死の花が咲いた日
第17話 推理劇
ナユシーが遺した答紙の内容は、簡単に言えば自供だった。とどのつまり、今まで自分が行ってきた行動の全てが書かれていた。
ミネアもミルシアも、全て自分が殺したと書かれていた。そのやり方も事細かに書かれており、簡単に再現出来そうなくらいだった。
「……理由は、祈祷師の地位であり続けることが辛かったから、ですか。なんとまあ、在り来たりで自分よがりな理由なんでしょうね。確かに人を殺せば地位は一気に下がります。けれど、その下がった先の地位は『奴隷』と決まっている。それはナユシーだって知っていたはずでは無かったのかしら」
エレンはそう言ってテーブルの上に答紙を放り投げた。
あの後。エレンと僕でナユシーの遺体を回収した。アルナが自分も手伝いたいと言っていたが、丁重にお断りした。目の前で祈祷師が三人も死んでいるのだ。彼女自身は気丈に振る舞っていたとしても、心の中では泣いているはずだ。そう思っていたからこそ、僕はアルナに休むよう伝えた。それは僕なりの優しさだった。
そうして今はキッチンのテーブルで、アルナと僕とエレンがゆっくりと休憩していた。
人が死んでいるのを確認しておいて、普通に休憩しているのはおかしな話かもしれない。アルナ以外の僕たちに至っては死体の処理までしたのだから。
けれど、いつまでも引きずっていられないのも事実だった。結局のところ、アルナだけでは会議を進行することは出来ない。そして、それは即ち祈祷師会議の終了を意味していた。今までの会議でこのようなことは無かった。そうエレンは言っていた。確かに今回は特例なのかもしれない。
だが、祈祷師三人が殺された(正確に言えば、一人は自死だが)以上、会議を進めないほうがいいだろう。つい先程使者の人に手紙を提出しており、それが国王陛下に確認され次第確定にはなるのだが。
まあ、いずれにせよそれも時間の問題だろう。あとは無事にアルナを元いた場所に帰すだけ。そうして僕の仕事はおしまい。そして次の仕事まで、仕事以外では彼女に会う事は許されない。
それが日常。
それが普通なのだから。
彼女と僕の関係は、そんな簡単に覆すことも格差をなくす事も出来やしない。身分という名の格差は、これでも充分近付いてきたほうなのだから。というより、これ以上はもう近付くことは出来ない。それは彼女と僕が生まれた時から貴族や王族などではないからだ。
この世界の身分は、ある程度ならば努力さえすればカバー出来るかもしれない。だが、上級騎士より上は、それこそ『思し召し』が無ければ上がることは出来ない。とどのつまり、上級騎士までは上がろうと思えば上がることは出来るのだが、それより上の地位は本人の意思に問わず上がることが出来る。『上がりたくても上がることができない』とはそのことを意味していた。
「……とりあえず、今は国王陛下の連絡待ちになりますね」
そう言ってエレンは立ち上がり、彼女が使っていたティーカップを持ち上げた。そして一通りテーブルを見遣って、僕に訊ねた。
「紅茶のお代わりはいかがですか?」
「いただこうか」
僕はそのままエレンに空になっていたティーカップを差し出した。
アルナの方はどうだろうかと思い確認してみたら、然程量は減っていなかった。
そしてエレンもそれを確認したのか、アルナには同じ質問をすることなく、そのままキッチンの奥に消えていった。
「ねえ、アルファス」
エレンが居なくなったタイミングを見計らったのかは定かではないが、ちょうどそのタイミングでアルナが言った。
「どうしたんだい、アルナ?」
僕は答える。
アルナは神妙な面持ちで僕に言った。
「……ほんとうに、ナユシーがみんなを殺したのかな……」
その言葉に、僕はすぐに答えられなかった。
でも、正解は知っている。
「そんなこと言ったって、自供した紙が残されていたんだ。それを覆すことはそう簡単なことでは無いと思うけれど」
「そう。それなのよね……。けれど、彼女に人を殺すことなんて、出来るはずが無いし、答紙もあんなすらすらと書けるはずがないの。だって、答紙を書いていたのは、私だったから」
会話の雲行きが怪しくなって来た。僕はそんなことを思い始めた。
そしてアルナは、おおよそ僕の想像通りの発言をしたのだった。
「……やっぱり、ナユシーにはミネアやミルシアを殺すことは出来ない。きっと誰かが殺したはずよ。つまり……、真犯人がどこかにいるはず」
「真犯人……。そんなことを言っても、ほかのみんなにはアリバイがある。それを考えると、自供したナユシー以外考えられないんじゃないか?」
アルナは、彼女は、優しい子だった。
だからきっとそんなことを言いだすはずだと、僕も思っていた。
だからここまでは想定の範囲内。
しかしながら、ここでアルナはさらに話を続けた。
「だから、ナユシーには殺人は無理よ。だってアルファス、冷静になって考えてみて。……目が見えない人に殺人をすることが出来る?」
ミネアもミルシアも、全て自分が殺したと書かれていた。そのやり方も事細かに書かれており、簡単に再現出来そうなくらいだった。
「……理由は、祈祷師の地位であり続けることが辛かったから、ですか。なんとまあ、在り来たりで自分よがりな理由なんでしょうね。確かに人を殺せば地位は一気に下がります。けれど、その下がった先の地位は『奴隷』と決まっている。それはナユシーだって知っていたはずでは無かったのかしら」
エレンはそう言ってテーブルの上に答紙を放り投げた。
あの後。エレンと僕でナユシーの遺体を回収した。アルナが自分も手伝いたいと言っていたが、丁重にお断りした。目の前で祈祷師が三人も死んでいるのだ。彼女自身は気丈に振る舞っていたとしても、心の中では泣いているはずだ。そう思っていたからこそ、僕はアルナに休むよう伝えた。それは僕なりの優しさだった。
そうして今はキッチンのテーブルで、アルナと僕とエレンがゆっくりと休憩していた。
人が死んでいるのを確認しておいて、普通に休憩しているのはおかしな話かもしれない。アルナ以外の僕たちに至っては死体の処理までしたのだから。
けれど、いつまでも引きずっていられないのも事実だった。結局のところ、アルナだけでは会議を進行することは出来ない。そして、それは即ち祈祷師会議の終了を意味していた。今までの会議でこのようなことは無かった。そうエレンは言っていた。確かに今回は特例なのかもしれない。
だが、祈祷師三人が殺された(正確に言えば、一人は自死だが)以上、会議を進めないほうがいいだろう。つい先程使者の人に手紙を提出しており、それが国王陛下に確認され次第確定にはなるのだが。
まあ、いずれにせよそれも時間の問題だろう。あとは無事にアルナを元いた場所に帰すだけ。そうして僕の仕事はおしまい。そして次の仕事まで、仕事以外では彼女に会う事は許されない。
それが日常。
それが普通なのだから。
彼女と僕の関係は、そんな簡単に覆すことも格差をなくす事も出来やしない。身分という名の格差は、これでも充分近付いてきたほうなのだから。というより、これ以上はもう近付くことは出来ない。それは彼女と僕が生まれた時から貴族や王族などではないからだ。
この世界の身分は、ある程度ならば努力さえすればカバー出来るかもしれない。だが、上級騎士より上は、それこそ『思し召し』が無ければ上がることは出来ない。とどのつまり、上級騎士までは上がろうと思えば上がることは出来るのだが、それより上の地位は本人の意思に問わず上がることが出来る。『上がりたくても上がることができない』とはそのことを意味していた。
「……とりあえず、今は国王陛下の連絡待ちになりますね」
そう言ってエレンは立ち上がり、彼女が使っていたティーカップを持ち上げた。そして一通りテーブルを見遣って、僕に訊ねた。
「紅茶のお代わりはいかがですか?」
「いただこうか」
僕はそのままエレンに空になっていたティーカップを差し出した。
アルナの方はどうだろうかと思い確認してみたら、然程量は減っていなかった。
そしてエレンもそれを確認したのか、アルナには同じ質問をすることなく、そのままキッチンの奥に消えていった。
「ねえ、アルファス」
エレンが居なくなったタイミングを見計らったのかは定かではないが、ちょうどそのタイミングでアルナが言った。
「どうしたんだい、アルナ?」
僕は答える。
アルナは神妙な面持ちで僕に言った。
「……ほんとうに、ナユシーがみんなを殺したのかな……」
その言葉に、僕はすぐに答えられなかった。
でも、正解は知っている。
「そんなこと言ったって、自供した紙が残されていたんだ。それを覆すことはそう簡単なことでは無いと思うけれど」
「そう。それなのよね……。けれど、彼女に人を殺すことなんて、出来るはずが無いし、答紙もあんなすらすらと書けるはずがないの。だって、答紙を書いていたのは、私だったから」
会話の雲行きが怪しくなって来た。僕はそんなことを思い始めた。
そしてアルナは、おおよそ僕の想像通りの発言をしたのだった。
「……やっぱり、ナユシーにはミネアやミルシアを殺すことは出来ない。きっと誰かが殺したはずよ。つまり……、真犯人がどこかにいるはず」
「真犯人……。そんなことを言っても、ほかのみんなにはアリバイがある。それを考えると、自供したナユシー以外考えられないんじゃないか?」
アルナは、彼女は、優しい子だった。
だからきっとそんなことを言いだすはずだと、僕も思っていた。
だからここまでは想定の範囲内。
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