終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第六章12 炎獄の激戦Ⅵ
バルベット大陸の南方に位置する田舎街・レント。
そこを舞台にして航大たちは史上最悪の『敵』と激戦を繰り広げていた。
航大たち一行が対峙するのは、南方地域で『噂』になっていた紅蓮に輝く炎髪を持った少女だった。少女は南方地域に存在する街という街を手当たり次第に襲っては、その全てを壊滅させていった。自在に炎を操ることができる少女が見せる圧倒的なまでの力を前にして、力を持たない人々は次々にその命を落としていく。
街一つを簡単に壊滅させることができる力を持つ少女が存在する事実を、しかし大陸を統治するハイライト王国の耳に入ることはなかった。何故ならば、少女の姿を見て無事に生き残ることができた人間が存在しなかったからである。
悪魔とも呼称される少女はこれまで誰一人として逃がすことはなかった。業炎に包まれる地獄から全身に火傷を負いながらも逃げ出すことに成功した青年がいた。生死の堺を彷徨った末に航大たちの手によって救い出された青年は、航大に炎髪の悪魔が存在する事実を伝える。
無実の人々を絶望に追いやる存在を聞かされて航大たちが黙っているはずがなかった。彼らはすぐに旅の支度を整えると、次に標的になるであろうと予測された田舎街・レントへと向かった。
航大たちの予測は正しく、街に到着するのと同時に平穏な田舎街・レントは業炎に包まれることとなった。
「――諦めるんじゃねぇ、航大ッ」
南方地域で猛威を振るっていた炎髪の少女。
その正体はかつて世界を混沌に陥れた女神の一人、炎獄の女神・アスカだった。
世界を守護するべき存在が人々を襲う。その事実を目の当たりにして驚愕を禁じ得ない航大たちであったが、暴走する彼女を止めることができるのも、航大たちしかいないのも事実であった。
炎獄の女神・アスカに戦いを挑む航大、リエル、ユイの三人。しかし、相手は女神であり、その力を前に苦戦を強いられてしまう。
「……ライガ?」
「私も居るよー、航大。助けに来たからねッ!」
アスカの攻撃を前にして絶体絶命のピンチに追いやられた航大たちの前に姿を現すのは、ハイライト王国の騎士であり、これまでの戦いにおいても航大を助けてきた『仲間』であるライガとシルヴィアの二人だった。
二人は業炎に包まれる街において、生き残った人々を避難させる役割を担っていた。
避難を完了させた後に合流する予定だった二人は、航大のピンチという絶妙なタイミングで姿を現すこととなった。
「シルヴィアッ! 歯ぁ食いしばれッ!」
「言われなくても分かってるってばッ!」
諦めそうになる航大の心に喝を入れ、二人は迫る巨悪を前にして臆することなく攻撃の体勢を整えていく。
「神剣・ボルカニカ、お前が持つ力を、解き放て――烈風風牙ッ!」
「光の一閃、全ての悪を葬り去れ――聖なる剣輝ッ!」
業炎を纏って接近する炎獄の女神・アスカの前に立ち塞がるライガとシルヴィア。二人はその顔に笑みを浮かべて、ありったけの力を込めて一撃を放っていく。
「――――ッ!」
航大の前に飛び出した二人が繰り出す一撃。
強大なる二つの力が業炎を纏いし悪魔に直撃する。
「航大ッ」
「今だよッ!」
ライガとシルヴィアの攻撃によって、突進していた女神・アスカの動きが鈍くなる。
それは時間にして一瞬かもしれない、しかしこの状況においてその一瞬こそが航大たちに一縷の望みを与えてくれる。
『航大さん、やりましょうッ!』
「あぁ、分かってる……ッ!」
二人が作ってくれたチャンス。
これを無駄にする訳にはいかない。
「大地を裂き、空気を凍てつかせる、氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――氷獄氷刃ッ!」
両手を天に突き出し、しっかりと前を見据えて魔法を詠唱する。
唱えるは氷魔法最強の氷刃。大地を切り裂く究極の氷刃を生み出すものである。
「いっけええええぇぇぇぇッ!」
航大の瞳が捉えるのは、かつて女神として世界を救世した少女である。その圧倒的なあまでの力を誇示する少女を前に、航大は一度敗北を確信した。明確な『死』が眼前に迫る感覚は今でも航大の中に色強く残り続けている。
しかし、そんな彼に希望を与えてくれたのは、ここまで共に戦ってきた仲間たちである。
「――――」
僅かな差であった。
炎獄の女神が放つ凶拳と、航大が放つ起死回生の一撃。
ほんの僅かな差で航大が放つ一撃が炎獄の女神・アスカを捉える。
咆哮が轟き、その直後に田舎街・レントは凄まじい衝撃と共に舞い上がる粉塵の中に姿を消す。
「痛ってぇ……」
まず最初に粉塵から飛び出してくるのは、氷獄の女神・シュナとシンクロしている航大だった。爆心地に存在していた航大は、自身の身体を襲った衝撃波によって、地面を転がりながらも生還を果たした。ゴロゴロと地面を転がったために、航大の身体はあちこちが土埃で汚れており、更に身体の至る所に小さな裂傷が見られる。
自らの攻撃によって出来た粉塵は街全体を覆っており、視界は最悪でライガたちの姿も見つけることはできない。自分がどこに立っているのかもままならない状況で、航大は最悪の展開に冷や汗を流す。
「航大か、大丈夫かッ!?」
「ライガッ、よかった……無事だったんだな?」
「あぁ、こっちは大丈夫だ。シルヴィアは?」
「けほけほッ、けほッ……その声、ライガね……こっちも大丈夫」
「よかった、シルヴィア……お前も無事だったんだな……」
街を覆う粉塵は消えてはくれない。
視界が悪いながらも、航大、ライガ、シルヴィアの三人はなんとか無事に合流を果たすことができた。三人共、その身体はボロボロではあるが、大怪我もなく健在である。
「ふぅ……女神って奴はすげぇな……航大の一撃もそうだけど、あの燃えてる奴も……」
「そうね。あんなに短い時間で街を一つ壊滅させることができる……女神ってやっぱりすごいんだね」
変わり果てた田舎街・レントの様子を見て、ライガとシルヴィアの二人はため息と共にそんな声音を漏らす。
街を覆っていた炎獄の女神・アスカの魔力も、今は感じ取ることができない。だからこそ、戦いは終わったのだと安堵するのも無理はない。
「なんにせよ、これで戦いが終われば――」
ライガがため息と共にそんな言葉を発した瞬間だった。
「なに、コレ……?」
「身体が、重い……」
「コレは……魔力……?」
突如として、今までに感じたことのない濃厚な魔力が三人の身体を押し潰す。身動きを取ることもできず、呼吸すら満足にできない。全身の至る部分から冷や汗がどっと噴出し、本能的な『死』の恐怖に身体が否応にも震えてしまう。
「シュナ、これって……」
『この魔力反応、まさか……』
『うーん、多分……そのまさか、じゃないかな……』
航大の問いかけにシュナとカガリの二人が言葉を濁す。
『ここまで強烈な魔力……私は魔竜を相手にした時にしか、感じたことはありません』
「魔竜って、まさか……」
『やはり、魔竜の封印が弱まっているのかもしれません……』
「これが闇の魔力って奴か……ちょっと、これは……くッ……」
右を見れば、航大と同じように苦しげに息を荒立たせるライガいる。
左を見れば、こちらも同じように苦しげに胸を抑えているシルヴィアがいる。
二人共、額に玉のような汗を浮かばせており、立っていることすらやっとといった状況である。航大に比べてライガとシルヴィアの二人はより苦しそうにしており、今にも気を失いそうである。
「ライガ、シルヴィア……大丈夫か……?」
「あ、あぁ……俺は大丈夫だ……」
「私も、なんとか……でもね、航大……あちらさんは待ってはくれないみたいだよ」
シルヴィアが視線を向ける先、そこから禍々しい闇の魔力を発する『何か』が存在している。しかもそれは、ゆっくりとした動きで航大たちに近づいている。
一秒と時間が経過し、何かが接近を果たす度に身体にのしかかる重圧が強くなる。
「こんな魔力を放ってる奴なんて、この場に一人しか居ないよな……」
『……そうでしょうね』
『はぁ……全く、厄介なもんだよ』
航大の言葉に女神たちも言葉を濁すばかり。
未だに街は粉塵に包まれており、視界は最悪なままである。しかし、近づく存在がどちらからやってくるのか、それを航大たちは把握している。
そちらへ視線を集中させていると、『それ』は姿を現した。
「おいおい……さっきと全然姿が違うじゃねぇかよ……」
「嘘だろ……」
「そんな……」
粉塵から姿を見せたのは、炎獄の女神・アスカだった。
炎髪を風に靡かせ、相変わらずの無表情でゆっくりと近づいてくる。
航大の一撃を至近距離で受けながら、彼女の身体に目立ったダメージが見れないのもそうだが、航大たちが真の意味で驚いたのはその部分ではない。
「…………」
ゆっくりと近づいてくる少女は確かに先ほどまで戦っていた炎獄の女神・アスカである。それは間違いないのだが、航大たちが驚いたのは、その姿が大きく変わっていたからである。
「あれが闇の魔力って奴か……?」
炎獄の女神・アスカ。
闇の魔力に囚われた彼女は、美しい紅蓮の炎髪の半分を漆黒に染めていた。
身体に纏っていた業炎は赤い輝きを放つのではなく、禍々しい闇の色を放っている。
背中から生える翼は片方を業炎に、もう片方を闇の魔力で構成している。
炎と闇が混在するその姿は『魔王』と形容するのに相応しいとも言えた。
それほどにまで彼女が発する禍々しさというのは強く、疲弊している航大たちでは太刀打ちできる相手ではないことを本能的に察してしまう。
「……王城で待つ」
「……はっ?」
闇の力を纏いし炎獄の女神・アスカは、小さくそう呟くと踵を返して歩き出してしまう。その言葉の意味を理解することが出来ず、航大は呆けた声を漏らして絶句する。
「お、おい……ッ!」
心を奮い立たせ、航大は力いっぱいの声音でアスカを呼び止めようとする。
しかし、彼女は歩く足を止めることなく、まるで最初から存在しなかったかのように、粉塵へと姿を紛らせて濃厚な魔力の反応と共に姿を消してしまう。
「…………」
後に残されたのは異様なまでの静寂と、破壊の限りを尽くされた街だけである。
航大たち一行はその静寂の中、しばしの間を無言で立ち尽くすのであった。
そこを舞台にして航大たちは史上最悪の『敵』と激戦を繰り広げていた。
航大たち一行が対峙するのは、南方地域で『噂』になっていた紅蓮に輝く炎髪を持った少女だった。少女は南方地域に存在する街という街を手当たり次第に襲っては、その全てを壊滅させていった。自在に炎を操ることができる少女が見せる圧倒的なまでの力を前にして、力を持たない人々は次々にその命を落としていく。
街一つを簡単に壊滅させることができる力を持つ少女が存在する事実を、しかし大陸を統治するハイライト王国の耳に入ることはなかった。何故ならば、少女の姿を見て無事に生き残ることができた人間が存在しなかったからである。
悪魔とも呼称される少女はこれまで誰一人として逃がすことはなかった。業炎に包まれる地獄から全身に火傷を負いながらも逃げ出すことに成功した青年がいた。生死の堺を彷徨った末に航大たちの手によって救い出された青年は、航大に炎髪の悪魔が存在する事実を伝える。
無実の人々を絶望に追いやる存在を聞かされて航大たちが黙っているはずがなかった。彼らはすぐに旅の支度を整えると、次に標的になるであろうと予測された田舎街・レントへと向かった。
航大たちの予測は正しく、街に到着するのと同時に平穏な田舎街・レントは業炎に包まれることとなった。
「――諦めるんじゃねぇ、航大ッ」
南方地域で猛威を振るっていた炎髪の少女。
その正体はかつて世界を混沌に陥れた女神の一人、炎獄の女神・アスカだった。
世界を守護するべき存在が人々を襲う。その事実を目の当たりにして驚愕を禁じ得ない航大たちであったが、暴走する彼女を止めることができるのも、航大たちしかいないのも事実であった。
炎獄の女神・アスカに戦いを挑む航大、リエル、ユイの三人。しかし、相手は女神であり、その力を前に苦戦を強いられてしまう。
「……ライガ?」
「私も居るよー、航大。助けに来たからねッ!」
アスカの攻撃を前にして絶体絶命のピンチに追いやられた航大たちの前に姿を現すのは、ハイライト王国の騎士であり、これまでの戦いにおいても航大を助けてきた『仲間』であるライガとシルヴィアの二人だった。
二人は業炎に包まれる街において、生き残った人々を避難させる役割を担っていた。
避難を完了させた後に合流する予定だった二人は、航大のピンチという絶妙なタイミングで姿を現すこととなった。
「シルヴィアッ! 歯ぁ食いしばれッ!」
「言われなくても分かってるってばッ!」
諦めそうになる航大の心に喝を入れ、二人は迫る巨悪を前にして臆することなく攻撃の体勢を整えていく。
「神剣・ボルカニカ、お前が持つ力を、解き放て――烈風風牙ッ!」
「光の一閃、全ての悪を葬り去れ――聖なる剣輝ッ!」
業炎を纏って接近する炎獄の女神・アスカの前に立ち塞がるライガとシルヴィア。二人はその顔に笑みを浮かべて、ありったけの力を込めて一撃を放っていく。
「――――ッ!」
航大の前に飛び出した二人が繰り出す一撃。
強大なる二つの力が業炎を纏いし悪魔に直撃する。
「航大ッ」
「今だよッ!」
ライガとシルヴィアの攻撃によって、突進していた女神・アスカの動きが鈍くなる。
それは時間にして一瞬かもしれない、しかしこの状況においてその一瞬こそが航大たちに一縷の望みを与えてくれる。
『航大さん、やりましょうッ!』
「あぁ、分かってる……ッ!」
二人が作ってくれたチャンス。
これを無駄にする訳にはいかない。
「大地を裂き、空気を凍てつかせる、氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――氷獄氷刃ッ!」
両手を天に突き出し、しっかりと前を見据えて魔法を詠唱する。
唱えるは氷魔法最強の氷刃。大地を切り裂く究極の氷刃を生み出すものである。
「いっけええええぇぇぇぇッ!」
航大の瞳が捉えるのは、かつて女神として世界を救世した少女である。その圧倒的なあまでの力を誇示する少女を前に、航大は一度敗北を確信した。明確な『死』が眼前に迫る感覚は今でも航大の中に色強く残り続けている。
しかし、そんな彼に希望を与えてくれたのは、ここまで共に戦ってきた仲間たちである。
「――――」
僅かな差であった。
炎獄の女神が放つ凶拳と、航大が放つ起死回生の一撃。
ほんの僅かな差で航大が放つ一撃が炎獄の女神・アスカを捉える。
咆哮が轟き、その直後に田舎街・レントは凄まじい衝撃と共に舞い上がる粉塵の中に姿を消す。
「痛ってぇ……」
まず最初に粉塵から飛び出してくるのは、氷獄の女神・シュナとシンクロしている航大だった。爆心地に存在していた航大は、自身の身体を襲った衝撃波によって、地面を転がりながらも生還を果たした。ゴロゴロと地面を転がったために、航大の身体はあちこちが土埃で汚れており、更に身体の至る所に小さな裂傷が見られる。
自らの攻撃によって出来た粉塵は街全体を覆っており、視界は最悪でライガたちの姿も見つけることはできない。自分がどこに立っているのかもままならない状況で、航大は最悪の展開に冷や汗を流す。
「航大か、大丈夫かッ!?」
「ライガッ、よかった……無事だったんだな?」
「あぁ、こっちは大丈夫だ。シルヴィアは?」
「けほけほッ、けほッ……その声、ライガね……こっちも大丈夫」
「よかった、シルヴィア……お前も無事だったんだな……」
街を覆う粉塵は消えてはくれない。
視界が悪いながらも、航大、ライガ、シルヴィアの三人はなんとか無事に合流を果たすことができた。三人共、その身体はボロボロではあるが、大怪我もなく健在である。
「ふぅ……女神って奴はすげぇな……航大の一撃もそうだけど、あの燃えてる奴も……」
「そうね。あんなに短い時間で街を一つ壊滅させることができる……女神ってやっぱりすごいんだね」
変わり果てた田舎街・レントの様子を見て、ライガとシルヴィアの二人はため息と共にそんな声音を漏らす。
街を覆っていた炎獄の女神・アスカの魔力も、今は感じ取ることができない。だからこそ、戦いは終わったのだと安堵するのも無理はない。
「なんにせよ、これで戦いが終われば――」
ライガがため息と共にそんな言葉を発した瞬間だった。
「なに、コレ……?」
「身体が、重い……」
「コレは……魔力……?」
突如として、今までに感じたことのない濃厚な魔力が三人の身体を押し潰す。身動きを取ることもできず、呼吸すら満足にできない。全身の至る部分から冷や汗がどっと噴出し、本能的な『死』の恐怖に身体が否応にも震えてしまう。
「シュナ、これって……」
『この魔力反応、まさか……』
『うーん、多分……そのまさか、じゃないかな……』
航大の問いかけにシュナとカガリの二人が言葉を濁す。
『ここまで強烈な魔力……私は魔竜を相手にした時にしか、感じたことはありません』
「魔竜って、まさか……」
『やはり、魔竜の封印が弱まっているのかもしれません……』
「これが闇の魔力って奴か……ちょっと、これは……くッ……」
右を見れば、航大と同じように苦しげに息を荒立たせるライガいる。
左を見れば、こちらも同じように苦しげに胸を抑えているシルヴィアがいる。
二人共、額に玉のような汗を浮かばせており、立っていることすらやっとといった状況である。航大に比べてライガとシルヴィアの二人はより苦しそうにしており、今にも気を失いそうである。
「ライガ、シルヴィア……大丈夫か……?」
「あ、あぁ……俺は大丈夫だ……」
「私も、なんとか……でもね、航大……あちらさんは待ってはくれないみたいだよ」
シルヴィアが視線を向ける先、そこから禍々しい闇の魔力を発する『何か』が存在している。しかもそれは、ゆっくりとした動きで航大たちに近づいている。
一秒と時間が経過し、何かが接近を果たす度に身体にのしかかる重圧が強くなる。
「こんな魔力を放ってる奴なんて、この場に一人しか居ないよな……」
『……そうでしょうね』
『はぁ……全く、厄介なもんだよ』
航大の言葉に女神たちも言葉を濁すばかり。
未だに街は粉塵に包まれており、視界は最悪なままである。しかし、近づく存在がどちらからやってくるのか、それを航大たちは把握している。
そちらへ視線を集中させていると、『それ』は姿を現した。
「おいおい……さっきと全然姿が違うじゃねぇかよ……」
「嘘だろ……」
「そんな……」
粉塵から姿を見せたのは、炎獄の女神・アスカだった。
炎髪を風に靡かせ、相変わらずの無表情でゆっくりと近づいてくる。
航大の一撃を至近距離で受けながら、彼女の身体に目立ったダメージが見れないのもそうだが、航大たちが真の意味で驚いたのはその部分ではない。
「…………」
ゆっくりと近づいてくる少女は確かに先ほどまで戦っていた炎獄の女神・アスカである。それは間違いないのだが、航大たちが驚いたのは、その姿が大きく変わっていたからである。
「あれが闇の魔力って奴か……?」
炎獄の女神・アスカ。
闇の魔力に囚われた彼女は、美しい紅蓮の炎髪の半分を漆黒に染めていた。
身体に纏っていた業炎は赤い輝きを放つのではなく、禍々しい闇の色を放っている。
背中から生える翼は片方を業炎に、もう片方を闇の魔力で構成している。
炎と闇が混在するその姿は『魔王』と形容するのに相応しいとも言えた。
それほどにまで彼女が発する禍々しさというのは強く、疲弊している航大たちでは太刀打ちできる相手ではないことを本能的に察してしまう。
「……王城で待つ」
「……はっ?」
闇の力を纏いし炎獄の女神・アスカは、小さくそう呟くと踵を返して歩き出してしまう。その言葉の意味を理解することが出来ず、航大は呆けた声を漏らして絶句する。
「お、おい……ッ!」
心を奮い立たせ、航大は力いっぱいの声音でアスカを呼び止めようとする。
しかし、彼女は歩く足を止めることなく、まるで最初から存在しなかったかのように、粉塵へと姿を紛らせて濃厚な魔力の反応と共に姿を消してしまう。
「…………」
後に残されたのは異様なまでの静寂と、破壊の限りを尽くされた街だけである。
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