死の花が咲いた日
第03話 祈祷師(後編)
「それを、わたくしに?」
国王陛下は再度頷く。
「ああ、そういうことになる。三日間寝食を共にしてもらう、ということだ。ただし、会議といっても祈祷師は会議期間中の大半を祈祷に占める。そのため、実際は明日からの四日間も準備期間に入れることとなる。だから正確には明日からの七日間……ということになるかね」
「……寝食を共に、ですか?」
「いつ狙われるか解らないだろう? 祈祷師は私と並んで地位の高い人間だ。いや、あれは人間ではない別の何かといっても何ら不思議ではないが……。いずれにせよ、あれをどう狙ってくる輩が居るか解った話ではない。その言葉の意味が理解できるか、アルファス上級騎士よ」
その言葉の意味を理解できない僕では無かった。
「……私が長く話をしても意味はないだろう。とにかく、まずは本人に出てきてもらうこととしよう。おい、祈祷師はどうした」
国王陛下のすぐそばにいた兵士は、その言葉を聞いて敬礼をしたのち、
「はっ。直ちに連れてまいります」
そう言って背後にある扉から外へ出て行った。
その間、僕は考え事をしていた。
上級騎士になるために、彼女と一緒にいたいために、僕はずっと彼女と会うのを自主的に禁じてきた。それは彼女と出会うことで未練が生じてしまうと思ったから。その未練を簡単に断ち切ることができないと思ったからだ。
彼女と僕は幼馴染だった。一時期はずっと同じ一般市民として生活していた時期があったくらいだった。
彼女と僕を切り裂いたのは、七歳の時にあった『選別』だった。
名前の通り、階級を選別するもの。それは祈祷師や、或いは貴族によって行われるものだ。それも思し召しによって決定されているもので、僕たちはそれについて逆らうことはできない。もし逆らったならば神の意志に逆らったとして即刻処刑されてしまうだろう。
そして彼女は、その思し召しによって――祈祷師になった。
祈祷師は上流階級、それに対して僕はただの一般階級。会うことなんて簡単には許されない。だから暫くの間は僕と彼女が出会うことは無かった。
僕と彼女が再び出会うことになったのはそれから七年後のこと。十四歳で騎士になった。自由に出会う機会とまではいかなかったけれど、彼女と会う機会を得られた。祈祷師になった彼女は服装や粗相などすっかり変わってしまったが、僕だと気付くと直ぐに近づいて涙を流した。
彼女は祈祷師になったとしても、彼女のままだった。
「祈祷師が到着なされた」
その声を聴いて僕は我に返り、首を垂れる。単純明快ではあるが、祈祷師は国王陛下とほぼ変わらない地位を持つ。だから僕たちがめったに出会えることはない。階級的には上流階級の中でもさらに上。最上級といっても過言ではない場所に存在する。
「面を上げてください」
僕はその通り、顔を上げる。
国王陛下と僕たちの間に、彼女は立っていた。
赤と白を基調にした祈祷師のみが着ることを許される服を身に纏う彼女は、ただ僕の顔を見つめていた。
国王陛下の話は続く。
「……聞けば、かつて君たちは幼馴染だったらしいではないか」
なぜそのことを国王陛下が知っているのかと一瞬思ったが、普通に考えれば選別の時点で国王陛下は全国民の階級を理解しているはずなので、知っていても不思議では無かった。
「はい。さようでございます」
仕方ない。ここで隠したとしても、ここで嘘を吐いたとしても何の意味もない。そう思って僕は答え、頷いた。
国王陛下は立ち上がり、祈祷師である彼女の頭を撫でた。
「だから、慣れるのはそう難しい話ではないだろう? まあ、そのころの彼女とはまったく違うとは思うが……。何せ、祈祷師はふつうの人間ではこなすことができない。そのために、いろいろと訓練が必要であるからな……。おっと、それはまあ、それぞれのところで話してもらえれば良いだろう。住む場所と食べ物、その他もろもろについては彼女に聞くといい。エレン・カルールは居るか!」
「ここに」
そう言って姿を見せたのは、水のように透き通った青い髪に、白いシャツに胸には赤いリボンがついている。黒いコートのようなものを肩から羽織っている彼女もまた、剣を腰に携えていた。
きりっとした瞳は、しっかりと国王陛下を見つめていた。
国王陛下もまた彼女の瞳を見つめて、ゆっくりと頷く。
「うむ、実に早く到着してくれた。アルファス上級騎士、彼女はエレン・カルールだ。王宮騎士の一人であるが料理に掃除……所謂家事全般が得意なものでね。彼女に、困ったら何でも話すといい。ある程度のことならば、正確に言えば彼女が解決できる範囲のことであるならば、解決してくれることができるだろう。あるいは、それに対するアドバイスをもらえるかもしれない」
「アルファス上級騎士様、祈祷師様。はじめまして」
エレンは僕と彼女のほうを向いて頭を下げた。
そして顔をあげて、恭しい笑みを浮かべる。その柔和な笑みは、自分は敵ではない、ということを暗に示しているようにも思えた。
「私はエレン・カルールといいます。国王陛下からもありましたように、世話役としてあなた方とともに行動することとなりました。祈祷師会議の終了まで、いろいろとご迷惑をかけたり、逆にいろいろと解決の糸口を見つけたりすることが出来ると思います。ですので、よろしくお願いしますね?」
それを聞いて僕は頷いた。
彼女は右手を差し出して、それを見た僕もまた右手を差し出し、固い握手を交わすのだった。
国王陛下は再度頷く。
「ああ、そういうことになる。三日間寝食を共にしてもらう、ということだ。ただし、会議といっても祈祷師は会議期間中の大半を祈祷に占める。そのため、実際は明日からの四日間も準備期間に入れることとなる。だから正確には明日からの七日間……ということになるかね」
「……寝食を共に、ですか?」
「いつ狙われるか解らないだろう? 祈祷師は私と並んで地位の高い人間だ。いや、あれは人間ではない別の何かといっても何ら不思議ではないが……。いずれにせよ、あれをどう狙ってくる輩が居るか解った話ではない。その言葉の意味が理解できるか、アルファス上級騎士よ」
その言葉の意味を理解できない僕では無かった。
「……私が長く話をしても意味はないだろう。とにかく、まずは本人に出てきてもらうこととしよう。おい、祈祷師はどうした」
国王陛下のすぐそばにいた兵士は、その言葉を聞いて敬礼をしたのち、
「はっ。直ちに連れてまいります」
そう言って背後にある扉から外へ出て行った。
その間、僕は考え事をしていた。
上級騎士になるために、彼女と一緒にいたいために、僕はずっと彼女と会うのを自主的に禁じてきた。それは彼女と出会うことで未練が生じてしまうと思ったから。その未練を簡単に断ち切ることができないと思ったからだ。
彼女と僕は幼馴染だった。一時期はずっと同じ一般市民として生活していた時期があったくらいだった。
彼女と僕を切り裂いたのは、七歳の時にあった『選別』だった。
名前の通り、階級を選別するもの。それは祈祷師や、或いは貴族によって行われるものだ。それも思し召しによって決定されているもので、僕たちはそれについて逆らうことはできない。もし逆らったならば神の意志に逆らったとして即刻処刑されてしまうだろう。
そして彼女は、その思し召しによって――祈祷師になった。
祈祷師は上流階級、それに対して僕はただの一般階級。会うことなんて簡単には許されない。だから暫くの間は僕と彼女が出会うことは無かった。
僕と彼女が再び出会うことになったのはそれから七年後のこと。十四歳で騎士になった。自由に出会う機会とまではいかなかったけれど、彼女と会う機会を得られた。祈祷師になった彼女は服装や粗相などすっかり変わってしまったが、僕だと気付くと直ぐに近づいて涙を流した。
彼女は祈祷師になったとしても、彼女のままだった。
「祈祷師が到着なされた」
その声を聴いて僕は我に返り、首を垂れる。単純明快ではあるが、祈祷師は国王陛下とほぼ変わらない地位を持つ。だから僕たちがめったに出会えることはない。階級的には上流階級の中でもさらに上。最上級といっても過言ではない場所に存在する。
「面を上げてください」
僕はその通り、顔を上げる。
国王陛下と僕たちの間に、彼女は立っていた。
赤と白を基調にした祈祷師のみが着ることを許される服を身に纏う彼女は、ただ僕の顔を見つめていた。
国王陛下の話は続く。
「……聞けば、かつて君たちは幼馴染だったらしいではないか」
なぜそのことを国王陛下が知っているのかと一瞬思ったが、普通に考えれば選別の時点で国王陛下は全国民の階級を理解しているはずなので、知っていても不思議では無かった。
「はい。さようでございます」
仕方ない。ここで隠したとしても、ここで嘘を吐いたとしても何の意味もない。そう思って僕は答え、頷いた。
国王陛下は立ち上がり、祈祷師である彼女の頭を撫でた。
「だから、慣れるのはそう難しい話ではないだろう? まあ、そのころの彼女とはまったく違うとは思うが……。何せ、祈祷師はふつうの人間ではこなすことができない。そのために、いろいろと訓練が必要であるからな……。おっと、それはまあ、それぞれのところで話してもらえれば良いだろう。住む場所と食べ物、その他もろもろについては彼女に聞くといい。エレン・カルールは居るか!」
「ここに」
そう言って姿を見せたのは、水のように透き通った青い髪に、白いシャツに胸には赤いリボンがついている。黒いコートのようなものを肩から羽織っている彼女もまた、剣を腰に携えていた。
きりっとした瞳は、しっかりと国王陛下を見つめていた。
国王陛下もまた彼女の瞳を見つめて、ゆっくりと頷く。
「うむ、実に早く到着してくれた。アルファス上級騎士、彼女はエレン・カルールだ。王宮騎士の一人であるが料理に掃除……所謂家事全般が得意なものでね。彼女に、困ったら何でも話すといい。ある程度のことならば、正確に言えば彼女が解決できる範囲のことであるならば、解決してくれることができるだろう。あるいは、それに対するアドバイスをもらえるかもしれない」
「アルファス上級騎士様、祈祷師様。はじめまして」
エレンは僕と彼女のほうを向いて頭を下げた。
そして顔をあげて、恭しい笑みを浮かべる。その柔和な笑みは、自分は敵ではない、ということを暗に示しているようにも思えた。
「私はエレン・カルールといいます。国王陛下からもありましたように、世話役としてあなた方とともに行動することとなりました。祈祷師会議の終了まで、いろいろとご迷惑をかけたり、逆にいろいろと解決の糸口を見つけたりすることが出来ると思います。ですので、よろしくお願いしますね?」
それを聞いて僕は頷いた。
彼女は右手を差し出して、それを見た僕もまた右手を差し出し、固い握手を交わすのだった。
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