レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第四章 第一話「不死鳥」

 竜族の男に尻を蹴られた陽太は、谷底へ向けて落下していった。

「うわああああ!!」


 ――ポヨンポヨン!

「痛っ……って俺、死んでない? てか、ぽよんぽよん?」

 谷底に落ちた陽太。
 生きているのが不思議だった。
 たまたま、ぽよんぽよんの上に落ちたから。
 ――てか、ぽよんぽよんってなんだ?
 ぽよんぽよんに沈み込んでいる陽太。
 これがトランポリン的な役割をしてくれて助かったようだ。
 うんしょと這い出て、地面へと転がり落ちる。
 全体像を確認すると、それは真っ白な楕円形をした物体であった。

「って、これ……卵か!?」

 しかも、落ちた時の衝撃からかヒビが入っている。

「ヤバい予感しかしないよこれ……」
「ピギャー」
「ほらいた!!」

 陽太の後ろから鳴き声がし、振り向いてみるとそこには案の定、不死鳥フェニックスがいた。
 卵の親か?
 でかいでかい不死鳥。
 それは火の鳥。
 それは鳳凰ほうおう
 いろんな呼び方をされているが、いわゆる本物の幻獣さんが目の前にいた。

 ワシのような形をしているが、体はドラゴンのように大きい。
 そして金色と赤色で彩られた羽毛は、眩しいほど日の光を反射している。

「つか、不死鳥のくせに卵産むのかよ? 不死の鳥が増殖したら不死鳥だらけになっちゃうじゃん」

 まだ陽太の姿には気付いていないようだ。
 卵を心配そうに見つめている不死鳥。
 石ころでも落ちてきて、卵が傷ついたとでも思っているのだろう。
 だが、明らかに逃げ場がない。
 どこへ逃げても八方ふさがり。
 崖を登れるわけもなく。
 天族の翼でもあればよかったのだろうが。

「どうする、【三叉の激流】使うか……」

 悩むところだ。
 特殊な陽太は心で念じれば最上級魔法が使えちゃう、すなわち詠唱の大半をカットできるからして、ルナディのように魔法を放つまで時間はかかったりしないだろう。
 しかし問題は、【三叉の激流】でこの不死鳥を倒せるのか、という点だ。
 倒せなかった場合、一日一回しか撃てない水属性を除くと、陽太に残された攻撃魔法は何もない。
 【星霜の途絶】はディスペルが使えない以上、使用不可であるし、他の最上級魔法はまだ代償がわかってない以上、簡単には使えない。

「そういえば……」

 陽太は期末テストでの出来事を思い出す。
 【瞬歩】で近づき攻撃した時、担任は地属性魔法で防御していたなと。
 あれは最上級なのだろうか。
 代償は何だろうか。
 自分の周りに壁を作る魔法のようだったが、最上級にしては地味すぎるだろうか。

「ううむ……」

 やはり不安要素を残したまま使うのは危険すぎる気がする。
 そんなことを考えていると、そばにある卵がゆらゆらと揺れ始める。
 そしてヒビの間からそっと覗くと、小さなひな鳥が。
 ――ひな鳥まで敵になったら、それこそもう勝ち目がないぞ。

「考えている暇はないか……!」

 陽太は【三叉の激流】を使う決心をする。
 もしかしたら、この谷底いっぱいに洪水が溢れ、自分の身が打ち上げられるかもしれない。
 あわよくばハリルたちのいる場所まで水位が上がれば、二人と合流できる。
 ルナの力も借りれるかも。
 そんな期待もできるから。
 陽太は意を決して、不死鳥の目の前へと飛び出した。

「大いなる蒼き海の神よ、我はみましの眷愛隷属……とにかく、助けてポセイドン!!」

 ――やっちゃって!
 ――やっちゃって!
 ――やっちゃって!

 心の中で念じる陽太。
 するとあたりが暗くなる。
 谷底から見上げる空に雲のようなものが集まってきたのだ。
 次の瞬間、雲の中心部から大量の水が滝のように降り注いでくる。

「しまった! 俺、泳げなくなってるんだった!」

 よく考えると、こんな谷底に水が溢れた時点でプールのようになるのはわかっていた。
 どう考えてもこの状況で使うべきではなかった。
 だが、陽太は空から降り注いでくる滝を目の当たりにするまで、完全に失念していた。
 引き上げてくれるハリルも今はいない。
 ルナディ並みの馬鹿さ加減だ。

「うわー! 助けてー! 不死鳥!」

 陽太はもう訳も分からず、敵のはずの不死鳥に助けを求める始末。
 当の不死鳥も洪水に気づいたようだ。

「ピギャアー!」

 空に向かって鳴いた後、翼をバサバサとバタつかせる不死鳥。
 するとその体の周囲からメラメラと炎が出現する。
 そして不死鳥は、空から降り注いでくる激流に向かって勢いよく飛び立つ。
 卵を守るためだろうか。
 不死鳥も一心不乱なのかもしれない。
 しかし水の中に飛び込んだところで、炎はかき消されるであろう。
 そんなこと、小学生でもわかることだ。

「そんな無茶な……」

 激流に体当たりした不死鳥、はじめのうちは水を蒸発させ、せき止めていたかのように見えた。
 だが案の定、まとっていた炎は鎮火し、激流に飲み込まれ消滅する不死鳥。
 そして陽太の放った激流は、水量は減ったものの、谷底目掛けて降り注いでくる。
 陽太のいる谷底めがけて。

「自業自得か。やっちまったなあ……」

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