88の星座精鋭(メテオ・プラネット)

果実夢想

現在~変わってしまった異端の世界~

 チュンチュン……と、小鳥のさえずる音が聞こえる。
 眩しい日差しが窓から差し込んでいることから察するに、今はもう朝なのだろう。

 だけど、その程度で俺の眠りを邪魔できると思ったら大間違いだ。
 一度開けてしまった目を閉じ、再び夢の世界へ――

「――ぁぐぅッ!?」

 と、腹部に猛烈な痛みが走ったことで、またもや睡眠を阻止されてしまった。
 寝ているときに、自然とこんな痛みが襲ってくるわけがない。
 誰かの仕業であることは間違いないわけで、俺にはとっくに張本人が誰なのか分かりきっていた。

 瞼を開けると、そこには思っていた通りの光景が広がっていた。
 ベッドの上で横になっている俺の傍らで、とある女子が突っ立っている。しかも、左手で拳を作り、俺の腹の上に乗せて。

 まずい。このままだと、また次の一撃が加わられてしまう。
 焦った俺は、咄嗟に既に起きていることを知らせるために声をかける。

「いつもいつも、こんな起こし方しないでくれッ」

「ちっ、もう起きたのか。こっちとしては、あと何発でも殴る準備はできてたんだけどな。残念だ」

 男勝りな口調で、そんな恐ろしいことを言ってのける。そこに痺れない、憧れない。

 この暴力女は狭雲さくも晩夏ばんかといって、これでも俺の姉貴なのだ。血の繋がりがあることが、少しショックに思えるが。

「一応〈乙女座〉なんだから、もっと乙女らしくしろよな」

「喧嘩売ってんのか」

 しまった。俺の腹の上に、まだ拳が置かれているのを忘れていた。
 その拳に力が込められたことに気づき、俺は慌てて姉貴のご機嫌取りを試みる。

「い、いや! 姉さんは乙女らしいよな! こんなに乙女な女性、見たことない! 最高! マジ女神!」

「……露骨すぎて気色悪いからやめろ」

 くそ、ちょっと引かれちゃったじゃないか。俺だって、恥ずかしいのを我慢したのに。

「さっさと飯食って、教室来いよ」

 姉貴はそれだけ言って、部屋から出ていく。

 俺は起き上がり、学園の制服に着替える。大して変わったデザインではないと思うが、白を基調としている中で所々に紅色が混ざった制服だ。
 そして部屋を出、下の階に降りて朝食を食べるために食堂へと向かう。

 こうして、今日もまた一日が始まる。
 いつもと変わらない、尚且つ普通や平凡などとは決して言えない一日が。

     §

 およそ、五年前。
 世界中に、沢山の星が落下した。

 その様々な流星は隕石となり――老若男女問わず、多数の人々に直撃した。俺や姉貴、妹もその一人だ。
 あれは、ただの星なんかじゃない。動物や人物などに見立て、見かけ上の位置によって結びつけた恒星――星座だ。

 隕石に直撃すると、普通は死んでしまうだろう。
 しかし、星座に当たった人たちは、死に至るどころか怪我すらしなかった。
 それだけでもかなり驚くべき出来事なのに、更に理解不能の異変が生じた。

 星座が命中した八十八人もの老若男女に――とある一つの異能力が発現したのだ。

 その人によって能力の内容は異なるが、どれも通常の人間には考えられないような常軌を逸したものばかり。
 そう。その瞬間、世界に八十八人しか存在しない特異能力者が誕生した。

 全ての星座が地球に落ちてから長い年月を経て、日本の付近に一つの島ができた。
 それが――ここ、空星島だ。

 空星島の人口は八十九人。つまり、能力を使えるようになった者は全員暮らしているということ。
 民家は一つも存在せず、空星島にはかなり大きな学園と複数の学生寮があり、全員がそこで過ごすことが決定づけられている。
 特殊能力が宿ったのは未成年だけでなく老人などもいるのだが、年齢は関係なしに学園に通わなくてはいけない。

 空星学園には〈紅組〉〈蒼組〉〈翠組〉〈橙組〉の四つのクラスがあり、それぞれ二十二人ずつ所属している。
 ちなみに、俺と姉貴は紅組だ。だから、制服には紅色が混ざっている。それが蒼組なら蒼色になり、翠組なら翠色……なので、誰がどのクラスに属しているかは制服を見れば分かる。
 学生寮もクラスごとに分かれていて、俺が今いる場所は紅組の学生寮。少し離れたところには、残り三つの学生寮もある……が、正直行ったことはない。別に禁止されているわけではないのだが、単純に他の学生寮へ行く用がないのだ。

 星座が落下したのは世界中なので、当然能力者は日本人だけではなく色々な国籍の人がいる。
 だけど、何故か日本人が最も多いため、空星島では日本語が共通語として使用されている。

 俺たち能力者が全員こんな島にいるのは、凡人には到底使えない強力な能力を宿しているとどんな悪事にも活用できてしまうから、らしい。そういうことを危惧して、俺たちを隔離しているのだろう。
 だが、ただ隔離するだけではない。学園という施設に通わせることで、能力のことを学び、育成し、犯罪などに使わないよう善の道に導こうとしているのだ。
 八十八人の能力者の中に一人だけいる、通常の人間――学園長は。

 もちろん空星島には学園だけでなく様々な施設があるのだが、今はいいだろう。
 これが、ほんの数年前に星座が落下してきたことによって変わってしまった俺たちの世界だ。

     §

 などと現在の世界について考えている間に朝食を終え、俺は本校舎へ行く。

 やはり何度見ても大きい。そんなに各地の学校を知っているわけじゃないけど、日本のどの学校もここまで大きなものはないだろう。
 生徒は八十八人しかいないのに、ここまで膨大な敷地は必要ない……と、一般人は思うはずだ。
 だけど、実はそうじゃない。俺たちにとって、広いこと、そして建物が頑丈であることは重要である。

 何故なら――建物自体が脆いと、すぐに破壊されてしまうのだ。日本にある普通の学校だと、今頃粉々になっているだろう。
 そして、俺たち能力者が鍛錬などをできるように広くもなっているのだ。
 中にはトレーニングルームなんてものもあるし、凄いよな。まるでファンタジーのようだ。まあ、一般人からしてみれば、俺たちの存在はファンタジーの住人みたいなものだろうけど。

 何はともあれ、校舎の中に入る。
 この学園では、普通の学校にある上靴というものがない。万が一、何者かに襲撃されたとき、戦闘に発展してしまうような事態になったとき、いちいち履き替える暇がないから。
 それに、生徒は日本人だけじゃないしな。

 なんてことを考えつつ紅組の教室に向かっていると、背後から足音が聞こえてきた。
 ゆっくり歩くような音ではなく、急いで駆け寄ってきている音だ。

「にぃ! おはようございますっ!」

 更に可愛らしい声も聞こえてきたので、俺は後ろを振り向く。
 そこには、百四十センチほどしかないであろう低身長の少女がいた。
 もちろん身長だけでなく、顔立ちも声も幼い。まだ十二歳だから当然といえば当然だが。

「よ、ハル。そんなに急いでどうしたんだ?」

「にぃの後ろ姿が見えたので、走ってきましたっ!」

 俺の問いに、少女は元気にそう答える。
 この子は、狭雲さくも小春こはる
 四つ離れた、俺の妹だ。

「でも、お前の教室は向こうだろ?」

「はい! ということで、また放課後ですっ」

「……お、おう」

 俺に挨拶を終え、小春はまたすぐに走り去っていった。
 小春が着ている制服には、白を基調としている中で所々に橙色が混ざっている。
 そう。紅組の俺や姉貴と違い、何故か小春は橙組に所属しているのだった。兄妹なんだし、どうせなら三人とも同じクラスだったらよかったのに。
 それにしても、朝の挨拶をするためだけにわざわざ走ってくるなんて、我ながら可愛い妹だ。姉貴とは大違いだな。

「おい」

「――ひゃふう!?」

 急に後ろから声をかけられ、変な声が出てしまった。
 振り向くと、仏頂面の姉貴の姿が。

「気色悪い声を出すな。さっさと教室に来い。そろそろ授業始まんぞ」

「分かってるよ」

 妹の小春は俺に懐いてくれているが、姉貴は無愛想だし厳しい。俺に対しては、特に。
 姉と妹で、どうしてこんなに性格が違うんだろう。本当に姉妹なのか、疑わしくなってきた。

 そんなことを考えながら、二人で廊下を歩く。
 空星学園は、通常の学校とは大きく異なる。とはいえ、授業の始まる時間や終わる時間など、意外と同じ部分もある。
 壁に立てかけてある時計を見ると、あと数分で授業が始まるという時間だった。
 みんなもう既に教室に行っているのか、廊下には俺たち以外には誰もいない。

「なあ、姉さん。わざわざ俺を呼びに来てくれたのか? もしかしてデレ期?」

「お前、まだ寝ぼけてんのか。私が百発くらい殴って、目覚まさせてやろうか?」

「……ごめんなさい何でもないです許してください」

 相変わらず、冗談が通じない奴だ。姉貴なら本当にやりそうで怖い。しかも相手が俺だと、容赦なく全力で殴ってきそうだな。

「くだらねえこと言ってないで、さっさと入れ」

 言って、姉貴が立ち止まる。
 気がつくと、目の前には紅組の教室があった。
 俺はゆっくりとスライド式の扉を開け、中に入る。

 俺と姉さんを除く、紅組に所属している残り二十人の能力者たちが、そこに集まっていた――。

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