ペンシルナイト

手頃羊

その3・人助け

レンが息を切らしながら現れた。

リュウ「レン!」

女「………」

レン「鉛筆返して!」

女「馬鹿なのあなた?」
出会った時のような怒りを見せる。

女「宝の持ち腐れって知ってる?」

レン「あれは私のなの!」

女「使ってないのに持ってる意味なんてないでしょ。」

(やっべぇ…めちゃくちゃめんどくさい状況になったぞ…!)
女2人が言い争いをしている間に立つリュウ。
初めての経験に、口を挟めない。

レン「ねぇリュウさん…」

リュウ「はい?」

レン「なんでその人と一緒にいるの…?」

リュウ「え?あっ!」
レンが疑いの眼差しで見つめてくる。

(裏切ったとか思われる展開かこれ⁉︎)

リュウ「いや!この人が色鉛筆持ってるから何とかして…」

女「私の絵のモデルになってもらってたのよ。助かったわ。」

レン「は?」

リュウ「話に割り込まないで!えっと、だから…」

女「ちょうどいいエサが釣れて良かったわ。鉛筆目当てにしつこくつきまとわれるのも嫌だし、殺しとかないと面倒だもの。」
キャンバスに絵を描き始める。

(こんな状況で絵を…?まさか…)
素早く丁寧な筆遣いで人型をした物を描き始める。

(甲冑?騎士?)
公園に入った時に見た騎士を思い出す。

(やっぱりあれか!描いたものが現実に現れるやつ!ってことは、これを完成させちゃいけない!)
キャンバスを掴み、奪い取る。

女「ちょっと⁉︎」

リュウ「させるか‼︎まずは話し合いを…」

女「手伝ってくれたお礼にあなただけは見逃そうと思ったのに…返しなさい。」

リュウ「だからまず話し合って…」
キャンバスを背中に隠す。

女「ありえないわ。今すぐ返しなさい。」

リュウ「あの子が友達から貰ったって大事なものなんですよ!」

女「一方的じゃない。話し合いじゃなかったの?」

リュウ「とにかく…」

女「ハァ…」
大きくため息をつく。

女「…あなた、あの子の仲間なのよね。」

リュウ「え、まぁ…」

(話し合う気になった…?)

女「どういう関係なの?」

リュウ「はい?」
想像もしなかった問いに一瞬思考が止まる。

女「あぁ、ごめんなさい。変な言い方だったわ。あの子のお手伝いしてるんでしょう?どういう経緯で?」

リュウ「どういうって…普通に、取り返すの手伝ってほしいって…」

女「報酬は?依頼なんだから当然あるでしょう?」

リュウ「報酬⁉︎」

女「…ないの?」
一気に嫌そうな顔をし始める。

リュウ「いや、敵に会ったらその人の願いの石は俺が貰うっていう条件で…」

女「あなた馬鹿なの?あの子も馬鹿ならそれを手伝うあなたも馬鹿なのね。」
モデルの手伝いをした後の優しい態度からは信じられないほど、キツい話し方になる。

レン「はぁ⁉︎なんなの⁉︎」

女「あなたは黙りなさい。」

(今度は何だ⁉︎)

女「何かを手伝う、何かの依頼を受けるとなった以上、報酬が発生するのは当然のこと。どんなものでもね。私で言うなら、絵を描いてほしいって依頼された時。今のあなたで言うなら、色鉛筆を取り返してほしいという依頼。」

リュウ「俺もちゃんと報酬貰って…」

女「報酬なわけないじゃない!」
怒るように断言する。

女「報酬は、利益を貰うこと。利益を得るチャンスを貰うことは報酬ではないわ。次の労働への権利を得るだけよ。労働は利益に繋がるから報酬を貰った気になるけど、全然違うことなの。そういう所を勘違いした輩が多すぎる。あなたのそれは、実質無償よ。」

リュウ「それとこれとは話が違うでしょ!」

女「同じよ。全く同じ。無償で何かを手伝うなんて聞こえは良いけれど、そんなもの悪以外の何物でもないわ。絵も、あなたの依頼も、達成する為にその人の力を使うことになる。その力を、その人はそれを得るまでに多くの時間とお金を費やしてきたはずよ。飲み食いして屋根のあるところで寝るだけでお金を使うんだもの。そんなわけないなんてありえないわ。そんな多くの犠牲を払った人を、無償で、こき使うのよ?悪以外の何物でもない。相手を悪にする行為であり、悪じゃない人を悪にするだなんて、それも悪だわ。無償で何かをするのは美徳だとでも言うつもり?善意でやっていようがいまいが、そんな人がいるから、ただ使われて捨てられる人間がいても誰も不思議に思わないのよ!」

リュウ「でもこんな世界だよ⁉︎願いの石貰うってだけでかなり報酬だよ‼︎」

女「それなら報酬ね。でもあなたの場合は、願いの石を貰えるように代わりにあなたが敵を殺すチャンスを得るだけでしょう?結局あなたが働くんじゃない。どうしても報酬と言いたいなら、殺しの一切をその子に任せて、踏ん反り返って待ってるあなたのところに石を献上しに行くくらいしなさい。それが報酬よ。」

リュウ「それは不可能だから…」

女「不可能だから、ありえないのよ。石は、殺した者にしか与えられないし、誰かに献上できるルールはない。」

レン「ぐぐぐ…」
言い返せず、ただ拳を握りしめて睨むしかできない。
悔しさと恐怖が滲み出たように顔を歪める。

リュウ「気にするなレン。俺は何も嫌だとか思っちゃいない。」

レン「リュウさん…」
少しだけ表情が緩む。

(どうやってこの人を説き伏せて…いや、もう無理かもしれないな…殺す?この人を?この人の言ってる事は間違いではないだろ…この人は全然悪くない。俺も、レンも。意見の食い違いってなだけだ。それに、まだ使うって言うなら、その後で来れば…)

女「さて、時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう。」

リュウ「は?」
すぐ後ろに白黒の騎士が立っていた。

リュウ「なっ!おい!」
キャンバスを奪い取られ、そのキャンバスを女の方へ投げる。

女「捕まえて。」
離れようとするが、腕を伸ばした騎士に捕まり羽交い締めにされる。

レン「リュウさん!」

リュウ「離せ!このっ!」
必死に抵抗するが、引き離せない。
叩いたり蹴ったりしても、絵から現れ出た白黒の鎧は金属のように硬く、全く歯が立たない。

リュウ「何する気だよ!」

女「私のモデルのお手伝いしてくれたでしょ?ご褒美をあげようと思って。」

リュウ「ご褒美だぁ⁉︎」
キャンバスを立て直し、椅子に座る。
筆をキャンバスに当てる。
絵の具を付けなくても、キャンバスに触れた所から勝手に黒色が塗られていく。

レン「離せ!」
レンが騎士に芯を突き立てるが、全く通らない。

レン「くそっ!」

リュウ「レン!逃げろ!嫌な予感がする!」

レン「やだ!置いていけないよ!」
絵描きの女の方を見る。

レン「このっ‼︎」
女の方に走っていく。

レン「うわああああ‼︎」
芯を逆手に持って振り下ろす。
が、上から白黒のヘビが降って来てレンを取り押さえた。

レン「うあっ!」

リュウ「レン‼︎」

レン「くそっ!」

女「痛いわね、支障が出たらどうするつもり?」
芯は女の左腕を掠めていた。

女「あなたも逃さないわよ。必要だから。はいできた。」
キャンバスをリュウの方に見せる。
そこには、鎖が描かれていた。

リュウ「鎖?」
右下のスペースには、Sennaという文字が書かれている。

女「私の名前よ。セナ。これでも、美術館に私の絵が飾られたりしてるくらいの腕前ではあるわ。」
キャンバスの鎖を手で撫でると、鎖が押し出されるようにゆっくりとキャンバスから現れる。

リュウ「こうやってこいつらも出してたのか。」

セナ「そうよ。」

レン「リュウさんに何するつもり⁉︎」

セナ「この人には危害は加えないから安心しなさい。」
鎖を持ってリュウに近づく。

リュウ「レンを逃せ。」

セナ「ダメよ。せっかくのご褒美なのに。」

リュウ「だから、ご褒美って何するつもりだ⁉︎」

セナ「すぐに分かるわ。」
鎖をリュウの首に巻きつけて固く縛る。

リュウ「何して、痛って‼︎おい‼︎」

セナ「よし。放して。」
騎士が力を緩め、リュウを放す。

リュウ「くっそ……あれ?」
その場で金縛りにあったように動けなくなる。

レン「リュウさん…?」

リュウ「体が…動かない…」

セナ「ふふっ…」
椅子に戻り、再びリュウの方へ体を向ける。

セナ「槍を持って。」

リュウ「え?うわ!」
セナが命じると、勝手に体が動いて落ちていた鉛筆を取る。

リュウ「体が勝手に⁉︎」

セナ「鎖で縛られてるんだもの。縛ってくれたご主人様の言うことは聞かなきゃ。レンの所へ行って。」
再び体が動き、レンの元へゆっくり歩く。

リュウ「おい…待って待て待て待て‼︎まさかお前‼︎」
何をさせるつもりか分かったリュウは必死に歩みを止めようと力を入れるが、スピードが遅くなっただけで歩みは止まらない。

レン「リュウさん?リュウさん⁉︎」

セナ「私があなたの体を勝手に動かしてるんだから、あなたの労働じゃないわ。でも、直接手をかけるのはあなた。だから石もあなたの物。良かったわね。」

リュウ「ふざけんな!今すぐ放せ!」
レンの頭の前に来る。

レン「やだ…やだ…‼︎」

リュウ「セナ‼︎お願いだから‼︎何でもするからやめてくれ‼︎」

セナ「あら?何でもしてくれるの?じゃあその子殺してくれる?」

リュウ「ふざけんな‼︎今すぐやめろ‼︎」

セナ「この鉛筆にどのくらい執着があるのかは知らないけど、どうせ死ぬまで追いかけてくるんでしょ?これ以上邪魔して欲しくないもの。」

リュウ「やめろって‼︎もう追いかけさせないから‼︎」

セナ「じゃあこの色鉛筆を鉛筆としての本来の使い方をしなかった罰でいいわ。とにかく殺して。」
鉛筆をレンの頭上へ持ち上げる。

レン「助けて‼︎助けて‼︎」

リュウ「やめろおおおおおお‼︎」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品