88の星座精鋭(メテオ・プラネット)
解決~兆しは顕著に~
気がつくと、俺はフカフカのベッドの上だった。
視界には、清潔感のある真っ白な天井。
窓から眩しい日光が差し込んでいるということは、今は朝だろうか。
ゆっくり上体を起こすと、視界の端に人影が映った。
「やっと起きたのか、吹雪。あんまり心配かけさせるな」
そう声をかけられ、首を横に向けると、ベッドの隣に置かれた椅子に姉貴が座っている。
いつも通り仏頂面だが、どこか安堵している様子も見受けられる。
「……ったく。答えを出す前に、勝手に犯人と遭遇してんじゃねえ。しかも、あんな無茶しやがってよ。死んじまったら、どうするつもりだったんだ」
姉貴が何の話をしているのかは、すぐに分かった。
小春を拉致され、三冬と一緒にネイサンと戦った、あの件についてだろう。
姉貴は俺の能力を知っている、数少ない一人だ。能力を使うには血を出す必要があることを知っているから、心配して本土に帰るという提案もしてくれた。
それなのに、俺は。
全身に針を突き刺され、その結果出血量も凄まじいことになり――能力を発動してしまった。
鍛錬もまともにしていなかった俺なのだ。もしネイサンの能力が、もっと強力なものだったなら――俺は、下手すれば死に至っていたかもしれない。
それほどまでに、無茶なことをしてしまった。
だけど。
俺は、あの行動が間違いだったなんて思っていない。
「仕方ないだろ、ハルが攫われたんだから。放っておくことなんか、できるわけない」
「じゃあ相談くらいしろ。何も、お前と鳥待だけで行く必要はなかっただろ」
「……悪かったよ」
確かに、あのときの俺は少し早計だった。
犯人の正体も分かっていないのに、俺と三冬だけで行ったのは、逆にやられてしまってもおかしくはない。
俺たちは、運がよかったのだろう。
「ま、今更責めてもどうにもならないけどな。お前らが無事だっただけで充分だ」
「姉さん……」
いつも無愛想な姉貴だが、こういうちょっとした時に姉の顔になるのは反則だと思う。
つい泣きそうになってしまったじゃないか。
姉貴がもっと可愛い女の子だったら、今頃抱きついていただろうな。本人に言ったら間違いなく殴られるだろうから、言えないけども。
「なあ、ネイサンのやつはどうなったんだ?」
ネイサンとの決着をつける前に、俺は気を失ってしまった。
だから、あれから何が起きたのか何も把握できていない。
「……あいつは捕まった。今は、牢獄にいるはずだ」
「牢獄、か……」
空星島には、牢獄がある。
学園長は俺たち能力者を善の道に導こうとしているわけだが、それでも悪事を企む者が出ないとは限らない。
そういうときのために、悪人を閉じ込めておく場所――牢獄が設けられたのだ。
「何なら、今から行くか?」
「いいのか?」
「ああ。私も行くからな」
姉貴もついて来てくれるなら、安心だ。
とはいえ、牢獄の中にいるんだったら変なことは何もできないとは思うけど。
と、そこで、今いる場所が俺の部屋じゃないことに気づいた。
「あれ、そういやここどこだ?」
「気づくの遅えな……保健室だ。お前は怪我人だからな」
空星島には、病院はない。
その代わりに、学園の保健室で病気や怪我を治すことになっている。そういうことができる、治癒系の能力者もいるのだ。
「そっか……」
得心しながら、俺は自分の体を見下ろす。
上半身が裸になっており、包帯が巻かれている。
俺が眠っている間に、誰かが俺を治療してくれたのだろう。
その誰かというのは、姉貴じゃないことは確かだ。姉貴に、こんなことができるとは到底思えないし。
だから、おそらく治癒系の能力を持った人なのだと思う。
「お前、もう体は大丈夫なんだろ。さっさと行くぞ」
姉貴がそう言いながら部屋を出ていこうとしたので、俺は急いで側に置いてあった服を着て立ち上がる。
そして、姉貴の後ろをついて行く。
ネイサンとの戦闘で結構血が出てしまっていたのに、今はすっかり治まっている。
治癒してくれた能力者は、きっとそれなりの実力者なんだろうな。
学校を出て、島中を歩くこと数十分。
俺たちは、牢獄に到着した。
建物などではなく、牢獄は地下に存在する。
まるでゲームに登場するダンジョンの入口のように、地下へと続く階段が島の隅にあるのだ。
今まで悪人なんて一人もいなかったため、こんなところに来る者は皆無だっただろう。
俺自身、ここには初めて来た。
「……」
姉貴は無言で、その階段を下りていく。
少しの緊張を覚えながら、俺も姉貴に倣う。
やがて、下りた先にある薄暗い空間には、複数の牢屋が並んでいた。思っていたよりも広い。
更に、階段のすぐ傍らには机と椅子が置かれており、その椅子に見知らぬ女子が座っている。
いや、座っているわけではない。
前にある机に突っ伏すようにして、その女子は眠っていた。
「……ん、んぅ……すーすー」
俺たちが来ても気づくことはなく、心地のいい寝息をたてている。
着ている制服を見るに、橙組の生徒なのだろう。
小春と同じクラスに属しているみたいだが、見たことのない人だった。
まあ、橙組に行ったことがあるとはいえ、小春やネイサンたち以外とはあまり絡んだこともないからな。
「おい、起きろ」
姉貴はそう言うと、右手に作った握り拳を眠っている女子の頭へと振り下ろす。それも、かなり力強く。
その拍子にゴツンと額を机にぶつけ、女子は目を覚ました。
頭と額の両方を手で押さえながら、顔をあげ――そこで、ようやく俺たちの存在に気がついてくれた。
「あれ、晩夏~? ……と、弟さん~? どうしたの~?」
眠たそうな半眼で、間延びした口調で問いかけてくる。
会ったことはないが、どうやら俺のことを知っているらしい。
〈十二星座〉の一人である姉貴の弟なんだし、多少は知られていてもおかしくはないか。
「奴の顔を見に来たんだよ。吹雪を連れてな」
「あ、そっか~。吹雪くん、だっけ~? 大変だったね~。それと、お手柄だね~」
ネイサンが小春を拉致し、俺や三冬を襲った一件は、既に他の生徒にも話が行っているようだ。
「あ、いえ。俺は特に何もできませんでしたから」
容姿はかなり若そうだが、俺よりは年上だろうから敬語で答える。
あのとき気を失ってしまったのだから、俺はあまり手柄だったとは言えないだろう。
「何、謙遜してんだ」
「謙遜じゃなくて、事実だよ。姉さんが助けてくれなかったら、俺もハルも三冬もやられてただろうし。だから、ありがとな」
「……うるせえ。悪人を放っておくわけにもいかないだろ」
そう言って顔を背ける姉貴だが、その耳が少し赤くなっていた。もしかして照れているのだろうか。
俺が気を失った、あのとき。
聞こえた声は、間違いなく姉貴のものだった。
つまり、俺たちを助けてくれたのは他でもない。姉貴なのだ。
「吹雪くん~。これはね、晩夏の照れ隠しなんだよ~」
そう耳打ちしてくる、半眼の女子。
どうやら、姉貴とこの女子は仲がいいみたいだ。
「……なるほど。姉さんは、ツンデレだったのか」
「お前ぶっ殺すぞ」
本気で睨まれた。普通にめちゃくちゃ怖い。
「でも事実でしょ~?」
「事実じゃねえ!」
「え~? でも、顔赤いよ~?」
「お前、そろそろ黙れ……っ!」
おお、凄い。あの姉貴が、ペースを乱されている。
こんな姉貴を見るのは初めてで、なかなか新鮮だ。
「なあ、姉さん。そういえば、この人は誰なんだ?」
「ん? あー、そうか。お前らは初対面だったか」
姉貴は、俺とこの女子が初対面じゃないとでも思っていたのか。
だが生憎と、俺の記憶にない人なのだ。
こんなに整った顔立ちをしていて、常に半眼で、しかもそこそこ胸が大きい人……一度見たら、そうそう忘れたりはできないだろうし。
「こいつはな、こう見えて私と同じ〈十二星座〉の一員なんだよ」
「え、〈十二星座〉なのか!?」
驚いた。正直あまり強そうには見えないこの人が、まさか〈十二星座〉の一人だったなんて。
でもまあ、人は見かけによらない。もしかしたら、かなり強力な能力を有しているのかもしれない。
姉貴も〈十二星座〉だし、同じ集団に属しているのだから仲がいいのも納得だ。
「そんな大したものじゃないけどね~。私は〈十二星座〉の〈蟹座〉――テレサ・カルメンだよ~」
謙遜を交えつつ、女子――テレサさんは自分の名を名乗る。
本人は大したものじゃない、などと言ったが、〈十二星座〉の人たちは八十八人いる能力者の中で最も実力のある者ばかりの集団なのだ。
生徒の中には、当然〈十二星座〉の人に憧れたり、目標とする人もいっぱいいる。
姉貴も反則級の能力を持っているし、テレサさんもそうなんだろうな。
「テレサはな、ここを担当してんだよ。担当っつーか、管理だけどな」
姉貴は、そう説明してくれた。
この牢獄を、一人で管理。まだ捕まっている人はネイサンしかいないが、もっと粗暴な悪人が出てしまったら……それでも、テレサさんが一人で管理するのだろうか。
それはつまり、テレサさんには牢獄の管理を任せられるほどの実力があるということなのだろう。
「ネイサン・マティスくんは、一番奥の牢屋にいるよ~」
「そうか。行くぞ、吹雪」
テレサさんの言葉を聞き、姉貴は奥に向かって歩いていく。
俺は慌てて、姉貴について行く。
「ふわぁ~。じゃあね~」
俺の後ろで、テレサさんが欠伸を漏らし、再び机に突っ伏して眠りだした。
……また寝るのか。常に眠そうな顔をしていたし、よくそんなに寝られるな、と少し感心してしまう。
やがて幾つもの牢屋を通り過ぎ、一番奥までやって来て。
右側の牢屋で、その人は座っていた。
壁から伸びた鎖に両腕を拘束され、両脚も床に固定された――ネイサン・マティスが。
「……吹雪、か。何しに来たんだよ」
俺たちが来たことに気づき、ネイサンは冷たく問う。
やっぱり、もう今までのネイサンじゃないんだな。
ここにいるのは、俺の友人じゃない。俺の妹を拉致した、悪人なんだ。
「別に、お前の顔を見に来ただけだよ。今どうしてんのか、気になったからさ」
「……」
俺の言葉に、ネイサンは沈黙を返す。
牢獄があることは知っていたが、まさかここまで拘束されているとは思わなかった。
空星島のことだ。おそらく、あれもただの拘束ではないだろう。能力が無効化されたり、どんな能力でも壊れないほど頑丈だったりするはず。
だから、もうネイサンは外に出てこれないのだろうか。
「ネイサン・マティス……お前に、質問がある」
ふと、俺の隣に仏頂面で立つ姉貴が、ネイサンにそう言った。
「あれは、お前の独断か? それとも――誰かの命令か?」
姉貴がその問いを発した途端、ネイサンの表情が一変した。
目を見開いて、明らかに動揺している。
だけど、俺にはその質問の意味が分からなかった。
「どういうことだよ。ネイサンが、誰かに命令されてハルを拉致したってのか?」
「いいから、お前は黙ってろ。どうなんだ、マティス」
姉貴の鋭い眼光に睨まれ、ネイサンは。
「……おいらの独断だよ。命令なんて、されるわけないじゃないか」
そう、答えた。
その答えに、間違いはないと思う。自分の手は汚さず、ネイサンに命令させる者なんているとは思えないから。
でも、姉貴はそういう考えではないのだろうか。
「そうか、ならいい。行くぞ、吹雪」
「え? あ、おい!」
突然踵を返した姉貴を慌てて追いかけ、眠っているテレサさんの前を通り過ぎて階段を上る。
姉貴が何を考えているのか、さっぱり分からない。
怪訝に感じていると、紅組の学生寮へと歩を進めながら姉貴は口を開く。
「お前も見ただろ、あの反応。あいつは間違いなく、何かを隠している」
「何かって?」
「小春を拉致したのが、あいつの独断ではないってことだ。あいつの上には誰かがいて、そいつが命令したんだろ」
ネイサンが、誰かに命令されて小春を拉致した。
そんなの、俺には到底思えなかった。思いたくなかった。
ネイサン以上の悪人が、まだこの島にいるなんてことは。
「それが誰なのかは、分からないけどな」
姉貴は最後にそう言って、再び無言に戻った。
何故だかは、分からないけど。
まだ、終わっていない。これから、この島で何かが起きてしまうような気がした。
いや――もしかしたら。
もう既に、それは起きているのかもしれない。
視界には、清潔感のある真っ白な天井。
窓から眩しい日光が差し込んでいるということは、今は朝だろうか。
ゆっくり上体を起こすと、視界の端に人影が映った。
「やっと起きたのか、吹雪。あんまり心配かけさせるな」
そう声をかけられ、首を横に向けると、ベッドの隣に置かれた椅子に姉貴が座っている。
いつも通り仏頂面だが、どこか安堵している様子も見受けられる。
「……ったく。答えを出す前に、勝手に犯人と遭遇してんじゃねえ。しかも、あんな無茶しやがってよ。死んじまったら、どうするつもりだったんだ」
姉貴が何の話をしているのかは、すぐに分かった。
小春を拉致され、三冬と一緒にネイサンと戦った、あの件についてだろう。
姉貴は俺の能力を知っている、数少ない一人だ。能力を使うには血を出す必要があることを知っているから、心配して本土に帰るという提案もしてくれた。
それなのに、俺は。
全身に針を突き刺され、その結果出血量も凄まじいことになり――能力を発動してしまった。
鍛錬もまともにしていなかった俺なのだ。もしネイサンの能力が、もっと強力なものだったなら――俺は、下手すれば死に至っていたかもしれない。
それほどまでに、無茶なことをしてしまった。
だけど。
俺は、あの行動が間違いだったなんて思っていない。
「仕方ないだろ、ハルが攫われたんだから。放っておくことなんか、できるわけない」
「じゃあ相談くらいしろ。何も、お前と鳥待だけで行く必要はなかっただろ」
「……悪かったよ」
確かに、あのときの俺は少し早計だった。
犯人の正体も分かっていないのに、俺と三冬だけで行ったのは、逆にやられてしまってもおかしくはない。
俺たちは、運がよかったのだろう。
「ま、今更責めてもどうにもならないけどな。お前らが無事だっただけで充分だ」
「姉さん……」
いつも無愛想な姉貴だが、こういうちょっとした時に姉の顔になるのは反則だと思う。
つい泣きそうになってしまったじゃないか。
姉貴がもっと可愛い女の子だったら、今頃抱きついていただろうな。本人に言ったら間違いなく殴られるだろうから、言えないけども。
「なあ、ネイサンのやつはどうなったんだ?」
ネイサンとの決着をつける前に、俺は気を失ってしまった。
だから、あれから何が起きたのか何も把握できていない。
「……あいつは捕まった。今は、牢獄にいるはずだ」
「牢獄、か……」
空星島には、牢獄がある。
学園長は俺たち能力者を善の道に導こうとしているわけだが、それでも悪事を企む者が出ないとは限らない。
そういうときのために、悪人を閉じ込めておく場所――牢獄が設けられたのだ。
「何なら、今から行くか?」
「いいのか?」
「ああ。私も行くからな」
姉貴もついて来てくれるなら、安心だ。
とはいえ、牢獄の中にいるんだったら変なことは何もできないとは思うけど。
と、そこで、今いる場所が俺の部屋じゃないことに気づいた。
「あれ、そういやここどこだ?」
「気づくの遅えな……保健室だ。お前は怪我人だからな」
空星島には、病院はない。
その代わりに、学園の保健室で病気や怪我を治すことになっている。そういうことができる、治癒系の能力者もいるのだ。
「そっか……」
得心しながら、俺は自分の体を見下ろす。
上半身が裸になっており、包帯が巻かれている。
俺が眠っている間に、誰かが俺を治療してくれたのだろう。
その誰かというのは、姉貴じゃないことは確かだ。姉貴に、こんなことができるとは到底思えないし。
だから、おそらく治癒系の能力を持った人なのだと思う。
「お前、もう体は大丈夫なんだろ。さっさと行くぞ」
姉貴がそう言いながら部屋を出ていこうとしたので、俺は急いで側に置いてあった服を着て立ち上がる。
そして、姉貴の後ろをついて行く。
ネイサンとの戦闘で結構血が出てしまっていたのに、今はすっかり治まっている。
治癒してくれた能力者は、きっとそれなりの実力者なんだろうな。
学校を出て、島中を歩くこと数十分。
俺たちは、牢獄に到着した。
建物などではなく、牢獄は地下に存在する。
まるでゲームに登場するダンジョンの入口のように、地下へと続く階段が島の隅にあるのだ。
今まで悪人なんて一人もいなかったため、こんなところに来る者は皆無だっただろう。
俺自身、ここには初めて来た。
「……」
姉貴は無言で、その階段を下りていく。
少しの緊張を覚えながら、俺も姉貴に倣う。
やがて、下りた先にある薄暗い空間には、複数の牢屋が並んでいた。思っていたよりも広い。
更に、階段のすぐ傍らには机と椅子が置かれており、その椅子に見知らぬ女子が座っている。
いや、座っているわけではない。
前にある机に突っ伏すようにして、その女子は眠っていた。
「……ん、んぅ……すーすー」
俺たちが来ても気づくことはなく、心地のいい寝息をたてている。
着ている制服を見るに、橙組の生徒なのだろう。
小春と同じクラスに属しているみたいだが、見たことのない人だった。
まあ、橙組に行ったことがあるとはいえ、小春やネイサンたち以外とはあまり絡んだこともないからな。
「おい、起きろ」
姉貴はそう言うと、右手に作った握り拳を眠っている女子の頭へと振り下ろす。それも、かなり力強く。
その拍子にゴツンと額を机にぶつけ、女子は目を覚ました。
頭と額の両方を手で押さえながら、顔をあげ――そこで、ようやく俺たちの存在に気がついてくれた。
「あれ、晩夏~? ……と、弟さん~? どうしたの~?」
眠たそうな半眼で、間延びした口調で問いかけてくる。
会ったことはないが、どうやら俺のことを知っているらしい。
〈十二星座〉の一人である姉貴の弟なんだし、多少は知られていてもおかしくはないか。
「奴の顔を見に来たんだよ。吹雪を連れてな」
「あ、そっか~。吹雪くん、だっけ~? 大変だったね~。それと、お手柄だね~」
ネイサンが小春を拉致し、俺や三冬を襲った一件は、既に他の生徒にも話が行っているようだ。
「あ、いえ。俺は特に何もできませんでしたから」
容姿はかなり若そうだが、俺よりは年上だろうから敬語で答える。
あのとき気を失ってしまったのだから、俺はあまり手柄だったとは言えないだろう。
「何、謙遜してんだ」
「謙遜じゃなくて、事実だよ。姉さんが助けてくれなかったら、俺もハルも三冬もやられてただろうし。だから、ありがとな」
「……うるせえ。悪人を放っておくわけにもいかないだろ」
そう言って顔を背ける姉貴だが、その耳が少し赤くなっていた。もしかして照れているのだろうか。
俺が気を失った、あのとき。
聞こえた声は、間違いなく姉貴のものだった。
つまり、俺たちを助けてくれたのは他でもない。姉貴なのだ。
「吹雪くん~。これはね、晩夏の照れ隠しなんだよ~」
そう耳打ちしてくる、半眼の女子。
どうやら、姉貴とこの女子は仲がいいみたいだ。
「……なるほど。姉さんは、ツンデレだったのか」
「お前ぶっ殺すぞ」
本気で睨まれた。普通にめちゃくちゃ怖い。
「でも事実でしょ~?」
「事実じゃねえ!」
「え~? でも、顔赤いよ~?」
「お前、そろそろ黙れ……っ!」
おお、凄い。あの姉貴が、ペースを乱されている。
こんな姉貴を見るのは初めてで、なかなか新鮮だ。
「なあ、姉さん。そういえば、この人は誰なんだ?」
「ん? あー、そうか。お前らは初対面だったか」
姉貴は、俺とこの女子が初対面じゃないとでも思っていたのか。
だが生憎と、俺の記憶にない人なのだ。
こんなに整った顔立ちをしていて、常に半眼で、しかもそこそこ胸が大きい人……一度見たら、そうそう忘れたりはできないだろうし。
「こいつはな、こう見えて私と同じ〈十二星座〉の一員なんだよ」
「え、〈十二星座〉なのか!?」
驚いた。正直あまり強そうには見えないこの人が、まさか〈十二星座〉の一人だったなんて。
でもまあ、人は見かけによらない。もしかしたら、かなり強力な能力を有しているのかもしれない。
姉貴も〈十二星座〉だし、同じ集団に属しているのだから仲がいいのも納得だ。
「そんな大したものじゃないけどね~。私は〈十二星座〉の〈蟹座〉――テレサ・カルメンだよ~」
謙遜を交えつつ、女子――テレサさんは自分の名を名乗る。
本人は大したものじゃない、などと言ったが、〈十二星座〉の人たちは八十八人いる能力者の中で最も実力のある者ばかりの集団なのだ。
生徒の中には、当然〈十二星座〉の人に憧れたり、目標とする人もいっぱいいる。
姉貴も反則級の能力を持っているし、テレサさんもそうなんだろうな。
「テレサはな、ここを担当してんだよ。担当っつーか、管理だけどな」
姉貴は、そう説明してくれた。
この牢獄を、一人で管理。まだ捕まっている人はネイサンしかいないが、もっと粗暴な悪人が出てしまったら……それでも、テレサさんが一人で管理するのだろうか。
それはつまり、テレサさんには牢獄の管理を任せられるほどの実力があるということなのだろう。
「ネイサン・マティスくんは、一番奥の牢屋にいるよ~」
「そうか。行くぞ、吹雪」
テレサさんの言葉を聞き、姉貴は奥に向かって歩いていく。
俺は慌てて、姉貴について行く。
「ふわぁ~。じゃあね~」
俺の後ろで、テレサさんが欠伸を漏らし、再び机に突っ伏して眠りだした。
……また寝るのか。常に眠そうな顔をしていたし、よくそんなに寝られるな、と少し感心してしまう。
やがて幾つもの牢屋を通り過ぎ、一番奥までやって来て。
右側の牢屋で、その人は座っていた。
壁から伸びた鎖に両腕を拘束され、両脚も床に固定された――ネイサン・マティスが。
「……吹雪、か。何しに来たんだよ」
俺たちが来たことに気づき、ネイサンは冷たく問う。
やっぱり、もう今までのネイサンじゃないんだな。
ここにいるのは、俺の友人じゃない。俺の妹を拉致した、悪人なんだ。
「別に、お前の顔を見に来ただけだよ。今どうしてんのか、気になったからさ」
「……」
俺の言葉に、ネイサンは沈黙を返す。
牢獄があることは知っていたが、まさかここまで拘束されているとは思わなかった。
空星島のことだ。おそらく、あれもただの拘束ではないだろう。能力が無効化されたり、どんな能力でも壊れないほど頑丈だったりするはず。
だから、もうネイサンは外に出てこれないのだろうか。
「ネイサン・マティス……お前に、質問がある」
ふと、俺の隣に仏頂面で立つ姉貴が、ネイサンにそう言った。
「あれは、お前の独断か? それとも――誰かの命令か?」
姉貴がその問いを発した途端、ネイサンの表情が一変した。
目を見開いて、明らかに動揺している。
だけど、俺にはその質問の意味が分からなかった。
「どういうことだよ。ネイサンが、誰かに命令されてハルを拉致したってのか?」
「いいから、お前は黙ってろ。どうなんだ、マティス」
姉貴の鋭い眼光に睨まれ、ネイサンは。
「……おいらの独断だよ。命令なんて、されるわけないじゃないか」
そう、答えた。
その答えに、間違いはないと思う。自分の手は汚さず、ネイサンに命令させる者なんているとは思えないから。
でも、姉貴はそういう考えではないのだろうか。
「そうか、ならいい。行くぞ、吹雪」
「え? あ、おい!」
突然踵を返した姉貴を慌てて追いかけ、眠っているテレサさんの前を通り過ぎて階段を上る。
姉貴が何を考えているのか、さっぱり分からない。
怪訝に感じていると、紅組の学生寮へと歩を進めながら姉貴は口を開く。
「お前も見ただろ、あの反応。あいつは間違いなく、何かを隠している」
「何かって?」
「小春を拉致したのが、あいつの独断ではないってことだ。あいつの上には誰かがいて、そいつが命令したんだろ」
ネイサンが、誰かに命令されて小春を拉致した。
そんなの、俺には到底思えなかった。思いたくなかった。
ネイサン以上の悪人が、まだこの島にいるなんてことは。
「それが誰なのかは、分からないけどな」
姉貴は最後にそう言って、再び無言に戻った。
何故だかは、分からないけど。
まだ、終わっていない。これから、この島で何かが起きてしまうような気がした。
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