太も自分のズボンをめくり、左ふとももを確認する。
 そこにはやはり、黒い紋章が浮かび上がっていた。

「これで紋章は五つかの」
「あ……はい」

 はいと言った陽太だが、実際はこの契約で陽太の体に刻まれた最上級魔法の刻印、それは六つ目だ。
 まず、自分が呼び出された【人族の召喚】、シンメトリーな紋様が腰に刻まれている。
 そして天族の街でドラゴンを倒した【星霜の途絶】、両の手首にぐるりと古代語の詩歌が刻まれている。
 アメリアを生き返らせた【分魂の接吻】は左胸に刻まれている。――いつかアメリアのも見てみたい。
 さらに、ルナに手伝ってもらって習得した【三叉の激流】が右の太もも。
 あと、闘技場で魔女にビビり、咄嗟に使った【世界の欠隙】が、お腹からへその周りに刻まれている。これは闇属性の最上級魔法らしい。
 そして今回習得した【灼熱の業火】は、左の太ももに出現。
 この六つだ。

 ――だいぶ耳なし芳一さんに近づいてきたな。

 九つある最上級魔法と言っていたから、習得すべきはあと三つである。
 だが、魔女にはまだ五つ目だと言ったのには訳があるのだ。
 それは、分魂の接吻を既に使ったことを知られたくないから。
 信用できないからだ。
 アメリアと陽太は魂を分け合っている。
 すなわち、陽太が死ねばアメリアも死ぬし、アメリアが殺されれば陽太も死んでしまう。
 竜族にも狙われている身、アメリアに何かあっては困るから。

 ――しかし、魔女も全属性マスターしているってことは、誰かに【分魂の接吻】をしたってことだよな。
 ――こんな美女にキスしてもらえた人って誰だろう。
 ――うらやま……じゃなかった、その相手はどうなっているんだろうか。

 魔女が不老不死を保てているということは、相手も生きているってことなのだろうか。
 寿命が等しくなるって言ってたし。
 まあ、そんなことは今はいい。
 他人のことを気にしている場合ではない。


「日も暮れんした、続きは明日にするかの」

 見上げると夜空。
 さっきの夕日を砕いてばら撒いたような満天の星空だ。
 その中でも特に目を引く、蒼く光る満月。
 まるで空が魔法を唱えたよう。

「今宵は満月か」
「綺麗な月ですね……」

 満身に月光を浴びながら、感慨にふける陽太。
 この世界は本当に美しい。
 景色を見て涙が出そうになるなんて、今までになかったことだ。

「一体どうしたのかや? ドブネズミのような顔をして」
「感動してるんです!!」

 台無しである。


「姐さん。いろいろ聞きたいことがあるんですが」
「わっちは無い」
「俺の存在意義って何なんですか?」
「お前の生きる意味ってことかえ? そりゃストレスのはけ口でありんしょう? わっちの」
「ふざけないでください! 知ってるんでしょう!?」
「……人族の存在意義かえ。それはまだ知らんでよい」
「姐さんは……知ってるってこと?」
「さあて、わっちは寝てきんす」
「話の途中なんすけど!」

 魔女は聞いているのか否か、何やらお祈りのようなポーズをとった後、家の中へ去っていった。

「ちょ……」

 ――なんだよ、てか俺はここに放置か?
 ――ご飯は? お風呂は!?

「ピョピョ」
「お前もいたか……てか、その羽毛いいね」
「ピィ?」

 取り残された陽太は、不死鳥にもたれかかり、また夜空を見上げる。
 ――今この状況になるまでに、色々な出来事があったな。
 召喚され、ドラゴンを倒し、言葉を覚え、学校に入学。
 友達が出来、担任が殺され、友の家族に裏切られ、そして今なぜか殺人犯の魔女に魔法を教わっている。
 ここまで流れるままになんとかやってきたけれど。
 そう、わかっていないことが多すぎるのだ。

 たくさん抱えた疑問を、頭で整理してみる。
 まず、ドラゴンたちがここ数年、急に狂暴化したのはなぜかという話。
 ハリルから親父さんに聞いといてもらうことになっていたが、まだ回答を得られていない。
 これは自分が召喚されたその目的、この世界での存在意義に関わることであると考えている。
 すなわち、世界の危機からアメリアを守る、という目的だ。
 そして今、そのアメリアの安否すらも心配な状況である。
 自分が使った【世界の欠隙】のせいで、王都全体が魔界へと転移してしまった。
 初めは自分たち三人が魔界へ飛ばされたのかと思っていたが、どうやら逆だったようだ。
 これを元に戻すため、血が回復次第、再度【世界の欠隙】を使わなければいけない。
 しかし魔女がここにいるってことは、もう戻ってきたのだろうか。
 それとも魔女だけが帰ってきたのか、そのあたりも疑問なところである。

 あと刻印の謎、これは魔女の言葉で解決に至った。
 全ての刻印を揃えることで、元の世界へ帰れるとの話だ。
 にわかに信じがたい話ではあるのだが。
 圧倒的な力の差がある魔女、今は従うしかない状態である。

 ハリルたちとも早く会いたい。
 ハリルが竜族の王子であったことには驚いたが、それより竜族が自分の命を狙った意図も気になる。
 ハリルは知っていたのだろうか。

 ルナはルナで、魔界に因縁がある様子。
 精霊族の仲間が、幽世に転移させられているとのこと。
 探すのを手伝ってやる、そう言った手前、早く協力してやりたい想いがある。

 そして何より、あの魔女。
 銀髪和服の美女。
 二十代ぐらいに見えるが、いったい何年の時を生きているんだろう。
 担任を殺した理由は?
 なぜ不死鳥の谷で自分を助けた?
 元の世界へ帰す手伝いをして、彼女にどんなメリットがあるのか?
 いったい何がしたいのか、陽太にはさっぱりわからなかった。
 わかっているのは罵倒の……いや、魔法の天才であるということぐらいだ。
 その気になればこの世界ごと動かせるような存在感。
 適応性の高い陽太でも、さすがにこれだけ分からないことだらけだと困惑する。
 しかしそれでも魔女は答えてくれない。
 こんな暮らしが続くのか、そう考えると憂鬱である。

 まあ、長いものには巻かれろだ。
 また流れるままに身を任せよう。
 そう自分に言い聞かせて眠りにつく陽太であった。

「ああん! 不死鳥もふもふ、気持ちいい……!」

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