終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章60 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅧ:闇の中で見るもの

「さぁ、入隊試験の日は近いですよー、張り切っていきましょう」

「はいッ!」

 初めてユピルと出会った日の翌日。
 リエルは魔導書店の地下に広がる空間にユピルと共に居た。

「今日の鍛錬は、より正確に、より早く必要な魔力を引き出す鍛錬を行います!」

「より正確に、より早く……」

「昨日の様子を見るに無意識に魔力を引き出すことはできているようですが、今日の鍛錬ではその精度をより高めていきます。これが出来れば、詠唱する魔法に必要な魔力量なども完璧にコントロールすることができますよ」

「なるほど……それで、鍛錬ってどうやるんですか?」

「そこが大事なところです。えっと……まずはこれをつけてください」

 リエルの問いかけにユピルが取り出したのは黒い目隠しだった。

 予想外なものが出てきて、リエルは一瞬目を丸くし、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらもそれを受け取る。リエルの手の平には何の変哲もない目隠しが乗っていて、何か特殊な魔力を感じる訳でもない、どこにでもある普通の目隠しである。

 これを使ってどんな鍛錬をするというのか、リエルには皆目検討もつかないのであった。

「まぁまぁ、まずはそれで視界を隠してください」

「は、はい……」

 ユピルに言われるがまま、リエルは受け取った目隠しを装着していく。

 彼女からもらった目隠しがリエルの視界を覆い、すると瞬く間の内にリエルの視界は深い漆黒の闇に支配される。五感の中にある視覚が奪われ、否応にもリエルの神経は敏感なっていく。

「それをつけた時から、鍛錬は始まっていますよ」

「……えっ?」

「集中力を極限にまで高めてください。邪念を取り払い、大地に流れる魔力を捉えることにだけ、全神経を集中させてください」

「…………」

 ユピルの言葉に従い、リエルは呼吸を整えてすぐ足元を流れる魔力を捉えることに全神経を注いでいく。しばしの沈黙が周囲を支配し、少しずつリエルの集中力が高まっていく。

 どれだけの時間が経過しただろうか、それは一瞬にも感じられ、永遠にも似た時間の経過。視覚を失い、ただ黙って集中力を高めるという行為だけで時間の感覚が喪失してしまう。

「……見えてきた」

 漆黒に包まれたリエルの視覚に変化が現れる。

 足元から無数の紐が生まれ、それがゆらゆらとリエルの背丈くらいにまで伸びてくる。それぞれが赤色や青色などの色をもっていて、それらが五大属性を現していることをリエルは知っている。

 火。水。風。土。雷。
 この世界を構築し、魔法の源となる魔力。

 時間の経過と共にリエルの身体をそれらの魔力が取り囲み、淡い光を放つ魔力の源にリエルは一種の感動すら覚えていた。言葉を失うほどに蠱惑的な光景を前に、リエルは呆然と立ち尽くすことしかできない。

「それらが魔法を形成する上で必要不可欠な魔力です」

 感動に身体が支配されている中、そんなユピルの声音が鼓膜を震わせた。

「本来、魔力の源というのは熟練の魔法使いになって、ようやく見れるものなんですよ」

「そ、そうなんですか……?」

「はい。今、リエルさんがそれを見れるのは、貴方の中に魔法を扱うという点において才能が存在することに他なりません」

「…………」

「まぁ、無駄話はこれくらいにして……リエルさん、貴方が果たすべき鍛錬をお話しますね」

「……はい」

「今、リエルさんの目の前にある魔力たち。それらは全て大地に流れる魔力の源たちです」

「…………」

「ここから鍛錬のお話なんですけど、リエルさんにはその中から、自分の魔力を見つけてもらいます」

「……はい?」

「どんな魔法使いも必ず『自分自身の魔力』というものを持っています。大地の魔力だけでは魔法というものは完成しないのです」

「自分自身の魔力……それは、私の中にもあるんですか?」

「もちろんです。しかし、それを自覚している人はとても少ないんです」

「確かに今までに自分の魔力なんて想像したこともなかったです……」

「どうして自分の魔力というのを見つけるのか、それはリエルさんがより偉大な魔法使いになるために必要だからです」

「…………」

「魔法を使う者なら誰しもが持っている自分の魔力。しかし、普段のそれは無意識のうちに限りなく強く制限されているのです」

「制限……」

「そう。本来の魔力の半分以下しか引き出すことが出来ていないんですよ。この鍛錬では大地に流れる魔力と同じように、自分の魔力すらも自在に扱うことができるようにします」

「なるほど……」

「この鍛錬を終えることができたのならば、リエルさんはより強力な魔法を使うことができるでしょう」

 ユピルの説明を聞き、リエルは再び自分を取り囲んでいる魔力に意識を集中させる。

「自分自身の魔力。それは色のない純白の光となって姿を現します。リエルさん、貴方はそれを掴んで自分のものとしてください」

「……わかりました」

 精神を集中させ、リエルは自らの周囲に姿を見せる魔力の源に目をやる。

 色とりどりの魔力を見て、その中から自分のものを探す。それはリエルが想像していたものよりもずっと大変なものだった。

「どれが、私の魔力……?」

 無数に姿を見せる魔力たち。それが大地に流れるものなのか、ユピルが言う自分のものなのかがリエルには判断することができない。

「赤? 青? それとも緑色?」

 なにか特別なものを感じる訳でもない。

 漆黒に包まれたリエルの視界を魔力の源が埋め尽くしていく。時間が経つごとにその数は増えていき、リエルの困惑が強くなっていく。

 何の手掛かりも掴むことができない。時間の経過と共にリエルの焦燥感が強くなり、何か答えを掴もうと躍起になる。

「とりあえず、何かを掴んでみて……」

 このまま立ち止まっていても仕方ない。
 リエルは何かきっかけが欲しいと、目に見える魔力の源へと手を伸ばす。

「――――ッ!?」

 魔力に手を触れた瞬間、赤く光る魔力の源が爆発する。
 凄まじい衝撃と、全身を焦がす熱がリエルの小柄な身体を襲う。

「はぁ、はあぁ……なに、今の……?」

「間違った魔力を掴んでしまうと、爆発します」

「…………」

「なので、よく見て、しっかりと集中するようにしてくださいね」

「……それ、早く言って欲しかったです」

 全身に広がる火傷の痛みに表情を顰めるリエルは、鼓膜を震わせるユピルの軽い声音にぼそっと悪態をつく。間近で爆発を放った魔力の源は数を減らすことなくリエルの前に立ち並んでおり、より慎重になるリエルはこの鍛錬を突破するための有効な手段が思いつかないでいた。

「動かないと鍛錬はいつまで経っても終わりませんよ」

「…………」

「リエルさん、目の前にあるものだけが全てではありませんよ?」

「…………」

 ユピルの言葉がリエルの鼓膜を震わせる。
 彼女がリエルに伝えようとしていることを、リエルは必死に頭を回転させて考える。

「目の前にあるものが全てではない……」

 目隠しの中で目を開き、漆黒の中に浮かび上がる魔力を見続けるリエル。

 彼女の視界に映るのは色とりどりの魔力だけであり、純白の光を灯す魔力の源の姿はない。違うものに触れれば、リエルはそれ相応の報いを受けることとなる。全身を襲う痛みがリエルを慎重にさせ、しかしそれでは鍛錬の終わりなどはやってこない。

「……目の前にあるもの。もしかして?」

 ユピルの言葉を何度も何度も頭の中で反芻する。
 そして一つの可能性をリエルは見つける。

『リエルさん、目の前にあるものだけが全てではありませんよ?』

 彼女が放った言葉は混迷を極めるリエルに一筋の光を与えた。
 何かを感じ取ったユピルは、一度大きく深呼吸を繰り返すと目隠しの中で静かに目を閉じる。

「…………」

 呼吸を整え、静かになったリエルの様子を見てユピルの目が僅かに細くなる。明らかに様子が変わった彼女の様子を見て、ユピルも何かを感じ取っていた。

「そうだ。この鍛錬では、自分の魔力を見つけなくちゃいけないんだ……」

 目隠しをしていたとしても、リエルはずっと『自分の目』で魔力の源を探そうとしていた。これまでは外にある魔力を探そうとしていただけで、リエルは自分自身と向き合うことをしてはいなかった。

「自分の魔力は、自分の中にある……」

 考えて、考えて、考えた末に辿り着いた答え。
 目を閉じることで彼女を悩ませていた色とりどりの魔力は姿を消す。

 一切の光が差さない漆黒に、リエルの視界は再び支配されていた。しかしそれは、彼女を迷わせる要素が一切ない状況である。

「…………」

 リエルは再び精神を集中させると、見えない世界の先にある『何か』を見ようとする。

 どれほどの時間が経過しただろうか。

 視界を閉ざし、精神を集中させる今のリエルには時間の感覚が存在していなかった。

「…………」

 それは突如としてリエルの前に姿を現した。

 漆黒が支配する世界に淡い白い光を灯して姿を見せる、紐のようなもの。つい先ほどまで様々な色を見せていた魔力は、色を持たない純白の姿で再びリエルの前に現れたのだ。

「…………」

 彼女はもう迷うことはなかった。
 自らの内に存在する魔力の源。それは圧倒的な存在感で自らを誇張している。

 リエルは言葉を発することはなかった。
 ただ静かに右手を伸ばす。その先にあるのは、自らの内に潜む『力』の奔流なのであった。

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