88の星座精鋭(メテオ・プラネット)
拉致~その正体は~
突然、俺の目の前で小春が姿を消して。
更に「妹は預からせてもらった。返してほしければ、今すぐにトレーニングルームに来い」と書かれた紙が落ちてきた。
これは――見紛うことなく、拉致だ。
しかも、その犯行は他でもない俺の目前で行われた。
手段、動機、正体……そんなことを気にしている余裕など、疾うにない。
ただ、俺の大切な妹が拉致されたという事実が頭の中を支配する。
どうすればいい。どうすれば、小春を助けることができる。
その答えは――ちゃんと、ここに書いてあるじゃないか。
「……おにいちゃん。もしかして、行くつもりなの?」
俺を見上げて、三冬が問いかけてくる。
さすがというべきか、俺が何を考えているのか表情で察してしまったようだ。
「当たり前だろ。すぐに行かないと、小春が危ない」
三冬に答えながら、急いでトレーニングルームに向かって駆け出そう――として。
不意に、後ろから右腕を掴まれた。
振り向くと、三冬が上目遣いで俺をじっと見ている。
「……離してくれ、三冬」
「嫌だよ」
三冬は、更に強い力で俺の腕を掴む。
とはいえ、三冬は十四歳の女の子だ。俺の力なら、簡単に振りほどくことができるだろう。
だけど、そうしなかったのは。
三冬が、訴えてきていたからだ。
いつもの明るくて朗らかな様相からは想像できないほど、真剣な表情で――尚且つ、今にも泣いてしまいそうな瞳で。
「どんな罠があるか分からないじゃん。だから、危険だよっ」
小春を攫ったような、危険な人なんだ。しかも、わざわざ俺をトレーニングルームへ来させようとしている。
何かしらの罠があってもおかしくない。
いや、むしろ罠があって当然だとも言えるだろう。
だけど――それがどうした。
そんなことくらい、小春を見捨てる理由にはならない。
「分かってる。でも、小春は大事な妹だ。小春が危ない目に遭ってるなら、俺はあいつを助けに行く。たとえ――それが無謀な道だったとしても」
小春は、大事な妹だから。
あいつを助ける理由なんて、それだけで充分だろう。
「そんなに、大事なの? ふゆのことより?」
「こんなときに何言ってんだよ……っ」
「ふゆは、小春ちゃんのこと嫌いだった。ううん、今でも嫌い。お兄ちゃんが、小春ちゃんのことを命懸けで助けようとしているのは……なんか、嫌だ。でも――もし、攫われたのが小春ちゃんじゃなくてふゆだったらよかったのに……って思っちゃう自分が、もっと嫌だ」
俯いた三冬の口から、本音が発せられる。
俺のことを慕ってくれているのは知っていた。
小春のことを、よく思っていないのも知っていた。
だけど今そんなことを言ってくるということは、三冬は反対なのだろうか。
俺が、小春を助けに行くことを。
そう思っていると、三冬は意を決したように、その言葉を放つ。
「けどね。見捨てるのも、もっと嫌だから。だから――ふゆも一緒に行くよ。小春ちゃんを、助けに」
「三冬……」
驚いた。
三冬は小春のことを嫌っていたから、まさかそんなことを言ってくるなんて思わなかった。
いや、三冬だって仲間を見捨てるほど悪い子じゃない。
それは、俺も分かっていたはずだ。
だから――。
「ああ。じゃあ行くか、あいつのところに」
「うんっ!」
俺と三冬は、トレーニングルームへ向かって駆け出した。
§
やがて、トレーニングルームに到着した。
でもすぐには中に入らず、外から中の様子を窺う。
「どう? 犯人いた?」
俺の後ろで、三冬が小声で訊いてくる。
トレーニングルーム内はかなり広く、その割には障害物が皆無である。なのにも拘らず、犯人と思しき人物は、どこにも見当たらなかった。
部屋の中心で椅子に座らされ、体と椅子を縄のようなもので拘束されている小春がいるだけだ。
「……どっかに行ってるのかな……?」
三冬はそう呟いたが、小春を放置してどこかに行くとは思えない。
ということは、つまり罠だろう。
おそらく、犯人は見えないようなところに隠れているはずだ。どうやって、どこに隠れているのかは分からないが。
俺がやって来て、小春が一人だけでいることで油断して部屋の中に入ったときに、奇襲を仕掛けるつもりだとか、そんな魂胆だと思う。
問題は、ここからどうやって救出するかだ。
「なあ、三冬。お前って、どんな能力なんだ? こういうときに役立つ能力だったりするか?」
「えー? ごめんね、あんまり役には立てないと思うなぁ。戦闘では、ばっちり役に立てるだろうけどねー」
なるほど、三冬は戦闘系の能力だったか。少し意外かもしれない。
同じクラスにいる生徒ならまだしも、他のクラスに属している生徒の能力は、あまり把握できていないのだ。
敵なんていない平和な世の中では、披露する場面など授業中しかないからだ。
まあ、今俺たちは敵と呼べる人物と戦おうとしているわけだが。
「お兄ちゃん、犯人に心当たりはないの?」
「さあな。手がかりがなさすぎて分からない」
ワープロで書かれた紙一枚だと、誰が犯人かなど分かるわけがない。
小春を狙い、俺を呼び出すことで得のある人物となると、尚更だ。
ただ、俺と小春の共通の知り合いだと思って間違いないだろう。
そうなると……かなり絞られてくる。
分からない、と三冬には言ったけど、確信はないものの可能性のある人物を頭の中に思い浮かべていた。
「んー。こんなことしてても、どうにもならないと思うんだけど。イチかバチか、入ってみたほうがいいんじゃない?」
「そう、だな……」
三冬の提案に、俺は暫し思案する。
犯人の正体も居場所も分からず、解決策も何もない。
少々危険だが、行ってみるしかないか。
「あ、そうだ。ふゆが先に様子見てくるよ。囮ってやつだね」
囮――か。
三冬を先に行かせ、犯人の様子を見るというのはいいかもしれない。
しかし、それだとあまりにも三冬が危険だ。
「危ないぞ。囮なら俺が……」
「だーいじょぶだって。ふゆに任せてよ、すぐに小春ちゃん連れて戻ってくるから」
三冬の能力が凄まじく強力だという可能性もあるが、その可能性に賭けるのは無謀だ。
小春を救うためとはいえ、三冬を危険な目に遭わせるのも気が引ける。
迷う俺に、三冬は更に続く。
「じゃあ行ってくるねっ!」
「あ、おい!」
俺の制止の声も聞かず、三冬は部屋の中に入っていく。
凄いな、あいつは。俺でも怖くてたまらないというのに、自分から囮になることを提案するなんて。
もし三冬が危なくなったら、全力で助けに向かおう。
そう決め、小春に向かって走る三冬の背中を見守る。
「小春ちゃん、助けに来たよっ」
「三冬さん……? だ、だめです、逃げてください!」
小春が叫ぶが、三冬は構わずに縄を解こうと試みる。
よほどキツく縛られているのか、解くのにかなり手こずっているようだ。
「三冬さん、早く逃げてくださいって! じゃないと――ッ」
小春が、そう叫んだ直後。
「――ッ!?」
突如として、三冬が腕を押さえてその場に座り込んでしまった。
何だ……何が起こったというんだ。
まさか、犯人からの攻撃を受けたのだろうか。
だが、攻撃らしきものは見えなかった。
見えない遠距離攻撃――それが犯人の能力だという可能性もあるが、果たして。
――トコ、トコ、と。
ゆっくりとした、足音が聞こえた。
さっきまで俺たち以外には誰もいなかったはずなのに、この足音は間違いなく別の誰かのものだ。
座り込んだままの三冬は、首を右方へ向ける。
部屋の外にいる俺からだと、ちょうど死角になっていて見えないが……そこに、犯人がいるのだろうか。
「やっと来たね……正直、君は呼んでないんだけどなあ」
そんな、冷淡な男の声がした。
いつもと声色が異なるが、この声は俺の聞いたことのあるもので。
確信を抱いたとき、彼は言う。
「そこにいるんだろう? 吹雪、出ておいでよ」
俺たちが外から様子を窺っていたことは、とっくに気づいていたというのか。
それなら、これ以上隠れていても仕方がない。
俺は立ち上がり、トレーニングルームの中へ足を踏み入れる。
そこに、いたのは――。
「やあ、吹雪。待ってたよ」
「ネイサン……ッ!」
そう。
小春と同じクラスで、そのおかげで俺とも仲良くなった男。
――ネイサン・マティスだったのだ。
更に「妹は預からせてもらった。返してほしければ、今すぐにトレーニングルームに来い」と書かれた紙が落ちてきた。
これは――見紛うことなく、拉致だ。
しかも、その犯行は他でもない俺の目前で行われた。
手段、動機、正体……そんなことを気にしている余裕など、疾うにない。
ただ、俺の大切な妹が拉致されたという事実が頭の中を支配する。
どうすればいい。どうすれば、小春を助けることができる。
その答えは――ちゃんと、ここに書いてあるじゃないか。
「……おにいちゃん。もしかして、行くつもりなの?」
俺を見上げて、三冬が問いかけてくる。
さすがというべきか、俺が何を考えているのか表情で察してしまったようだ。
「当たり前だろ。すぐに行かないと、小春が危ない」
三冬に答えながら、急いでトレーニングルームに向かって駆け出そう――として。
不意に、後ろから右腕を掴まれた。
振り向くと、三冬が上目遣いで俺をじっと見ている。
「……離してくれ、三冬」
「嫌だよ」
三冬は、更に強い力で俺の腕を掴む。
とはいえ、三冬は十四歳の女の子だ。俺の力なら、簡単に振りほどくことができるだろう。
だけど、そうしなかったのは。
三冬が、訴えてきていたからだ。
いつもの明るくて朗らかな様相からは想像できないほど、真剣な表情で――尚且つ、今にも泣いてしまいそうな瞳で。
「どんな罠があるか分からないじゃん。だから、危険だよっ」
小春を攫ったような、危険な人なんだ。しかも、わざわざ俺をトレーニングルームへ来させようとしている。
何かしらの罠があってもおかしくない。
いや、むしろ罠があって当然だとも言えるだろう。
だけど――それがどうした。
そんなことくらい、小春を見捨てる理由にはならない。
「分かってる。でも、小春は大事な妹だ。小春が危ない目に遭ってるなら、俺はあいつを助けに行く。たとえ――それが無謀な道だったとしても」
小春は、大事な妹だから。
あいつを助ける理由なんて、それだけで充分だろう。
「そんなに、大事なの? ふゆのことより?」
「こんなときに何言ってんだよ……っ」
「ふゆは、小春ちゃんのこと嫌いだった。ううん、今でも嫌い。お兄ちゃんが、小春ちゃんのことを命懸けで助けようとしているのは……なんか、嫌だ。でも――もし、攫われたのが小春ちゃんじゃなくてふゆだったらよかったのに……って思っちゃう自分が、もっと嫌だ」
俯いた三冬の口から、本音が発せられる。
俺のことを慕ってくれているのは知っていた。
小春のことを、よく思っていないのも知っていた。
だけど今そんなことを言ってくるということは、三冬は反対なのだろうか。
俺が、小春を助けに行くことを。
そう思っていると、三冬は意を決したように、その言葉を放つ。
「けどね。見捨てるのも、もっと嫌だから。だから――ふゆも一緒に行くよ。小春ちゃんを、助けに」
「三冬……」
驚いた。
三冬は小春のことを嫌っていたから、まさかそんなことを言ってくるなんて思わなかった。
いや、三冬だって仲間を見捨てるほど悪い子じゃない。
それは、俺も分かっていたはずだ。
だから――。
「ああ。じゃあ行くか、あいつのところに」
「うんっ!」
俺と三冬は、トレーニングルームへ向かって駆け出した。
§
やがて、トレーニングルームに到着した。
でもすぐには中に入らず、外から中の様子を窺う。
「どう? 犯人いた?」
俺の後ろで、三冬が小声で訊いてくる。
トレーニングルーム内はかなり広く、その割には障害物が皆無である。なのにも拘らず、犯人と思しき人物は、どこにも見当たらなかった。
部屋の中心で椅子に座らされ、体と椅子を縄のようなもので拘束されている小春がいるだけだ。
「……どっかに行ってるのかな……?」
三冬はそう呟いたが、小春を放置してどこかに行くとは思えない。
ということは、つまり罠だろう。
おそらく、犯人は見えないようなところに隠れているはずだ。どうやって、どこに隠れているのかは分からないが。
俺がやって来て、小春が一人だけでいることで油断して部屋の中に入ったときに、奇襲を仕掛けるつもりだとか、そんな魂胆だと思う。
問題は、ここからどうやって救出するかだ。
「なあ、三冬。お前って、どんな能力なんだ? こういうときに役立つ能力だったりするか?」
「えー? ごめんね、あんまり役には立てないと思うなぁ。戦闘では、ばっちり役に立てるだろうけどねー」
なるほど、三冬は戦闘系の能力だったか。少し意外かもしれない。
同じクラスにいる生徒ならまだしも、他のクラスに属している生徒の能力は、あまり把握できていないのだ。
敵なんていない平和な世の中では、披露する場面など授業中しかないからだ。
まあ、今俺たちは敵と呼べる人物と戦おうとしているわけだが。
「お兄ちゃん、犯人に心当たりはないの?」
「さあな。手がかりがなさすぎて分からない」
ワープロで書かれた紙一枚だと、誰が犯人かなど分かるわけがない。
小春を狙い、俺を呼び出すことで得のある人物となると、尚更だ。
ただ、俺と小春の共通の知り合いだと思って間違いないだろう。
そうなると……かなり絞られてくる。
分からない、と三冬には言ったけど、確信はないものの可能性のある人物を頭の中に思い浮かべていた。
「んー。こんなことしてても、どうにもならないと思うんだけど。イチかバチか、入ってみたほうがいいんじゃない?」
「そう、だな……」
三冬の提案に、俺は暫し思案する。
犯人の正体も居場所も分からず、解決策も何もない。
少々危険だが、行ってみるしかないか。
「あ、そうだ。ふゆが先に様子見てくるよ。囮ってやつだね」
囮――か。
三冬を先に行かせ、犯人の様子を見るというのはいいかもしれない。
しかし、それだとあまりにも三冬が危険だ。
「危ないぞ。囮なら俺が……」
「だーいじょぶだって。ふゆに任せてよ、すぐに小春ちゃん連れて戻ってくるから」
三冬の能力が凄まじく強力だという可能性もあるが、その可能性に賭けるのは無謀だ。
小春を救うためとはいえ、三冬を危険な目に遭わせるのも気が引ける。
迷う俺に、三冬は更に続く。
「じゃあ行ってくるねっ!」
「あ、おい!」
俺の制止の声も聞かず、三冬は部屋の中に入っていく。
凄いな、あいつは。俺でも怖くてたまらないというのに、自分から囮になることを提案するなんて。
もし三冬が危なくなったら、全力で助けに向かおう。
そう決め、小春に向かって走る三冬の背中を見守る。
「小春ちゃん、助けに来たよっ」
「三冬さん……? だ、だめです、逃げてください!」
小春が叫ぶが、三冬は構わずに縄を解こうと試みる。
よほどキツく縛られているのか、解くのにかなり手こずっているようだ。
「三冬さん、早く逃げてくださいって! じゃないと――ッ」
小春が、そう叫んだ直後。
「――ッ!?」
突如として、三冬が腕を押さえてその場に座り込んでしまった。
何だ……何が起こったというんだ。
まさか、犯人からの攻撃を受けたのだろうか。
だが、攻撃らしきものは見えなかった。
見えない遠距離攻撃――それが犯人の能力だという可能性もあるが、果たして。
――トコ、トコ、と。
ゆっくりとした、足音が聞こえた。
さっきまで俺たち以外には誰もいなかったはずなのに、この足音は間違いなく別の誰かのものだ。
座り込んだままの三冬は、首を右方へ向ける。
部屋の外にいる俺からだと、ちょうど死角になっていて見えないが……そこに、犯人がいるのだろうか。
「やっと来たね……正直、君は呼んでないんだけどなあ」
そんな、冷淡な男の声がした。
いつもと声色が異なるが、この声は俺の聞いたことのあるもので。
確信を抱いたとき、彼は言う。
「そこにいるんだろう? 吹雪、出ておいでよ」
俺たちが外から様子を窺っていたことは、とっくに気づいていたというのか。
それなら、これ以上隠れていても仕方がない。
俺は立ち上がり、トレーニングルームの中へ足を踏み入れる。
そこに、いたのは――。
「やあ、吹雪。待ってたよ」
「ネイサン……ッ!」
そう。
小春と同じクラスで、そのおかげで俺とも仲良くなった男。
――ネイサン・マティスだったのだ。
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