初心者がVRMMOをやります(仮)

神無乃愛

クリスへの感謝



「クリスせんせー」
 バレンタインイベントも終わり、デスマーチもひと段落して「TabTapS!」に久しぶりにログインしたクリスに、ドワーフ族の少女が声をかけてきた。
 クリスを「先生」などと呼ぶ人間はいないはずだ。セラフィムたちは「マイ・マスター」か「主」と呼ぶのだ。
「クリスせんせー。お陰様で大学に無事受かりました!」
 そう言ってドワーフ族の少女は頭を下げた。
「……私が何かしたかい?」
「え? だってクリスせんせー、寺子屋で英語とドイツ語教えてくれましたよね」
 そんなこともあったかな、クリスからしてみればそんな感じだ。
「クリスせんせーが教えてくれなかったら、センター試験でドイツ語選択出来なかったし、英語のヒアリングも上達しなかったし」
 寺子屋というのが、ディッチたちの作った学習塾もどきだということにやっと気づいた。
「私は巻き込まれただけだ。設立したMr,ディッチたちにお礼を言いなさい」
「せんせーって自信家な割に、謙虚だよね」
 少女はクリスを見てからからと楽しそうに笑う。
「せんせーがさ、運営に顔が利くのはみんな知ってる。せんせーが止めないから、あたしたちはゲーム内で塾に通えた。知ってた? 下手な学習塾の講習に行くよりこっちで勉強してたほうが安いんだよ。
 あたしはここで勉強するようになってから、ワンランク上の大学目指せたし。巻き込まれて嫌そうにしながらも親切に教えてくれたじゃん。逃げることだってできたのにさ」
 逃げてしまえはジャッジとの関係が切れると思ったからだ。それに、クリスが講師を務めていたのも、クィーンとの誼を失いたくなかったし、クィーンの覚えめでたく、ジャッジを懐柔する手段としてカナリアとの関係を良好にしたかったという思惑からだ。

 そんな思惑などこの少女は知らないだろう。
「それからもうひとつ。受験生なのにゲームできたのが嬉しいんだ。だからお礼言いたかっただけ。じゃねーー」
 そんなことを言って、少女は嵐のように去っていった。

 そのあとも、受験生らしき人物に時折礼を言われることになった。

「……いいんじゃないんですか?」
 呆れたように神崎が言う。
「そんなことを言ったら、俺はただのサンプル集めですし。あと二年くらいサンプリングして、うまくいけば予備校やら学習塾に大々的に売り出せますし」
「それはわかるのだけどね。私なんて他の講師に比べれば授業に出ていないと思うんだが」
「あー、それね。日本のセンター試験の英語科目にはヒアリングというものが存在しましてね、あなたの英語は最適だったんですよ。日本のヒアリングテストってどうしてもアメリカ英語ですし」
 イギリス英語のカーティスでは難しいところがあったという。
「それにあんた、ドイツ語・フランス語話せるでしょ」
「他の語源も使うよ」
「いや、有体に言っちまいますとね、試験科目にある外国語って英語・ドイツ語・フランス語・中国語・韓国語なんですわ。つまり、あんたに習えば、うまくいくと三か国語教えてくれるわけですから、受験生には感謝されるわけですよ」
「……随分偏っている気がするね」
「それは文科省のお偉いさん方に言ってください。感謝される理由分かりました?」
「なるほどね。ありがたく感謝されておくか」
 くつくつと笑い、クリスは呟いた。

 それでこそあんたですよ、という神崎の言葉は聞こえないふりをした。

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