終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章41 砂塵の試練ⅩⅩⅩ:災厄との対峙
「もう少し……もう少しで街から出られる……」
突如として魔獣の襲撃を受けた氷都市・ミノルア。
魔竜によって混沌とした世界の中で、バルベット大陸の北部に位置するミノルアには、今まで魔竜や魔獣たちの襲撃がなかった。そんな平穏な日々はあまりにも唐突に、誰もが油断したちょっとした間に崩壊してしまうのであった。
街に木霊するのは魔獣の咆哮。
大地を揺るがす異形の咆哮が鼓膜を震わせると、それまで日常を送っていた街の人々は一気にパニック状態へと陥ってしまう。戦う力など持ち合わせていない一般人である人々が逃げ惑うのは仕方がない。我先にと街から脱出しようと藻掻く人々を嘲笑うかのように、ミノルアへ放たれた魔獣たちは一人、また一人と逃げる人間の命を散らしていく。
最も人間が集中している街の中心部へ徐々に近づいてくる魔獣たち。
その気配を察して、ミノルアに暮らす人々はパニックのレベルを引き上げながら何とかして街から逃げようと足を速める。
そんな混沌とした街において、まだ幼い少女であるシュナとリエルは生き延びるため必死に走り続けていた。彼女たちもまた身の危険を感じ、街から脱出しようと人混みの中を走っていた。
「……お姉ちゃん」
ミノルアを疾走するシュナに引っ張られるようにして走っているのが、まだ幼いリエルだった。彼女は状況を理解することができず、シュナと共に走っている今でもキョロキョロと不安げに周囲に視線をやるだけなのであった。
「大丈夫だから、リエル。私がちゃんと守ってあげる……ッ!」
「うん……」
街から出ることが出来れば、アルジェンテ氷山まではすぐだった。
もう少しで安全な場所に行くことができる。
シュナが見せた一瞬の安堵を打ち砕くように、『それ』は彼女たちの眼前に現れた。
「――――ッ!」
人間には到底理解することのできない魔獣の咆哮。
鼓膜を震わし、身体を震撼させる咆哮が間近で轟き、それを正面から受ける形となったシュナとリエルは確かに感じる命の危機に呆然と立ち尽くすことしかできない。彼女たちにとっては、生まれて初めて対峙する魔獣であり、命を散らすために特化した巨体を前に幼い少女に恐怖するなというのはあまりに酷なのであった。
「そんな……こんなところで魔獣と遭遇するなんて……」
「ふぇ……お姉ちゃん、恐いよぉ……」
「大丈夫。大丈夫だから……リエル。絶対にお姉ちゃんが貴方を守ってみせる」
「ひっく……ひくッ……」
魔獣の咆哮を浴び、幼きリエルは涙を我慢することができなかった。
姉・シュナの背中で小さく縮こまるリエルを守るように、シュナは怖気づく自分の心を奮い立たせると毅然とした表情で魔獣を睨みつける。
「…………」
逃げないシュナとリエルの様子を伺うように魔獣は無言を保っている。
しかし、一瞬でも彼女たちが背中を見せるようなことがあれば、魔獣はたった一歩を踏み出してその腕を振るう準備はできている。魔獣が持つ超人的な反射神経と運動神経があれば、幼い少女たちが逃げ切ることなどは不可能であることは間違いなく、だからこそシュナはリエルを背中に隠して身動きを取らないのだ。
「…………」
「…………」
遠くからは絶え間なく人々の悲鳴と轟音が響いている。
音は聞こえているのに、シュナたちの周りはまるで別世界のように異様な静寂が支配していた。生命が現世に存在している証となる、互いの呼吸音だけが聞こえる静寂の中で、シュナは静かに魔力を高めていた。
「……リエル。お姉ちゃんの言葉を聞いて」
「…………うん」
「これから私はこの魔獣と戦う。その隙にリエルは氷山へ逃げて」
「……えっ?」
「時間はないの。早く動いて」
膨大な魔力をその身に纏うシュナは、険しい表情と鋭い視線で魔獣を睨みつけながら戦いの準備を整えていく。そんな彼女の背中に隠れるリエルは目を丸くして、シュナから突き付けられた言葉の意味を必死に理解しようとする。
「い、嫌だ……」
「……リエル」
「お、お姉ちゃんと離れるなんて……そんなの嫌だ……」
「リエルッ!」
「ひぅッ!?」
静寂が包んでいた場を壊すようにシュナの鋭い声音が響き渡る。
初めて姉から明確な怒りをぶつけられたリエルは、その瞳にいっぱいの涙を溜めてぷるぷると身体を振るわせる。
「お願いだから、お姉ちゃんの言うことを聞いて。今の私じゃ、リエルを守りながら戦うことはできないの。これは、貴方を守るため……大丈夫、私は絶対に死んだりしないから」
「…………」
「リエル……私の言うこと、聞いてくれる……?」
シュナの言葉にリエルはしばしの無言を保つ。
今、この瞬間にも魔獣が動き出すかもしれない。その不安がシュナを襲い、どうしてもリエルにキツイ言葉を投げかけてしまう。怯えるリエルを背中に感じ、シュナの心は張り裂けそうになる。
「……わかった」
シュナの真剣な言葉が伝わったのか、リエルは小さく頭を上下に振ると目の前に立つ姉の言葉に従う。ゆっくりと後退し、シュナから離れるリエル。そんな彼女の姿を魔獣はしっかりと目で捉えているが、牙を剥き出しにする魔獣が興味をもっているのは、眼前に対峙するシュナだけなのであった。
リエルが走り出す。彼女が向かうのはアルジェンテ氷山。
遠くなる気配を感じ、シュナはほっと安堵のため息を漏らすと体内に隠していた魔力を余すところなく解放していく。
「これで全力で戦うことができる」
氷都市・ミノルアで生まれ、育ってきた少女・シュナ。
彼女は生まれつき魔法の才能に恵まれていた。同年代と比べることすらおこがましく、その実力は大人顔負けのレベルである。今すぐ魔法騎士として戦うこともできるほどの才能をもっており、彼女はその力を初めて全力で解放しようとしていた。
「街をこんなにした責任……取ってもらうッ!」
「――――ッ!」
シュナが動き出すのと同時に、魔獣も咆哮を上げて跳躍を開始する。
悲劇の氷都市・ミノルアを舞台にした壮絶なる戦いが幕を開こうとしていた。
突如として魔獣の襲撃を受けた氷都市・ミノルア。
魔竜によって混沌とした世界の中で、バルベット大陸の北部に位置するミノルアには、今まで魔竜や魔獣たちの襲撃がなかった。そんな平穏な日々はあまりにも唐突に、誰もが油断したちょっとした間に崩壊してしまうのであった。
街に木霊するのは魔獣の咆哮。
大地を揺るがす異形の咆哮が鼓膜を震わせると、それまで日常を送っていた街の人々は一気にパニック状態へと陥ってしまう。戦う力など持ち合わせていない一般人である人々が逃げ惑うのは仕方がない。我先にと街から脱出しようと藻掻く人々を嘲笑うかのように、ミノルアへ放たれた魔獣たちは一人、また一人と逃げる人間の命を散らしていく。
最も人間が集中している街の中心部へ徐々に近づいてくる魔獣たち。
その気配を察して、ミノルアに暮らす人々はパニックのレベルを引き上げながら何とかして街から逃げようと足を速める。
そんな混沌とした街において、まだ幼い少女であるシュナとリエルは生き延びるため必死に走り続けていた。彼女たちもまた身の危険を感じ、街から脱出しようと人混みの中を走っていた。
「……お姉ちゃん」
ミノルアを疾走するシュナに引っ張られるようにして走っているのが、まだ幼いリエルだった。彼女は状況を理解することができず、シュナと共に走っている今でもキョロキョロと不安げに周囲に視線をやるだけなのであった。
「大丈夫だから、リエル。私がちゃんと守ってあげる……ッ!」
「うん……」
街から出ることが出来れば、アルジェンテ氷山まではすぐだった。
もう少しで安全な場所に行くことができる。
シュナが見せた一瞬の安堵を打ち砕くように、『それ』は彼女たちの眼前に現れた。
「――――ッ!」
人間には到底理解することのできない魔獣の咆哮。
鼓膜を震わし、身体を震撼させる咆哮が間近で轟き、それを正面から受ける形となったシュナとリエルは確かに感じる命の危機に呆然と立ち尽くすことしかできない。彼女たちにとっては、生まれて初めて対峙する魔獣であり、命を散らすために特化した巨体を前に幼い少女に恐怖するなというのはあまりに酷なのであった。
「そんな……こんなところで魔獣と遭遇するなんて……」
「ふぇ……お姉ちゃん、恐いよぉ……」
「大丈夫。大丈夫だから……リエル。絶対にお姉ちゃんが貴方を守ってみせる」
「ひっく……ひくッ……」
魔獣の咆哮を浴び、幼きリエルは涙を我慢することができなかった。
姉・シュナの背中で小さく縮こまるリエルを守るように、シュナは怖気づく自分の心を奮い立たせると毅然とした表情で魔獣を睨みつける。
「…………」
逃げないシュナとリエルの様子を伺うように魔獣は無言を保っている。
しかし、一瞬でも彼女たちが背中を見せるようなことがあれば、魔獣はたった一歩を踏み出してその腕を振るう準備はできている。魔獣が持つ超人的な反射神経と運動神経があれば、幼い少女たちが逃げ切ることなどは不可能であることは間違いなく、だからこそシュナはリエルを背中に隠して身動きを取らないのだ。
「…………」
「…………」
遠くからは絶え間なく人々の悲鳴と轟音が響いている。
音は聞こえているのに、シュナたちの周りはまるで別世界のように異様な静寂が支配していた。生命が現世に存在している証となる、互いの呼吸音だけが聞こえる静寂の中で、シュナは静かに魔力を高めていた。
「……リエル。お姉ちゃんの言葉を聞いて」
「…………うん」
「これから私はこの魔獣と戦う。その隙にリエルは氷山へ逃げて」
「……えっ?」
「時間はないの。早く動いて」
膨大な魔力をその身に纏うシュナは、険しい表情と鋭い視線で魔獣を睨みつけながら戦いの準備を整えていく。そんな彼女の背中に隠れるリエルは目を丸くして、シュナから突き付けられた言葉の意味を必死に理解しようとする。
「い、嫌だ……」
「……リエル」
「お、お姉ちゃんと離れるなんて……そんなの嫌だ……」
「リエルッ!」
「ひぅッ!?」
静寂が包んでいた場を壊すようにシュナの鋭い声音が響き渡る。
初めて姉から明確な怒りをぶつけられたリエルは、その瞳にいっぱいの涙を溜めてぷるぷると身体を振るわせる。
「お願いだから、お姉ちゃんの言うことを聞いて。今の私じゃ、リエルを守りながら戦うことはできないの。これは、貴方を守るため……大丈夫、私は絶対に死んだりしないから」
「…………」
「リエル……私の言うこと、聞いてくれる……?」
シュナの言葉にリエルはしばしの無言を保つ。
今、この瞬間にも魔獣が動き出すかもしれない。その不安がシュナを襲い、どうしてもリエルにキツイ言葉を投げかけてしまう。怯えるリエルを背中に感じ、シュナの心は張り裂けそうになる。
「……わかった」
シュナの真剣な言葉が伝わったのか、リエルは小さく頭を上下に振ると目の前に立つ姉の言葉に従う。ゆっくりと後退し、シュナから離れるリエル。そんな彼女の姿を魔獣はしっかりと目で捉えているが、牙を剥き出しにする魔獣が興味をもっているのは、眼前に対峙するシュナだけなのであった。
リエルが走り出す。彼女が向かうのはアルジェンテ氷山。
遠くなる気配を感じ、シュナはほっと安堵のため息を漏らすと体内に隠していた魔力を余すところなく解放していく。
「これで全力で戦うことができる」
氷都市・ミノルアで生まれ、育ってきた少女・シュナ。
彼女は生まれつき魔法の才能に恵まれていた。同年代と比べることすらおこがましく、その実力は大人顔負けのレベルである。今すぐ魔法騎士として戦うこともできるほどの才能をもっており、彼女はその力を初めて全力で解放しようとしていた。
「街をこんなにした責任……取ってもらうッ!」
「――――ッ!」
シュナが動き出すのと同時に、魔獣も咆哮を上げて跳躍を開始する。
悲劇の氷都市・ミノルアを舞台にした壮絶なる戦いが幕を開こうとしていた。
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