老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

56話 挑む、大山脈通貫トンネル

 王都からの使者はもんのすごく名残惜しそうに帰っていった。
 友好の証ということで使者もお付の皆さんも乗れて献上品も積める特製馬車も渡した。
 帰り道は全く揺れることのない馬車の旅にずっと驚き続けることだろう。

 やっと肩の荷が降りたユキムラは次の野望を口にする。
 海の幸のための大山脈通貫トンネルだ。
 他の誰が言っても、何を言ってるんだこいつは頭が逝かれてしまったと思われるだろうが、ユキムラが言えばみんなはハイと頷くだけだ。
 そしてすでにその方法も出来上がっている。

 大森林をまっすぐと西へと道を敷いていく。
 途中ゴブリンの村跡やダンジョンを抜けてさらに直進する。
 天然の堅牢、大山脈、そう呼ばれるサナダ街の南西から北東まで大きく横たわる山脈にぶつかる。

「近くで見ると、凄まじい迫力ですね……」

 切り立った崖は来るものを拒否するかのような威圧感で襲い掛かってくるかのようだ。
 普段は森の向こうはるか先にぼんやりと見えているだけでこんなに近くまで来た人間は皆無だ。

「取り敢えず日が暮れそうだからここで野営して続きは明日だ」

 周囲の伐採をして少し開けた場所を作る、照明、魔除け、コテージを展開する。
 あっという間に野営地が完成する。
 流石にここまで奥に来ると魔物も強力になり、途中にも何度か襲撃を受けることになったが、サナダ隊の剣の錆になっている。
 魔除けを展開すればボスレベルでなければ近づいてこない。
 周囲にも結界を張っているから安全面は万全に対策が取られている。

「師匠、ところで山脈を貫く方法というのをまだ聞いていなかったのですが……」

 夜のミーティングでレンが切り出す。
 各部署の責任者がユキムラに集中する。

「これを使う」

 ユキムラが取り出したのは結界発生装置だ。

「これをこの枠に取り付ける、土魔法による掘削と土や石などはこのマジックボックスへ収納される、定期的に、開けられた穴の壁面にこの照明兼結界装置兼空調設備を設置して、トンネルの強度を維持しつつ、照明設置も内部の呼吸の維持も自動的に可能にできる!」

 話しながら段々と興奮してしまったユキムラであった。
 レンは興味深そうに装置を観察分析している。

「そう言えば師匠、ホバーボードみたいな作りでもっと高く飛ばして、山脈の上を越すのは駄目なんですか?」

「お、良い質問だね。飛行させるのと浮かせるのは制御しなきゃいけない情報量が段違いなんだよ、試しにホバーボードを1m浮かせる仕様にしてみるといい。
 途端に安定性はなくなり制御の難易度が跳ね上がるんだ。
 機体としての大きさを大きくすることで安定度は増すけど、たかが1m浮上させるのにだいたい5m四方くらいの大きさは必要になる。
 それをあの山脈を超えるほど、さらに天候条件もクリアしてってなると現実的じゃなくなるんだ。
 一応それらをすべて魔法で解決できるんだけど、重力魔法の媒体にはグラビティストーンっていうものが必要になって、これは異世界に行かないと、一部のワールドボスのレアドロップでしか手に入らないから、どっちにしろまだまだ先の話になるね」

 すっごい早口になったよ。
 これ以上は、いけない。と確信したレン達は明日の予定の打ち合わせをそそくさと終わらせて、解散とした。
  ユキムラはちょっと寂しそうだった。
 結局その表情に負けたレンはユキムラが嬉しそうに話す話に夜遅くまで付き合うのでした。

「ふぁぁ、まぶし」

 ユキムラは日課のランニングを禁止されていたので結界内部を散策していた。
 途中何箇所か採取をして森の入口付近とは異なるものが多数得られることがわかっていたのだが、お預けを食らっている。
 周囲にまだ採取をしていない深層エリアの採取できるところがあるのにそれをせずに朝の気持ちのよい時間をのんびりと過ごしている。
 こんなことはユキムラは許せなかった!

 完全に病気だ。病院に入れたほうがいい。

《ビービービー!》

 突然アラームが鳴り響く、コテージからすぐさまサナダ隊員達が飛び出してくる。
 武装もすぐに呼び出し装着する。

「あっちだ!」

 ユキムラが先行する。

「ユキムラ様!」

 サナダ隊はユキムラの安全のためにも自分たちが先行したいのだが誰よりも反応が早いのだから仕方がない。
 一足で結界を越えて周囲に設置されたセンサー部に到達する。
 2mの結界壁を飛び越えるのは身体能力だけじゃなくてその魔道具であるブーツの力も起因する。
 他のメンバーは結界を解除して追走する。

「犬……?」

 そこにいたのは傷ついた犬、白い犬だった。

「師匠! 一人で先行しないでください!」

 レンはフライトボードを利用して結界を飛び越えて追いついてきた。

「あれは、珍しいですねホワイトウルフ、しかも、身ごもってますね」

「狼なのか、しかも身重って事はあの傷は動けないところを狙われたか……」

 人間二人に出会い、観念したのかそのウルフは木の根元にヨロヨロと崩れ落ちてしまった。
 それを合図とするように森の影からズルズルと臓物を引きずった野犬が現れる。

「リビングアンデッドか、ってことはあの母親早く浄化しないとまずいな」

 リビングアンデッド。生きてるの? 死んでるの? って名前だがこれが油断できない。 
 アンデッドに傷つけられた傷は普通の方法では治らない。
 そのまま命を落とすと同じく死霊の仲間入りしてしまう。
 ユキムラはスキルを発動させる動物懐柔、まだレベルが低いので相手の警戒心を薄れさせる程度だが、その隙にリビングアンデッドと母狼の間に割り込めた、すぐにレンに聖水を渡す。

「レン!  その母親に使ってやれ、傷薬もあるよな? 出来ることはしてやってくれ」

「はい、師匠!」

  レンはまだ少し警戒心を残している母狼の治療に向かう。
  傷が深く抵抗する気力も途切れそうな母狼はレンの処置を受け入れるしかなかった。

「ユキムラ様!」

 そこでサナダ隊が到着する。

「対アンデッド戦闘だ、油断するな。傷を負ったら下がって必ず治療を優先。
 2対1以上を心がけろ、倒した敵は必ず燃やせ!」

「はっ!」

 大森林も深淵まで来ると厄介な敵が多い。
 トンネル開通は前途多難だ。





  

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