終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章72 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅩⅠ:折れぬ想い
「…………」
世界は静寂に包まれていた。
視界は白く濁った靄に支配されており、少女の虚ろな瞳はただ虚空を見つめ続けている。
全身の感覚が喪失する。
それは少女にとって初めての感覚であり、自分が生きているのか、それとも死んでいるのか、それすらも定かではない世界の中を漂っている。
「…………」
声を発することすら億劫である。
何をする気力が湧くこともなく、少女は怠惰な時間と空間にその身を浸していた。
「…………」
記憶が酷く混濁としている。
自分は何をしていて、何をするべきなのか。
とても大切なことであることは認識しているのに、身体は動こうとしてくれない。
「…………」
ここで初めて少女は、自らの身体が訴えかけている『異変』に気が付くのであった。
四肢の先がヒリヒリと痛む感覚が少女の意識を現実へと引き戻す。
まだ幼さが残る少女の手先、足先は酷い凍傷に晒されており、このままでは一生残る傷となることは間違いない。一度認識してしまった痛みは、少女の想いとは裏腹にその痛みを増していく。
心臓の鼓動に合わせて手足に感じる凍傷の痛みが全身を駆け巡る。
その痛みに少女は顔を顰め、そして嫌でも自分が置かれている状況を理解してしまう。
「そうだ、私……負けたんだ……」
その言葉を発し、そして初めて少女は目を逸らしていた現実に向き合うことができた。
自分は果たすべき目的のために王国の騎士になろうとしていた。大事な家族を守るため、大好きな家族と共に戦うため、過酷な入隊試験を受けていたはずだった。
「はぁ……すごい頑張ったんだけどなぁ……」
心地いい浮遊感に身を任せながら、少女は瞳から大粒の涙を零す。
顔は笑っているのに、その瞳から溢れ出す涙は止まることがなかった。
「ごめんね、お姉ちゃん。私はまだ、隣に立つことができないみたい」
誰に呟くでもない、自分に向けた諦めの言葉。
姉の隣に立つと決めたその日から、少女は一度も諦めの言葉を漏らすことはなかった。必ず希望はあると信じて歩き続けた。しかしそれも、この瞬間を持って瓦解してしまうのだ。
今はまだ先のことを考える余裕はない。
だからこそ、この瞬間だけは自らを縛り付けるしがらみから解放されたいのであった。
「――諦めるの?」
どこからか響いたその言葉が少女の鼓膜を震わせた。
それはとても懐かしく、痛いくらいに少女の心を震わせた。
「…………」
ずっと探し求めた家族の声音は、諦めかけた少女の心に活力を注入してくれる。
「諦めるのは簡単。これくらいのことで諦められるなら、結局その程度の覚悟だったってこと」
「私は……」
「リエル。貴方の夢は簡単に諦められるものなの?」
「――――」
声に導かれるようにして、瑠璃色の髪を揺らす少女・リエルの意識は急速に覚醒していく。強く見開かれた瞳には、先程までの弱気な色は一切見えない。
希望と覚悟。
自分が果たすべき目的のために、リエルは戦い続けることを選択するのであった。
◆◆◆◆◆
「はぁ、はあぁ……くッ……あッ……」
「……やっとお目覚めみたいね?」
「……お姉ちゃん、だったんだ」
「まぁね。可愛い妹の成長を、この目で確かめに来たって訳」
「…………」
「リエル、強くなったね」
「――――」
再び立ち上がったリエルの前に立つのは、腰まで伸びる自分と同じ瑠璃色の髪を持つ女性だった。見間違うはずがない。優しい笑みを浮かべて自分を見つめる女性こそ、リエルが邂逅を待ち望んだたったひとりの家族なのだから。
「シュナ、お姉ちゃん……」
「ビックリしちゃった。いつも私の背中で泣いてたリエルが、魔法を使って戦うことができるようになっているなんてね」
「…………」
「頑張ったね、リエル」
女神となり世界を救うために旅立った姉・シュナが漏らす言葉は、リエルの心を酷く震わせた。彼女からその言葉を掛けてもらうために、リエルはこれまでの間を頑張って来れたのだ。
自分の努力が報われた瞬間であり、リエルは甘美なこの時間に瞳から涙を零していた。
「……どうする?」
「……え?」
「まだ、続ける?」
王国騎士になるための試験。
リエルは今、その最終試験を受けていた。
ランダムで選ばれた相手と模擬戦を行い、勝利する。
それが王国騎士となるための最後の試練。
「私も久しぶりで嬉しくて、ちょっと力出しちゃったし……リエルの身体はそんな風になっちゃったし……やめるなら、私は止めないよ?」
「私……私は……」
「決めるのは貴方。私とまだ戦う? それとも――諦める?」
「…………」
シュナの口から紡がれる言葉がリエルの鼓膜を震わせる。
そこでリエルは改めて自分が行動を続ける意味を考え直す。
「…………」
今、ここで諦めたのならば、姉のシュナはリエルの決断を許してくれるだろう。優しい笑みを浮かべて、その両手を広げて傷ついた少女を抱きしめてくれるだろう。
しかし、それでいいのだろうか?
目の前にある甘美な瞬間に囚われ、自らの目的を破棄してしまっていいのか?
「……決めたよ、お姉ちゃん」
「うん。聞かせて、貴方の答えを」
「私、戦う。そしてお姉ちゃんを倒す」
「…………」
「貴方を倒して、そして私は貴方と共に戦うッ!」
強く言い放ったその言葉こそ、リエルが最期に選択した偽りのない気持ちであり、覚悟であった。
「そっか。リエルはそのために頑張り続けたんだね?」
「うん」
「それが貴方が導き出した答えなのならば、私はそれに全力で応える」
場の空気が変わる。
相変わらず、リエルが立つ周囲は氷の世界に支配されていて、二人を取り囲むようにして白濁とした靄が発生し続けているような状況だ。
リエルとシュナ。
二人以外は何も存在しない世界で、二人だけの時間が始まろうとしていた。
「全力でいくよ、お姉ちゃん」
「おいで、リエル」
立ち塞がるは世界を守護する女神であり、この世界で唯一の家族であるシュナに挑む。
ふつふつと溢れ出す気力と力がリエルの背中を強く押してくれる。
「――――ッ!」
合図はない。
リエルが足を踏み出した瞬間に、二人だけの戦いは始まるのであった。
世界は静寂に包まれていた。
視界は白く濁った靄に支配されており、少女の虚ろな瞳はただ虚空を見つめ続けている。
全身の感覚が喪失する。
それは少女にとって初めての感覚であり、自分が生きているのか、それとも死んでいるのか、それすらも定かではない世界の中を漂っている。
「…………」
声を発することすら億劫である。
何をする気力が湧くこともなく、少女は怠惰な時間と空間にその身を浸していた。
「…………」
記憶が酷く混濁としている。
自分は何をしていて、何をするべきなのか。
とても大切なことであることは認識しているのに、身体は動こうとしてくれない。
「…………」
ここで初めて少女は、自らの身体が訴えかけている『異変』に気が付くのであった。
四肢の先がヒリヒリと痛む感覚が少女の意識を現実へと引き戻す。
まだ幼さが残る少女の手先、足先は酷い凍傷に晒されており、このままでは一生残る傷となることは間違いない。一度認識してしまった痛みは、少女の想いとは裏腹にその痛みを増していく。
心臓の鼓動に合わせて手足に感じる凍傷の痛みが全身を駆け巡る。
その痛みに少女は顔を顰め、そして嫌でも自分が置かれている状況を理解してしまう。
「そうだ、私……負けたんだ……」
その言葉を発し、そして初めて少女は目を逸らしていた現実に向き合うことができた。
自分は果たすべき目的のために王国の騎士になろうとしていた。大事な家族を守るため、大好きな家族と共に戦うため、過酷な入隊試験を受けていたはずだった。
「はぁ……すごい頑張ったんだけどなぁ……」
心地いい浮遊感に身を任せながら、少女は瞳から大粒の涙を零す。
顔は笑っているのに、その瞳から溢れ出す涙は止まることがなかった。
「ごめんね、お姉ちゃん。私はまだ、隣に立つことができないみたい」
誰に呟くでもない、自分に向けた諦めの言葉。
姉の隣に立つと決めたその日から、少女は一度も諦めの言葉を漏らすことはなかった。必ず希望はあると信じて歩き続けた。しかしそれも、この瞬間を持って瓦解してしまうのだ。
今はまだ先のことを考える余裕はない。
だからこそ、この瞬間だけは自らを縛り付けるしがらみから解放されたいのであった。
「――諦めるの?」
どこからか響いたその言葉が少女の鼓膜を震わせた。
それはとても懐かしく、痛いくらいに少女の心を震わせた。
「…………」
ずっと探し求めた家族の声音は、諦めかけた少女の心に活力を注入してくれる。
「諦めるのは簡単。これくらいのことで諦められるなら、結局その程度の覚悟だったってこと」
「私は……」
「リエル。貴方の夢は簡単に諦められるものなの?」
「――――」
声に導かれるようにして、瑠璃色の髪を揺らす少女・リエルの意識は急速に覚醒していく。強く見開かれた瞳には、先程までの弱気な色は一切見えない。
希望と覚悟。
自分が果たすべき目的のために、リエルは戦い続けることを選択するのであった。
◆◆◆◆◆
「はぁ、はあぁ……くッ……あッ……」
「……やっとお目覚めみたいね?」
「……お姉ちゃん、だったんだ」
「まぁね。可愛い妹の成長を、この目で確かめに来たって訳」
「…………」
「リエル、強くなったね」
「――――」
再び立ち上がったリエルの前に立つのは、腰まで伸びる自分と同じ瑠璃色の髪を持つ女性だった。見間違うはずがない。優しい笑みを浮かべて自分を見つめる女性こそ、リエルが邂逅を待ち望んだたったひとりの家族なのだから。
「シュナ、お姉ちゃん……」
「ビックリしちゃった。いつも私の背中で泣いてたリエルが、魔法を使って戦うことができるようになっているなんてね」
「…………」
「頑張ったね、リエル」
女神となり世界を救うために旅立った姉・シュナが漏らす言葉は、リエルの心を酷く震わせた。彼女からその言葉を掛けてもらうために、リエルはこれまでの間を頑張って来れたのだ。
自分の努力が報われた瞬間であり、リエルは甘美なこの時間に瞳から涙を零していた。
「……どうする?」
「……え?」
「まだ、続ける?」
王国騎士になるための試験。
リエルは今、その最終試験を受けていた。
ランダムで選ばれた相手と模擬戦を行い、勝利する。
それが王国騎士となるための最後の試練。
「私も久しぶりで嬉しくて、ちょっと力出しちゃったし……リエルの身体はそんな風になっちゃったし……やめるなら、私は止めないよ?」
「私……私は……」
「決めるのは貴方。私とまだ戦う? それとも――諦める?」
「…………」
シュナの口から紡がれる言葉がリエルの鼓膜を震わせる。
そこでリエルは改めて自分が行動を続ける意味を考え直す。
「…………」
今、ここで諦めたのならば、姉のシュナはリエルの決断を許してくれるだろう。優しい笑みを浮かべて、その両手を広げて傷ついた少女を抱きしめてくれるだろう。
しかし、それでいいのだろうか?
目の前にある甘美な瞬間に囚われ、自らの目的を破棄してしまっていいのか?
「……決めたよ、お姉ちゃん」
「うん。聞かせて、貴方の答えを」
「私、戦う。そしてお姉ちゃんを倒す」
「…………」
「貴方を倒して、そして私は貴方と共に戦うッ!」
強く言い放ったその言葉こそ、リエルが最期に選択した偽りのない気持ちであり、覚悟であった。
「そっか。リエルはそのために頑張り続けたんだね?」
「うん」
「それが貴方が導き出した答えなのならば、私はそれに全力で応える」
場の空気が変わる。
相変わらず、リエルが立つ周囲は氷の世界に支配されていて、二人を取り囲むようにして白濁とした靄が発生し続けているような状況だ。
リエルとシュナ。
二人以外は何も存在しない世界で、二人だけの時間が始まろうとしていた。
「全力でいくよ、お姉ちゃん」
「おいで、リエル」
立ち塞がるは世界を守護する女神であり、この世界で唯一の家族であるシュナに挑む。
ふつふつと溢れ出す気力と力がリエルの背中を強く押してくれる。
「――――ッ!」
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