88の星座精鋭(メテオ・プラネット)

果実夢想

学園~少年少女の日常~

 放課後。
 俺は授業が終わるなり、橙組の教室へと向かっていた。

 小春と一緒に学生寮まで帰るというのが、すっかり習慣になっているのだ。
 やがて到着し、教室の中を覗いてみると、生徒が十人ほど残っていた。
 その中には、もちろん小春も含まれていて――

「お、吹雪じゃん。小春ちゃんなら、あそこにいるよ」

 と、一人の男子が俺のほうに向かって歩きながら、小春が座っている席を指差す。
 彼は――ネイサン・マティス。
 フランス人の能力者で、ほぼ毎日のように放課後は橙組の教室に来ていたから、気づけば仲良くなっていた。

「おいらが呼んでこようか?」

「ああ、さんきゅ」

 言うと、ネイサンは小春の席へ歩いていく。
 そして少しだけ何かしらの会話をしたあと、二人で俺のもとまで戻ってきた。

「にぃ、お待たせしましたっ!」

「全然待ってないから大丈夫だぞ」

 ネイサンが呼んできてくれたおかげで、待ったのは数秒程度しかない。
 小春と一緒に帰ろうかと踵を返すと、ネイサンが声をかけてくる。

「それにしても、あんたら兄妹は本当に仲いいよね」

 そんなことを言いつつ、俺や小春と一緒に廊下を歩く。
 何だ、一緒に帰るつもりだったのか。もちろん、俺にはそんなつもりなどなかったが。

「まあ、ハルとは仲いいかもな。ハルとは、な」

「何言ってるんですか。にぃは、ねぇとも仲いいんですよっ!」

「馬鹿言うな。あんな暴力女と仲良くなれるわけないって」

 自分でも、小春とはかなり仲のいい兄妹だと思っている。
 だけど、姉貴とは……少なくとも、仲がいいとは言えないだろう。
 昔はあんな感じではなかった気もするんだが、五年ほど前から姉貴は暴力女へと豹変してしまったのである。まったく、誰に似たんだか。

「吹雪たちのお姉さんって、狭雲晩夏さんだっけ?」

「……ああ、そうだよ」

 俺の姉貴、狭雲晩夏は意外にも有名人である。
 もちろん紅組の担当教師をしているからというのもあるが、それだけじゃない。

「すごいよな。吹雪のお姉さんって〈十二星座〉の一人なんだろ?」

 ネイサンが、何やら尊敬の眼差しで言ってきた。

 ――〈十二星座〉とは、まさに牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座のことである。
 それらの星座の能力を与えられた者、十二人を〈十二星座〉と呼ぶ。

〈十二星座〉の能力は他の能力に比べて強力なものばかりで、それを使える能力者は当然実力者揃いだ。
 この学園には生徒会などというものはないが、〈十二星座〉が生徒会の代わりであるといえるだろう。
 学園のトップの実力者である〈十二星座〉は実力だけでなく権力もあり、それぞれのクラスを担当している者は全員が〈十二星座〉の一員である。

 俺の姉貴は、そんな〈十二星座〉の一人なのだ。しかも、意外にも〈乙女座〉である。全然似合わない。
 他の〈十二星座〉の能力をあまり見たことがないから全体的な実力というものは分からないが、姉貴のだけなら知っている。
 あれは、正直反則だ。
 もし〈十二星座〉のみんなが姉貴のような反則級の能力だとしたら、世界すら滅ぼせてしまうかもしれない。

「おいらは見たことないんだけどさ、晩夏さんの能力ってどんなの?」

 ネイサンが訊いてくるが、簡単に教えてしまってもいいのだろうか。
 隠さないといけないってわけではないけど、本人がいないところで能力について話すのも悪い気がする。
 そもそも、俺は姉貴の能力に詳しいわけではないし。

「さあな、知りたいなら本人に直接訊いてみればいいんじゃないか?」

「教えてくれると思う?」

「……無理だろうな」

 姉貴が自分の能力を他人に話すとは思えない。
 俺もあまり話したいものではないし、おそらく他のみんなも同じだろう。
 と、俺とネイサンの会話を黙って聞いていた小春が口を挟む。

「ねぇの能力も凄いですけど、にぃの能力も凄いんですよっ!」

 そういや、姉貴だけでなく小春も俺の能力を見たことがある。逆に言うと、二人以外に俺の能力を見た者はいないわけだが。

「へー、そうなんだ。吹雪の能力ってどんなの?」

「使い勝手の悪い能力だよ。できることなら、もう二度と使いたくない」

 自分の能力に対して、そんな感情を抱くのは俺だけだろうな。
 俺だって、みんなのように好きなだけ能力を使ってみたいのに。
 やがて、そんな会話をしているうちに校舎から出た。

「にぃ、それじゃあまたですっ!」

「ああ。またな」

 そして、俺は紅組の学生寮へ、小春とネイサンは橙組の学生寮へと向かう。
 まるで漫画やアニメみたいだが、俺たちにとってはこれが普通の日常だ。

 五年前から、俺たちの世界は変わってしまった。この現実は、誰が悪いとか何が原因だとか、そういう問題ではない。ただ、沢山の不運が重なっただけ。
 どこかで聞いたことがあるが、隕石に当たる確率は宝くじで一等が当たる確率より高いらしい。そう考えると、他の人より少し運が悪かっただけで、こうなってしまったのも仕方がないのかもしれない。

 むしろ、普通なら隕石に直撃すれば確実に死んでしまう。しかも、一つや二つどころではない複数の星に当たったのだから尚更に。
 それでも能力が身に宿るだけで済んだのは、ある意味幸運だったといえるだろう。
 まあ、その能力も人によって異なるし、使いやすいものも使いにくいものも存在する以上、やはりそこには運が絡んでくる。俺の場合は、間違いなく不運だったのだろう。

 最初は嘆いたりもしたけど、今となってはこの現実を受け止めることができている。
 いくら能力に目覚めたとはいえ、バトルアニメのように強大な敵なんてものは存在しないから気楽だ。よかった、ここがノンフィクションで。
 そんなことを考えつつ、俺は紅組の学生寮へ――

「……ん?」

 ふと、視界に入ってきたのは。
 紅組の学生寮の入口の前で地面に座り込む、一人の少女の姿。
 顔は若干俯き気味でよく見えないが、髪型や体型などで誰なのかは分かった。
 だから、俺は少女に向かって歩きながら声をかける。

「こんなとこで何してんだ、三冬」

「……あ、吹雪おにいちゃんっ!」

 俺の姿を視界に捉えるや否や、元気に駆け寄ってくる。
 おにいちゃん、なんて呼んだけど、俺の妹は小春しかいない。よその家の子だが、何故か俺のことをおにいちゃんと呼んで慕ってくれているのだ。別に、俺が呼ばせているわけではない。ほんとに。

「おにいちゃんのこと待ってたんだよー? もー、遅いよーう」

 言って、少女は俺の腕に抱きついてくる。
 かなり小柄で顔立ちや声なども幼いというのに、どんな成長をしたのか胸部だけが凄まじい存在感を放ってらっしゃる。だから、胸がぎゅむぎゅむと腕に押し付けられて、柔らかいし気持ちいいのなんのって、もう何だこれ凄い。

「わ、分かったから離れてくれ」

「やだ」

 真顔で拒否られてしまった。
 彼女は――鳥待とりまち三冬みふゆ
 蒼組の生徒なのだが、ひょんなことで知り合って以来俺に慕ってくれている。

 よくこうして俺に会いにきたりしているので、小春や姉貴とも顔見知りではある。その仲は、決して良いとは言えないけど。

「ふはー……おにいちゃんの匂いだぁ……くんかくんか」

 俺の腕を胸の谷間に挟むようにして、腕の匂いを嗅いでくる少女へんたい
 恥ずかしいし、柔らかいし、気持ちいいし、理性が大変なことになってくるからやめていただきたい。

「お前……何カップあんだよ……」

 思わず、そう呟いてしまっていた。
 他の女だとドン引きされたり怒られそうなセクハラ発言だが、三冬なら問題ない。
 何故なら、三冬は――変態だから。

「んー? えーと、Eくらいかなぁ」

「何でそこだけそんなに育っちまったんだ……」

「きっと、おにいちゃんを気持ちよくするためだよー。これだけあれば、挟むこともできるもんねぇ……してあげよっか?」

 何て素晴ら……けしからん誘惑だ、ちくしょう。
 俺が頼めばいつでもしてくれそうだけど、それは色々と駄目な気がする。
 少し頭の中に浮かんでしまった想像を、必死に掻き消す。消えろ、消えてくれ。

「三冬、お前何歳だっけ」

「十四だよ?」

「子供が、あんまりマセたことを言うんじゃない」

「えー? 今時、中学生だったらこれくらい普通だよー。彼氏と、毎日えっち三昧な中学一年生もいるしねー」

 中学生の性事情を少し垣間見た。できれば知りたくなかったな。
 そうか……今時は中学生でも経験しているのか。
 あれ、おかしいな。目から汗が。

「おにいちゃん、何で泣いてるの? もしかして童貞だから、ショックだった?」

「どどど童貞ちゃうわ!」

「ほんとに? じゃあズボン脱がして確認してもいい?」

「いいわけないだろ!?」

 そもそも、どうやって確認するつもりなのだろうか。
 本当にズボンを脱がそうとしてきた三冬の腕を掴み、制止する。危ない危ない、既成事実を作られてしまうところだった。

 俺も忘れそうになっていたが、ここは学生寮の外である。
 今は周りに誰もいないとはいえ、いつ誰が通ってもおかしくない。誤解されてしまいそうだから、悪ふざけはほどほどにしておこう。
 などという俺の思考は、当然と言うべきか三冬には伝わっておらず。

「あのね、おにいちゃん。ふゆ、処女だよ」

「さらっと何カミングアウトしてんの!?」

「えへへ……ふゆの初体験はおにいちゃんがいいの。今晩、しちゃお?」

「……え、いや、ちょっと今日は用事があるから無理だ!」

 若干頬を染めて上目遣いで言われ、ちょっとドキッとしてしまった。危うく承諾しそうになったが、何とか貞操を守ることに成功したぜ。嘘はついていない。

「……ちっ」

 三冬が悔しそうに舌打ちをしたような気がするけど、聞かなかったことにしておこう。

「むう……いいもん。今日も一人でするから」

「……あんまりそういうこと言わないほうがいいぞ」

「おにいちゃん……見たい? ちょっと恥ずかしいけど、おにいちゃんならいいよ。見て、ふゆのえっちなところ……」

「大丈夫だ、お前は存在自体がえっちだから」

「そこまでえっちじゃないよー」

 平然と下ネタを言ったり俺を誘惑しようとしてくる女の、どこがえっちじゃないというのだろうか。
 まったく、純真無垢で純情で紳士な俺が揺らいでしまうだろ。危ない危ない。

「こうなったら夜這いするしかないのかなぁ」

「言っとくけど、夜中は鍵閉めてるからな」

「いつでもふゆが入れるように、ちゃんと開けておいてよー」

「なるほど、開けていれば三冬はいつでも俺の部屋に入れるわけだ。そうなると夜這いができて、既成事実を作れる。お前らしい考えだな、まるでエロゲみたいだ。……だが断る!」

 俺がはっきりと拒むと、三冬は相当ショックだったのか項垂れてしまった。
 いつものことではあるが、相変わらず三冬との会話まんざいは疲れる。
 しかも本人は冗談を言っているわけじゃないのが、尚更質が悪い。

 この場に小春がいれば三冬を止めてくれるけど、姉貴がいれば……逆に俺が殴られる。理不尽すぎて泣けてくる。

「三冬、俺はそろそろ部屋に戻る。また明日な」

「えっ……ふゆもおにいちゃんの部屋にイくっ! イきたいっ!」

「……じゃあな」

「あ、おにいちゃ――」

 あえて突っ込まず、俺は学生寮の中に入る。なんとか逃走に成功だ。
 隙を見て逃げ出さないと、取り返しのつかないことになりそうで怖い。俺は責任をとれないんだ、すまんな。
 姉貴との約束がある夜までは、まだ時間がある。
 それまで部屋でのんびりしていようかと、俺は自分の部屋に向かった――。

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