終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第六章3 内緒の夜
三人目の女神を探すため、航大たち一行はバルベット大陸の南方を目指して旅を続けていた。
帝国ガリアが動き出した一報が入り、先に待ち受ける過酷な戦いを勝ち抜くには、かつて魔竜と戦い、封印してきた世界を守護する女神の力が必要であると判断したからであった。
今、航大の中に眠るのは『氷獄の女神・シュナ』と『暴風の女神・カガリ』の二人である。この世界にはあと二人の女神存在しており、今この瞬間も世界を守護するために力を使い続けている。
世界に注ぎ込まれる魔力の源たる存在であり、それを体内に宿す航大は異世界にやってきて『魔法』という力を手にすることができた。
「はぁ……炎獄の女神・アスカねぇ……なんか、一筋縄ではいかなそうだな……」
炎獄の女神・アスカ。
バルベット大陸の南方を守護する女神であり、他の女神たちからの話を聞く限りかなりの戦闘狂であるらしい。世界を守護する女神であるはずなのに戦闘狂とは、これは一体どういうことなのかと疑問を抱かざるを得ず、その女神を説得して仲間にするのは心が折れそうだと航大はため息を禁じ得ない。
「…………」
宿に備え付けられた窓から外を見ていると、静寂を破るようにドアがノックされ来客を告げる。
「どうぞー」
特に警戒することなくノックへ返事をすると、扉が控えめにゆっくりと開かれる。
「あ、航大……こんばんは……」
「えっ、シルヴィアじゃん。どうしたんだ?」
おずおずと開かれた扉の先、そこには短く切り揃えられた金髪を揺らす少女・シルヴィアが立っていた。普段から軽装な彼女だが、既に寝る支度を整えているのかその格好は更にラフなものになっていた。
羊のようなもこもことした柔らかな素材で作られたパジャマに身を包むシルヴィアは、いつものような騎士といった様子からはかけ離れていて、その変化に航大は不意に胸が高鳴ってしまう。
「てか、パジャマなんて着るんだな、シルヴィアも……」
「むっ……なによそれー、私だってこうやってゆっくり出来るときは、パジャマだって着るもん」
「あー、まぁ……いつもと違うからビックリしたよ」
「えへへー、結構かわいいでしょ、これ?」
「……まぁ、そうだな」
「ちょっと顔、赤くなってない?」
「……そんなことない。それで、何の用だ?」
シルヴィアを直視しないようにして、航大は咳払いを一つ漏らした後に用件を問いかける。
まだ夜中というほど時間は更けていないが、こんな時間に用事があるのならそれを先に聞かなければならない。
「えっと、これは航大にしか頼めないことなんだけど……」
航大の問いかけに、シルヴィアは頬をほんのりと朱に染めて震える声音を漏らしながら近づいてくる。
「お、おい……なんだよ……」
「航大は私のお願い……聞いてくれる……?」
風呂から出てそこまで時間が経っていないのか、シルヴィアの金髪が艶があり、更に彼女の身体からは甘い香りが漂っている。
ゆっくりとした動きで一步、また一步と近づいてくるシルヴィアに後ずさる航大。しかし、航大の行方はすぐさま部屋の壁に遮られてしまい、それ以上の逃げを許してはくれなかった。
「シルヴィア、おい……だから近いって……」
「私、航大にお願いがあるの……航大にしかできない……こと……」
ついにシルヴィアの身体が手を伸ばせば触れられる場所にまで接近してくる。
航大の胸ほどまでしかないシルヴィアの背丈。
上目遣いに航大を見つめるシルヴィアの瞳は僅かに震えていて、更に接近したことで鼻孔をくすぐす甘い香りが強くなる。訳がわからない状況に混乱を禁じ得ない航大は、頭が真っ白になる感覚に支配されていく。
『おい、カガリ……シュナッ……助けてくれ……ッ!』
『…………』
もう航大一人ではどうすることもできない。
それならば、航大の体内に存在する女神たちに助けを求めるべきである。瞬時にそう判断した航大はいつものように脳内へ語りかける。こうすれば、女神たちはいつも反応を返してくれていたはずである……。
『おい、おいッ……』
『…………』
しかし、こういう時に限って女神たちは航大の問いかけに反応を返すことはなかった。つまり、それは航大にとって逃げ場が完全に封じられたも同然であり、いよいよ諦める時がやってきてしまったのである。
「ねぇ……航大……お願い……」
シルヴィアの身体が優しく航大に触れる。
航大が拒まないことを確認するなり、シルヴィアはその体重を航大に預ける。
「――――ッ!」
それは羊のようにふわふわで、もこもこなシルヴィアの身体が触れて、航大の心臓は今までにないほどに早鐘を打ってしまう。まさか、この瞬間まで守り抜いてきた貞操を、異世界の地で捨てることになるとは……人の人生とは分からないものであり、しかし逃れることのできない現実を前に、航大も覚悟を決める。
「お父さん、お母さん……俺はついに大人に――」
「――私を外に連れ出してッ!」
「……………………は?」
シルヴィアの声音が鼓膜を震わせる。
その瞬間、航大の脳内はさっきまでとは別の意味で真っ白になるのであった。
◆◆◆◆◆
「やっぱり外はいいねぇーッ! せっかくの遠征なのに、宿で閉じこもってろとかライガも横暴だよねー」
「…………」
「うんうん。夜でも過ごしやすくていい感じ。たまには身軽な格好で外に出るのも悪くないね」
「…………」
「航大と一緒なら、ライガにバレても怒られなさそうだし……にしし、私ってば天才かもー」
「…………」
「あれ、航大? もしかして元気ない?」
「あ、いや……何でもない……なんか、自分が馬鹿だったなーってさ……」
「んー、よく分からないけど、大丈夫そうだね!」
「はぁ……それで、外になんか出てどうするんだ?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれましたッ!」
航大の問いかけに、シルヴィアは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。
どうせ大したことではないだろうと踏んでいる航大は、そんな彼女をジト目で見つめるばかり。
「これから、夜の街に繰り出して食い倒れタイムですッ!」
「……そんなことだろうと思ったよ」
思い切り拳を突き上げて、シルヴィアはこれ以上ない満面の笑みを浮かべて高らかに宣言するのであった。
◆◆◆◆◆
「んんぅ~~~~、このレッドミニドラの丸焼き美味しい~~~~ッ!」
「……これ、食べられるのか?」
「え、ここら辺では結構有名な食べ物だよ? 見た目はちょっとグロテスクだけど、食べてみるとコレがかなり美味しいんだってッ!」
「……本当かなぁ」
「ほらほら、熱いうちに食べないと勿体無いよーッ!」
夜の帳が下りたレジーナのメインストリートを歩く航大とシルヴィア。
二人の手にはレッドミニドラと呼ばれる赤い小さなトカゲが丸焼きにされた串を手に持っている。丸焼きトカゲの串刺しといった様子に、航大は思わず尻込みをしてしまうのだが、隣を歩くシルヴィアはニコニコとご満悦な様子でトカゲにかぶりついている。
その光景はかなりショッキングな物であり、航大には中々ハードルが高い。
「…………い、いただきます」
「…………」
キラキラと輝く瞳を向けるシルヴィアに負ける形で、航大は覚悟を決める。
そして片手に持った串に身体を貫通させられているトカゲの頭をゆっくりと口の中に含んでいく。
「――――」
外はカリッと焼かれているため、最初に咀嚼した感じは少し焦げた味が口内に広がった。しかしそれも最初だけで、その後はぷにぷにとした肉の食感と、噛めば噛むほどに溢れてくる肉汁が口内をあっという間に支配していく。
「美味いッ!」
「でしょーッ!?」
口の中に広がる肉の味に、航大は思わず大声を上げて感動を全力で表現する。
見た目がイマイチだが、そのマイナスを補って余りある味に驚きを禁じ得ない。
一度、口にしてしまえばその後は止まることなく胃袋へと流し込んでいく。気付けば、あれだけ食べることを躊躇っていたことが嘘のように丸焼きトカゲは航大の胃袋へと姿を消してしまった。
「いやぁ……マジで想像以上に美味かったなぁ……」
「航大ってば、口の周りが汚れてるよ?」
「お、おぉ……すまん……」
無我夢中でトカゲの丸焼きを平らげた航大は、夢中のあまり口の周りに食べかすを残してしまっていた。それを見てクスクスと笑うシルヴィアは、ポケットからハンカチを取り出すと航大の口を拭いてくれる。
急に近くなったシルヴィアの姿に思わず胸が高鳴る航大は、恥ずかしさを悟られないように彼女から視線をそらす。
「よーし、夜はまだまだこれからッ、次に行ってみよーッ!」
「まだオススメがあるのか?」
「ふっふっふ、もちろんだよ、航大ッ! レジーナって街は東方と南方の境界にある街ってことで、それぞれの地域にある特産品とかが集まってくるんだよ」
「へぇ……」
「今のトカゲは南方では有名な食べ物で、他にもたくさんあるんだから」
「なるほど……それは気になるな……」
「そういうこと。美味しいものがたくさんあるんだから、食べないのは勿体無いでしょ?」
「うむ……確かにそんな気がしてきたかもしれない……」
シルヴィアの口車に上手く乗せられている感じがしないでもないが、一度美味しいものを食べた航大の身体はどこまでも正直であり、宿で夕食を食べたはずなのに空腹を感じてしまう。
「行こう、航大ッ!」
「お、おうッ!」
自然な動作でシルヴィアが航大の手を掴む。
剣を握って魔獣と戦っているとは想像もできないほどに、シルヴィアの手は細く繊細であると感じられた。手から伝わってくる人間の温かみに航大の胸は人知れず鼓動を早めるのであった。
◆◆◆◆◆
「けぷ……もうお腹いっぱいだよ~~」
「うぅ……歩くだけでも辛い……シルヴィア、食べ過ぎだろ……」
「えへへ……航大と一緒だと楽しくて、つい食べすぎちゃった」
宿を飛び出し、丸焼きのトカゲを食した後、航大とシルヴィアの二人は夜の街をひたすらに歩き回った。目につく出店の全てに立ち寄り、大小様々な食べ物を買っては食べての繰り返しである。
夜も更けようとする頃合い、航大たちは膨れるお腹を擦りながら宿を目指して歩いていた。
「宿に戻ったらすぐ寝るんだぞ」
「分かってるって、航大は私を子供扱いしすぎッ!」
「……ライガの話では、前回もこうやって遊び回ってお腹を痛くしたって聞いたけど?」
「うぐっ……」
シルヴィアと他愛もない会話を続けながら、宿への道程を進む航大。
「ん、あれは……?」
もう少しで宿が見える。
そう思った矢先、航大は地面に横たわる何かを発見する。
月明かりが照らす道を進んでいるため視界は悪い。しかし、それは近づく度にハッキリとした姿形を持って航大の視界に入り込んでくる。
「おい、人だ……人が倒れてるッ!」
「……え?」
道に倒れているのが人だと分かった瞬間、航大の足は回転を早めていた。
小走りになる形で倒れている人の近くまで近寄っていく。
「大丈夫かッ!?」
「うっ……あッ……」
倒れ伏す人の近くまでやってくると、航大はその凄惨たる姿に思わず息を呑む。
「うッ……すごい火傷……」
航大に遅れること少し、シルヴィアも異常を察して小走りで駆け寄ってくるのだが、倒れ伏す人の姿を見て絶句を禁じ得ない。
「どうしてこんなことに……」
道の真中に倒れ伏していたのは若い男性だった。
年齢は二十歳といったところか、しかしそれは辛うじて判断できる状態であり、苦しそうに吐息を漏らす男性は、その全身が重度な火傷に覆われていた。服は原型を留めておらず、その下に見えるはずの肌は赤く爛れてしまっている。
何があったのかまでは知る由もない。
何故ならば、彼が倒れていた周囲には何かが燃えた痕などは残ってはおらず、どうして男性がここまで酷い火傷を負っているのかは不明である。
『……航大くん、とにかく今は急いで宿に戻るんだよ。そして、リエルちゃんと一緒に治療しよう』
動揺を隠せない航大の脳裏にそんな声音が響いた。
その声の主は暴風の女神・カガリであり、彼女は努めて冷静に航大へ行動を指示する。
「……そうだな。急ごう」
わからないことだらけである。
しかし今、航大にできることはこの男性の命を助けるために行動することである。
「シルヴィア、宿に戻るぞ。先に行ってリエルに伝えてくれ」
「わ、分かった……ッ!」
慎重に男性を背中に乗せる。
背負った直後、航大の背中に熱の感覚が襲ってきて、男性の体を包む異常が手に取るように分かる。
異様な現実を目の当たりにして絶句していたシルヴィアも、航大の指示によって我を取り戻してすぐさま行動を開始する。
平穏に過ぎるはずだったレジーナでの夜。
それは最後に波乱を運んでくるのであった。
帝国ガリアが動き出した一報が入り、先に待ち受ける過酷な戦いを勝ち抜くには、かつて魔竜と戦い、封印してきた世界を守護する女神の力が必要であると判断したからであった。
今、航大の中に眠るのは『氷獄の女神・シュナ』と『暴風の女神・カガリ』の二人である。この世界にはあと二人の女神存在しており、今この瞬間も世界を守護するために力を使い続けている。
世界に注ぎ込まれる魔力の源たる存在であり、それを体内に宿す航大は異世界にやってきて『魔法』という力を手にすることができた。
「はぁ……炎獄の女神・アスカねぇ……なんか、一筋縄ではいかなそうだな……」
炎獄の女神・アスカ。
バルベット大陸の南方を守護する女神であり、他の女神たちからの話を聞く限りかなりの戦闘狂であるらしい。世界を守護する女神であるはずなのに戦闘狂とは、これは一体どういうことなのかと疑問を抱かざるを得ず、その女神を説得して仲間にするのは心が折れそうだと航大はため息を禁じ得ない。
「…………」
宿に備え付けられた窓から外を見ていると、静寂を破るようにドアがノックされ来客を告げる。
「どうぞー」
特に警戒することなくノックへ返事をすると、扉が控えめにゆっくりと開かれる。
「あ、航大……こんばんは……」
「えっ、シルヴィアじゃん。どうしたんだ?」
おずおずと開かれた扉の先、そこには短く切り揃えられた金髪を揺らす少女・シルヴィアが立っていた。普段から軽装な彼女だが、既に寝る支度を整えているのかその格好は更にラフなものになっていた。
羊のようなもこもことした柔らかな素材で作られたパジャマに身を包むシルヴィアは、いつものような騎士といった様子からはかけ離れていて、その変化に航大は不意に胸が高鳴ってしまう。
「てか、パジャマなんて着るんだな、シルヴィアも……」
「むっ……なによそれー、私だってこうやってゆっくり出来るときは、パジャマだって着るもん」
「あー、まぁ……いつもと違うからビックリしたよ」
「えへへー、結構かわいいでしょ、これ?」
「……まぁ、そうだな」
「ちょっと顔、赤くなってない?」
「……そんなことない。それで、何の用だ?」
シルヴィアを直視しないようにして、航大は咳払いを一つ漏らした後に用件を問いかける。
まだ夜中というほど時間は更けていないが、こんな時間に用事があるのならそれを先に聞かなければならない。
「えっと、これは航大にしか頼めないことなんだけど……」
航大の問いかけに、シルヴィアは頬をほんのりと朱に染めて震える声音を漏らしながら近づいてくる。
「お、おい……なんだよ……」
「航大は私のお願い……聞いてくれる……?」
風呂から出てそこまで時間が経っていないのか、シルヴィアの金髪が艶があり、更に彼女の身体からは甘い香りが漂っている。
ゆっくりとした動きで一步、また一步と近づいてくるシルヴィアに後ずさる航大。しかし、航大の行方はすぐさま部屋の壁に遮られてしまい、それ以上の逃げを許してはくれなかった。
「シルヴィア、おい……だから近いって……」
「私、航大にお願いがあるの……航大にしかできない……こと……」
ついにシルヴィアの身体が手を伸ばせば触れられる場所にまで接近してくる。
航大の胸ほどまでしかないシルヴィアの背丈。
上目遣いに航大を見つめるシルヴィアの瞳は僅かに震えていて、更に接近したことで鼻孔をくすぐす甘い香りが強くなる。訳がわからない状況に混乱を禁じ得ない航大は、頭が真っ白になる感覚に支配されていく。
『おい、カガリ……シュナッ……助けてくれ……ッ!』
『…………』
もう航大一人ではどうすることもできない。
それならば、航大の体内に存在する女神たちに助けを求めるべきである。瞬時にそう判断した航大はいつものように脳内へ語りかける。こうすれば、女神たちはいつも反応を返してくれていたはずである……。
『おい、おいッ……』
『…………』
しかし、こういう時に限って女神たちは航大の問いかけに反応を返すことはなかった。つまり、それは航大にとって逃げ場が完全に封じられたも同然であり、いよいよ諦める時がやってきてしまったのである。
「ねぇ……航大……お願い……」
シルヴィアの身体が優しく航大に触れる。
航大が拒まないことを確認するなり、シルヴィアはその体重を航大に預ける。
「――――ッ!」
それは羊のようにふわふわで、もこもこなシルヴィアの身体が触れて、航大の心臓は今までにないほどに早鐘を打ってしまう。まさか、この瞬間まで守り抜いてきた貞操を、異世界の地で捨てることになるとは……人の人生とは分からないものであり、しかし逃れることのできない現実を前に、航大も覚悟を決める。
「お父さん、お母さん……俺はついに大人に――」
「――私を外に連れ出してッ!」
「……………………は?」
シルヴィアの声音が鼓膜を震わせる。
その瞬間、航大の脳内はさっきまでとは別の意味で真っ白になるのであった。
◆◆◆◆◆
「やっぱり外はいいねぇーッ! せっかくの遠征なのに、宿で閉じこもってろとかライガも横暴だよねー」
「…………」
「うんうん。夜でも過ごしやすくていい感じ。たまには身軽な格好で外に出るのも悪くないね」
「…………」
「航大と一緒なら、ライガにバレても怒られなさそうだし……にしし、私ってば天才かもー」
「…………」
「あれ、航大? もしかして元気ない?」
「あ、いや……何でもない……なんか、自分が馬鹿だったなーってさ……」
「んー、よく分からないけど、大丈夫そうだね!」
「はぁ……それで、外になんか出てどうするんだ?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれましたッ!」
航大の問いかけに、シルヴィアは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。
どうせ大したことではないだろうと踏んでいる航大は、そんな彼女をジト目で見つめるばかり。
「これから、夜の街に繰り出して食い倒れタイムですッ!」
「……そんなことだろうと思ったよ」
思い切り拳を突き上げて、シルヴィアはこれ以上ない満面の笑みを浮かべて高らかに宣言するのであった。
◆◆◆◆◆
「んんぅ~~~~、このレッドミニドラの丸焼き美味しい~~~~ッ!」
「……これ、食べられるのか?」
「え、ここら辺では結構有名な食べ物だよ? 見た目はちょっとグロテスクだけど、食べてみるとコレがかなり美味しいんだってッ!」
「……本当かなぁ」
「ほらほら、熱いうちに食べないと勿体無いよーッ!」
夜の帳が下りたレジーナのメインストリートを歩く航大とシルヴィア。
二人の手にはレッドミニドラと呼ばれる赤い小さなトカゲが丸焼きにされた串を手に持っている。丸焼きトカゲの串刺しといった様子に、航大は思わず尻込みをしてしまうのだが、隣を歩くシルヴィアはニコニコとご満悦な様子でトカゲにかぶりついている。
その光景はかなりショッキングな物であり、航大には中々ハードルが高い。
「…………い、いただきます」
「…………」
キラキラと輝く瞳を向けるシルヴィアに負ける形で、航大は覚悟を決める。
そして片手に持った串に身体を貫通させられているトカゲの頭をゆっくりと口の中に含んでいく。
「――――」
外はカリッと焼かれているため、最初に咀嚼した感じは少し焦げた味が口内に広がった。しかしそれも最初だけで、その後はぷにぷにとした肉の食感と、噛めば噛むほどに溢れてくる肉汁が口内をあっという間に支配していく。
「美味いッ!」
「でしょーッ!?」
口の中に広がる肉の味に、航大は思わず大声を上げて感動を全力で表現する。
見た目がイマイチだが、そのマイナスを補って余りある味に驚きを禁じ得ない。
一度、口にしてしまえばその後は止まることなく胃袋へと流し込んでいく。気付けば、あれだけ食べることを躊躇っていたことが嘘のように丸焼きトカゲは航大の胃袋へと姿を消してしまった。
「いやぁ……マジで想像以上に美味かったなぁ……」
「航大ってば、口の周りが汚れてるよ?」
「お、おぉ……すまん……」
無我夢中でトカゲの丸焼きを平らげた航大は、夢中のあまり口の周りに食べかすを残してしまっていた。それを見てクスクスと笑うシルヴィアは、ポケットからハンカチを取り出すと航大の口を拭いてくれる。
急に近くなったシルヴィアの姿に思わず胸が高鳴る航大は、恥ずかしさを悟られないように彼女から視線をそらす。
「よーし、夜はまだまだこれからッ、次に行ってみよーッ!」
「まだオススメがあるのか?」
「ふっふっふ、もちろんだよ、航大ッ! レジーナって街は東方と南方の境界にある街ってことで、それぞれの地域にある特産品とかが集まってくるんだよ」
「へぇ……」
「今のトカゲは南方では有名な食べ物で、他にもたくさんあるんだから」
「なるほど……それは気になるな……」
「そういうこと。美味しいものがたくさんあるんだから、食べないのは勿体無いでしょ?」
「うむ……確かにそんな気がしてきたかもしれない……」
シルヴィアの口車に上手く乗せられている感じがしないでもないが、一度美味しいものを食べた航大の身体はどこまでも正直であり、宿で夕食を食べたはずなのに空腹を感じてしまう。
「行こう、航大ッ!」
「お、おうッ!」
自然な動作でシルヴィアが航大の手を掴む。
剣を握って魔獣と戦っているとは想像もできないほどに、シルヴィアの手は細く繊細であると感じられた。手から伝わってくる人間の温かみに航大の胸は人知れず鼓動を早めるのであった。
◆◆◆◆◆
「けぷ……もうお腹いっぱいだよ~~」
「うぅ……歩くだけでも辛い……シルヴィア、食べ過ぎだろ……」
「えへへ……航大と一緒だと楽しくて、つい食べすぎちゃった」
宿を飛び出し、丸焼きのトカゲを食した後、航大とシルヴィアの二人は夜の街をひたすらに歩き回った。目につく出店の全てに立ち寄り、大小様々な食べ物を買っては食べての繰り返しである。
夜も更けようとする頃合い、航大たちは膨れるお腹を擦りながら宿を目指して歩いていた。
「宿に戻ったらすぐ寝るんだぞ」
「分かってるって、航大は私を子供扱いしすぎッ!」
「……ライガの話では、前回もこうやって遊び回ってお腹を痛くしたって聞いたけど?」
「うぐっ……」
シルヴィアと他愛もない会話を続けながら、宿への道程を進む航大。
「ん、あれは……?」
もう少しで宿が見える。
そう思った矢先、航大は地面に横たわる何かを発見する。
月明かりが照らす道を進んでいるため視界は悪い。しかし、それは近づく度にハッキリとした姿形を持って航大の視界に入り込んでくる。
「おい、人だ……人が倒れてるッ!」
「……え?」
道に倒れているのが人だと分かった瞬間、航大の足は回転を早めていた。
小走りになる形で倒れている人の近くまで近寄っていく。
「大丈夫かッ!?」
「うっ……あッ……」
倒れ伏す人の近くまでやってくると、航大はその凄惨たる姿に思わず息を呑む。
「うッ……すごい火傷……」
航大に遅れること少し、シルヴィアも異常を察して小走りで駆け寄ってくるのだが、倒れ伏す人の姿を見て絶句を禁じ得ない。
「どうしてこんなことに……」
道の真中に倒れ伏していたのは若い男性だった。
年齢は二十歳といったところか、しかしそれは辛うじて判断できる状態であり、苦しそうに吐息を漏らす男性は、その全身が重度な火傷に覆われていた。服は原型を留めておらず、その下に見えるはずの肌は赤く爛れてしまっている。
何があったのかまでは知る由もない。
何故ならば、彼が倒れていた周囲には何かが燃えた痕などは残ってはおらず、どうして男性がここまで酷い火傷を負っているのかは不明である。
『……航大くん、とにかく今は急いで宿に戻るんだよ。そして、リエルちゃんと一緒に治療しよう』
動揺を隠せない航大の脳裏にそんな声音が響いた。
その声の主は暴風の女神・カガリであり、彼女は努めて冷静に航大へ行動を指示する。
「……そうだな。急ごう」
わからないことだらけである。
しかし今、航大にできることはこの男性の命を助けるために行動することである。
「シルヴィア、宿に戻るぞ。先に行ってリエルに伝えてくれ」
「わ、分かった……ッ!」
慎重に男性を背中に乗せる。
背負った直後、航大の背中に熱の感覚が襲ってきて、男性の体を包む異常が手に取るように分かる。
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