終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章97 【幕間】束の間の休息<シルヴィアとの時間2>
「なぁ、本当に良かったのか……?」
「え、なにが?」
「シャーリーとの謁見だよ。まだ話したいこと、あったんじゃないか?」
「うーん、どうだろうね……本当は色々と話したいことがあったのかもしれないけど……でも、元気な顔が見られたらなんかもういいかなって」
ハイラント王国へ帰還を果たした翌日。
航大はリエル、シルヴィア、ユイたちと束の間の休息を楽しんでいた。
まず最初はリエルと共にハイラントの城下町を散策していて、その次に相手をするのは王国の騎士であり、肩上まで伸びた金髪を揺らす少女・シルヴィアだった。
シルヴィアの願いもあり、デートとして最初に向かったのはハイラント王国の王女・シャーリーの部屋だったのだ。それはシルヴィアの願いであり、今日一日は彼女たちの願いを出来る限り叶えてやりたいと考える航大は、メイド長であり王女側近の騎士であるルズナにお願いして、王女と謁見する権利を手に入れた。
実際に王女と謁見をしたシルヴィアだったが、彼女は終始他愛もない会話を楽しむだけであり、それで彼女の願いが満たされたのかだけが航大が気になる部分なのであった。
「そうか。まぁ、シルヴィアが良いなら良いんだけどさ……」
「大丈夫だって、航大。それより、まだ行きたいところあるんだけどいいかな?」
「あぁ、今日はシルヴィアの我儘を聞いてやる日だからな」
「やったねッ!」
航大とシルヴィアの二人は王城の中を歩きながら次の目的地について語り合う。
「それでどこに行きたいんだ?」
「うーんとね、私が生まれ育った場所」
◆◆◆◆◆
シルヴィアのお願いでやってきたのは、ハイラント王国の城下町の中でもスラム街と呼ばれる『四番街』だった。この場所はハイラント王国の入り口でもある一番街から正反対の位置に存在しており、陽の当たる場所から追い出された日陰者たちが集まる場所でもあった。
金髪を揺らし、今ではハイラント王国の立派な騎士としての立場を手に入れたシルヴィアも、元々はこの街で生まれ育ったという過去を持っており、四番街出身者としては初めての騎士であることから、街の人々からの期待も厚い。
「久しぶりなんだけど、みんな覚えてるかな……」
「さすがに覚えてるだろ。四番街では英雄みたいな扱いをされてるじゃないか」
「うん、まぁ……そうなんだけどね。逆に騎士となった私のことをよく思ってない人もいるから……」
「……なんでだよ?」
「四番街という場所は、この国に住んでいながら王国に対して良い感情を持ってない人が集まってる。今は少し改善もされてきているから、感情ってのは少し変化してるかもしれないけど……それでも、ハイラント王国という存在そのものに対して負の感情を持ってる人は多い」
「…………」
「そして、私は四番街の人間でありながら、王国側についた人間でもある。よく思わない人が居ないってことはないと思うよ。たとえそれが少数派だったとしてもね」
どこか淋しげな様子で言葉を紡ぐシルヴィア。
誰もが手を取り合って歩みを進めればいい。
理想だけを語ることは容易であり、しかし現実はそう簡単に進むものではないことを航大は理解している。王国がやっと四番街に目を向けたことで、腐敗していた土地に光が差そうとしているのは確かである。
しかし、他の街に生きる人間が持つ差別的な眼差しというのは、今でも消えることはない。
「そんなこと、気にすんな」
「……え?」
「シルヴィアはシルヴィアだ。お前はお前なりに最善の手を尽くそうとしている。そして、それは四番街に生きる人みんながちゃんと分かってる。すぐには納得できないだろうけど、騎士として名を挙げて、シルヴィアが頑張れば頑張るほど、四番街の人たちは救われるんだよ」
「…………」
「だからさ、胸を張って戻ろうよ。シルヴィアが生まれ育った故郷にさ」
「……うん」
航大とシルヴィアが向かうのはハイラント王国の城下町に存在する四番街。
そこは過去に悲しき現実が蔓延った場所。
しかし今は、一人の少女が見せる奇跡によって眩い光が差そうとしているのであった。
◆◆◆◆◆
「しばらく見ない間に、ちょっと変わったかも」
ハイラント王国を出た航大たちが向かったのは城下町の四番街。
まだ航大とシルヴィアが出会ったばかりの当時は、ボロボロな木造の民家が立ち並んでおり、道路も全く舗装されてはおらず、街から漂う圧倒的な負のオーラが蔓延していた。
しかしそれも、王国が四番街に目を向けてから数ヶ月も経つと街の様子は一変していた。
「いや、ちょっとどころじゃないだろ……街が綺麗になってる」
「……うん」
四番街の入り口で立ち尽くす航大たちは、眼前に広がる街並みに驚きを隠すことができなかった。
屋根が壊れているボロボロな民家は、人が住むに耐えうるしっかりとした外観に変わっていた。ゴミが散乱していた道路も綺麗に舗装されている。
短い時間での変わりように航大はもちろん、シルヴィアもまた目を見開いて驚きを露わにしている。
「おぉ、そこに居るのはシルヴィアじゃねぇか」
「あ、ラジムッ!」
そこそこの人で賑わう四番街を歩いていると、野太い声がシルヴィアの名を呼ぶ。
「おう、久しぶりじゃねぇか。騎士の仕事が嫌になって逃げてきたか?」
「もう、前にも同じこと言ってたでしょ? 私はそんな簡単にやめたりしないっての」
「ほぅ……ということは、そこの男とデートって感じか? なにも、こんな街にデートで来なくてもいいのによ」
「えっ? デ、デデデートッ!?」
「なんだ、違うのか? 前も一緒に歩いてたしお前、コイツに惚れて――」
「うわあああああああぁぁぁぁッ!」
航大たちの目の前に姿を現したのは、四番街で生活しており、シルヴィアの育ての親として共に長い時間を築いてきた男・ラジムだった。ラジムは筋肉質な身体に巨漢、頬には大きな切り傷が刻まれており、裏社会の人間を絵に描いたような存在である。
「なんだよ、シルヴィア……お前、まさか……」
「ストップ、ストップッ! それ以上は何も言わないでッ!」
「はぁ……その様子じゃ何も発展してないんだな……相変わらず、お前は慎重というか、怖がりというか……」
「う、うるさいわね……私だって好きでこのポジションに居る訳じゃ……」
「分かった、分かった。とりあえず、今回はこれくらいにしておいてやるよ」
航大とシルヴィア。
二人を交互に見た後、ラジムが何かを言いかけたのだが、しかしそれはシルヴィアの怒号によってかき消され、航大の耳には何も届きはしなかった。その後、二人でコソコソと話をしている間も、航大だけは蚊帳の外なのであった。
「んで、今日は何の用だ?」
「えっと、ちょっと様子を見に来たって感じ」
「様子もなにも……街は少しずつだけど綺麗になりつつあるな。他の街からも人が流れてくるようにもなったしな」
「へぇ……そうなんだ……」
久しぶりの四番街を見に来たシルヴィアと航大は、ラジムに先導されるがままに街を見て回る。確かにラジムの言うとおり、四番街は航大が想像している以上に姿を変えようとしていた。
四番街のメインストリートには、一番街と同じように食料を売る出店が立ち並んでおり、更にこれは街の特徴なのか、武器を売ってる場所もあった。
前までは陰鬱とした雰囲気が支配する場所であったのに、しばしの時間を経ることで四番街はその姿を大きく変えていた、メインストリートは出店も多いからか、人の姿も多く活気に満ち溢れている。
「この場所なんか、前までは一日に一回は何かしらの事件があったのになぁ……」
「あぁ……よく、悪ガキたちが盗みをしては追いかけられてたね」
「え、なにそれ……」
昔を懐かしむように語り合うラジムとシルヴィア。
その遠い目と開かれた口から紡がれる言葉に航大は驚きを隠せない。
「何言ってんだ、お前が一番悪ガキだったじゃねぇか」
「え、そうなんですか?」
「あぁ、シルヴィアの奴ってばよ反抗期がちょっと早かったんだよな。街の悪ガキたちとつるむようになってよ、それからは毎日のように――」
「もおおおぉッ! そういうことは言わなくていいのッ!」
ラジムがぺらぺらと語るシルヴィアの過去。
それをもっと聞きたかった航大だが、シルヴィアは顔を真っ赤にしてラジムの口を封じてしまう。その動きが見せる瞬発性には、さすがの航大も驚きを隠せない。
「はぁ……やっぱりこの街に航大を連れてくるのはダメだなぁ……航大、そろそろ戻ろうか?」
「お? なんだよ、もう戻るのか?」
「ふん、なんでもペラペラ喋るラジムなんて嫌い」
「お、おぉッ!? どうして俺は嫌われちまったんだッ!?」
ラジムの言葉にシルヴィアはぷいっと不機嫌な様子を見せると、航大の手を取って街の出口へと歩き出してしまう。彼女の腕力はおもったよりも強く、航大は抵抗することも出来ぬままに引きずられてしまう。
「すみません、ラジムさん」
「ったく、いいってことよ。兄ちゃん、シルヴィアを頼んだぜ」
謝罪の言葉を述べる航大に、ラジムは切り傷が走った顔に笑みを浮かべて手を振る。
もちろん、シルヴィアもラジムのことを本気で嫌いになった訳ではない。誰にも、知られたくない過去というものの一つや二つは持っているものだ。ラジムの前ではどんな隠し事も通じないからこそ、シルヴィアは航大をラジムの近くに置きたくなかったのだろう。
「ホントにラジムってばデリカシーってのがないんだから」
「はは、まぁ仲が良くていいじゃないか」
「ふん……最後、行きたい場所があるから……そこに行こうッ!」
「……行きたい場所?」
「そう。とっておきの場所」
◆◆◆◆◆
四番街を出た航大たちは、その足で二番街を歩いていた。
そろそろ夕陽も差そうかという時間であり、シルヴィアに手を引かれている航大は、彼女がどこへ向かおうとしているのか分かっていながらも口にはしなかった。
「……今日は楽しかったか?」
「…………」
代わりに航大が問いかけるのは、今日という日の総括であった。
王城でシルヴィアと合流し一国の王女と謁見し、その後は四番街へとちょっとした小旅行。なんだかんだで忙しい時間であったが、航大が気になっているのはシルヴィアが楽しめたかどうかである。
「一日中、航大を独占できたのなら……きっと最高な一日になっただろうね」
「そうしてやりたいのは山々なんだけどさ……」
「そうもいかないって話だよね。うん、それは分かってる」
二人が歩く二番街は住宅街が広がる閑静なエリアであった。
様々な家が立ち並んでいて、その全てから家族団欒の声が木霊している。
「私たちの未来はどうなってるんだろうね?」
「……俺たちの未来、か?」
「そう。なんだかんだで戦いばっかりの日々だけどさ……その果てには何が待ってるのかなって……」
どこか寂しそうな様子で呟くシルヴィア。
航大は今、彼女に引かれて歩いている身であるために、少し前を歩くシルヴィアの表情を窺い知ることはできない。
「戦いの果てか……俺はみんなが平和な世界が待ってれば……そう思うよ」
「……その中に私は居る?」
「…………」
歩む足を止め、シルヴィアが航大を見る。
彼女の背後には金色に輝く夕陽が存在していて、二番街の街並みを美しく照らしている。
この場所はシルヴィアと出会ったその日にやってきた場所であり、彼女にとってとても大事な場所であった。
「……当たり前だろ」
「ふふ、航大ならそう言ってくれると思ってた」
航大の返事にシルヴィアは笑みを浮かべる。
それは心からの笑みであり、彼女の優しさが滲み出ているものであった。
「きっとこれからも、戦いが待ってるんだろうね」
「あぁ、そうだろうな……」
「私はもっと強くなりたい。航大を守れるように、四番街のみんなを守れるように、そしてこの世界の人たちを守れるように……」
「なれるさ、シルヴィアなら」
「うん。私はなるよ、みんなを守れるような……お母さんのような、人に……」
「お母さん……」
シルヴィアの口から零れた言葉。
シャーリーと謁見した際、シルヴィアは自分の親を知らないと答えていた。
四番街のラジムは彼女の育ての親であり、実の親ではない。シルヴィアは自らの両親について何も知らないはずなのに、そんな彼女から母親という単語が漏れたことに、航大は驚いていた。
「実はね、砂漠での試練で私……お母さんに会ったの」
「え、それって……」
「そしてね、今日……王女様に会ったのは……あの子が私の妹だから」
「――――」
それは航大に少なくない衝撃を与える事実であった。
一国の王女であるシャーリーが自分の妹。
航大の眼前に立つシルヴィアは、確かにそう言ったのだ。
「お母さんは昔、私と同じで剣姫と呼ばれる存在で……この国を守るために戦ってた人なの」
「…………」
「その頃のハイラント王国は、金髪の人間を忌み嫌っていた。だから、双子として生まれた私とシャーリー、その内の金髪である私には王位を継承することが許されなかった。それどころか、王権が揺らぐって理由で殺されかけてたみたい」
「そ、それって……」
「でもね、お母さんは私を殺そうとはしなかった。どうしても私を守るために、同じ騎士隊に所属していたラジムに私を預けた。そして私は、存在を隠されて育てられてきたんだよ」
シルヴィア・アセンコット。
彼女を構成する全ての事実が明かされようとしていた。
「私、最初はこんな自分を恨んだ。自分を捨てた両親も、苦しい生活を強いられることも……それで、一時は王女を……国を恨んだりもしてた」
「…………」
「それも私が何も知らなかったから。あの子が妹であることも、私が誰よりも親の愛を受けて生き続けてきたことも……」
シルヴィアの言葉を遮ることはできない。
彼女が語る事実を、航大はしっかりと記憶しなくてはいけない。
「私も色々と考えたんだけど……結局、行き着く答えはお母さんのような人間になりたいってところ」
「…………」
「私は剣姫として生きる。そして、お母さんみたいに全部を守る」
「……そうか」
「うん。航大と共に行くことが、私の果たすべき目標に近づけるって確信してる……だから、これからも私は航大と一緒にいたい……」
「…………」
美しい夕陽を背にして、シルヴィアが漏らす声音は確かに航大の心へと響いた。
「一緒に戦ってくれる?」
シルヴィアが手を差し出す。
それを航大はしっかりと見つめる。
「世界を守るために……大切な人を守るために…………ずっと一緒に居てほしい」
「…………」
彼女の願いを、航大は心内でしっかりと噛みしめる。
そしてゆっくりと時間を掛けた後に、導かれる答えは一つであった。
「あぁ、もちろんだ。一緒に、戦おう」
湧き出た答えを言葉に変えて、航大はシルヴィアの手をガッチリと掴む。
「シルヴィアが誰かを守るために戦うなら、俺はそれを助ける」
「…………」
「こんな俺の力が必要ならさ、いつでも使ってくれ」
「……ありがと、航大」
航大の返答にシルヴィアは満面の笑みを浮かべる。
その笑みは、シルヴィアと出会って過ごしてきた時間の中で、最も美しいものであった。
「え、なにが?」
「シャーリーとの謁見だよ。まだ話したいこと、あったんじゃないか?」
「うーん、どうだろうね……本当は色々と話したいことがあったのかもしれないけど……でも、元気な顔が見られたらなんかもういいかなって」
ハイラント王国へ帰還を果たした翌日。
航大はリエル、シルヴィア、ユイたちと束の間の休息を楽しんでいた。
まず最初はリエルと共にハイラントの城下町を散策していて、その次に相手をするのは王国の騎士であり、肩上まで伸びた金髪を揺らす少女・シルヴィアだった。
シルヴィアの願いもあり、デートとして最初に向かったのはハイラント王国の王女・シャーリーの部屋だったのだ。それはシルヴィアの願いであり、今日一日は彼女たちの願いを出来る限り叶えてやりたいと考える航大は、メイド長であり王女側近の騎士であるルズナにお願いして、王女と謁見する権利を手に入れた。
実際に王女と謁見をしたシルヴィアだったが、彼女は終始他愛もない会話を楽しむだけであり、それで彼女の願いが満たされたのかだけが航大が気になる部分なのであった。
「そうか。まぁ、シルヴィアが良いなら良いんだけどさ……」
「大丈夫だって、航大。それより、まだ行きたいところあるんだけどいいかな?」
「あぁ、今日はシルヴィアの我儘を聞いてやる日だからな」
「やったねッ!」
航大とシルヴィアの二人は王城の中を歩きながら次の目的地について語り合う。
「それでどこに行きたいんだ?」
「うーんとね、私が生まれ育った場所」
◆◆◆◆◆
シルヴィアのお願いでやってきたのは、ハイラント王国の城下町の中でもスラム街と呼ばれる『四番街』だった。この場所はハイラント王国の入り口でもある一番街から正反対の位置に存在しており、陽の当たる場所から追い出された日陰者たちが集まる場所でもあった。
金髪を揺らし、今ではハイラント王国の立派な騎士としての立場を手に入れたシルヴィアも、元々はこの街で生まれ育ったという過去を持っており、四番街出身者としては初めての騎士であることから、街の人々からの期待も厚い。
「久しぶりなんだけど、みんな覚えてるかな……」
「さすがに覚えてるだろ。四番街では英雄みたいな扱いをされてるじゃないか」
「うん、まぁ……そうなんだけどね。逆に騎士となった私のことをよく思ってない人もいるから……」
「……なんでだよ?」
「四番街という場所は、この国に住んでいながら王国に対して良い感情を持ってない人が集まってる。今は少し改善もされてきているから、感情ってのは少し変化してるかもしれないけど……それでも、ハイラント王国という存在そのものに対して負の感情を持ってる人は多い」
「…………」
「そして、私は四番街の人間でありながら、王国側についた人間でもある。よく思わない人が居ないってことはないと思うよ。たとえそれが少数派だったとしてもね」
どこか淋しげな様子で言葉を紡ぐシルヴィア。
誰もが手を取り合って歩みを進めればいい。
理想だけを語ることは容易であり、しかし現実はそう簡単に進むものではないことを航大は理解している。王国がやっと四番街に目を向けたことで、腐敗していた土地に光が差そうとしているのは確かである。
しかし、他の街に生きる人間が持つ差別的な眼差しというのは、今でも消えることはない。
「そんなこと、気にすんな」
「……え?」
「シルヴィアはシルヴィアだ。お前はお前なりに最善の手を尽くそうとしている。そして、それは四番街に生きる人みんながちゃんと分かってる。すぐには納得できないだろうけど、騎士として名を挙げて、シルヴィアが頑張れば頑張るほど、四番街の人たちは救われるんだよ」
「…………」
「だからさ、胸を張って戻ろうよ。シルヴィアが生まれ育った故郷にさ」
「……うん」
航大とシルヴィアが向かうのはハイラント王国の城下町に存在する四番街。
そこは過去に悲しき現実が蔓延った場所。
しかし今は、一人の少女が見せる奇跡によって眩い光が差そうとしているのであった。
◆◆◆◆◆
「しばらく見ない間に、ちょっと変わったかも」
ハイラント王国を出た航大たちが向かったのは城下町の四番街。
まだ航大とシルヴィアが出会ったばかりの当時は、ボロボロな木造の民家が立ち並んでおり、道路も全く舗装されてはおらず、街から漂う圧倒的な負のオーラが蔓延していた。
しかしそれも、王国が四番街に目を向けてから数ヶ月も経つと街の様子は一変していた。
「いや、ちょっとどころじゃないだろ……街が綺麗になってる」
「……うん」
四番街の入り口で立ち尽くす航大たちは、眼前に広がる街並みに驚きを隠すことができなかった。
屋根が壊れているボロボロな民家は、人が住むに耐えうるしっかりとした外観に変わっていた。ゴミが散乱していた道路も綺麗に舗装されている。
短い時間での変わりように航大はもちろん、シルヴィアもまた目を見開いて驚きを露わにしている。
「おぉ、そこに居るのはシルヴィアじゃねぇか」
「あ、ラジムッ!」
そこそこの人で賑わう四番街を歩いていると、野太い声がシルヴィアの名を呼ぶ。
「おう、久しぶりじゃねぇか。騎士の仕事が嫌になって逃げてきたか?」
「もう、前にも同じこと言ってたでしょ? 私はそんな簡単にやめたりしないっての」
「ほぅ……ということは、そこの男とデートって感じか? なにも、こんな街にデートで来なくてもいいのによ」
「えっ? デ、デデデートッ!?」
「なんだ、違うのか? 前も一緒に歩いてたしお前、コイツに惚れて――」
「うわあああああああぁぁぁぁッ!」
航大たちの目の前に姿を現したのは、四番街で生活しており、シルヴィアの育ての親として共に長い時間を築いてきた男・ラジムだった。ラジムは筋肉質な身体に巨漢、頬には大きな切り傷が刻まれており、裏社会の人間を絵に描いたような存在である。
「なんだよ、シルヴィア……お前、まさか……」
「ストップ、ストップッ! それ以上は何も言わないでッ!」
「はぁ……その様子じゃ何も発展してないんだな……相変わらず、お前は慎重というか、怖がりというか……」
「う、うるさいわね……私だって好きでこのポジションに居る訳じゃ……」
「分かった、分かった。とりあえず、今回はこれくらいにしておいてやるよ」
航大とシルヴィア。
二人を交互に見た後、ラジムが何かを言いかけたのだが、しかしそれはシルヴィアの怒号によってかき消され、航大の耳には何も届きはしなかった。その後、二人でコソコソと話をしている間も、航大だけは蚊帳の外なのであった。
「んで、今日は何の用だ?」
「えっと、ちょっと様子を見に来たって感じ」
「様子もなにも……街は少しずつだけど綺麗になりつつあるな。他の街からも人が流れてくるようにもなったしな」
「へぇ……そうなんだ……」
久しぶりの四番街を見に来たシルヴィアと航大は、ラジムに先導されるがままに街を見て回る。確かにラジムの言うとおり、四番街は航大が想像している以上に姿を変えようとしていた。
四番街のメインストリートには、一番街と同じように食料を売る出店が立ち並んでおり、更にこれは街の特徴なのか、武器を売ってる場所もあった。
前までは陰鬱とした雰囲気が支配する場所であったのに、しばしの時間を経ることで四番街はその姿を大きく変えていた、メインストリートは出店も多いからか、人の姿も多く活気に満ち溢れている。
「この場所なんか、前までは一日に一回は何かしらの事件があったのになぁ……」
「あぁ……よく、悪ガキたちが盗みをしては追いかけられてたね」
「え、なにそれ……」
昔を懐かしむように語り合うラジムとシルヴィア。
その遠い目と開かれた口から紡がれる言葉に航大は驚きを隠せない。
「何言ってんだ、お前が一番悪ガキだったじゃねぇか」
「え、そうなんですか?」
「あぁ、シルヴィアの奴ってばよ反抗期がちょっと早かったんだよな。街の悪ガキたちとつるむようになってよ、それからは毎日のように――」
「もおおおぉッ! そういうことは言わなくていいのッ!」
ラジムがぺらぺらと語るシルヴィアの過去。
それをもっと聞きたかった航大だが、シルヴィアは顔を真っ赤にしてラジムの口を封じてしまう。その動きが見せる瞬発性には、さすがの航大も驚きを隠せない。
「はぁ……やっぱりこの街に航大を連れてくるのはダメだなぁ……航大、そろそろ戻ろうか?」
「お? なんだよ、もう戻るのか?」
「ふん、なんでもペラペラ喋るラジムなんて嫌い」
「お、おぉッ!? どうして俺は嫌われちまったんだッ!?」
ラジムの言葉にシルヴィアはぷいっと不機嫌な様子を見せると、航大の手を取って街の出口へと歩き出してしまう。彼女の腕力はおもったよりも強く、航大は抵抗することも出来ぬままに引きずられてしまう。
「すみません、ラジムさん」
「ったく、いいってことよ。兄ちゃん、シルヴィアを頼んだぜ」
謝罪の言葉を述べる航大に、ラジムは切り傷が走った顔に笑みを浮かべて手を振る。
もちろん、シルヴィアもラジムのことを本気で嫌いになった訳ではない。誰にも、知られたくない過去というものの一つや二つは持っているものだ。ラジムの前ではどんな隠し事も通じないからこそ、シルヴィアは航大をラジムの近くに置きたくなかったのだろう。
「ホントにラジムってばデリカシーってのがないんだから」
「はは、まぁ仲が良くていいじゃないか」
「ふん……最後、行きたい場所があるから……そこに行こうッ!」
「……行きたい場所?」
「そう。とっておきの場所」
◆◆◆◆◆
四番街を出た航大たちは、その足で二番街を歩いていた。
そろそろ夕陽も差そうかという時間であり、シルヴィアに手を引かれている航大は、彼女がどこへ向かおうとしているのか分かっていながらも口にはしなかった。
「……今日は楽しかったか?」
「…………」
代わりに航大が問いかけるのは、今日という日の総括であった。
王城でシルヴィアと合流し一国の王女と謁見し、その後は四番街へとちょっとした小旅行。なんだかんだで忙しい時間であったが、航大が気になっているのはシルヴィアが楽しめたかどうかである。
「一日中、航大を独占できたのなら……きっと最高な一日になっただろうね」
「そうしてやりたいのは山々なんだけどさ……」
「そうもいかないって話だよね。うん、それは分かってる」
二人が歩く二番街は住宅街が広がる閑静なエリアであった。
様々な家が立ち並んでいて、その全てから家族団欒の声が木霊している。
「私たちの未来はどうなってるんだろうね?」
「……俺たちの未来、か?」
「そう。なんだかんだで戦いばっかりの日々だけどさ……その果てには何が待ってるのかなって……」
どこか寂しそうな様子で呟くシルヴィア。
航大は今、彼女に引かれて歩いている身であるために、少し前を歩くシルヴィアの表情を窺い知ることはできない。
「戦いの果てか……俺はみんなが平和な世界が待ってれば……そう思うよ」
「……その中に私は居る?」
「…………」
歩む足を止め、シルヴィアが航大を見る。
彼女の背後には金色に輝く夕陽が存在していて、二番街の街並みを美しく照らしている。
この場所はシルヴィアと出会ったその日にやってきた場所であり、彼女にとってとても大事な場所であった。
「……当たり前だろ」
「ふふ、航大ならそう言ってくれると思ってた」
航大の返事にシルヴィアは笑みを浮かべる。
それは心からの笑みであり、彼女の優しさが滲み出ているものであった。
「きっとこれからも、戦いが待ってるんだろうね」
「あぁ、そうだろうな……」
「私はもっと強くなりたい。航大を守れるように、四番街のみんなを守れるように、そしてこの世界の人たちを守れるように……」
「なれるさ、シルヴィアなら」
「うん。私はなるよ、みんなを守れるような……お母さんのような、人に……」
「お母さん……」
シルヴィアの口から零れた言葉。
シャーリーと謁見した際、シルヴィアは自分の親を知らないと答えていた。
四番街のラジムは彼女の育ての親であり、実の親ではない。シルヴィアは自らの両親について何も知らないはずなのに、そんな彼女から母親という単語が漏れたことに、航大は驚いていた。
「実はね、砂漠での試練で私……お母さんに会ったの」
「え、それって……」
「そしてね、今日……王女様に会ったのは……あの子が私の妹だから」
「――――」
それは航大に少なくない衝撃を与える事実であった。
一国の王女であるシャーリーが自分の妹。
航大の眼前に立つシルヴィアは、確かにそう言ったのだ。
「お母さんは昔、私と同じで剣姫と呼ばれる存在で……この国を守るために戦ってた人なの」
「…………」
「その頃のハイラント王国は、金髪の人間を忌み嫌っていた。だから、双子として生まれた私とシャーリー、その内の金髪である私には王位を継承することが許されなかった。それどころか、王権が揺らぐって理由で殺されかけてたみたい」
「そ、それって……」
「でもね、お母さんは私を殺そうとはしなかった。どうしても私を守るために、同じ騎士隊に所属していたラジムに私を預けた。そして私は、存在を隠されて育てられてきたんだよ」
シルヴィア・アセンコット。
彼女を構成する全ての事実が明かされようとしていた。
「私、最初はこんな自分を恨んだ。自分を捨てた両親も、苦しい生活を強いられることも……それで、一時は王女を……国を恨んだりもしてた」
「…………」
「それも私が何も知らなかったから。あの子が妹であることも、私が誰よりも親の愛を受けて生き続けてきたことも……」
シルヴィアの言葉を遮ることはできない。
彼女が語る事実を、航大はしっかりと記憶しなくてはいけない。
「私も色々と考えたんだけど……結局、行き着く答えはお母さんのような人間になりたいってところ」
「…………」
「私は剣姫として生きる。そして、お母さんみたいに全部を守る」
「……そうか」
「うん。航大と共に行くことが、私の果たすべき目標に近づけるって確信してる……だから、これからも私は航大と一緒にいたい……」
「…………」
美しい夕陽を背にして、シルヴィアが漏らす声音は確かに航大の心へと響いた。
「一緒に戦ってくれる?」
シルヴィアが手を差し出す。
それを航大はしっかりと見つめる。
「世界を守るために……大切な人を守るために…………ずっと一緒に居てほしい」
「…………」
彼女の願いを、航大は心内でしっかりと噛みしめる。
そしてゆっくりと時間を掛けた後に、導かれる答えは一つであった。
「あぁ、もちろんだ。一緒に、戦おう」
湧き出た答えを言葉に変えて、航大はシルヴィアの手をガッチリと掴む。
「シルヴィアが誰かを守るために戦うなら、俺はそれを助ける」
「…………」
「こんな俺の力が必要ならさ、いつでも使ってくれ」
「……ありがと、航大」
航大の返答にシルヴィアは満面の笑みを浮かべる。
その笑みは、シルヴィアと出会って過ごしてきた時間の中で、最も美しいものであった。
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