終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第六章7 炎獄の激戦Ⅰ

「破壊、崩壊、絶望……私は全てを無に帰す」

  東方地域と南方地域の境界線上に存在する街・レジーナ。航大たち一行はバルベット大陸の南方奥深くに存在すると言われる、炎獄の女神・アスカに邂逅を果たすため旅をしていた。

 いずれ訪れる戦いに備え、航大たちは女神と邂逅しその力を借りなくてはならない。そのための旅路であるのだが、レジーナの更に南方に存在する田舎街・レント、そこで航大たちは望まぬ形で邂逅を果たしてしまう。

 ――南方地域には今、炎髪の悪魔が存在する。

 街を破壊し、無差別に命を刈り取る者。圧倒的なまでの力を持つ炎髪の悪魔は、南方地域を中心に手当たり次第に街を襲っていった。目的は不明。大小様々な『街』をただ闇雲に破壊する行為に目的を見つけることは難しい。

 本来ならば、こんな悪事は即座に大陸を統治する王国の耳に入るものだが、今現在をもってしてそれは叶っていない。何故ならば、炎髪の悪魔による一方的な破壊行為を報告できる人間が存在しないからである。

 炎髪を風に揺らし、その超常的な力を用いた破壊行動は命ある全てを飲み込み殺めていく。だからこそ、南方地域を襲う悲劇を王国へ報告する者は存在しないのである。

『遥か昔、世界を救うために戦った女神がその力を使って無差別な殺戮を繰り広げてる……なんて皮肉なことだろうね』

『…………』

『……シュナちゃんは、あの子がどうしてああなったか……見当がつくかい?』

『闇の魔力を取り込んでしまったのでしょうね」

「闇の魔力……?」

 炎獄の女神・アスカと対峙する中で、航大の体内ではそんな会話が繰り広げられていた。話をしているのは『北方の女神・シュナ』と『暴風の女神・カガリ』の二人であり、彼女たちは炎獄の女神と共に、かつて世界を混沌の陥れた魔竜と戦った存在である。

 彼女たちからすれば、眼前で殺戮の限りを尽くす炎髪の少女は仲間であり、だからこそ彼女が南方地域を襲っているなどという事実は到底信じ難いものであった。

『レジーナでさ、火傷を負った青年を助けたじゃない?』

「あ、あぁ……」

『あの時、青年の身体から禍々しい魔力を感じたんだよ』

「禍々しい魔力……?」

『そう。それはね、かつて世界を支配しようとした魔竜が持っていた力と同じなんだよね』

「……どうして、魔竜は封印されてるんだろ?」

『……それに関しては私から答えましょう。魔竜は確かに遥か昔、女神たちの力によって封印されました。しかし、その封印が弱まっているのが現状です』

「…………」

「その結果に魔竜の封印が弱まり、大地に魔竜が持つ魔力が流出して来ているのでしょう。そして、アスカがああなった原因……それは、その魔力を多く取り込んでしまったから」

「大地に流れる魔力の源。それが女神……そこに不純なものが混ざることで、最も影響を受けた……ってことか」

『その通りだよ、航大くん』

 シュナの説明を聞き終わり、自分なりの結論へ到達する航大にカガリはよく出来ましたと言わんばかりに声を漏らす。今、航大たちは女神と対峙するという危機的状況に陥っているにも関わらず、女神たちは至って普段通りである。

「主よ、誰と話をしているのかは知らないが、戦いに集中した方がいいぞ」

「……えっ?」

「相手も待ってはくれない。来るぞ」

 意識を現実へと回帰させる航大。

 彼の隣に立つのは白髪をポニーテールに結び、その身体に甲冑を纏った少女・ブリュンヒルデだった。航大が持つグリモワールの力にて、異界の英霊をその身に宿した少女は姿形、果てには性格までもを変えて顕現している。

「抹殺、瞬殺、獄殺……立ちはばかる物は全て壊す」

 リエルが展開した氷雪結界。水蒸気が支配する世界から飛び出してきたのは、燃えるような炎髪を風に靡かせる少女だった。

 炎獄の女神・アスカ。

 世界に平穏をもたらした女神である彼女は今、魔竜が持つ闇の魔力をその身に宿した果に強すぎる破壊衝動に身を任せる存在となってしまった。そんな彼女を止めなければ、魔竜が復活するよりも先に彼女の手によって世界は滅亡してしまうだろう。

「ブリュンヒルデ、少しでいい……時間を稼げるか……?」

「……時間を稼ぐだけでいいのか?」

「時間さえ稼ぐことができれば、仲間が到着するはずだ。そうしたら、全員の力でアイツを叩く」

「なるほど。確かに、私たちの力だけではあの存在を完全に沈黙させることはできないだろう」

 炎髪を揺らし突進してくるアスカを見ながら、ブリュンヒルデはどこまでも冷静に状況を分析する。異界の英霊であるからこそ、どんな強敵を前にしても臆する様子は見せない。

 異世界の女神と異界の英霊。
 その戦いが今、火蓋を切ろうとしていた。

「私はワルキューレ・ブリュンヒルデ。その魂、貰い受ける――ッ!」

 航大の命に従う形でブリュンヒルデが飛び出していく。その手には自らの背丈ほどある白銀に輝く槍が握られており、業炎の中でもその刀身は光り輝いている。

「……邪魔をするな」

 対峙する炎獄の女神・アスカ。

 彼女は同じように突っ込んでくる英霊・ブリュンヒルデを前にしても表情一つ変えることなく、その拳に纏わせた業炎の勢いを強くすると走る速度を高めて一直線に突進してくる。

「――――」

 刹那の静寂が場を支配した後、この日最大の衝撃が田舎街・レントを駆け抜けていく。

「ぐッ……」

 すぐ傍で戦況を見守る航大も、その凄まじい衝撃に思わず表情を歪ませる。

 粉塵が舞い上がり、二人の姿はすぐに見えなくなる。しかし、その中に燃え滾るような魔力が渦巻いていることが伝わってきて、粉塵で視界が遮られる中でも激しい戦いは続いている。

「……何故、邪魔をする?」

「邪魔? 私はただ主の命を受けて行動しているに過ぎない」

「……こんなところで立ち止まっている暇はない」

 粉塵が晴れると、その中心で凄まじい連撃が繰り広げられていた。

 ブリュンヒルデは両手に持つ白銀の槍を器用に振るう。対する炎獄の女神・アスカは業炎を両手に纏わせると、防戦一方となるブリュンヒルデに対して剛拳を放ち続けている。

 攻勢を強めるアスカ。
 防戦一方となるブリュンヒルデ。

 瞬きすら許されない連撃に対して、しかしブリュンヒルデはそれを完璧に対応してみせている。アスカの拳が白銀の槍に阻まれ、すると火の粉が空中を舞って白髪の少女を包む。


「高貴なる皇光の槍よ、悪を滅し、世界に光を灯せ――偉大なる聖光のロイヤル・インフィニティ・ランス


 アスカから距離を取ったブリュンヒルデは、その目を閉じて詠唱を始める。すぐ近くで業火が燃え盛ろうとも、彼女はどこまでも静かな様子で詠唱を続けるだけ。

 耳に心地いい声音が響く度に、業炎の中で立ち尽くす英霊はその身に力を溜め込んでいく。火の粉を纏った風がブリュンヒルデの周りで渦を巻き、一秒と時間が経過する度に濃密な魔力が集中してくる。

「……させない」

「ブリュンヒルデ、急げッ!」

「…………」

 異常な魔力の昂ぶりをその目にして、女神・アスカが黙っているはずがない。肌に突き刺さる魔力の昂ぶりに反応する女神は姿勢を低くして猛進してくる。これまで幾度となく激戦を経験した女神だからこそ、ブリュンヒルデが放とうとする攻撃の芽を摘むために行動を開始する。

「消し飛ぶがいい」

 炎獄の女神・アスカが猛進してきている姿を見ても、ブリュンヒルデは魔法の完成を目指して魔力を集中させ続ける。その結果、ほんの僅かな差で英霊が唱えようとする魔法の完成が早かった。

 ブリュンヒルデが右手に持つのは、超巨大な眩い輝きを放つ光の槍だった。

「――――ッ!」

 アスカがブリュンヒルデに到達するよりも先に、英霊はその手に握る光槍を投擲する。光り輝く槍は愚直なまでに一直線に女神の身体を貫こうと飛翔する。

「躱すことは、できない」

 見惚れるほどにきれいなフォームから放たれる槍は、その目で捉えることが不可能な速度にまで加速していく。瞬間的な加速によって光速で飛翔する光の槍、それを前にしてアスカは本能的に回避することを諦める。


「空気を焦がし、大地を燃やし、立ち塞がる全てを灰燼と化せ――絶・炎獄拳ッ!」


 対する炎獄の女神・アスカは回避することを諦めはしたものの、その表情に焦りの色は見せない。相変わらずの無表情で両手の拳を強く握りしめると、その拳に纏う業炎の勢いを極限にまで高めていく。右手の先から右肘まで赤色に輝く業炎がアスカの腕を覆っている。

 かつて、魔竜との戦いでも猛威を振るった破壊することだけに特化した剛拳。

 人々を救世することを忘れた女神は、異界の英霊をその身に宿す少女に対して、一切の手加減を加えることない強烈な一撃を見舞う。街全体を包む業炎をも吸収し、アスカがその身に纏う炎の勢いは際限なく高まり続けている。

「――――ッ!」

 悪を滅し全てを射抜く光の槍と、触れるもの全てを燃やし尽くす業炎の拳。

 二つの人影が重なり合う時、大地を揺さぶる凄まじい衝撃がレントの街を駆け巡っていく。ブリュンヒルデとアスカが重なったポイントを中心に広がる衝撃波は、周囲に散らばる瓦礫を遥か彼方へと吹き飛ばしていく。

 業炎が上げる黒煙と共にこの日一番の粉塵が立ち込めて頭上を覆っていく。

『……これは驚いた。前に僕と戦った時より強くなってるんじゃないかな?』
『凄まじい力ですね。魔力量だけを見れば、女神にも引けを取らないかと……』

 立ち込める粉塵を見て、氷獄と暴風の女神であるシュナとカガリがそれぞれ感想を漏らす。
 ユイもまた、これまでの戦いを経て自ら魔力を高めることができるように訓練をしていたのだ。

 英霊を宿している間、ユイの意識は深層の世界で眠りにつく。戦いにおいて自らの身体は戦場に立っていても、その意識は戦場にはない。しかし、彼女自身の魔力量が増えれば、その身に宿す英霊が使える力も比例して増えていく。

 自分自身の力ではなくとも、愛する航大を守りたい。

 そんな想いから、ユイは普段の何気ない時間を費やして自身の魔力量を増やすための鍛錬を続けていた。その結果としてブリュンヒルデは英霊が持つ力の全てを行使することができた。

「あの中はどうなってるんだ……?」

 未だ粉塵は消えてなくならない。
 異常なまでの静寂が包む中で、航大は生唾を飲んで戦況を見守る。
 その手は無意識の内に強く握りしめられており、頬に一筋の汗が伝う。

『……航大さん、準備をしてください』
『そうだね。来るよ?』

「おい、それはどういう――」

 脳内に響く女神たちの声。

 彼女たちが紡ぐ声色には強い緊張感が滲んでいて、航大の中で渦巻く嫌な予感が加速的に肥大化していく。粉塵が消えていくにつれて、航大の胸に巣食う不安も大きくなる。


「……邪魔するモノは、全て破壊する」


 業炎が包む死の街。
 粉塵の中からゆっくりとした動きで出てくるのは、炎獄の女神・アスカなのであった。

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