終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章100 終わりと始まり
夜。
激動の一日が終幕を迎え、神谷 航大はハイラント王国の王城にある自室で一人ベッドに横たわっていた。いつもならユイが眠れないとベッドに乱入してくる時間なのだが、今日はその限りではなく、航大は久しぶりに一人の夜を過ごしていた。
ベッドで寝転がる航大の身体を心地いい疲労感が支配しており、目を閉じれば今日一日の出来事が走馬灯のようにハッキリと思い出すことが出来る。
「…………」
朝早くにリエルと一緒に街へ繰り出し、街の喫茶店でメイド選挙なる戦いを経て、彼女の願いで航大にも馴染みが深い魔導書店へと向かった。
書店ではリエルが満足する結果を得ることができなかったが、それでも最後には彼女が笑みを浮かべていてくれたことに航大は救われた。
「…………」
次にデートをしたのは、ハイラント王国の騎士である少女・シルヴィアだった。
王城で彼女と合流することに成功した航大は、シルヴィアの願いを叶えるために王国の王女であるシャーリーと謁見するために行動を開始した。
この時、どうしてシルヴィアが王女・シャーリーと謁見をしたがっていたのか、その理由を知ることはできなかったが、メイド長・ルズナにお願いすることで航大、シルヴィア、シャーリーの三人によるちょっとしたお茶会が開催されることとなった。
その後、シルヴィアと共に四番街へ向かい、最後に二人にとって思い出の場所ともいえる二番街の小高い丘で一時を過ごすこととなった。
「…………」
最後に航大がデートをするために合流したのは、彼が異世界にやってきて最も長い時間を共に過ごしている白髪の少女・ユイだった。
彼女と共に向かったのはリエルの時と同じ城下町の一番街であった。
そこで食べ物を買ったり、ユイへのプレゼントを買ったりと、一番普通で充実した時間を過ごすことが出来た。航大にとって、やはりユイと共にいる時間というのは特別な意味を持っているものであり、彼女とのデートによって認識を新たにした。
もし、願うならばあの場面でデートが終わっていればよかった。
そうすれば、航大は今この瞬間もデートの余韻に浸ることが出来ていたはずである。
「……どうしてあんなことを」
航大の脳裏に残るのは、王城の屋上で過ごしたユイとの時間だった。
満月が輝く闇夜、城下町を一望できる場所でユイは涙を零しながら航大に『お願い』をした。それはあまりにも悲しく、あまりにも酷な願い。
――私が貴方を殺そうとしたのなら、お願い……私を殺して。
心地いい優しい風に白髪を靡かせながら、ユイはその目にいっぱいの涙を溜めて航大に自分を殺すように願った。まるでそれは未来を確信しているかのようにも見えて、真剣な表情を浮かべる彼女に対して航大は言葉を発することができなかった。
「俺が……ユイを……?」
静かな夜。
考えまいといくら意識しても、脳裏には涙を流すユイの姿が色濃く残り続ける。
いつかの未来、自分の手でユイの命を刈り取る日がやってくるのだろうか。
「……そんなはずがねぇ」
頭を振って最悪の未来を脳裏からかき消す。
彼女が言うような未来がやってくるとしても、どんなにお願いされようとも、必ず少女を助ける。誰も悲しまい未来を歩む。航大の心はそう強く決意する。
「ふわぁ……明日にはもう出発か……」
考え事を自分の中で都合よく完結させると、次に襲ってくるのは耐え難い睡魔だった。
次に目を覚ませば、航大たちは三人目の女神を探しに南方へと旅立つこととなる。
「…………」
考えることは山ほど存在する。
女神を探すこともそうだし、帝国ガリアの動きだって気になる、他にも魔竜のことやユイのこと……異世界にやってきてからというものの、航大は忙しい日々を過ごしている。
良いことも悪いこともあった異世界生活。しかしそれは、航大の人生に確かな刺激をもたらしてくれた。
「…………」
気付けば航大の視界は闇に閉ざされていた。
深い闇に誘われるようにして、彼の意識は現世から隔離されていくのであった。
◆◆◆◆◆
「……ここは?」
目を覚ます。
航大が横たわっている場所はハイラント王国ではなく、濃紺の霧が支配する朽ち果てた都市であった。彼はこの場所を知っている。前に一度、夢で見た場所である。
「そうだ……ここで俺は……」
どうして今まで忘れていたのだろうか。
航大は何度かこの場所を夢の中で訪れている。しかしそれは、航大にとっていい夢ではなく、思い出した限りではろくなことがなかった場所である。
「……貴方はまた、ここで私に殺される」
「その声は……」
背後で誰かの声がした。
そちらを見れば、漆黒の黒髪を風に靡かせ、背中から大きな黒翼を生やす少女の姿があった。
「……ユイ、なんだな?」
「……そう。私は確かにそう呼ばれていた」
「またこの夢か……一体、何を伝えようとしてるんだ」
これが夢であることを航大は理解していた。だからこそ、夢の意味を少女に問う。
航大が知っているユイは白髪が印象的な少女である。今、彼の前に立つ黒翼を生やした少女は決定的にユイと外見が違っているのだが、ユイと同一の存在であることを航大は理解している。
この夢を見る時、航大は決まって彼女に殺されている。
その意味も理由も知る由はない。
「伝えることなんてない。この世界は終わる。終わる世界に意味も理由も存在はしない」
「…………」
これまでの夢で航大は何も成果を得ることができずに殺されていた。しかし、今回はこれが夢であることをしっかりと理解している。何の意味もなくこの夢が存在してるはずがないと考える航大は、なんとかして成果を得ようと考える。
「……シュナもカガリもいない、か」
対峙する黒のユイはその手に巨大な黒剣を持っている。
彼女が飛びかかってくれば、航大は為す術もなく殺される。これまでの夢と全く同じ展開を辿るのであろう。
「……でも、魔法は使えるみたいだな」
女神はいないが、女神が体内にいた残滓は存在している。
だからこそ、航大はその手に氷剣を生成すると、その切っ先を黒のユイに向ける。
「……どうして抵抗するの?」
「お前が間違った道に進もうとしているのなら、俺はそれを止めなくちゃならねぇ」
「…………」
「俺はお前を殺すことなんてしない。絶対に助けてやる」
脳裏に王城の屋上でユイと交わした言葉が蘇る。
彼女は自分が間違った道に進むのならば、迷うことなく自分を殺して欲しいと願った。もしかしたら今、この瞬間こそがユイが望んだ場面なのかもしれないが、航大は彼女の願いを聞き入れるつもりはなかった。誰も悲しまない結末を手に入れる。それこそが航大の望む世界なのだから。
「……私がこんな悪い子でも?」
「――んなッ!?」
黒のユイが手を広げる。
剣を持っていない左手が伸びた先、そこには先ほどまでは存在していなかった十字架があった。いつの間に姿を現したのか、そこに驚くよりも先に航大は十字架に縛り付けられている人影に絶句を禁じ得ない。
「ライガ、リエル、シルヴィア……?」
姿を現した十字架には、ライガとリエルとシルヴィアの三人が縛り付けられており、しかも三人は全身を鮮血で汚している状態だった。今すぐに治療をしなければ、彼らの命が危険であることは一目瞭然である。
「……私が彼らをこんな姿にしたの」
「なんで……」
「……邪魔だったから。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
三人の身体からは絶え間なく鮮血が零れている。
今すぐに助けなくてはいけないのに、しかし航大の身体は一步を踏み出すことができない。
「……こ、航大」
「ライガッ!?」
「早く、逃げ、ろ……コイツは、もう……ユイ、じゃ――」
「……うるさい」
それは刹那の瞬間だった。
十字架に縛られたライガが残された力を振り絞って声音を漏らす。
鮮血で汚れる顔面を航大に向けて、彼に逃げるように伝えようとする。しかし、その言葉は黒のユイが放つ凶刃によって遮られてしまう。
「――――」
必死に何かを伝えようとするライガの首筋を、黒のユイは何の躊躇いもなく手に持った剣で切り裂く。一瞬の静寂が支配した後、ライガの首からは夥しい量の血が噴出する。
ライガの身体はぐったりとしている。その四肢に一切の力はなく、その瞬間に航大は彼が死んだことを理解した。あれだけ長い時を共に過ごした仲間の手によって、彼は殺されたのである。
「ユイ、お前……何してんだよ……」
「……どう? これでも貴方は私を助けるなんて言うの?」
「――――」
「……私はもう、貴方が知っている私じゃない」
黒のユイが一歩を踏み出す。
航大に向かって歩くのではなく、ライガと同じように十字架に縛られているリエルとシルヴィアに近づくようにして、黒のユイはゆっくりと歩みを進めていく。
「おい、ユイ……やめろ……やめてくれ……」
彼女の動きを見て、航大はその意味を瞬間的に理解した。
今すぐに足を踏み出して彼女の凶行を止めなくてはならない。強く歯を食いしばる口元から血が零れるくらいにそれを理解しているのに、航大の身体は見えない力によって封じられているかのように動くことができない。
「……私は全てを断ち切らないといけない。そうしないと、次に進めないから」
「…………」
航大の言葉も今のユイには届かない。
身動きを取ることができない航大は、彼女が振るう剣がもたらす結末をその目で見ることしか出来ないのだ。
「――――」
一振りすれば腕が飛び、
一振りすれば足が飛ぶ。
もう一振りすると鮮血が舞い、
更に一振りすると命が潰える。
「…………」
繰り返される凶刃。
鮮血が飛び、命が潰える瞬間を、航大は為す術もなく見ていることしかできない。
この瞬間に言葉を上げることすら出来ないのだ。
「……最後は貴方。貴方を殺すことで、私から迷いは消える」
「…………」
何の躊躇いもなく人間を殺す。
黒く姿を変えた少女はそんな凶行を行っても、その顔はいつもの無表情をキープしたままである。長い時を共に過ごした仲間をあっさりと殺すことができる。こんなの航大が知るユイではない。
「……貴方にとって、この世界はどうだった?」
「…………」
自分が見たショッキングな光景に、航大は項垂れて絶句するしかない。そんな彼の前までやってきた黒のユイは、いつもみたいに無感情な声音で問いかけを投げかけてくる。
「……俺にとっては、この世界は……とてもいいものだった」
「……そう」
「ユイが居て、ライガが居て、リエルとシルヴィアも居て……他にも、たくさんの良い人がいる世界だった……だから俺は……その全部を守りたくて……」
「……守ることはできなかった」
「…………」
「……あの時、貴方が私を殺さなかった。その選択がこの結末へと導いた」
「俺の選択が……?」
「そう。貴方は私との約束を守らなかった。そのせいで、みんなが死ぬ世界となってしまった」
「俺のせいで……俺のせいで、みんなが……」
「貴方は償わなくてはならない。自分が選択した未来の罪を……」
黒のユイは最後まで無表情に剣を振り上げる。
今回もまた航大は夢の結末を変えることはできなかった。
「……お願い、航大」
「――――」
最後に鼓膜を震わせた彼女の声は、無感情ながらその奥に温かい感情が見え隠れするものだった。思わず声を上げる航大の視界に映るのは――
「……ユイ?」
「次こそは私を、殺して」
無表情のまま、一筋の涙を零す少女だった。
何か言わなくてはならなかった。
言いたいことがあった。
しかし、声が出るその前に航大の首に凶刃が迫る。
「――――」
視界が大きく揺れる。
自分の首が切り落とされたのだと気付く頃には、全てが手遅れなのであった。
◆◆◆◆◆
破滅と終末の夢をもって、長き旅は終幕を迎える。
次から始まるのは再びの旅路である。
終末へと突き進む動きは止まることなく、次第にその激しさを増していく。
激動の一日が終幕を迎え、神谷 航大はハイラント王国の王城にある自室で一人ベッドに横たわっていた。いつもならユイが眠れないとベッドに乱入してくる時間なのだが、今日はその限りではなく、航大は久しぶりに一人の夜を過ごしていた。
ベッドで寝転がる航大の身体を心地いい疲労感が支配しており、目を閉じれば今日一日の出来事が走馬灯のようにハッキリと思い出すことが出来る。
「…………」
朝早くにリエルと一緒に街へ繰り出し、街の喫茶店でメイド選挙なる戦いを経て、彼女の願いで航大にも馴染みが深い魔導書店へと向かった。
書店ではリエルが満足する結果を得ることができなかったが、それでも最後には彼女が笑みを浮かべていてくれたことに航大は救われた。
「…………」
次にデートをしたのは、ハイラント王国の騎士である少女・シルヴィアだった。
王城で彼女と合流することに成功した航大は、シルヴィアの願いを叶えるために王国の王女であるシャーリーと謁見するために行動を開始した。
この時、どうしてシルヴィアが王女・シャーリーと謁見をしたがっていたのか、その理由を知ることはできなかったが、メイド長・ルズナにお願いすることで航大、シルヴィア、シャーリーの三人によるちょっとしたお茶会が開催されることとなった。
その後、シルヴィアと共に四番街へ向かい、最後に二人にとって思い出の場所ともいえる二番街の小高い丘で一時を過ごすこととなった。
「…………」
最後に航大がデートをするために合流したのは、彼が異世界にやってきて最も長い時間を共に過ごしている白髪の少女・ユイだった。
彼女と共に向かったのはリエルの時と同じ城下町の一番街であった。
そこで食べ物を買ったり、ユイへのプレゼントを買ったりと、一番普通で充実した時間を過ごすことが出来た。航大にとって、やはりユイと共にいる時間というのは特別な意味を持っているものであり、彼女とのデートによって認識を新たにした。
もし、願うならばあの場面でデートが終わっていればよかった。
そうすれば、航大は今この瞬間もデートの余韻に浸ることが出来ていたはずである。
「……どうしてあんなことを」
航大の脳裏に残るのは、王城の屋上で過ごしたユイとの時間だった。
満月が輝く闇夜、城下町を一望できる場所でユイは涙を零しながら航大に『お願い』をした。それはあまりにも悲しく、あまりにも酷な願い。
――私が貴方を殺そうとしたのなら、お願い……私を殺して。
心地いい優しい風に白髪を靡かせながら、ユイはその目にいっぱいの涙を溜めて航大に自分を殺すように願った。まるでそれは未来を確信しているかのようにも見えて、真剣な表情を浮かべる彼女に対して航大は言葉を発することができなかった。
「俺が……ユイを……?」
静かな夜。
考えまいといくら意識しても、脳裏には涙を流すユイの姿が色濃く残り続ける。
いつかの未来、自分の手でユイの命を刈り取る日がやってくるのだろうか。
「……そんなはずがねぇ」
頭を振って最悪の未来を脳裏からかき消す。
彼女が言うような未来がやってくるとしても、どんなにお願いされようとも、必ず少女を助ける。誰も悲しまい未来を歩む。航大の心はそう強く決意する。
「ふわぁ……明日にはもう出発か……」
考え事を自分の中で都合よく完結させると、次に襲ってくるのは耐え難い睡魔だった。
次に目を覚ませば、航大たちは三人目の女神を探しに南方へと旅立つこととなる。
「…………」
考えることは山ほど存在する。
女神を探すこともそうだし、帝国ガリアの動きだって気になる、他にも魔竜のことやユイのこと……異世界にやってきてからというものの、航大は忙しい日々を過ごしている。
良いことも悪いこともあった異世界生活。しかしそれは、航大の人生に確かな刺激をもたらしてくれた。
「…………」
気付けば航大の視界は闇に閉ざされていた。
深い闇に誘われるようにして、彼の意識は現世から隔離されていくのであった。
◆◆◆◆◆
「……ここは?」
目を覚ます。
航大が横たわっている場所はハイラント王国ではなく、濃紺の霧が支配する朽ち果てた都市であった。彼はこの場所を知っている。前に一度、夢で見た場所である。
「そうだ……ここで俺は……」
どうして今まで忘れていたのだろうか。
航大は何度かこの場所を夢の中で訪れている。しかしそれは、航大にとっていい夢ではなく、思い出した限りではろくなことがなかった場所である。
「……貴方はまた、ここで私に殺される」
「その声は……」
背後で誰かの声がした。
そちらを見れば、漆黒の黒髪を風に靡かせ、背中から大きな黒翼を生やす少女の姿があった。
「……ユイ、なんだな?」
「……そう。私は確かにそう呼ばれていた」
「またこの夢か……一体、何を伝えようとしてるんだ」
これが夢であることを航大は理解していた。だからこそ、夢の意味を少女に問う。
航大が知っているユイは白髪が印象的な少女である。今、彼の前に立つ黒翼を生やした少女は決定的にユイと外見が違っているのだが、ユイと同一の存在であることを航大は理解している。
この夢を見る時、航大は決まって彼女に殺されている。
その意味も理由も知る由はない。
「伝えることなんてない。この世界は終わる。終わる世界に意味も理由も存在はしない」
「…………」
これまでの夢で航大は何も成果を得ることができずに殺されていた。しかし、今回はこれが夢であることをしっかりと理解している。何の意味もなくこの夢が存在してるはずがないと考える航大は、なんとかして成果を得ようと考える。
「……シュナもカガリもいない、か」
対峙する黒のユイはその手に巨大な黒剣を持っている。
彼女が飛びかかってくれば、航大は為す術もなく殺される。これまでの夢と全く同じ展開を辿るのであろう。
「……でも、魔法は使えるみたいだな」
女神はいないが、女神が体内にいた残滓は存在している。
だからこそ、航大はその手に氷剣を生成すると、その切っ先を黒のユイに向ける。
「……どうして抵抗するの?」
「お前が間違った道に進もうとしているのなら、俺はそれを止めなくちゃならねぇ」
「…………」
「俺はお前を殺すことなんてしない。絶対に助けてやる」
脳裏に王城の屋上でユイと交わした言葉が蘇る。
彼女は自分が間違った道に進むのならば、迷うことなく自分を殺して欲しいと願った。もしかしたら今、この瞬間こそがユイが望んだ場面なのかもしれないが、航大は彼女の願いを聞き入れるつもりはなかった。誰も悲しまない結末を手に入れる。それこそが航大の望む世界なのだから。
「……私がこんな悪い子でも?」
「――んなッ!?」
黒のユイが手を広げる。
剣を持っていない左手が伸びた先、そこには先ほどまでは存在していなかった十字架があった。いつの間に姿を現したのか、そこに驚くよりも先に航大は十字架に縛り付けられている人影に絶句を禁じ得ない。
「ライガ、リエル、シルヴィア……?」
姿を現した十字架には、ライガとリエルとシルヴィアの三人が縛り付けられており、しかも三人は全身を鮮血で汚している状態だった。今すぐに治療をしなければ、彼らの命が危険であることは一目瞭然である。
「……私が彼らをこんな姿にしたの」
「なんで……」
「……邪魔だったから。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
三人の身体からは絶え間なく鮮血が零れている。
今すぐに助けなくてはいけないのに、しかし航大の身体は一步を踏み出すことができない。
「……こ、航大」
「ライガッ!?」
「早く、逃げ、ろ……コイツは、もう……ユイ、じゃ――」
「……うるさい」
それは刹那の瞬間だった。
十字架に縛られたライガが残された力を振り絞って声音を漏らす。
鮮血で汚れる顔面を航大に向けて、彼に逃げるように伝えようとする。しかし、その言葉は黒のユイが放つ凶刃によって遮られてしまう。
「――――」
必死に何かを伝えようとするライガの首筋を、黒のユイは何の躊躇いもなく手に持った剣で切り裂く。一瞬の静寂が支配した後、ライガの首からは夥しい量の血が噴出する。
ライガの身体はぐったりとしている。その四肢に一切の力はなく、その瞬間に航大は彼が死んだことを理解した。あれだけ長い時を共に過ごした仲間の手によって、彼は殺されたのである。
「ユイ、お前……何してんだよ……」
「……どう? これでも貴方は私を助けるなんて言うの?」
「――――」
「……私はもう、貴方が知っている私じゃない」
黒のユイが一歩を踏み出す。
航大に向かって歩くのではなく、ライガと同じように十字架に縛られているリエルとシルヴィアに近づくようにして、黒のユイはゆっくりと歩みを進めていく。
「おい、ユイ……やめろ……やめてくれ……」
彼女の動きを見て、航大はその意味を瞬間的に理解した。
今すぐに足を踏み出して彼女の凶行を止めなくてはならない。強く歯を食いしばる口元から血が零れるくらいにそれを理解しているのに、航大の身体は見えない力によって封じられているかのように動くことができない。
「……私は全てを断ち切らないといけない。そうしないと、次に進めないから」
「…………」
航大の言葉も今のユイには届かない。
身動きを取ることができない航大は、彼女が振るう剣がもたらす結末をその目で見ることしか出来ないのだ。
「――――」
一振りすれば腕が飛び、
一振りすれば足が飛ぶ。
もう一振りすると鮮血が舞い、
更に一振りすると命が潰える。
「…………」
繰り返される凶刃。
鮮血が飛び、命が潰える瞬間を、航大は為す術もなく見ていることしかできない。
この瞬間に言葉を上げることすら出来ないのだ。
「……最後は貴方。貴方を殺すことで、私から迷いは消える」
「…………」
何の躊躇いもなく人間を殺す。
黒く姿を変えた少女はそんな凶行を行っても、その顔はいつもの無表情をキープしたままである。長い時を共に過ごした仲間をあっさりと殺すことができる。こんなの航大が知るユイではない。
「……貴方にとって、この世界はどうだった?」
「…………」
自分が見たショッキングな光景に、航大は項垂れて絶句するしかない。そんな彼の前までやってきた黒のユイは、いつもみたいに無感情な声音で問いかけを投げかけてくる。
「……俺にとっては、この世界は……とてもいいものだった」
「……そう」
「ユイが居て、ライガが居て、リエルとシルヴィアも居て……他にも、たくさんの良い人がいる世界だった……だから俺は……その全部を守りたくて……」
「……守ることはできなかった」
「…………」
「……あの時、貴方が私を殺さなかった。その選択がこの結末へと導いた」
「俺の選択が……?」
「そう。貴方は私との約束を守らなかった。そのせいで、みんなが死ぬ世界となってしまった」
「俺のせいで……俺のせいで、みんなが……」
「貴方は償わなくてはならない。自分が選択した未来の罪を……」
黒のユイは最後まで無表情に剣を振り上げる。
今回もまた航大は夢の結末を変えることはできなかった。
「……お願い、航大」
「――――」
最後に鼓膜を震わせた彼女の声は、無感情ながらその奥に温かい感情が見え隠れするものだった。思わず声を上げる航大の視界に映るのは――
「……ユイ?」
「次こそは私を、殺して」
無表情のまま、一筋の涙を零す少女だった。
何か言わなくてはならなかった。
言いたいことがあった。
しかし、声が出るその前に航大の首に凶刃が迫る。
「――――」
視界が大きく揺れる。
自分の首が切り落とされたのだと気付く頃には、全てが手遅れなのであった。
◆◆◆◆◆
破滅と終末の夢をもって、長き旅は終幕を迎える。
次から始まるのは再びの旅路である。
終末へと突き進む動きは止まることなく、次第にその激しさを増していく。
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