終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章76 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅩⅣ:砂塵を抜けるために
「さようなら、リエル。貴方にはまだ、早かった――」
物語は現代へ回帰を果たし、異様な静寂が支配する砂塵の中で瑠璃色の髪を土埃に汚した少女・リエルは全身を脱力させて倒れ伏していた。砂塵がリエルに与える試練とは自分の姉・シュナとの戦い、そして勝利せよというものだった。
精巧に作られし姉であり、女神でもあるシュナはその圧倒的なまでの力を惜しみなく披露することで、妹・リエルを退けることに成功していた。
「…………」
命はある。
しかし、ただそれだけなのである。
身体の節々は痛みを訴え続けており、立ち上がることすら困難である。
姉であり、女神でもあるシュナとの力量差を目の当たりにし、最初から頭のどこかで理解していても、ここまでの完敗を突き付けられてリエルの心は折れる寸前であった。
「…………」
戦いの最中に意識を失い、そして懐かしき過去の物語を垣間見た。
初めて魔法を使い、そして初めて姉に認められた日は、今のリエルにとってはあまりにも遠い過去の記憶であり、しかし『リエル・レイネル』という人物を構成するにあたって最も大切な記憶であることは間違いない。
あの時から何も変わっていない。
自らの力を過信して、その果てに敗れ去る。
「儂はどうして、戦う……?」
口をついて出た言葉は誰の鼓膜も震わせることはない。
彼女が呟くのは自分自身への問いかけであり、自分は何故、ここまで苦しい中で戦いを続けるのかという本質を問いかけるものだった。
「守るため? 一体、何を……?」
吹き荒れる砂塵を見ながら思いを馳せる。
あまりにも永い時を回想し、自分が戦う意味を見出そうとする。
繰り返す回想の中で、今のリエルの心を揺さぶるものがあった。
それは出会って間もない少年の顔だった。
『お前も一緒に逃げるんだ。まだ、死んじゃいけないんだッ!』
リエルにとって、少年は理解しがたい存在だった。
何か自分と違う。同じ人間としての姿を保っているにも関わらず、少年と自分は何かが決定的に違うと予感させた。そんな少年と共に時間を過ごす中で、リエルの心は確かに変化していたのだろう。
あの業炎の沈む世界の中で、リエルは自らの使命を見失っていた。
――守るべきものを守る。
それはリエルにとって自分が生きる意味であり、帝国騎士によって守る対象を失った瞬間に、リエル・レイネルという人間の永い一生は終焉を迎えるはずだった。
しかし、それを許さなかったのが自分とは何かが違う少年だった。
自ら命を断とうとしたリエルに少年は生きる道を示した。
それがどれだけ残酷なことであるかも理解せず、ただ少年はリエルに生きることを望んだのだ。残酷だと、張り裂けそうになる心内を吐露しても尚、少年はリエルに生きる意味を提示し続けた。
「……生きる、意味」
今、自分が背負っているものはなんだ?
どうして自分はここに居る?
自分が成すべき使命、果たすべき目的とはなんだ?
「――――」
姉の背中を追う自分は、もういない。
姉の隣に立ち、世界を救うために戦う自分は、もういない。
姉が眠りにつき、平穏な世界の行く末を見守る自分は、もういない。
今この瞬間、リエル・レイネルが生き続ける意味を知っているのは誰でもない。力なく倒れ伏す瑠璃色の少女だけなのである。
「……ん?」
その時、砂塵を駆け抜ける違和感があった。
その微細な違和感を最も敏感に察したのは、リエルを打ち負かし砂塵を立ち去ろうとしていたシュナだった。
「儂はこんなところで負ける訳には、いかないッ」
頭を整理して、気持ちを落ち着かせる。
守るべきものを守る。
それはリエルにとって呪縛のようなものであり、しかしそのおかげで『リエル・レイネル』は生きて、戦うことができるのだ。
「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界」
反撃の狼煙を上げる。
砂塵に広がるのはあらゆるものを凍てつかせる氷の結界。
「ふーん、まだ戦えるんだ?」
「…………」
リエルが展開する結界の中に入り込むシュナだが、彼女は表情一つ変えることなく守護魔法を展開して結界の氷結から身を守る。
「今更、こんな魔法でどうにかなるとでも?」
「……ふん、言っておけ」
全身はボロボロ、立つのがやっとな瑠璃色の少女。
そんな少女と対峙するシュナの身体には、一切のダメージがない。
誰がどう見てもこの状況、覆せるはずがない。
「氷雪吹き荒れよ、白銀の世界で、我は舞う――氷幻幽舞ッ!」
シュナの小馬鹿にした言葉を無視して、リエルはボロボロの身体に魔力を充填させていく。
「リエル。どうしてまだ戦うの?」
「…………」
砂塵が作り出す結界の中でリエルが生み出した氷雪がひらひらと舞い散っている。
そんな氷雪が舞う空間の中で、シュナは首を傾げてリエルに戦う意味を問いかける。
「貴方は女神である私に勝つことができない。これまでの戦いで私はその事実を貴方に見せつけてきたはずだけど、どうしてそれでも戦い続けるの?」
「……確かに、儂と姉様には越えることができない壁が存在しているかもしれん。しかし、それでも儂には戦う意味がある」
「その戦う意味を教えて?」
「今の儂には、この命を賭けてでも守ると決めた人がおる。自分に生きる意味を与えてくれ、自分の全てを捧げてもいいと決めた主様がおる。主様が危機に瀕している中で、どうして自分だけが逃げ出すことができる?」
「…………」
「姉様に勝てなくてもいい。どれだけ倒れ伏そうとも、儂は主様の元へ駆けつける――それが今、儂が戦う意味じゃッ!」
シュナに宣言するように、自分に言い聞かせるように、リエルは確固たる決意を瞳に灯し、眼前に立ち尽くす姉へと飛びかかる。
「その魔法……あの時、最終試験で私に見せたやつだね?」
氷雪が舞う結界の中に姿を消すリエル。
彼女は今、自らが生成した結界内に舞い散る氷雪に紛れるようにして姿を消す。それが『氷幻幽舞』という魔法の正体である。一切の気配を消し、相手から自分という存在を消失させる。
「――――ッ!」
「甘いよ、リエル」
シュナの背後に突如として姿を見せるのは短い瑠璃色の髪を揺らす少女・リエルだった。彼女の手には氷剣が握られており、その剣は一切の迷いもなくシュナの身体を両断しようと振られていた。
気配もなく接近を果たしたリエルに対して、シュナはどこまでも冷静に、そして完璧に対応をしてみせる。剣を振るうリエルに応戦するように、シュナもまた氷剣を生成して迎え討つ。
甲高い音がするのと同時に互いの氷剣が瓦解し、その直後にリエルの身体を無数の両剣水晶が貫いていく。
「んー、ハズレかー」
水晶に貫かれたリエルの身体は氷雪となって霧散していく。
リエルの魔法によって生み出された『幻』であり、オリジナルのリエルには一切のダメージはない。
「あれからどれくらいの時間が経ったと思う? 私は世界を救い、世界を守護する女神。何度も同じ魔法にやられることはない」
再び静寂が訪れる結界の中で、シュナはどこかに隠れるリエルへ言葉を投げかける。
確かにリエルが見せる魔法は、過去のハイラント王国の入隊試験で見せたものと同一である。このままでは女神・シュナの牙城を崩すことはできず、しかしそんなことはリエルも理解している。
「――――ッ!」
シュナの言葉に応えることなく、リエルは続けざまに連撃を見舞っていく。
幾度となく幻を出現させると、シュナを倒そうと剣を振るい続ける。
「剣が軽い。まだまだこんなものじゃないんでしょ?」
現れては消え、現れては消えを繰り返すリエル。しかし、その全てをシュナは涼しい顔で完璧に対応していく。それは既に人間の限界を越えた動きであり、女神であるからこそ可能な動きであった。
「はぁ、はあぁ……くッ……」
「ほら、そろそろ体力切れかな? やっぱりリエル、貴方は何も変わっていない」
自分の身体を氷雪の中に消している間にも、リエルの魔力は無尽蔵に消費され続けている。氷雪による結界、そして自分の身体を幻にし続ける。
一秒、また一秒と時間が経過する度にリエルの身体には想像を絶する疲労感が襲ってくる。
「…………」
既に甚大なダメージを受けている状態での長期戦は不利である。
「――――ッ!」
再び無数の幻を生成してシュナを責め立てるリエル。
しかし、同じことの繰り返しでは突破口を見出すことができず、ただ時間だけが過ぎていく。変わらない時間が経過していく中で、シュナは僅かに感じる違和感に眉を顰める。
「流れが……変わった……?」
ピリピリと肌に感じる濃密な魔力の気配。
それはシュナが発しているものではない。姿を見せない妹・リエルが発するものに間違いはなかった。
「どれだけ苦しくても、どれだけ困難でも……儂は諦めんッ!」
実体が姿を現すのと共に怒号が響き渡る。
「何をする気かと思えば……最後は突進ってこと?」
氷雪を切り裂くようにして突進するリエル。
その身体はボロボロであり、戦うことすら限界に近い。
だからこそ、リエルは最後の賭けに出る。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
リエルが焦れて焦った行動に出ることを待っていたシュナは、突進してくるリエルへ向けて巨大な氷槍を投擲していく。凄まじい速度で接近してくる氷槍に対して、リエルは恐れることなく突進を続ける。
「――――ッ!?」
氷槍の先端がリエルに触れた瞬間。
瑠璃色の髪を揺らす少女の姿が霧散する。
「馬鹿なッ……だって、確かにそれはリエルだった……ッ!」
シュナが投擲した氷槍。それは、姿を現したリエルがオリジナルであると確信しての行動だった。魔力が枯渇する直前であり、そして確かに感じた幻にはない濃密な魔力の存在。槍を投擲したシュナは確かに、確実に仕留めたと確信していた。
だからこそ、自分の読みが完全に外れた事実を受け入れることができず唖然としてしまう。
「全てを防ぎ、数多の攻撃を反射する聖なる防壁よ、主を守る盾となれ――氷蓮反壁ッ!」
再びシュナの背後に姿を見せるのは、こちらが本物のリエルだった。
唱える魔法は全ての攻撃を防ぎ、そして反射する守護防壁。それを自らの身体を守るためではなく、あえてシュナを取り囲むようにして生成する。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
氷雪の中から姿を見せ、反射する防壁を展開したリエルが次に唱えるは、シュナと同じ抜群の破壊力を内包する巨大な氷槍だった。
「なにをするつもりかは知らないけど、これくらいなら――ッ!」
「いっけええええぇぇぇッ!」
防壁によって身動きが取れないシュナへ向けて、リエルは思い切り氷槍を投擲する。
めまぐるしく変化する攻防。
最初で最後のチャンスにリエルは全力を尽くす。
「――――ッ!?」
シュナの瞳が驚愕に見開かれる。
自分の視界に広がる光景が想定外なものであったためだ。
「なんで、そんな……ッ!?」
リエルが投擲するのは最初で最後のチャンスを乗せた一撃だったはず。
しかし、彼女が投げた氷槍はシュナの身体を取り囲む防壁に直撃し、そして為す術もなく瓦解していくのである。
「リエル、貴方なにを……ッ!?」
「万物を凍てつかせる氷の槍よ、全てを破壊せし大輪の花を咲かせよ――氷槍連花ッ!」
「――――ッ!?」
氷槍が防壁に衝突し粉々に砕け散る。
その直後、シュナの身体を取り囲むのは氷槍を形成していた氷粒だった。
「これで、終いじゃッ!」
虚空を漂う氷の破片が無数の花へと姿を変える。
綺羅びやかに輝く氷の花は膨大な魔力を内包して連鎖的に爆発を繰り返す。
シュナの身体を取り囲む防壁はあらゆる攻撃を反射する。その結果、シュナは逃げることもできず、氷花の爆発はより凝縮され、その破壊力を増していく。
「――――」
どれだけの爆発が連鎖的に発生したのだろうか、数えることすら億劫になるほどの破壊が続き、その後には異様な静寂が訪れる。
「はあぁ、はぁ……はぁ……そうじゃな、儂は何も変わってはおらん。これだけの時を生きても、自分の魔力を正確に見極めることすらできん……」
静寂の中、一人立ち尽くす少女の姿があった。
広範囲に渡る粉塵の中心にはずっと追い続けた姉・シュナがいるはずで、その安否を確かめるまで、リエルの戦いは続く。
しかし、彼女の身体は既に限界を遥かに越えており、これ以上は戦うことはもちろん歩くことすら困難な状況であった。
「やれることは、やった……かの?」
その言葉を最後にリエルの身体は砂塵の中に倒れ込んでしまう。
戦いの結末。
それはどのような姿を見せるのか。
過酷な砂塵の試練がまた一つ、終局を迎えようとしていた。
物語は現代へ回帰を果たし、異様な静寂が支配する砂塵の中で瑠璃色の髪を土埃に汚した少女・リエルは全身を脱力させて倒れ伏していた。砂塵がリエルに与える試練とは自分の姉・シュナとの戦い、そして勝利せよというものだった。
精巧に作られし姉であり、女神でもあるシュナはその圧倒的なまでの力を惜しみなく披露することで、妹・リエルを退けることに成功していた。
「…………」
命はある。
しかし、ただそれだけなのである。
身体の節々は痛みを訴え続けており、立ち上がることすら困難である。
姉であり、女神でもあるシュナとの力量差を目の当たりにし、最初から頭のどこかで理解していても、ここまでの完敗を突き付けられてリエルの心は折れる寸前であった。
「…………」
戦いの最中に意識を失い、そして懐かしき過去の物語を垣間見た。
初めて魔法を使い、そして初めて姉に認められた日は、今のリエルにとってはあまりにも遠い過去の記憶であり、しかし『リエル・レイネル』という人物を構成するにあたって最も大切な記憶であることは間違いない。
あの時から何も変わっていない。
自らの力を過信して、その果てに敗れ去る。
「儂はどうして、戦う……?」
口をついて出た言葉は誰の鼓膜も震わせることはない。
彼女が呟くのは自分自身への問いかけであり、自分は何故、ここまで苦しい中で戦いを続けるのかという本質を問いかけるものだった。
「守るため? 一体、何を……?」
吹き荒れる砂塵を見ながら思いを馳せる。
あまりにも永い時を回想し、自分が戦う意味を見出そうとする。
繰り返す回想の中で、今のリエルの心を揺さぶるものがあった。
それは出会って間もない少年の顔だった。
『お前も一緒に逃げるんだ。まだ、死んじゃいけないんだッ!』
リエルにとって、少年は理解しがたい存在だった。
何か自分と違う。同じ人間としての姿を保っているにも関わらず、少年と自分は何かが決定的に違うと予感させた。そんな少年と共に時間を過ごす中で、リエルの心は確かに変化していたのだろう。
あの業炎の沈む世界の中で、リエルは自らの使命を見失っていた。
――守るべきものを守る。
それはリエルにとって自分が生きる意味であり、帝国騎士によって守る対象を失った瞬間に、リエル・レイネルという人間の永い一生は終焉を迎えるはずだった。
しかし、それを許さなかったのが自分とは何かが違う少年だった。
自ら命を断とうとしたリエルに少年は生きる道を示した。
それがどれだけ残酷なことであるかも理解せず、ただ少年はリエルに生きることを望んだのだ。残酷だと、張り裂けそうになる心内を吐露しても尚、少年はリエルに生きる意味を提示し続けた。
「……生きる、意味」
今、自分が背負っているものはなんだ?
どうして自分はここに居る?
自分が成すべき使命、果たすべき目的とはなんだ?
「――――」
姉の背中を追う自分は、もういない。
姉の隣に立ち、世界を救うために戦う自分は、もういない。
姉が眠りにつき、平穏な世界の行く末を見守る自分は、もういない。
今この瞬間、リエル・レイネルが生き続ける意味を知っているのは誰でもない。力なく倒れ伏す瑠璃色の少女だけなのである。
「……ん?」
その時、砂塵を駆け抜ける違和感があった。
その微細な違和感を最も敏感に察したのは、リエルを打ち負かし砂塵を立ち去ろうとしていたシュナだった。
「儂はこんなところで負ける訳には、いかないッ」
頭を整理して、気持ちを落ち着かせる。
守るべきものを守る。
それはリエルにとって呪縛のようなものであり、しかしそのおかげで『リエル・レイネル』は生きて、戦うことができるのだ。
「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界」
反撃の狼煙を上げる。
砂塵に広がるのはあらゆるものを凍てつかせる氷の結界。
「ふーん、まだ戦えるんだ?」
「…………」
リエルが展開する結界の中に入り込むシュナだが、彼女は表情一つ変えることなく守護魔法を展開して結界の氷結から身を守る。
「今更、こんな魔法でどうにかなるとでも?」
「……ふん、言っておけ」
全身はボロボロ、立つのがやっとな瑠璃色の少女。
そんな少女と対峙するシュナの身体には、一切のダメージがない。
誰がどう見てもこの状況、覆せるはずがない。
「氷雪吹き荒れよ、白銀の世界で、我は舞う――氷幻幽舞ッ!」
シュナの小馬鹿にした言葉を無視して、リエルはボロボロの身体に魔力を充填させていく。
「リエル。どうしてまだ戦うの?」
「…………」
砂塵が作り出す結界の中でリエルが生み出した氷雪がひらひらと舞い散っている。
そんな氷雪が舞う空間の中で、シュナは首を傾げてリエルに戦う意味を問いかける。
「貴方は女神である私に勝つことができない。これまでの戦いで私はその事実を貴方に見せつけてきたはずだけど、どうしてそれでも戦い続けるの?」
「……確かに、儂と姉様には越えることができない壁が存在しているかもしれん。しかし、それでも儂には戦う意味がある」
「その戦う意味を教えて?」
「今の儂には、この命を賭けてでも守ると決めた人がおる。自分に生きる意味を与えてくれ、自分の全てを捧げてもいいと決めた主様がおる。主様が危機に瀕している中で、どうして自分だけが逃げ出すことができる?」
「…………」
「姉様に勝てなくてもいい。どれだけ倒れ伏そうとも、儂は主様の元へ駆けつける――それが今、儂が戦う意味じゃッ!」
シュナに宣言するように、自分に言い聞かせるように、リエルは確固たる決意を瞳に灯し、眼前に立ち尽くす姉へと飛びかかる。
「その魔法……あの時、最終試験で私に見せたやつだね?」
氷雪が舞う結界の中に姿を消すリエル。
彼女は今、自らが生成した結界内に舞い散る氷雪に紛れるようにして姿を消す。それが『氷幻幽舞』という魔法の正体である。一切の気配を消し、相手から自分という存在を消失させる。
「――――ッ!」
「甘いよ、リエル」
シュナの背後に突如として姿を見せるのは短い瑠璃色の髪を揺らす少女・リエルだった。彼女の手には氷剣が握られており、その剣は一切の迷いもなくシュナの身体を両断しようと振られていた。
気配もなく接近を果たしたリエルに対して、シュナはどこまでも冷静に、そして完璧に対応をしてみせる。剣を振るうリエルに応戦するように、シュナもまた氷剣を生成して迎え討つ。
甲高い音がするのと同時に互いの氷剣が瓦解し、その直後にリエルの身体を無数の両剣水晶が貫いていく。
「んー、ハズレかー」
水晶に貫かれたリエルの身体は氷雪となって霧散していく。
リエルの魔法によって生み出された『幻』であり、オリジナルのリエルには一切のダメージはない。
「あれからどれくらいの時間が経ったと思う? 私は世界を救い、世界を守護する女神。何度も同じ魔法にやられることはない」
再び静寂が訪れる結界の中で、シュナはどこかに隠れるリエルへ言葉を投げかける。
確かにリエルが見せる魔法は、過去のハイラント王国の入隊試験で見せたものと同一である。このままでは女神・シュナの牙城を崩すことはできず、しかしそんなことはリエルも理解している。
「――――ッ!」
シュナの言葉に応えることなく、リエルは続けざまに連撃を見舞っていく。
幾度となく幻を出現させると、シュナを倒そうと剣を振るい続ける。
「剣が軽い。まだまだこんなものじゃないんでしょ?」
現れては消え、現れては消えを繰り返すリエル。しかし、その全てをシュナは涼しい顔で完璧に対応していく。それは既に人間の限界を越えた動きであり、女神であるからこそ可能な動きであった。
「はぁ、はあぁ……くッ……」
「ほら、そろそろ体力切れかな? やっぱりリエル、貴方は何も変わっていない」
自分の身体を氷雪の中に消している間にも、リエルの魔力は無尽蔵に消費され続けている。氷雪による結界、そして自分の身体を幻にし続ける。
一秒、また一秒と時間が経過する度にリエルの身体には想像を絶する疲労感が襲ってくる。
「…………」
既に甚大なダメージを受けている状態での長期戦は不利である。
「――――ッ!」
再び無数の幻を生成してシュナを責め立てるリエル。
しかし、同じことの繰り返しでは突破口を見出すことができず、ただ時間だけが過ぎていく。変わらない時間が経過していく中で、シュナは僅かに感じる違和感に眉を顰める。
「流れが……変わった……?」
ピリピリと肌に感じる濃密な魔力の気配。
それはシュナが発しているものではない。姿を見せない妹・リエルが発するものに間違いはなかった。
「どれだけ苦しくても、どれだけ困難でも……儂は諦めんッ!」
実体が姿を現すのと共に怒号が響き渡る。
「何をする気かと思えば……最後は突進ってこと?」
氷雪を切り裂くようにして突進するリエル。
その身体はボロボロであり、戦うことすら限界に近い。
だからこそ、リエルは最後の賭けに出る。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
リエルが焦れて焦った行動に出ることを待っていたシュナは、突進してくるリエルへ向けて巨大な氷槍を投擲していく。凄まじい速度で接近してくる氷槍に対して、リエルは恐れることなく突進を続ける。
「――――ッ!?」
氷槍の先端がリエルに触れた瞬間。
瑠璃色の髪を揺らす少女の姿が霧散する。
「馬鹿なッ……だって、確かにそれはリエルだった……ッ!」
シュナが投擲した氷槍。それは、姿を現したリエルがオリジナルであると確信しての行動だった。魔力が枯渇する直前であり、そして確かに感じた幻にはない濃密な魔力の存在。槍を投擲したシュナは確かに、確実に仕留めたと確信していた。
だからこそ、自分の読みが完全に外れた事実を受け入れることができず唖然としてしまう。
「全てを防ぎ、数多の攻撃を反射する聖なる防壁よ、主を守る盾となれ――氷蓮反壁ッ!」
再びシュナの背後に姿を見せるのは、こちらが本物のリエルだった。
唱える魔法は全ての攻撃を防ぎ、そして反射する守護防壁。それを自らの身体を守るためではなく、あえてシュナを取り囲むようにして生成する。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
氷雪の中から姿を見せ、反射する防壁を展開したリエルが次に唱えるは、シュナと同じ抜群の破壊力を内包する巨大な氷槍だった。
「なにをするつもりかは知らないけど、これくらいなら――ッ!」
「いっけええええぇぇぇッ!」
防壁によって身動きが取れないシュナへ向けて、リエルは思い切り氷槍を投擲する。
めまぐるしく変化する攻防。
最初で最後のチャンスにリエルは全力を尽くす。
「――――ッ!?」
シュナの瞳が驚愕に見開かれる。
自分の視界に広がる光景が想定外なものであったためだ。
「なんで、そんな……ッ!?」
リエルが投擲するのは最初で最後のチャンスを乗せた一撃だったはず。
しかし、彼女が投げた氷槍はシュナの身体を取り囲む防壁に直撃し、そして為す術もなく瓦解していくのである。
「リエル、貴方なにを……ッ!?」
「万物を凍てつかせる氷の槍よ、全てを破壊せし大輪の花を咲かせよ――氷槍連花ッ!」
「――――ッ!?」
氷槍が防壁に衝突し粉々に砕け散る。
その直後、シュナの身体を取り囲むのは氷槍を形成していた氷粒だった。
「これで、終いじゃッ!」
虚空を漂う氷の破片が無数の花へと姿を変える。
綺羅びやかに輝く氷の花は膨大な魔力を内包して連鎖的に爆発を繰り返す。
シュナの身体を取り囲む防壁はあらゆる攻撃を反射する。その結果、シュナは逃げることもできず、氷花の爆発はより凝縮され、その破壊力を増していく。
「――――」
どれだけの爆発が連鎖的に発生したのだろうか、数えることすら億劫になるほどの破壊が続き、その後には異様な静寂が訪れる。
「はあぁ、はぁ……はぁ……そうじゃな、儂は何も変わってはおらん。これだけの時を生きても、自分の魔力を正確に見極めることすらできん……」
静寂の中、一人立ち尽くす少女の姿があった。
広範囲に渡る粉塵の中心にはずっと追い続けた姉・シュナがいるはずで、その安否を確かめるまで、リエルの戦いは続く。
しかし、彼女の身体は既に限界を遥かに越えており、これ以上は戦うことはもちろん歩くことすら困難な状況であった。
「やれることは、やった……かの?」
その言葉を最後にリエルの身体は砂塵の中に倒れ込んでしまう。
戦いの結末。
それはどのような姿を見せるのか。
過酷な砂塵の試練がまた一つ、終局を迎えようとしていた。
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