終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章16 砂塵の試練Ⅴ:試練の終わり

「勝負はこれからだッ!」

 砂塵の防壁を舞台にした死闘は終局へと誘われつつあった。

 全身を裂傷と鮮血が覆うライガは誰が見ても瀕死の状態であった。そんな彼と対峙しているのは、世界の英雄としてその名を轟かせた男であるグレオ・ガーランド。帝国騎士によって生み出されたアンデッドではなく、ライガの眼前に立ち尽くす男は紛れもなく英雄・グレオであり、しっかりと己の自我を持つ存在であった。

 航大と出会ってからの日々において、ライガもまた幾度となく死闘を経験してそれらを乗り越えてきた。英雄を父に持つライガはそんな日々の中で、少なからず自分の戦い方において自身を持つようになっていた。

「――――ッ!?」

 そんな彼の前に立ち塞がり、薄っぺらい自身を打ち砕こうとするグレオは息子と変わらない外見をしていた。それはまだグレオが若い頃の姿であり、ライガは自分とさほど年齢が変わらない父に対しても苦戦を強いられてしまうのだ。

「はぁ、はあぁ……これでようやく一撃が――」

「自分の身体を犠牲にしての一撃……見事だった」

 グレオが持つ剣は触れれば爆発する能力を有しており、その能力を前にしてライガは絶対的な苦戦を強いられていた。グレオが持つ能力の対抗手段として、ライガは自らの左手を犠牲にすることで父の姿を捉えることに成功した。

「……マジ、かよ」

 ライガの左手はグレオが持つ神剣・ボルガの刀身を握りしめており、至近距離での爆発によって重傷を負いながらも、その手はグレオの剣を握りしめ続けていた。

 そして超至近距離からの一太刀をライガは見舞っていくのだが、その刃がグレオに届くことはなかった。

「諦めず、どんな手を使ってでも勝利を目指す姿勢……全く申し分ない。しかし、今ので俺を倒すことが出来なかったのは痛かったな」

「…………」

 ライガは確かにグレオを捉えることに成功していたはずだった。

 超至近距離で放たれた斬撃は確実にグレオの身体に一筋の裂傷を刻み込むことが出来るはずだったのだ。しかし、今ライガの視界に映る神剣・ボルカニカの刀身は根本からぽっきりと折れて消失してしまっているのだ。

「なんだよ、コレ……どうなって……んだよ……」

「お前の刃は俺に届いていた。しかし、その身に纏う魔力に絶望的な差があった」

 眼前の光景をすぐには理解することができず、ライガは鼓膜を震わせるグレオの言葉に反応を示すことが出来なかった。振るった刃が届かず、その逆に自分の刃が折れて消失してしまうほどに、自分と父の差が開いているという事実を到底受け入れることが出来ない。

「そう悲観することはない。俺と戦ってここまでやれるのは、帝国のガリアくらいなものだ。お前はまだ強くなる。この戦いで悲観的になることはない」

「んなこと……認められるかよぉッ!」

 父の言葉が鼓膜を震わせる度にライガの胸中に激痛が走る。

 怒りが胸を焦がし、ライガは咆哮と共に折れた剣を振るっていく。その行動に何ら意味がないことを承知していながらも、ライガは自我を保つために剣を振るう。

「死に急ぐな、息子よ。この結末は全て仕組まれたものなのだから」

「――ッ!?」

 ライガの身体を衝撃が駆け抜ける。
 気付けば振るっていたはずの右腕の肩から先が神剣・ボルカニカと共に消失している。

 痛みはない。
 ただ、ドンッと衝撃が走った次の瞬間にはライガの右腕は跡形もなく消失していたのだ。

「う、うああああぁぁぁッ!」

 鮮血が噴出し砂で覆われた大地を汚していく。

「それでもッ……それでも俺はッ……こんなところで死ぬ訳には――ッ!?」

「もういい。もういいんだ」

 至近距離からの爆発によって使い物にならなくなった左腕をも使い、ライガは貪欲に勝利を求めた。そうしなければ、ここで倒れてしまっては最も親しい友を助けることが出来ないからだ。

 はぐれてしまった仲間たちだって心配である。
 気付けばライガは色んなものを背負っていた。

 明確な死を目の当たりにして、ライガは生に縋るようにして吠え続ける。

 そんな息子を前にしても、世界の英雄であるグレオは悲しげに顔を顰めると再び剣を握る腕を振るっていく。

「――――」

 最早、声を上げることすら出来ない。
 ライガの左腕はグレオの剣によって呆気なく胴体から分離してしまう。
 再びの鮮血が噴出するのと同時に、ライガはとうとう攻撃する手段を失ってしまった。

「はぁ、はあぁ……」

 不思議と痛みはない。
 ライガは力なく砂の上に倒れ伏すと、唇を強く噛みしめる。

「この試練の目的……それは、諦めない心を示すこと」

 ようやく動きを止めたライガを見ながら、グレオが静かに声を漏らす。

「だから、この戦いの勝敗には何ら意味はないのだ。名も知らぬ息子よ、お前はまだまだ強くなる。敗北を知らない俺よりも、敗北を知ることが出来るお前の方が強くなることが出来る」

「…………」

「諦めぬ心を示す試練……それにお前は合格した」

 言葉を返す余裕すらないライガへ、グレオは一方的に話を続ける。

 一歩。また一歩と近づいてくるグレオの顔は慈愛に満ちていた。まだ息子というものを知らない若き頃のグレオ。しかし彼は、ライガを目の当たりにして確かに自分との血縁を強く感じていた。

「また会おう、我が息子よ」

「――ッ!?」

 その言葉を最後にライガの身体をグレオが握る大剣が両断していく。
 それと同時にライガの意識は深い闇の底へと落ちていくのであった。

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