88の星座精鋭(メテオ・プラネット)
正円~理不尽な差~
俺と姉さんが紅組の教室に入ると、中にいた残り二十人の能力者たちの視線が一斉にこちらを向いた。
女も男も、子供も大人も、全員個性的なのが紅組の――いや、空星学園の特徴だろう。
一見、みんな普通の人間のように見えるが、彼らには一片の例外なく特殊な能力を身に宿している。まあ、それは俺や姉貴も同じだけど。
と、一人の女子が俺に向かって歩いてくる。
「吹雪、遅いわよ。今朝は何してたの?」
若干吊り目がちの瞳で、そう問いかけてくる女子。
名は――鳴神紅葉。
小学生の頃からの、幼馴染みだ。俺だけでなく、姉貴や小春とも仲がいい。
「別に。俺もたまには遅れたりするって」
「お前の場合は、たまに、じゃないだろ」
俺と紅葉の会話に、ジト目の姉貴が割り込んできやがった。
確かに、遅れるのは初めてじゃないし、むしろ遅刻しなかっただけマシだとも言えるけども。
ずっと前から思ってたが、授業が始まる時間って早すぎだよな。せめて、あと一時間遅くしてほしい。
「私だって、毎日起こしてやれるわけじゃない。いい加減、自分で起きて早く来い」
「善処はする」
まあ、できるとは言ってないけど。
会話を終え、俺は自分の席へ向かう。
ちょうど椅子に座ったタイミングで、学園中にチャイムが鳴り響く。通常の学校と大して変わらない、何の変哲もない音だ。
すると、姉貴は前方――教卓の前に立つ。
「んじゃ、今日の授業始めんぞ」
そう、俺たち生徒に言い渡した。
姉貴は生徒としてではなく、教師としてこの学園に通っているのだ。
姉貴は紅組の担当だが、他の三つのクラスにも同じような人がいる。クラス間の違いというものは、あまり存在しない。授業の内容も、細かな相違はあるものの、基本的には同じである。
そして、授業とは国語や数学なども多少は行われるが、主に能力に関する事柄が多い。
自分たちの能力名、その能力の効果、相性など色々なことを座学で教わり、運動や能力の育成、更に能力者同士の鍛錬などが実技で行われる。
俺たちを善の道に導こうとしているのなら、戦闘などは行わなくてもいい気はするが……万が一のときに備えて、ということだろう。
こうしてまた、普通じゃない学園生活が始まる。
§
本日、最後の授業。
俺たち紅組の能力者たちは全員、学園の地下に広がるトレーニングルームにやって来ていた。
トレーニングルームなどと言っても、その広さが尋常じゃない。おそらく、通常の学校にある体育館より軽く三倍以上の広さはあるだろう。
そして、どんな能力を使用しても壁が崩れたりしないように、ここの壁や床は物凄く頑丈にできている。
俺たちがこんなところに集まっている理由は、ただ一つ。
今から、生徒同士で鍛錬を行うのだ。
その内容は、一対一の実戦形式。もちろんどちらかが死に至るようなことはあってはならないが、それでも殺すつもりで挑まないといけない。そういう決まりなのだ。
数学などの座学より、能力に関する座学より、運動より……何よりも俺は、この授業が最も嫌いだった。
嫌いになるのは、俺の能力が問題なんだが……そうも言ってられないんだよな。辛い。
「じゃあ――吹雪とウィルム、次はお前らだ」
「はいよ」
姉貴が言うと、一人の男子が前に出た。次いで、俺も渋々彼に倣う。
「よー、吹雪。悪ぃけど、今日も勝たせてもらうぜ」
彼の名は――ウィルム・クリストフ。
アメリカ人の能力者で、今までにも何度か授業で手合わせしたことがある。
だけど、俺は一回も勝った試しがない。
どうせ今日も、同じような結果になってしまうだろう。
「なあ、姉さん。俺、ちょっと見学しててもいいかな」
「いいわけないだろ。さぼろうとしてないで、お前もやれ」
くっそ。姉貴のやつ、俺の能力がどんなものか知っているくせに簡単に言いやがって。
俺は他のみんなと違って、気軽に使えるような能力じゃない。
だから、能力を使わずに敗北――というのが、今までのこの授業での俺だった。
「一般人に勝っても面白くねえし、今日はお前にも能力を使わせてやんよ」
「いや、だから無理だって」
俺がどんな能力を持っているのか知っていても、実際に見たことのある者は正直あまりいない。
簡単に使えないのだから、仕方ないんだけど。
「それじゃ始めろ、二人とも。私が、決着がついたと思うまで、相手を殺すつもりでやれよ」
「うっす」
「はいはい」
姉貴の言葉に、ウィルムと俺は返事をしながら臨戦態勢をとる。
勝てはしないだろうが、やれるだけやってみるか。死にそうになったら、さすがに止めてくれるだろうし。
痛いのは嫌だけど、仕方ない。実のところ、もう慣れた。
「んじゃ行くぜ、吹雪。覚悟しろよ」
「お手柔らかに頼むよ」
そして、俺とウィルムの戦闘が始まる。
俺にとっては、この戦いは間違いなく負け戦だが。
「――〈コンパス座〉ゥッ!!」
ウィルムが、自分の能力名を叫ぶ。
直後――ウィルムの前方に、大きな透明で正円の穴が現れた。
まるで、コンパスで正確に描いたかのように綺麗な丸である。
ウィルムはその穴の中に右腕を入れ――俺は咄嗟に、横っ飛びでその場を離れていた。
……やっぱりか。先ほど俺が立っていた場所の少し後ろに、いつの間にか同じような円が現れている。
これがウィルムの能力であり、彼が好んでよくする戦い方だ。
――〈コンパス座〉は、まさにコンパスを使用したかのような円を作り出す能力。
と一言で言っても、円にも色々とある。今ウィルムがしているような穴を作ったり、円のボールを作り出してそれを投げるという戦い方もできる。
当然、円以外のものを作り出すことはできない。
さっきウィルムが穴の中に腕を入れたのは、俺の背後に同じような穴を作り出すことによって、自分の腕を俺の背後へと転移させて殴るつもりだったのだろう。
そう。あの穴は、繋がっているのだ。
つまり、ウィルムが自分の前にある穴に腕を入れると、もう一つの穴から腕が出てくるという仕組みである。
しかも、作り出せる穴は二つや三つだけではない。やっているところを見たことはないが、おそらく十個以上は可能だろう。
そうなると、どこから出てくるのかが分からなくなるから、実に厄介な能力だ。
ウィルムは片手をポケットに突っ込み、余裕な様相を呈している。くそ、少し腹立つ。
「ちっ、よけたか。だけどよ、あんま油断はしないほうがいいぜ?」
「えっ――?」
すると、不意に。
「……か……ぁ……っ!?」
突然、腹部に痛みが走った。
俺は思わず、腹を押さえてその場にしゃがみ込む。
明らかに自然的な腹痛ではなく、まるで誰かに殴られたみたいな――。
「何だ、まだわかんねーのかよ? 簡単なことだ。オレのポケットん中と、お前の服ん中に穴を作り出しただけだぜ」
訝しんでいると、律儀に説明してくれた。
……そういうことか。
ウィルムは、自分のポケットに作り出した穴と俺の服の中に作り出した穴を繋げ、ポケットの中から俺の腹部を殴ったのだろう。ポケットの中や服の中に穴を作ってしまえば、俺には見えないから気づかれることはない。
更に、ウィルムがポケットの中に手を入れていたのは余裕だったからなどではなく、いつでも俺の腹を殴れるように準備していたのだろう。しかも、常に手を入れておけば怪しまれずに行動に移せる。
いかにも馬鹿そうな感じなのに、案外考えてるんだよな、こいつ。
「立てよ、吹雪。今度は、お前のほうから攻撃してこいよ」
「無茶言うな……能力使えないって言ってんだろ」
正確には、能力を使えないわけではない。
ただ――条件があるだけだ。あることをしないと、能力を発動できないのだ。
その条件というのは、決して難しくはない。
だけど、いつでもやりたいとは思えない。
そういう能力なんだ、俺のは。
「はぁ……仕方ない。お前ら、やめだ」
これ以上やっても意味がないという結論に至ったのか、姉貴が言った。
ウィルムは渋々と能力を解除し、俺は立ち上がる。
ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴り、本日の授業は終了した。
「おい、吹雪」
ふと、姉貴が近くにやって来て小声で俺の名を呼ぶ。
「どうした?」
「あとで話がある。今日の夜、いいか?」
いつにも増して真剣な表情だ。
わざわざ今晩にするということは、誰かがいる場所では話せない内容だということだろうか。
「何だ? 愛の告白か?」
「ぶっ殺すぞ」
「冗談だって……悪かったから、そんな人を殺せそうな目で睨まないでくれ」
今、姉貴の背後に死神的なものが見えた気がするぞ。姉貴が怒ったら、ガチで怖いんですが。
「そういうことだから、絶対忘れんなよ」
最後にそう言って姉貴が去っていき、それに続くようにして他の生徒もトレーニングルームから出ていった。
だが、紅葉だけは出ていかずに俺のほうへやって来る。
「お疲れ、吹雪」
「別に大したことはしてないし、むしろ無様に殴られただけだけどな」
「だから、殴られたのをお疲れって言ってるのよ。毎回毎回、大変よね」
それは、何とも嫌な労いだ。
疲れたのは事実だが、いつものことだから慣れてしまった。姉貴も他のみんなも容赦ないんだもんな。
「何であんただけ、使い勝手の悪い能力なのかしらね」
「さあな……普通なら、特殊能力が使えるようになったら喜んで使いまくるところだろうけど、俺の場合は一切使いたくならないんだよなあ」
正直なところ、他のみんなが羨ましい。大した条件もなく、能力を使用することによる欠点があまりないから。
それなのに、俺の能力は発動するために嫌な条件がある。いくらなんでも理不尽だ。神様は俺に恨みでもあるのか。
「でもさ、吹雪。その分――あんたの能力は強力じゃない」
俺は、紅葉の言葉に肯定も否定もしなかった。
強力といえばそうなのかもしれないが、だからといっていちいちあんな条件を満たすのは嫌だ。
バトルアニメのように命を懸けるべきことがあるのなら分かるけど、現実にはそんなものない。いくら特殊能力というものができた現在でも、フィクションとノンフィクションは違う。
だから、使いどころなんて正直ない。
このときの俺は、そう思っていた。
いや――ずっと、思っていたかった。
女も男も、子供も大人も、全員個性的なのが紅組の――いや、空星学園の特徴だろう。
一見、みんな普通の人間のように見えるが、彼らには一片の例外なく特殊な能力を身に宿している。まあ、それは俺や姉貴も同じだけど。
と、一人の女子が俺に向かって歩いてくる。
「吹雪、遅いわよ。今朝は何してたの?」
若干吊り目がちの瞳で、そう問いかけてくる女子。
名は――鳴神紅葉。
小学生の頃からの、幼馴染みだ。俺だけでなく、姉貴や小春とも仲がいい。
「別に。俺もたまには遅れたりするって」
「お前の場合は、たまに、じゃないだろ」
俺と紅葉の会話に、ジト目の姉貴が割り込んできやがった。
確かに、遅れるのは初めてじゃないし、むしろ遅刻しなかっただけマシだとも言えるけども。
ずっと前から思ってたが、授業が始まる時間って早すぎだよな。せめて、あと一時間遅くしてほしい。
「私だって、毎日起こしてやれるわけじゃない。いい加減、自分で起きて早く来い」
「善処はする」
まあ、できるとは言ってないけど。
会話を終え、俺は自分の席へ向かう。
ちょうど椅子に座ったタイミングで、学園中にチャイムが鳴り響く。通常の学校と大して変わらない、何の変哲もない音だ。
すると、姉貴は前方――教卓の前に立つ。
「んじゃ、今日の授業始めんぞ」
そう、俺たち生徒に言い渡した。
姉貴は生徒としてではなく、教師としてこの学園に通っているのだ。
姉貴は紅組の担当だが、他の三つのクラスにも同じような人がいる。クラス間の違いというものは、あまり存在しない。授業の内容も、細かな相違はあるものの、基本的には同じである。
そして、授業とは国語や数学なども多少は行われるが、主に能力に関する事柄が多い。
自分たちの能力名、その能力の効果、相性など色々なことを座学で教わり、運動や能力の育成、更に能力者同士の鍛錬などが実技で行われる。
俺たちを善の道に導こうとしているのなら、戦闘などは行わなくてもいい気はするが……万が一のときに備えて、ということだろう。
こうしてまた、普通じゃない学園生活が始まる。
§
本日、最後の授業。
俺たち紅組の能力者たちは全員、学園の地下に広がるトレーニングルームにやって来ていた。
トレーニングルームなどと言っても、その広さが尋常じゃない。おそらく、通常の学校にある体育館より軽く三倍以上の広さはあるだろう。
そして、どんな能力を使用しても壁が崩れたりしないように、ここの壁や床は物凄く頑丈にできている。
俺たちがこんなところに集まっている理由は、ただ一つ。
今から、生徒同士で鍛錬を行うのだ。
その内容は、一対一の実戦形式。もちろんどちらかが死に至るようなことはあってはならないが、それでも殺すつもりで挑まないといけない。そういう決まりなのだ。
数学などの座学より、能力に関する座学より、運動より……何よりも俺は、この授業が最も嫌いだった。
嫌いになるのは、俺の能力が問題なんだが……そうも言ってられないんだよな。辛い。
「じゃあ――吹雪とウィルム、次はお前らだ」
「はいよ」
姉貴が言うと、一人の男子が前に出た。次いで、俺も渋々彼に倣う。
「よー、吹雪。悪ぃけど、今日も勝たせてもらうぜ」
彼の名は――ウィルム・クリストフ。
アメリカ人の能力者で、今までにも何度か授業で手合わせしたことがある。
だけど、俺は一回も勝った試しがない。
どうせ今日も、同じような結果になってしまうだろう。
「なあ、姉さん。俺、ちょっと見学しててもいいかな」
「いいわけないだろ。さぼろうとしてないで、お前もやれ」
くっそ。姉貴のやつ、俺の能力がどんなものか知っているくせに簡単に言いやがって。
俺は他のみんなと違って、気軽に使えるような能力じゃない。
だから、能力を使わずに敗北――というのが、今までのこの授業での俺だった。
「一般人に勝っても面白くねえし、今日はお前にも能力を使わせてやんよ」
「いや、だから無理だって」
俺がどんな能力を持っているのか知っていても、実際に見たことのある者は正直あまりいない。
簡単に使えないのだから、仕方ないんだけど。
「それじゃ始めろ、二人とも。私が、決着がついたと思うまで、相手を殺すつもりでやれよ」
「うっす」
「はいはい」
姉貴の言葉に、ウィルムと俺は返事をしながら臨戦態勢をとる。
勝てはしないだろうが、やれるだけやってみるか。死にそうになったら、さすがに止めてくれるだろうし。
痛いのは嫌だけど、仕方ない。実のところ、もう慣れた。
「んじゃ行くぜ、吹雪。覚悟しろよ」
「お手柔らかに頼むよ」
そして、俺とウィルムの戦闘が始まる。
俺にとっては、この戦いは間違いなく負け戦だが。
「――〈コンパス座〉ゥッ!!」
ウィルムが、自分の能力名を叫ぶ。
直後――ウィルムの前方に、大きな透明で正円の穴が現れた。
まるで、コンパスで正確に描いたかのように綺麗な丸である。
ウィルムはその穴の中に右腕を入れ――俺は咄嗟に、横っ飛びでその場を離れていた。
……やっぱりか。先ほど俺が立っていた場所の少し後ろに、いつの間にか同じような円が現れている。
これがウィルムの能力であり、彼が好んでよくする戦い方だ。
――〈コンパス座〉は、まさにコンパスを使用したかのような円を作り出す能力。
と一言で言っても、円にも色々とある。今ウィルムがしているような穴を作ったり、円のボールを作り出してそれを投げるという戦い方もできる。
当然、円以外のものを作り出すことはできない。
さっきウィルムが穴の中に腕を入れたのは、俺の背後に同じような穴を作り出すことによって、自分の腕を俺の背後へと転移させて殴るつもりだったのだろう。
そう。あの穴は、繋がっているのだ。
つまり、ウィルムが自分の前にある穴に腕を入れると、もう一つの穴から腕が出てくるという仕組みである。
しかも、作り出せる穴は二つや三つだけではない。やっているところを見たことはないが、おそらく十個以上は可能だろう。
そうなると、どこから出てくるのかが分からなくなるから、実に厄介な能力だ。
ウィルムは片手をポケットに突っ込み、余裕な様相を呈している。くそ、少し腹立つ。
「ちっ、よけたか。だけどよ、あんま油断はしないほうがいいぜ?」
「えっ――?」
すると、不意に。
「……か……ぁ……っ!?」
突然、腹部に痛みが走った。
俺は思わず、腹を押さえてその場にしゃがみ込む。
明らかに自然的な腹痛ではなく、まるで誰かに殴られたみたいな――。
「何だ、まだわかんねーのかよ? 簡単なことだ。オレのポケットん中と、お前の服ん中に穴を作り出しただけだぜ」
訝しんでいると、律儀に説明してくれた。
……そういうことか。
ウィルムは、自分のポケットに作り出した穴と俺の服の中に作り出した穴を繋げ、ポケットの中から俺の腹部を殴ったのだろう。ポケットの中や服の中に穴を作ってしまえば、俺には見えないから気づかれることはない。
更に、ウィルムがポケットの中に手を入れていたのは余裕だったからなどではなく、いつでも俺の腹を殴れるように準備していたのだろう。しかも、常に手を入れておけば怪しまれずに行動に移せる。
いかにも馬鹿そうな感じなのに、案外考えてるんだよな、こいつ。
「立てよ、吹雪。今度は、お前のほうから攻撃してこいよ」
「無茶言うな……能力使えないって言ってんだろ」
正確には、能力を使えないわけではない。
ただ――条件があるだけだ。あることをしないと、能力を発動できないのだ。
その条件というのは、決して難しくはない。
だけど、いつでもやりたいとは思えない。
そういう能力なんだ、俺のは。
「はぁ……仕方ない。お前ら、やめだ」
これ以上やっても意味がないという結論に至ったのか、姉貴が言った。
ウィルムは渋々と能力を解除し、俺は立ち上がる。
ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴り、本日の授業は終了した。
「おい、吹雪」
ふと、姉貴が近くにやって来て小声で俺の名を呼ぶ。
「どうした?」
「あとで話がある。今日の夜、いいか?」
いつにも増して真剣な表情だ。
わざわざ今晩にするということは、誰かがいる場所では話せない内容だということだろうか。
「何だ? 愛の告白か?」
「ぶっ殺すぞ」
「冗談だって……悪かったから、そんな人を殺せそうな目で睨まないでくれ」
今、姉貴の背後に死神的なものが見えた気がするぞ。姉貴が怒ったら、ガチで怖いんですが。
「そういうことだから、絶対忘れんなよ」
最後にそう言って姉貴が去っていき、それに続くようにして他の生徒もトレーニングルームから出ていった。
だが、紅葉だけは出ていかずに俺のほうへやって来る。
「お疲れ、吹雪」
「別に大したことはしてないし、むしろ無様に殴られただけだけどな」
「だから、殴られたのをお疲れって言ってるのよ。毎回毎回、大変よね」
それは、何とも嫌な労いだ。
疲れたのは事実だが、いつものことだから慣れてしまった。姉貴も他のみんなも容赦ないんだもんな。
「何であんただけ、使い勝手の悪い能力なのかしらね」
「さあな……普通なら、特殊能力が使えるようになったら喜んで使いまくるところだろうけど、俺の場合は一切使いたくならないんだよなあ」
正直なところ、他のみんなが羨ましい。大した条件もなく、能力を使用することによる欠点があまりないから。
それなのに、俺の能力は発動するために嫌な条件がある。いくらなんでも理不尽だ。神様は俺に恨みでもあるのか。
「でもさ、吹雪。その分――あんたの能力は強力じゃない」
俺は、紅葉の言葉に肯定も否定もしなかった。
強力といえばそうなのかもしれないが、だからといっていちいちあんな条件を満たすのは嫌だ。
バトルアニメのように命を懸けるべきことがあるのなら分かるけど、現実にはそんなものない。いくら特殊能力というものができた現在でも、フィクションとノンフィクションは違う。
だから、使いどころなんて正直ない。
このときの俺は、そう思っていた。
いや――ずっと、思っていたかった。
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