終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章80 砂塵の先にあるもの

「これが貴方の戦い方なのですね、航大さん」

 神谷 航大が持つ深層の世界。
 そこは異世界と異世界が混在する不思議な空間であった。

 帝国ガリアで長い眠りにつくことを余儀なくされた航大は、自らの内で息づく女神・シュナと共に試練という名の鍛錬を行っていた。何の力も持たない航大が対峙するのは、自分の内に潜む闇の権化である『影の王』だった。

 影の王は航大が持つ負を具現化した存在であり、非情に好戦的で口も悪い。航大を圧倒する力を持ち得ており、これまでの航大では手も足も出ない相手であった。

 これからの戦いにおいて、女神・シュナは航大に対して更なる成長が必要であると考えていた。いくら女神の力を保有していようとも、それを使いこなすだけの基礎能力が賭けているのではお話にならない。

 そこで女神・シュナが深層世界で航大に課した試練、それが影の王を自らの力で倒すことであった。

「これが……俺の力……?」

 影の王と一騎打ちで戦うこととなった航大。

 しかし、少し前までただの一般人であった彼に影の王を倒すことなどできず、深層世界では敗北の連続であったのだが、それでも諦めず航大は影の王に対して挑み続けた。シュナの助言もあり、成長を続けた航大は新たな戦い方と会得するのと共に影の王を討ち倒すことに成功したのであった。

「やりましたね、航大さん。紛れもなく、その力は貴方のものです」

「お、おう……」

「どうしました? あまり嬉しそうではありませんが?」

「……そんなことないよ、シュナ。俺は今、すごく嬉しい」

 航大の眼前には大の字で倒れ伏す影の王の姿があった。
 風と雷を融合させその身に纏うことで、瞬間的に凄まじい速度を手に入れる武装魔法・風雷装填。

 ライガと同じで、自らが大きな魔力を有していない航大は身の丈にあった戦い方を会得する必要があった。その結果に辿り着いたのが、魔力をその身に纏っての武装魔法であった。

「こんな俺にも戦うことが出来るんだな」

「そうですね。その力は航大さんが手に入れたもの。きっと、この先の戦いでも貴方を助けてくれるはずです」

「よし、なんかやれる気がしてきたッ!」

 勝利の余韻に浸る航大。

 彼の右手は強く握りしめられており、今でも影の王を殴り飛ばしたときの感覚が消えてはくれない。異世界にやってきて、ようやく掴んだ希望。これから待ち受ける試練に自信を与えてくれる勝利であった。

「ちッ……思い切りぶん殴ってくれやがってよ……」

「うぇッ……まだ生きてたのかよ、お前……」

 シュナと共に勝利の余韻に浸っていた航大の鼓膜を、気怠げな声音が震わせる。

 その声が聞こえてきた方向へ目を向ければ、大の字で倒れ伏していたはずの影の王が、ゆっくりとした動きで上半身を起こしていた。

「当たり前だろうが。ここはお前の世界で、俺はもうひとりのお前だ。神谷 航大という存在が死なない限り、俺という存在も死ぬことはないんだよ」

「お前が俺っていう事実には同意しかねるが、そういうことにしておくよ」

 航大に対して完全に敗北したからか、相変わらず口は悪いのだが影の王が放つ明確な敵意が弱くなっている印象を与えた。漆黒を纏ったもう一人の自分にため息を漏らしながら、航大は一つ大きく息を吐く。

「よし、ちょっと疲れたし……休憩でも……」

「航大さん?」

 深層世界での戦いは航大を激しく消耗させた。戦いが終わり、これで一息つけると航大が安堵しようとした瞬間だった、ニコニコと笑みを浮かべるシュナが静かに声を漏らす。

「ん? どうした、シュナ?」

「もしかしてなのですが、休憩しようとされていますか?」

「お、おう……」

「ここは貴方の深層世界であり、この世界ではどれだけ活動していても影響はありません」

「…………」

「つまり、どれだけ鍛錬をしていようとも、貴方の身体に悪影響はないんですよ」

「そ、そうなのか……」

「はい。なので、貴方が目を覚ますその時まで、鍛錬は続きますよ?」

「いやだああああああああぁぁぁぁぁッ!」

「逃げられませんよ?」

 シュナの意図を察するなり、航大は絶叫を上げて逃げ出す。

 しかし、凶悪なまでに純粋な笑みを浮かべるシュナは、そんな航大の足を瞬時に凍結させることで逃走を阻止する。

「ちょっと上手く行ったからって油断しちゃダメですよ。新たにゲットした力を自在に使いこなせるようになる必要があります」


「俺は……俺は……休みたいんだああぁぁぁぁッ!」


 航大、シュナ、そして影の王の三人しかいない世界。
 そんな世界に航大の悲しい叫び声が虚しく響き渡るのであった。

◆◆◆◆◆

「……んっ?」

 静寂に包まれる中、一人の少女が目を覚ます。

 全身が砂にまみれた状態で目覚めた少女は、自分が置かれている状況をしばし理解することができなかった。頭の中が酷く混乱していて、今が何時なのか、ここがどこなのか、どうして自分はこんな場所で倒れているのかすら理解するのに時間を要してしまう。

「……私、どうして?」

 上半身を起こし、自分の状態を確認する。

 少女が見たところ身体に痛みはなく、至って健康的な状態である。まだ頭の中は靄が掛かったような状態であり、しかしそれも時間と共に晴れていく。

「あっ……私……航大を助けるために……みんなは……?」

 周囲を見渡すとそこには夜空に星が瞬く砂漠が広がっているばかり。
 背後を振り返れば、そこには異様な光景が存在していた。

 見上げるほど巨大な砂塵の暴風が形成する壁。それは遥か先まで続いており、その圧倒的な姿を見て、少女は自分がこの場に存在している理由を思い出す。

「……航大? 航大は、どこ?」

 帝国ガリアで少女は大切な人を傷つけてしまった。

 一步間違えれば死んでしまうような重傷を与えてしまった。その時のことを、少女はよく覚えてはいないのだが、それでも右手に残る少年の身体を貫いた生々しい感触が今でも消えてなくなってはくれない。

 傷つき、倒れ伏した少年を救うため、少女は仲間と共にバルベット大陸の西方に住まうとされる女神へ会いにきた。しかし、そんな少女たちの前に立ち塞がるは、砂塵の暴風が形成する巨大な壁であり、その中へ突入した少女たちは順調に歩を進めることができていた。

 順調な旅路に安堵しかけたその瞬間、突如として飛来した炎球が少女たちの傍に着弾し、凄まじい衝撃波と共に全員をバラバラに吹き飛ばしていった。

「…………」

 そこまでが少女が持ち得る記憶の全てだった。

 遠目から見ても分かるほどに吹き荒れている砂塵の中を吹き飛ばされ、その結果に少女は砂塵を抜けることができてしまった。周囲を見ても自分以外の人影を見ることはできない。

 砂塵の中とは違い、暴風の先にある世界は異様な静寂に包まれていた。

「航大、航大……ッ!」

 少女が探すのは自分が傷つけた末に永い眠りについてしまった少年の神谷 航大だった。
 この世界で最も大切な存在が近くにいない。
 今の少女にとってそれは何事にも代えがたい緊急事態であり、全身を焦燥感が駆け巡っていく。

「……探さないと」

 少女の足はあてもなく動き出す。

 砂塵から遠ざかるようにして西方へと歩みを進める少女は、しばらくして自分の視界に映る建造物を発見する。

「……あれは、塔?」

 見えてきたのは、夜の砂漠にぽつんと存在するレンガ造りの塔だった。

 人の気配もなければ、塔の中から灯りが漏れていることもない。静かな砂漠に存在する塔は、ただそこに在るだけで異様な雰囲気を放っており、なにか希望がある訳ではないにも関わらず、少女の足はその塔へと導かれていた。

 一步、また一步と歩を進めていく度に塔が近づいてくる。

 近づくにつれて少女の肌に小さな針で刺された時のようなピリピリとした感覚が襲ってくる。それが濃厚な魔力によるものだと理解するのに時間が掛かったが、少女の足は止まらない。

 これが何かの罠である可能性だってある。
 砂塵の中で炎球を放った元凶がそこにいるかもしれない。

 仲間たちの安否だって確認することができない中での単独行動が危険であることは重々承知している。しかし、それでも少女の頭の中には愛する少年の存在と、少年の安否を確認したいという思いが最も優先度が高く、そして探し求める少年はあの塔にいる。

 なんの根拠もない自信が少女の背中を押して、異様な雰囲気と濃厚な魔力を放つ塔へと誘っていく。

「…………」

 しばしの時間が経過する。

 砂漠の中に存在する塔へと到達した少女は、苦労することなく等への入り口を発見して、なんら警戒することなく中へと入っていく。

 歴史と時間の経過を感じるレンガ造りの塔は、拍子抜けするほど簡素な作りをしていた。

 円形に積み上がったレンガが塔を形成しているのだが、階層はたったひとつしか存在しない。上を見上げればそこにはただ空洞が空へと伸びているだけであり、夜空に輝く月明かりが天井からうっすらと少女を照らしている。

「…………」

 誰も存在しない、存在した形成すら見つけることができない空間の中で、少女は息を殺して周囲の確認を続ける。

 どうしてこの塔が砂漠に存在しているのか。
 誰が、どんな目的でこの場所に作ったのか。
 肌に感じた濃厚な魔力の正体は何なのか。

 砂漠の塔に関して知りたいこと、聞きたいことは山ほどあるのだが、その答えを知っている者は残念ながら存在しない。

「…………」

 ここに何の収穫もない。
 そう判断して少女が踵を返そうとした瞬間だった。

「あはは、まさかこんなに早くこの場所へ辿り着くなんてね、さすがに予想外って奴だよ」

「――――ッ!?」 

 突如響いてきた声音に驚きを隠せない。

 少女は確かに確認したはずだった。この塔に人間の言葉を発することができる存在がいないことを。確かについさっきまで塔は無人であり、ただの空洞であったはずだった。

「そんなに驚かなくなっていいじゃない。気配を消すくらい、魔法を使える人間なら誰だって出来るよ」

「…………誰?」

「まぁまぁ、そんなにピリピリしないでくれたまえ。君が探しているのは、コレでしょ?」

 塔の中を照らしていた月明かりが、気付けば薄い雲の中に消えている。
 ただでさえ薄暗い塔の内部は、月明かりを失うことで著しく視界を暗闇で遮る。

「……航大?」

 声の主を見つけることはできない。
 しかし、少女は僅かに残った灯りが照らす先に、探し求めていた存在があることに気付く。

 ぐったりと眠りにつく少年の姿が塔の奥に存在している。
 入り口付近に立つ少女から最も遠い位置に寝かされた少年の姿を見るなり、心臓の鼓動が一段と早くなる。

「ここまで辿り着いたご褒美に、この子を返してあげてもいいんだけど……」

「……返して、今すぐに」

「そうしてあげたいのは山々なんだけどさー、でもねー、君はまだ、試練を受けていないんだよ」

「……試練?」

「そう。君の仲間が今まさに受けている砂塵の試練。それをクリアできていないのなら、僕は君の望みを叶える訳にはいかない」

 軽快でリズミカルな音が塔の中に響く。

 それが靴音であることを理解するのに時間は掛からなかったが、音を響かせる元凶の姿はまだ見つけることが出来ていない。


「さぁ、僕に見せてみるんだ。君の力を。君があの子を想う力の強さを――」


 それは突然だった。
 少女に姿を見せることなく、何ら準備する時間を与えることもなく、砂塵の試練が始まる。

 突如として塔の中に吹き荒れる暴風が少女の視界を奪っていく。
 こうして、最後の試練は唐突な形で始まりを迎えるのであった。

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