死の花が咲いた日

巫夏希

第05話 勉強会(後編)

「世界はどうして平和にならないのか……という哲学者の命題のようなことについてはここで語ることはやめておきましょう。問題は祈祷師会議では世界平和について祈祷師が真剣に会議し、世界全体の思し召しについて共通認識を示したうえ、世界にそれを発表する、ということです。その意味がお分かりですか? つまり、祈祷師会議で発表されたことはその後の世界の目的、その後の世界の指針であるということです。守っていこう、ではなく守らねばならないこと、といえばいいでしょうか」

 守っていかねばならないこと。
 正確に言えば、それを守らないと世界が大変なことになるから守らないといけない――ってことになるのだろうか。

「……祈祷師を守る大切さがお解りいただけましたか? つまり、これによって世界のすべてが決まってしまう。私は祈祷師ではありませんので、その能力がどういう仕組みになっているかは知りませんが……、その未来を自分にメリットがある方向に変えたいと思っている人間は少なくないはずです。だって、こんな階級に支配された世界ですからね。下級階層の人間からは先ず確実に疎まれる存在でしょう、祈祷師というのは」
「そうでしょうね。祈祷師は世界の未来を決める存在だ。それを拡大解釈してしまって、自分たちが貧しい理由も祈祷師がそういう未来を見たからだと言うのでしょう。悲しい存在であることは事実ですね」

 僕も数年前まではそんなことを思っていた一般市民だったにも関わらず、その発言はあまりにも自虐的だった。
 エレンの話は続く。

「まあ、この世界で階級についての問題は日常茶飯事ですからね。別に気にする問題ではありません。特に私たち王宮騎士や、あなた方上級騎士は。王宮騎士は王宮を主に警備するための騎士団ですし、上級騎士は上級騎士法によって殺しが認められている。何とも素晴らしいではありませんか。それにより秩序が保たれるというのであれば、私は容赦なくその権力を振り翳しますよ」
「そういうものですかね」

 エレンは立ち上がり、「そういうものですよ」と言った。
 ただそれだけの話だった。


 ◇◇◇


 その日の夜。
 夕食はエレンの作ったシチューだった。エレンはエプロンをつけて上機嫌で料理を作り、あっという間にシチューを完成させてしまった。因みに僕は一人でテーブルに腰かけ本を読んでいる。本棚にもともと入っていた本で娯楽になるものではない。今僕が読んでいるのはこの国の歴史書だった。
 では、アルナは何をしているのか。それは簡単なことだ。祈祷をしている。祈祷師にとって祈祷は日常のスケジュールに組み込まれている要素となっており、今や誰が何を言うでもなく祈祷を行っている。
 祈祷をするためにはいろいろと準備が必要であり、そのための専用の部屋も用意されている。なぜ専用の部屋をわざわざ用意したかというと、簡単な話だ。祈祷の時に用いるお香の香りが染みついてしまうためだ。寝室でしたい、と言っていたアルナだったがそれでは甘い香りが寝るときに鼻にこびりついてしまって僕が眠ることができない。だから、それだけは勘弁してくれと言ったら何とか了承してくれた。
 祈祷の時間はいつも一時間と決まっている。だから僕が時計を見つめながら大体の時間を確認している、ということだ。

「よし、料理ができましたよ。これであとはアルナ様の祈祷が終わればご飯を食べることが出来ます」

 エプロンを外しながらエレンは椅子に腰かける。それを見た僕はちらりと時計を見た。すると時間はちょうど一時間を回ったばかり。もともと予定していたとはいえ、いいタイミングで料理を完成させてくれるものだ。国王陛下も、素晴らしい人材を用意してくれたと思う。
 本にしおりを挟み、僕は頷く。

「それじゃ、祈祷が終わったと思うので部屋に向かいますね」
「……ところでどうして祈祷師って目が見えないんですか? もともとですか?」
「いや、違うと思いますよ」

 少しだけ躊躇ったけれど、僕はそのままの言葉を伝えた。
 祈祷師は目が見えない。
 それは生まれながらにして、ではない。確かに幼馴染としてともに毎日を送っていた七歳くらいの頃まで、彼女は目が見えていたはずだ。もっといえば健康が取り柄な少女で、いつも力比べをすると僕が負けてしまうほどだった。
 だからこそ。
 初めて祈祷師としての彼女と出会ったときは、ひどく衝撃を受けたものだった。
 視力を失い、暗い部屋で一人毎日延々と祈りを捧げている。
 何も知らない人間から見ればそれで生きていくことが出来るのならば素晴らしい生活ではないか。そう思う人間も居るかもしれないが、僕から見れば彼女の生活は酷いものだったと思う。
 だって、あれ程健康体だった彼女の肌は白く、身体も全体的にやせ細って見えていたからだ。流石に病的な程では無かったが、前と比べれば薄幸な感じが見て取れた。
 祈祷師という仕事は、そこまでしないと続けられないのか。
 あるいは、祈祷師という仕事そのものがそういうものなのか。
 階級と職業は選定で定められれば、その後一生付き纏うことになる。例えば貴族の子供が選定によって一般市民に落ちてしまうこともあるし、逆もしかり、ということだ。そういう制度であるというのに誰も苦情を言わないのは、皆すっかりこの制度をルールの一つに組み込んでしまっているから――なのだろう。
 祈祷の部屋について、ノックを三回。彼女からは当然返事はない。
 まあ、返事が来るとは思っていなかったから、これについては想定内。
 扉を開けて、僕は中へ入る。
 彼女はまだ跪いて目を瞑り、ある一定の方向を向いて、両の手を合わせていた。
 即ち、ずっと祈祷を続けていた、ということだ。当然かもしれないが、まだ甘い香りは室内に満たされていて、鼻が曲がってしまうほどのきつさだった。

「祈祷の時間、終わりましたよ。ご飯に致しましょう」

 それを聞いたアルナは立ち上がると、踵を返す。ゆっくりと僕のほうに近づき、そして僕の身体にぶつかった。

「もう、そんな時間? 確かに、お腹が空いたかもしれない」
「かもしれない、じゃなくてもうそんな時間なんですよ。祈祷はこれまでにして、ご飯にしましょう」

 はあい、とどこか抜けたような言葉を交わしてアルナと僕は部屋を出た。



 そして、夕食を食べ、風呂に入り(当然だが目が見えないのでエレンにお願いする形になる。僕が風呂を? 馬鹿を言え、彼女は僕と同い年だ。そんなことをしてしまうと、変態と思われてしまう)、少しだけ彼女と話をして、同じ部屋で彼女とともに眠りについた。
 だが、僕は少し寝付けなかった。
 これから始まる共同生活が、少しだけ不安があったからだ。
 アルナと僕の生活――一週間しかないとはいえ、続けることが出来るのだろうか?
 あとはエレン。彼女もまた、素性を知らない。一応いろいろと手助けしてくれるとはいえ、ある程度は警戒しておいたほうがいいかもしれない。

「……寝ないと、さすがに明日がつらいな……」 

 そう独りごちり、僕は目を瞑り、強引に眠る準備に入った。
 そして――僕とアルナ、それにエレンの共同生活、その一日目が幕を下ろしたのだった。

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