終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章67 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅤ:覚悟と非情な結末
「あらら……良くない勘が当たっちゃったみたいだねー」
「あ、当てないでくださいよぉ……」
深夜の森林。
ハイラント王国の騎士隊になるための一次試験は継続されている。
二人一組で指定された時間まで生き残る。試験中、他の参加者との戦闘も許可されており、その生命は王国の魔法騎士による守護魔法によって保障されている。
しかし、試験が始まってから数時間は経過した今になっても、リエルたちは想定していたよりも他の参加者と遭遇してはいなかった。
異様な静寂に包まれる森林を歩くリエルとカリナの二人。
彼女たちは静か過ぎる森林に違和感を禁じ得ず、肌を突き刺すヒリヒリとした感覚が二人を襲い、それは時間が経過するにつれて強くなっていく。極限にまで高まる緊張感。その果てに待つのは、敵意と殺意を隠そうともしない獰猛な獣なのであった。
「な、なんですか……あれ……」
「んー、まぁ、言葉が通じるような相手には見えないよね。あれは目の前のものを殺すという動物的な本能にのみ従って生きているんだよ」
「こ、殺す……もしかして、あれが……ま、魔獣……?」
「そういうこと。リエルちゃん、今日のお昼に話したと思うけど、貴方が戦うのは人間だけじゃない。世界を混沌へと導くのは何も人間だけじゃなくて、こうした魔獣たちだって危険だってこと」
「…………」
「でも、この魔獣は僕が知ってる奴よりも、少しばかり面倒くさそうだけどね」
いつも通り飄々とした様子で語るカリナは、リエルに笑みを浮かべるのも一瞬で、次の瞬間には険しい顔つきで魔獣と対峙する。
「どうするんですか、カリナさん……まさか……」
「そのまさかだよ。リエルちゃん、ここでコイツを倒さなければ……僕たちもあの爪みたいになるよ」
「爪……?」
カリナの言葉を受け、リエルはそこでようやく魔獣の四肢に目を向けることができた。
リエルが見上げるような体躯をした魔獣。紅蓮に燃える鋭い瞳を持つ魔獣は、全身を焦げ茶色の長毛で覆っており、手足には思わず息を飲むような長く、そして鋭い爪が月明かりを受けて光り輝いている。
『熊』にも似た格好をした魔獣の両手から伸びる爪は深紅に輝いており、規則的な動きで爪先からはぽたぽたと雫が落ちている。魔獣の爪から垂れ落ちる雫が『鮮血』であることは、リエルにも理解することができた。しかし、瑠璃色の髪を持つ少女の思考はそこで制止してしまう。
人間的な本能からリエルは考えることをやめたのであった。
何も語らず、ただ静寂と共に立ち塞がる魔獣。
一次試験において、異様なまでに他者と接触しない事実。
点と点が線で結ばれ、しかしリエルは決定的な言葉を漏らすことができなかった。
姉と共に戦うため、騎士を目指してこれまでの時間を過ごしてきたリエル。そんな彼女には戦いの知識も、覚悟も、経験も圧倒的に不足していた。だからこそ、眼前に立つ魔獣を前にしてリエルは沈黙を保ってしまったのだ。
「目を背けちゃダメ。今、現実から逃げて、そして戦いからも逃げてしまったのなら、リエルちゃんの目的は永遠に果たされることはないよ。君が目指すべき場所では、これくらいの戦いであったり、悲劇というものは日常茶飯事なんだからね」
「…………」
「参加者の命は保障されている。それが魔獣を相手にしても有効なのか……それは分からない。でも、一つだけ確かなのは……今、ここでコイツを倒さなければ僕たちもやられるってことだけ」
「…………」
「リエルちゃん、どうする?」
「……どうするって?」
「もし、戦えないというのなら……今ここで逃げるのも選択肢としてある。戦うか逃げるか、決めるのはリエルちゃん自身だよ」
「…………」
沈黙を保つリエルに、カリナは非情な決断を迫ってくる。
カリナの問いかけに対してリエルは苦悶の表情を浮かべ、しばしの静寂を生み出す。
「……分かりました。私、戦います」
「うん。その言葉を待ってたッ!」
魔獣を前にして、人間を前にして露わになっていた弱気な表情がリエルから消える。彼女は自分に不足していた『覚悟』を手に入れたのだ。
「じゃあ、一緒に戦うよ……リエルちゃんッ!」
「はい、カリナさんッ!」
カリナは姿勢を低くすると、その身体に暴風を身に纏う。
「僕が先陣を切る。リエルちゃん、後から続いてッ!」
「……はいッ!」
暴風を身に纏ったカリナは、強く踏ん張ると両足で大地を蹴って跳躍を開始する。
凄まじい粉塵を上げて魔獣へ突進するカリナ。一陣の風となる突進を前にして、魔獣はそれでもその場から動くことはなかった。
「――――ッ!」
正面から突進を仕掛けてくるカリナに対して、魔獣はその瞳を強く輝かせると周囲に轟く咆哮を上げる。そして一瞬も動じる様子を見せることなく、魔獣は右手を高く振り上げるとカリナの身体を八つ裂きにしようと鋭利な爪を振り下ろしていく。
「よっとッ!」
超速で接近するカリナは風を自在に操ることで、空中で体勢を変え、魔獣が放つ爪による攻撃をギリギリのところで躱す。茶髪を靡かせるカリナは足元に渦巻く風の『足場』を作り出すと、それを踏み台に魔獣の側面から飛びかかっていく。
「風刃よ、万物を切り裂き、悪を討て――絶風神刃ッ!」
魔獣と零距離にまで接近を果たしたカリナは、暴風より作られた無数の刃を生成すると、それを魔獣の身体へと放っていく。
「――――ッ!」
魔獣とカリナを中心に凄まじい暴風と粉塵が吹き荒れる。
カリナが放つ風の刃は魔獣の身体へと到達するだけではなく、周囲で激しく揺れ動く森林の木々たちを切り刻んでいく。
「へっへーん、これは効いたで……しょッ!?」
「――――ッ!」
粉塵が巻き上がる中、カリナが放つのは風魔法の中で最も強力な力を持つものだった。
そこら辺に姿を見せるような魔獣であるならば、瞬時にその命を散らすようなものであることは間違いなく、だからこそカリナが見せた一瞬の油断も仕方のないものだった。
「そんなッ……馬鹿なッ!?」
粉塵の中から姿を見せるもの。
それは紅蓮の瞳を持つ魔獣の、月明かりを浴びて鈍色に輝く鋭利な爪なのであった。
「――カリナさんッ!?」
リエルの悲鳴にも似た声音が夜の森林に響くのと、茶髪を風に揺らす少女の身体を魔獣の爪が無残にも切り裂くのは、ほぼ同時なのであった。
「あ、当てないでくださいよぉ……」
深夜の森林。
ハイラント王国の騎士隊になるための一次試験は継続されている。
二人一組で指定された時間まで生き残る。試験中、他の参加者との戦闘も許可されており、その生命は王国の魔法騎士による守護魔法によって保障されている。
しかし、試験が始まってから数時間は経過した今になっても、リエルたちは想定していたよりも他の参加者と遭遇してはいなかった。
異様な静寂に包まれる森林を歩くリエルとカリナの二人。
彼女たちは静か過ぎる森林に違和感を禁じ得ず、肌を突き刺すヒリヒリとした感覚が二人を襲い、それは時間が経過するにつれて強くなっていく。極限にまで高まる緊張感。その果てに待つのは、敵意と殺意を隠そうともしない獰猛な獣なのであった。
「な、なんですか……あれ……」
「んー、まぁ、言葉が通じるような相手には見えないよね。あれは目の前のものを殺すという動物的な本能にのみ従って生きているんだよ」
「こ、殺す……もしかして、あれが……ま、魔獣……?」
「そういうこと。リエルちゃん、今日のお昼に話したと思うけど、貴方が戦うのは人間だけじゃない。世界を混沌へと導くのは何も人間だけじゃなくて、こうした魔獣たちだって危険だってこと」
「…………」
「でも、この魔獣は僕が知ってる奴よりも、少しばかり面倒くさそうだけどね」
いつも通り飄々とした様子で語るカリナは、リエルに笑みを浮かべるのも一瞬で、次の瞬間には険しい顔つきで魔獣と対峙する。
「どうするんですか、カリナさん……まさか……」
「そのまさかだよ。リエルちゃん、ここでコイツを倒さなければ……僕たちもあの爪みたいになるよ」
「爪……?」
カリナの言葉を受け、リエルはそこでようやく魔獣の四肢に目を向けることができた。
リエルが見上げるような体躯をした魔獣。紅蓮に燃える鋭い瞳を持つ魔獣は、全身を焦げ茶色の長毛で覆っており、手足には思わず息を飲むような長く、そして鋭い爪が月明かりを受けて光り輝いている。
『熊』にも似た格好をした魔獣の両手から伸びる爪は深紅に輝いており、規則的な動きで爪先からはぽたぽたと雫が落ちている。魔獣の爪から垂れ落ちる雫が『鮮血』であることは、リエルにも理解することができた。しかし、瑠璃色の髪を持つ少女の思考はそこで制止してしまう。
人間的な本能からリエルは考えることをやめたのであった。
何も語らず、ただ静寂と共に立ち塞がる魔獣。
一次試験において、異様なまでに他者と接触しない事実。
点と点が線で結ばれ、しかしリエルは決定的な言葉を漏らすことができなかった。
姉と共に戦うため、騎士を目指してこれまでの時間を過ごしてきたリエル。そんな彼女には戦いの知識も、覚悟も、経験も圧倒的に不足していた。だからこそ、眼前に立つ魔獣を前にしてリエルは沈黙を保ってしまったのだ。
「目を背けちゃダメ。今、現実から逃げて、そして戦いからも逃げてしまったのなら、リエルちゃんの目的は永遠に果たされることはないよ。君が目指すべき場所では、これくらいの戦いであったり、悲劇というものは日常茶飯事なんだからね」
「…………」
「参加者の命は保障されている。それが魔獣を相手にしても有効なのか……それは分からない。でも、一つだけ確かなのは……今、ここでコイツを倒さなければ僕たちもやられるってことだけ」
「…………」
「リエルちゃん、どうする?」
「……どうするって?」
「もし、戦えないというのなら……今ここで逃げるのも選択肢としてある。戦うか逃げるか、決めるのはリエルちゃん自身だよ」
「…………」
沈黙を保つリエルに、カリナは非情な決断を迫ってくる。
カリナの問いかけに対してリエルは苦悶の表情を浮かべ、しばしの静寂を生み出す。
「……分かりました。私、戦います」
「うん。その言葉を待ってたッ!」
魔獣を前にして、人間を前にして露わになっていた弱気な表情がリエルから消える。彼女は自分に不足していた『覚悟』を手に入れたのだ。
「じゃあ、一緒に戦うよ……リエルちゃんッ!」
「はい、カリナさんッ!」
カリナは姿勢を低くすると、その身体に暴風を身に纏う。
「僕が先陣を切る。リエルちゃん、後から続いてッ!」
「……はいッ!」
暴風を身に纏ったカリナは、強く踏ん張ると両足で大地を蹴って跳躍を開始する。
凄まじい粉塵を上げて魔獣へ突進するカリナ。一陣の風となる突進を前にして、魔獣はそれでもその場から動くことはなかった。
「――――ッ!」
正面から突進を仕掛けてくるカリナに対して、魔獣はその瞳を強く輝かせると周囲に轟く咆哮を上げる。そして一瞬も動じる様子を見せることなく、魔獣は右手を高く振り上げるとカリナの身体を八つ裂きにしようと鋭利な爪を振り下ろしていく。
「よっとッ!」
超速で接近するカリナは風を自在に操ることで、空中で体勢を変え、魔獣が放つ爪による攻撃をギリギリのところで躱す。茶髪を靡かせるカリナは足元に渦巻く風の『足場』を作り出すと、それを踏み台に魔獣の側面から飛びかかっていく。
「風刃よ、万物を切り裂き、悪を討て――絶風神刃ッ!」
魔獣と零距離にまで接近を果たしたカリナは、暴風より作られた無数の刃を生成すると、それを魔獣の身体へと放っていく。
「――――ッ!」
魔獣とカリナを中心に凄まじい暴風と粉塵が吹き荒れる。
カリナが放つ風の刃は魔獣の身体へと到達するだけではなく、周囲で激しく揺れ動く森林の木々たちを切り刻んでいく。
「へっへーん、これは効いたで……しょッ!?」
「――――ッ!」
粉塵が巻き上がる中、カリナが放つのは風魔法の中で最も強力な力を持つものだった。
そこら辺に姿を見せるような魔獣であるならば、瞬時にその命を散らすようなものであることは間違いなく、だからこそカリナが見せた一瞬の油断も仕方のないものだった。
「そんなッ……馬鹿なッ!?」
粉塵の中から姿を見せるもの。
それは紅蓮の瞳を持つ魔獣の、月明かりを浴びて鈍色に輝く鋭利な爪なのであった。
「――カリナさんッ!?」
リエルの悲鳴にも似た声音が夜の森林に響くのと、茶髪を風に揺らす少女の身体を魔獣の爪が無残にも切り裂くのは、ほぼ同時なのであった。
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