異世界で勇者に選ばれたと思ったらお姫様に選ばれた件

りょう

第5話ゼロから始める女装生活

「ユウスケ様のその言葉、ありがたく感じるのですが、少し疑問に思うところが私にはあります」

「疑問?」

「ユウスケ様にどんな過去があったのかは存じあげませんが、あまり押し付けすぎても、かえってラン様を傷つけるだけではないでしょうか?」

 ステラの言う事には一理あった。俺はただ過去の失敗を繰り返さないために、ランを助けようとしている。それは相手からしてみれば、余計なお世話なのかもしれない。
 そんなのはとっくに分かっていた。

「それでも俺は、彼女の力になりたいと思ったんだよ。だからこうして、影武者になる事も決意したんだ」

「その道、決して簡単な道にはなりませんよ?」

「それでもいいよ」

 ただの自己満足かもしれない。それでもいい。でも二度とあんな思いをするよりは何倍もマシだ。

「そこまでユウスケ様が本気なら、私も力になりますよ。でもその前に」

 ステラが会話の途中で、部屋の前で足を止める。その部屋にはこう書いてあった。

 ドレッサールーム。

 つまり着替え室。どうやらもう俺の女装生活は始まっていたらしい。

「ユウスケ様には、この部屋で立派な姫様になっていただきます」

「いきなりハードル高いな!?」

「物事は何でも形からと言いますから。さあ、入ってください」

「ま、待ったまだ心の準備が……」

「さあ変身のお時間ですユウスケ様」

 ■□■□■□
 三十分後。

「これ、本当に俺なんだよな……」

 目の前の鏡には、あのランと瓜二つなくらいそっくりな俺が立っていた。服は赤いドレス、顔や髪はあのランとほぼ変わらない。

(異世界なのにメイク技術すごいなぁ)

 あまり感心したくないが、もはや俺は俺ではない。これは高橋勇介ではなく、この国の姫のランだ。まさか中身が男だなんて誰も考えやしないだろう。

「似合っていますよ、ユウスケ様」

「それは嫌味で言っているのか?」

「嫌味ではありません。褒めているんですよ」

「褒められたくないわ!」

 生まれてこのかた二十年、女装なんてした事がなかったから変な感覚になる。でも俺は了承してしまったのだ。引くに引けない。

「ところでさ、声とかってどうするの? 男のままって訳にはいかないだろ」

「それはご心配なく。こちらをお使いください」

 そう言ってステラは俺に渡してきたのは、飴。日本でもよく売っているのど飴の類だ。

「まさかこれを舐めれば女声になるとか、言いたいんじゃないんだろうな?」

「その通りです」

「そんな馬鹿な話」

 五分後。

「こ、これ本当に俺の声なんだよな?」

 そんな馬鹿な話がありました。何がどうなっているのかさっぱり分からないが、今俺から発せられている声は明らかに女の声。これで主語を私にして口調を変えてしまえば、完全に女だ。

「この飴の効果は一粒大体一ヶ月は持ちます。なのでユウスケ様はしばらく元の声には戻りません」

「マジで!? って気持ち悪」

 自分から発せられる女声に思わず気持ち悪くなってしまう。まさかここまでしっかりと準備されているなんて、思いもしなかったよ……。

「さあ、この部屋を出たらあなたはもうこの国の姫です。心の準備はよろしいですか?」

「も、もう?! まだ心の準備が……」

「何を言っているんですか! もう決心したなら迷う必要なんてないじゃないですか」

「そ、そうだけど」

 この部屋を出たら女になれなんていきなり言われたら、誰だって時間が欲しくなる。覚悟を決めたとはいえ、いざその時になったら足がすくんでしまう。

「私はあなたを信じると決めたんですから、それを裏切らないでください。あなたのサポートは私が全力でします。さあ」

「あ、ちょっと」

 ステラに引っ張られ、半ば強制的にドレッサールームを出てしまう。そう、出たこの瞬間から俺の波乱の異世界生活が幕を開いたのだ。
 女装して、姫の影武者になるというトンデモない異世界生活が。

「さあラン様、今から国王様に改めて挨拶に行きます。もうユウスケ様とは呼べませんからね」

「分かってるよ」

「口調」

「わ、分かりました」

 はてさて、この先本当にどうなるのやら。

 ■□■□■□
 ステラに連れられて国王様の元にやってくると、俺のあまりの変身っぷりに国王様はただただ驚いていた。

「ほう、お主が本当に先ほどの異世界の者? よく決断してくれたのう」

「おれ……私はただ、ランさんの力になりたくて」

「それだけでも十分じゃ。これから頼むぞ」

 頭を下げる国王様。

「それで早速じゃが、お主には一つ仕事をしてもらう」

「仕事ですか?」

 まだ何の知識もない俺にいきなりこなせるような仕事なんて、果たしてあるのだろうか?

「お主には明日ステラと共に隣国へと向かってもらいたいのじゃ」

「隣国に? 何をしにですか?」

「そこに儂の旧知の友がおる。お主にはその者に直接会ってもらって、ある事をしてもらいたい」

「姫のお……私が直接ですか?  それって平気なのですか?」

「心配せずとも大丈夫じゃ。ただお主には採ってきてもらうだけじゃからな」

「採ってくる?」

 その漢字の採るだとすごく嫌な予感がするのですが。

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