初心者がVRMMOをやります(仮)
現実世界にて<サプライズ 1>
その日、保は昌代にきつく申し渡されていた。美玖に知られることのないよう、少しばかりゲーム内で足止めするようにと。
幸いにも美玖は細工に凝っており、少しばかりそ知らぬふりをするだけでいい。あとは、街中を少し覗いてから帰ればいいのだ。
クリスマスという行事にほとんど美玖が関わっていなかったらしいと、先日正芳に言われ、愕然としたばかりである。正月も大半を父親の実家に連れて行かれてたという美玖は、そちらにもあまりいい思い出はないようだ。
ゲームに繋いで、頃合を見計らい町へカナリアを半分無理矢理連れ出した。最初の行き先はギルドカウンター。そこで職員の一部からサプライズでプレゼントを貰い、かなり驚いていた。勿論、アクセサリーを卸す店へも連れて行けばそこでもプレゼント。慌ててお返しに何故か桜や梅の花を渡していた。
「ゲームの中ってクリスマス関係あるんですね」
現実でも普通はカップルや家族で過ごすイベントだよ。ジャッジはそう言いたくなった。
「私、このゲームやってよかったです。たくさんの人と楽しめます。たくさんの人が喜んでくれます」
「そうだな。さて、そろそろログアウトするか」
「はいっ。明日、ギルドの皆さんや、エリさんたちにプレゼント渡します!」
この笑顔を独り占めできたのは何よりも嬉しかった。
「ジャッジさんには……皆さんより一足先に……」
そう言って渡されたものは、どう見ても正月用飾りだった。
「……本当は、違うの渡せればいいんでしょうけど……」
「いや、サンキュ。俺のほうこそ用意してない」
「いいえっ。ジャッジさんがこうやって連れ出してくれたから、たくさんの人達とお祝いできたんです! それが何よりものプレゼントです!」
相変わらず欲のない物言いである。
「サンキュ。カナリア」
己は何も作れない。その代わりに明日何か贈ろう。そうジャッジは思った。
ログアウトしてカプセルから出ると、いつもいるはずの遠山がいなかった。
「美玖、動けるか?」
保の問いに、美玖はこくんと頷いた。
「さて行くか」
「ふぇ?」
いつもなら、ある程度待ってから動くはずの保が、半ば強制的に美玖を抱きかかえた。
「歩けます!」
「俺がそうしたいだけだから」
保はどこまで美玖を甘やかす気なのだろうか。それが不思議で仕方なかった。
保に抱きかかえられ、連れて行かれた先は普段使わない食堂だった。少人数なので、使うのがもったいないのだ。作る時も小さなキッチンのある特別室で作り、昌代たちと食べている。
それゆえ、あると知ってはいるが、中がどうなっているかなど知らなかった。
保に促されるままに、食堂の扉を開けた。
すぐにパーンという音がして、カナリアは少しだけすくんだ。
「……あ……」
そこには二度と会えないかもしれないと思っていた、祖母といとこたちの姿があった。
「お祖母ちゃん? りりちゃん? いっくん?」
これは夢だ。美玖が強く望みすぎたために見た夢、もしくは幻。
「美玖ちゃーん。だいじょーぶ?」
「メリークリスマス! 美玖」
「パパたちは会わせる顔がないから来ないんだってさ。女々しいったらありゃしない。大人なら、責任もって一緒に行くぞー!! って言ったら、それだけは勘弁してって謝られた」
すぐに寄ってきたりりかと一弥が話しかけてきた。
「今日はクリスマスだからね。天原さんに頼んで連絡してもらった。サプライズで驚かせたかな?」
良平が優しく説明してきた。
「それから、現実世界では初めて会う人物が多いから、紹介するよ。まず、俺の奥さんの悠里。それから、こいつが、ジャスティスこと正芳。んでもってこっちが、ディスカスこと冬樹」
「は……初めまして。カナリアこと美玖です。皆さん……ありが……」
そのあとは言葉にならなかった。嬉しすぎて、涙が溢れてきたのだ。
「ってかさぁ、昨日ジャッジさん経由で聞いたんだけど、クリスマスしてなかったって本当?」
一弥が不思議そうに訊ねて来た。
「? うん。日本人は関係ないからって。ケーキとか変なもの買って浮つかないようにって」
「あの馬鹿は……」
祖母の口が悪くなっていた。
「道理でクリスマスはうちに来なかったのね。美玖ちゃん、そんなことはないのよ。あたしはあの子に、『家族で過ごすから他の家族と過ごせ』って言われてたの間に受けるんじゃなかったって、後悔してるわよ」
「それくらいしてると俺らも思ってたからな~~。お母さんも『クリスマスくらい親らしいことしてるんだって思ってたのを返せ』って留置所に怒鳴りに行った」
「さすが伯母さん」
一弥の言葉にりりかが感心しているが、そういう問題ではないはずだ。
「お母さん、それがなかったらこっち来るつもりだったみたい。それよりも『日本人でクリスマス関係ないなら、お説法くらいしに行ってもいいよね?』ってお父さんに笑顔で言っててさ、だれも止められなかった」
「そういうことなら、一応僧侶の資格もちの知り合いがいるから貸し出したのに」
「ディッチさん、本当!?」
「おう。ありがたいことに禅の修業もしてくれるぞ」
「ディッチ君、ありがたいけど遠慮するわ。それこそ馬の耳に念仏だもの」
さらりと祖母が返していた。
そんな話をしていたら、隆二たちが来た。
「ほい。頼まれもののケーキとチキン。それからピザ。……こんなもんでよかったか?」
「おお~~。有名なパティシエさんのケーキじゃないですか! しかも五つも!!」
差し出されたケーキを見てりりかのテンションがあがっていた。
「あ、そうそう。忘れないうちに。美玖ちゃんにクリスマスプレゼントーー!!」
そう言って出してきたのは、化粧のセットだった。
「肌に合わなかったらごめんね。でも、自然素材のやつだから大丈夫だと思うんだ。メイクの仕方はあとで教えるね!」
それを皮切りに全員が色んなものを渡してきた。
「私……何も用意してないよぉ」
「美玖、泣くな。あの時、俺らに手作りの渡してくれただろ? お前はいっつも自分のことより他の人のことばかり優先にするんだ。今日くらい大人しく自分優先になれ」
一弥がそう言って励ましてきた。
「ふっふっふっ。美玖ちゃん?」
「は……晴香、さん」
今まで大人しくしていた晴香がいきなり不気味に近づいてきた。
「何も出来なくてうじうじするなら、お姉さんに付き合わない?」
「お姉さんってか、おば……」
保が呟きかけたところで、晴香が遠慮なく脇腹に蹴りを入れていた。
「な・に・か・な? 保君?」
そこまで言うと、美玖を引き摺るように食堂を出て行く。
「え? えぇぇぇ!? 晴香さん!?」
「ディス! 用意してくれてる?」
「勿論! 両方あるから好きな方着せろ!!」
「じゃあ、リリアーヌちゃんにも付き合ってもらおうかなぁ。げへへへ、眼福だわ」
りりかたちを巻き込みながらも、既にゲーム内のノリである。
「ほいほーい。じゃああたしも行っきまーす」
そう言って、りりかが周囲に手を振って扉を閉めた。
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