気分屋文庫

有賀尋

遠くの貴方へ、遠くの君へ

ーおはよ

いつも朝は俺から。朝の弱い彼女がこれを見る頃、俺は仕事へ向かう車の中だ。
大体家を出た頃に彼女から連絡が来る。

ーおはよう

俺の彼女は大学2年生。そういう俺は公務員4年目。高卒で就職して、もう4年になる。だから彼女とは2つ歳が離れている。ただ、離れているのは歳だけじゃない。

ー今日はめちゃくちゃ霧が出てる。車の運転おっかねぇ
ーそうなんだ、こっちは綺麗に晴れてるよ、寒いけど

俺は東北の片田舎で国を守る公務員、彼女は都会の大学生。一体どこで出会うのか。もちろんネットの世界である。
だが、ネット上だけの彼女ではない。夏の休暇、彼女に会いに行った。
迎えに来てくれた彼女は俺のタイプにドンピシャで、一緒にいて気が楽だったし、楽しいとさえ思えた。彼女は俺にとって大事な存在になった。
距離が離れているせいか、無性に彼女の温もりが欲しくなる時がある。彼女に心配をかけまいとして文面では普通を装っても、寂しい時もある。正直言って、彼女の事を考えない日はない。
彼女は可愛いし、正直取られないか心配になる。彼女は「うちに限ってそんな事ないよ」と言うが、実際に取られたことがある俺が1番信用できない言葉だ。
信じていないわけじゃない。むしろ信じたい。頭で理解はできていても、やっぱり心配になる。

俺はこの冬に1つ覚悟を決めている。

彼女に指輪を渡す。

つなぎ止めておきたいわけじゃない。
彼女が辛い時にそばにいてやれない。
涙を拭ってやることすらも、抱きしめる事すらもできない。
そんな時彼女の支えになれば、なんて烏滸がましいかな。

冬はどこも空気が澄んでいる。俺の住む片田舎みたいなわけじゃないけど、でも、彼女と見る景色は1人で見る景色と違って見えた。
まだ手を繋ぐにしてもぎこちなくて、どちらかが手に触れないと繋げなかった。こんなのも楽しいと思いつつも、まだ手を繋ぐ、抱きしめるまでしか進展がない。なにかひとつ進展したかった。
夜の遊園地は年末のせいか人が多かった。だけど、俺達の目的はただ一つ。日本で一番大きい観覧車に乗るためだ。
チケットを買って、列に並び乗ると、俺は彼女の正面に座った。

「あれ、隣じゃないんだ?」

当然疑問だっただろうが、ちゃんとした理由がある。

「隣でもいいけど、高さに驚くよ?」

そう、彼女は飛行機やらが苦手なのだ。なぜ観覧車なのかというと、彼女がどうしても乗りたいと聞かなかったのだ。
俺は仕事柄高い所には慣れているせいか、何ともなかったのだが、目の前の彼女はどこに目をやっていいか分からないようで、しきりに顔を動かしていた。

「高いの怖い?」
「む、昔はそうじゃなかったんだけど、久々に乗ると高くて怖いんだけどどうしよう…」

あぁ、焦ってる。

プチパニックを起こしているのか、気を紛らわせようとしているのか、相槌を打つ暇もなく喋りだした。
それを見越した俺は観覧車が上りの4分の1を過ぎた頃、彼女の隣に座った。

「隣来るの!?」
「あれ、来ちゃいけない?」
「だって高い…!」
「じゃあ正面に戻ろうか?」
「やだ無理」

結局、隣で手を繋ぎながら正面に広がる夜景を見た。ゆっくり高くなって、ちょうど真上に来た頃。
彼女がふと横を向いた瞬間、俺は正面に戻って、コートから指輪のケースを取り出して、開けて差し出した。
本当は言いたいことが山ほどあったのに、いざ向き合うと言えなくて、ぶっきらぼうになって差し出すだけになってしまった。
正面に向き直った彼女は固まっていた。

「え?え、待ってこれ…え、うそ…」
「嘘じゃないよ、どっちでもいいよ、手出して」

彼女はおずおず右手を出してきて、俺は右の薬指に指輪を嵌めた。

「ペアのものないねって話してたけど…ごめん、隠れて準備してた」
「…いいのこれ…」
「大したものじゃないから」
「大したものだよ!…嬉しい、ありがとう」

彼女は柔らかい笑みを浮かべて笑顔になった。

…その笑顔が見たかったんだ。

「今じゃないとできないことあるけど、どうする?」

俺は彼女に提案すると、彼女は自分の隣を叩いて、催促してきた。自分は動く気はないらしい。俺は隣に座ると彼女を抱きしめた。

「右の薬指って、精神の安定って意味があるんだよ」
「知ってるよ、左手出されたらどうしようかと思った」
「左手でも嵌めたでしょ」
「流石に大学生の左の薬指に嵌めるほど俺は馬鹿じゃねぇって」
「左手でもよかったんだけどな」
「それはお前が大学卒業したらな」

自然とゼロ距離になるお互いの距離。
顔も近くなって、お互いが顔をあげれば唇が触れるくらいの距離。
彼女の頬に触れると自然に顔が上がった。

「…してもいい?」
「…うん」

合意を得て、そっと顔を近づける。ほんの一瞬唇が触れ合っただけなはずなのに、その一瞬が長く感じた。
お互い照れくさくなって、顔を背けた。

…待て、俺はキスは初めてじゃない。

けど、何故だろう…彼女といると、初心を思い出す。

ゴンドラが終わりに近づくと、俺は最後に彼女の頬に軽くキスして立ち上がると、彼女はお返しのように俺の袖を引っ張って頬にキスしてくれた。

観覧車を降りても照れくささは抜けなくて、でもぎこちない雰囲気はなくなった。

「俺は幸せ者だな」
「うちは幸せ者だな」
何気なくぼそっと呟いた言葉がシンクロして、お互い顔を見つめあって笑ってしまった。

…こんな幸せがいつまでも続きますように。

都会の夜空に願いを馳せて、俺は帰りの電車を待ったのだった。

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