終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章30 砂塵の試練ⅩⅨ:圧倒せし悪神の力

「――さぁ、更なる絶望を味わうがいい」

 かつて世界を滅ぼし、支配していた魔竜の力をその身に宿した少年であるルイス・ハイラントの襲撃を受け、平和な王国は瞬く間の内に戦火へと包まれることとなった。

 躊躇いもなく破壊の限りを尽くそうとするルイスの暴挙に、リーシアは防戦一方であり自分が生まれ育った王国が無残にも崩壊していく様を見ていることしか出来なかった。

「な、なんとかしないと……このままじゃ、町がッ……」

「今更、何かをしようとしても遅いんだよね――魔竜・ティア」

 魔竜・エルダの攻撃により、リーシアたちが立っている場所は一瞬にして更地へと姿を変えてしまった。この場所は元々、国民の憩いの場所として噴水付きの広場や、民家が立ち並んでいたのだが、それもルイスの攻撃で一瞬にして崩壊してしまった。

 広範囲に渡る攻撃により逃げ遅れていた人々、負傷して動けない人々、その全てをの命を奪う残虐な行為。形あるものが瞬時に灰燼へと変わり果ててしまう様子に動揺を隠せないリーシアなのだが、そんな彼女に構うことなくルイスは第三の魔竜による攻撃を仕掛けようとしていた。

「黒き雷よ、神速をもって世界を穿て――黒雷魔竜」

「な、なにッ……!?」

 ルイスが放つのは魔竜の力を使役するために必要な詠唱。

 詠唱が終わるのと同時にリーシアの頭上に広がる『空』に変化が現れた。快晴の空が瞬く間の内に曇天へと変わり、断続的に稲光が発生し始める。

『これは……』

 脳裏に響く神竜も信じられないものを目の当たりにしたかのような言葉を漏らす。実際に魔竜と戦った経験がある神竜だからこそ、眼前に広がる異様な光景が真実であることを理解することが出来ていた。

『主、迎撃するしか道はない』

「げ、迎撃って……」

『あの攻撃を完全に回避することは不可能だ。それならば、迎撃するかあの男を倒すか……道は二つだ』

「で、でも……そんなこと……」

『剣姫の力を信じろ……その剣が持つ力はこんなものではないはずだ』

「力を信じる……」

 リーシアは右手に持つ金色の両刃剣を見つめる。強く握りしめると、剣は無言で溢れんばかりの力を返してくれる。強大な力を前に怖気づきそうになる気持ちを奮い立たせ、金色と白銀の髪を揺らす証書・リーシアはその瞳に再び強い決意を灯すと、頭上に広がる曇天へと目を向ける。

「ふん、お前のような小娘に何が出来る? こんな国を守ることなどに意味はない。早く楽になってしまえばいいんだよ」

「…………」

「――いけッ」

 ルイスの声音が響くと、その言葉を待っていたと言わんばかりに曇天から『黒い稲妻』がリーシアの小柄な身体目掛けて飛翔してくる。瞬きの瞬間に眼前に接近を果たす稲光。常人であるならば、一瞬の内に灰燼と化す凶悪な攻撃であるはずだった。

『主、右へ半歩移動ッ!』

「――――ッ!」

 眩い閃光が周囲を包み、それと全く同じタイミングでリーシアの脳内に神竜の言葉が響く。超人的な反射神経を見せるリーシアは、神竜の言葉通りに身体を動かすことで、必要最低限の身のこなしで曇天から落ちる稲妻を回避する。

『二秒後に半歩後ろ、その一秒後に左へ一歩だ』

「……分かったッ!」

 曇天の雲から堕ちてくる黒雷を神竜の的確な指示によって躱し続ける。

「……なるほど。それなら、こうなるとどうだい?」

「――ッ!?」

 リーシアの動きを目の当たりにして、ルイスは更なる力を注ぐことで魔竜・ティアの力を増幅させていく。曇天が広範囲に広がり、リーシアを襲う

「主ッ、剣を使うんだ。その剣ならば、稲妻を切り裂くことも出来るはずッ!」

「や、やってみるッ!」

 全神経を集中させ、リーシアは自分に襲いかかる稲光の軌道をしっかりと目で追っていく。

「はああああああぁぁぁぁッ!」

 俊敏な身のこなしと振るう剣によって幾つかの稲妻を躱し、切り裂いていく。

「くッ……!?」

 しかし、剣姫によって増幅された身体能力と神竜からの言葉だけで魔竜による攻撃の全てを躱すことなど到底出来るはずがなかった。撃ち漏らした稲光がリーシアの身体に直撃し、その身体に少しずつ『傷』を生んでいく。

 白銀の甲冑ドレスに生々しい鮮血が滲む。稲光の直撃は避けることが出来ても、少女の身体には着実にダメージが蓄積されている。

『主ッ、大丈夫かッ……!?』

「今のところはッ……」

『……直撃だけは避けなければならない』

「くっ……うぐッ……はぁっ……くぅッ……頑張ってはみるッ……」

 一撃。

 また一撃とリーシアの身体を稲妻が掠めていく。その度に彼女の白い肌に無視できない裂傷が刻まれていく。

「案外、粘るね」

「まだまだぁッ……」

「早く楽にしてあげたいのは山々なんだけどね。それなら、こういうのはどうかな?」

 懸命に攻撃を凌ごうとするリーシアを見て、ルイスは表情を一つ変えることなく更なる動きを見せようとする。

「魔竜・アーク。力を貸せ」

『――――ッ!?』

「――絶対零度の凍てつく波動よ、世界に終焉をもたらせ」

 黒き雷を司る魔竜・ティアの力を行使しながら、ルイスは凍てつく絶対零度の力を司る魔竜・アークの力を呼び覚まそうとする。大地が大きく揺れ動き、地中に流れる膨大な魔力がルイスに集まろうとしている。

 魔竜一匹の攻撃ですらやっとだという中において、ルイスは惜しげもなく己が持つ力の全てを解き放とうとする。

「――氷輪百花ッ」

 ルイスが放つのは魔竜・ティアに続く天候を操る禁術魔法であった。
 周囲の気温が急速に低下し、リーシアの口から漏れる吐息が白く変わっていく。

「こ、今度はなにッ……?」

『複数の魔竜が持つ力を使えるとは……さすがに、想定外だ……』

「こ、氷……?」

 リーシアたちの上空には稲光が続く曇天の空が広がっている。これまでは稲妻を発生させるだけの曇天だったのだが、それに加えて氷の花が地上へ舞い降りてくる。

『……あやつは本気で世界を滅ぼそうとしているのか』

「えっ、それって……?」

「はぁ……誰と話しているのかは知らないけどさ、そんなにのんびりとしてていいのかな?」

「どういうこと……?」

「もう少ししたら死んでしまうであろう君に、この絶望を教えてあげよう」

 空には稲光が続き、新たなる魔竜の力により氷輪の花が加えられている。

 状況を理解できないリーシアは呆然と立ち尽くすことしか出来ず、そんな少女にルイスは迫りくる絶望を説明しようとする。

「常に命を狙う稲妻がお前を襲う。それに加えて広範囲に渡る氷輪魔法……それに触れたらどうなるか……それはお前自身で試してみるといいよ」

「これ……触れたらダメってことだよね……?」

『……間違いない。この魔法は魔竜・アークが使っていた魔法であり、奴が眠る地域一帯には生物が存在しなかった』

「それって……」

『魔竜が持つ力はこの世界の均衡を崩壊させうるものだ。こうして天候すら自在に操ることも出来てしまう。その中でも、魔竜・アークと魔竜・ティアが使う魔法は……最悪といって良い』

「どうしよう……氷の数が増えてる……」

『とにかく、その氷には触れるな。そして、逃げてばかりではなくあやつを討つための行動が必要になった。そうでなければ、我々は確実に敗北する』

「さっきの稲妻も残ったまま……それに氷にも触れちゃいけないなんて……」

『やるしかない。死にたくないのであれば……』

「くッ……!」

 どんな無理難題を突き付けられようとも、リーシアは逃げる訳にはいかなかった。
 絶望を切り裂き、一縷の望みへ必死に手を伸ばすしかないのだ。

「はああぁああああぁぁあッ!」

「ふん、自棄になったか……それとも、状況の冷静に判断なのか――やれっ」

「――――ッ!?」

 ルイスの言葉に呼応し、再び空から稲妻が降り注ぐ。

『稲妻の軌道は任せろ。氷については上手く躱すんだ』

「やってみるッ……!」

 神竜からのアドバイスで最小の動きで稲妻を躱していく。しかし、リーシアは前に進むことが困難であることを次の瞬間に理解する。

「こんなのッ、避けるなんて……」

 稲妻は絶え間なく自分を狙って姿を現してくる。それを完全に回避することすら困難だというのに、それに加えて空から無数に舞い降りてくる氷の花。触れるなという条件があまりにも厳しく、リーシアには前進することすら不可能であった。

「くッ……不味いッ……!?」

 稲妻を躱し続ける中で、リーシアの視界の外から飛来した氷の花が肩に触れてしまう。すると、何も感じなかった氷の花が急速に肥大化すると、リーシアの肩に氷花が咲く。

「なにこれ……私の肩に……?」

「――爆ぜろ」

「きゃあああぁぁぁッ!?」

 肩に植え付けられた氷の花。

 小さな花は凄まじい速度でリーシアの肩上で成長し、そしてルイスの言葉に反応することで膨大な魔力を伴って――爆発する。

「まだまだこれからだよ……」

「ぐッ……そんなッ……」

 空から舞い降りる氷花はその数を増していき、リーシアの小柄な身体を狙う。

『主ッ、ここは一旦引いてッ……』

「ダメッ……逃げることは、出来ないよ――きゃああぁッ!?」

 稲妻を躱せば氷花が身体に付着して爆ぜる。氷花を意識すれば、意図しないタイミングで襲ってくる稲妻を躱すことが出来ない。リーシアの甲冑ドレスはいつの間にか大きな鮮血に染まるようになり、リーシアの呼吸も乱れてしまう。

「もう楽になってもいいんじゃないかな? 君はよく頑張ったよ」

「――――ッ!?」

 ルイスの魔力反応が大きくなり、次の瞬間には空から落ちる氷花の勢いが増していく。

「こんなのッ、避けられる訳ッ……!?」

『主ッ!?』

 気付けば天候は最悪に悪化していた。

 稲妻が断続的に発生し、リーシアの周囲は猛烈な吹雪が襲っている。全方位からやってくる氷花を回避することなど不可能であり、リーシアの身体には無数の氷花が咲き乱れる。

「最後は氷花に包まれて、一瞬の内に死ぬといいよ」

「あっ、ぐッ……ああぁッ……!?」

 リーシアの身体を埋め尽くす氷の花。これが同時に爆発すれば、少女の命は瞬く間の内に消失する。

「私……ここまで……なの……?」

 氷花に包まれ、身動きを取ることすら不可能な状況へと追いやられてしまったリーシア。
 後はルイスの言葉ひとつでリーシアの命は無残にも散りゆく。

 絶望のハイラント王国。
 その戦いは最悪の形で終局を迎えようとしているのであった。

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