終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章13 砂塵の試練Ⅱ:業炎と暴風の輪舞曲

「はあああああぁぁぁぁッ!」

「ふん、まだまだ甘いな……」

 バルベット大陸の西方に広がるアケロンテ砂漠。

 未だかつてこの砂漠に足を踏み入れ、無事に生還した者は存在しないとされる過酷な場所へと、ライガたち一行は生死を彷徨う航大を救うために足を踏み入れていく。

 道中で立ち寄った砂の村・デミアーナで謎の少女・アリーシャと出会い、彼女の助けを借りることでライガたち一行は、アケロンテ砂漠の最初で最大の難所『砂塵の防壁』へと挑むこととなった。

「ちッ……」

「ほら、次はこっちだぞ?」

「くそがぁッ!」

 砂塵の防壁。

 その正体は凝縮された砂嵐が形成する壁であり、西方への道と閉ざすかのようにしてアケロンテ砂漠に君臨していた。アリーシャの助けを借りることで防壁への挑戦権を手に入れたライガたちであったが、突如として飛来した炎球の直撃に遭い防壁の中で散り散りにはぐれてしまった。

「はぁ、はあぁ……」

「どうした? もう終わりか?」

「ふざけんなッ……まだまだこれからだッ……」

 孤立したライガに待っていたのは、あまりにも過酷な砂塵の試練だった。

「そんな剣では、いつまで経っても俺を斬ることは出来ないぞ?」

「んなことねぇッ!」

「……ふむ、さすがは俺の息子だけはある。剣筋は悪くない」

 砂塵の防壁がライガに突き付けたのは、世界の英雄としてその名を轟かせる英雄・グレオとの対峙だった。ライガは過去一度だけ氷都市・ミノルアでグレオの紛い物と戦ったことがあった。

 しかし、あの時と違うのは眼前で笑みを浮かべて立ち塞がる英雄・グレオが全盛期の状態であるということだった。年はライガと変わらず、紛い物とは違い今度はしっかりとグレオとしての自我を持っている。

「ちッ……今度ばかりは、かなり厄介だな……」

「父親としての自覚は無いが、アドバイスをするならば……あまり熱くなるな。折角の剣筋がブレてるぞ?」

「…………」

 グレオと剣を交えてしばらくの時間が経過していた。

 ライガは神剣・ボルカニカを振るうことで、世界の英雄である父・グレオを倒そうと試みる。しかし、ライガが放つ斬撃がグレオの身体を捉えることはなく、まだ見ぬ息子と対峙したグレオの表情にはまだ、余裕な素振りが見え隠れしているのであった。

「攻撃が当たらねぇッ……」

「隙が大きすぎるんだ」

「――ッ!?」

 ライガに油断や慢心は存在していなかったはずだ。

 唇を噛み締め、瞬きをした瞬間にライガの眼前には自分と同じような栗色の髪を靡かせたグレオの姿があって、防御態勢を取る暇すら与えられないまま、腹部に強烈な回し蹴りを受けてしまう。

「がはッ……!?」

「無駄な動きが大きいだけ、体力の消耗は激しくなる。自分でも感じることが出来ない披露が全身に溜まり、これくらいの動きすら見抜けなくなるんだ」

 グレオが放つ回し蹴りが脇腹にめり込む。

 蹴りを受けた脇腹を中心に想像を絶する痛みが全身を駆け巡り、ライガは苦悶の声を漏らすのと同時に砂の上を滑ってしまう。ズキズキと痛む脇腹に顔を歪ませながらも、ライガはその瞳に強い炎を灯して立ち上がる。

「……不思議なものだ。今の俺には息子と呼べる存在はない。なのに、今のお前を見ていると……どうしても他人であると断言できない」

「はぁ、はあぁ……はぁ、くッ……どうして、俺を息子だと思える?」

「……お前は俺に似ている。今の俺よりも、遥か昔の俺にな」

「昔の親父に……?」

「そうだ。あの頃の俺は自分が持つ力を誇示したくて、あらゆる戦場へ勝手に出向いては好き勝手に暴れていたものだ」

「…………」

「あの時の俺には余裕が無かった。早く誰かに認めて欲しい。自分の力で世界を救えるって本気で思っていた時代だ」

「……親父にそんな過去があるなんて、知らなかったぜ」

「ふッ、この時間軸に居る俺はそんなことも話していないのか」

 砂嵐が吹き荒れる隔離された世界で、グレオは笑みを浮かべるとここでようやく背中の剣を引き抜く。

「……なるほど。やはりその剣を持つのはお前なんだな」

「どういうことだよ?」

「いや、こちらの話だ。少しは冷静になれたか?」

「……あぁ、親父の昔話を少し聞けて、気分が良いぜ」

「俺を倒さなければ、先に進むことが出来ない。その意味が分かるな?」

「……誰が相手だろうと、俺は絶対に負けねぇ。覚悟しろよ、親父」

 砂が吹き荒れる防壁の中で、世界の英雄とその息子による激闘が始まろうとしていた。


「――武装魔法・風装神鬼ッ!」


 最初に動きを見せたのは挑戦者であるライガだった。
 短く呟かれた言葉は、自らの身体に暴風を纏う強化型の魔法である。

「…………そうか、それを使えるんだな?」

 ライガの身体を暴風が纏っていく。術者の身体を極限にまで高め、瞬速による攻撃を可能とする武装魔法・風装神鬼。これは神剣・ボルカニカに選ばれた人間のみが使うことを許される魔法であり、それを会得しているライガを見てグレオの表情が驚きと喜びに満ちていく。

「手加減は無しだ、息子よ」

「……当たり前だ」

 静寂が場を支配したのも数秒。
 次の瞬間、二つの人影は全くの同タイミングで動き出す。


「「はあああああぁぁぁぁッ!」」


 異様な静寂が支配していた場に二つの怒号が響き渡る。
 怒号の後。しばらくして二つの大剣がぶつかり合う甲高い剣戟の音が響き渡る。

「――――ッ!」

 互いの力と力が真正面でぶつかり合い、剣戟の音が連鎖していく。
 右。左。上。下。
 剣を振るっては弾かれ、剣を振るっては弾かれを幾度となく繰り返していく。

 二人の動きは完全にシンクロしており、極限にまで高められた集中力によって、攻防一体の壮絶な戦いが繰り広げられていく。

「――――ッ!」

 二人の戦いに言葉なんてものはいらなかった。

 互いの視線と息遣い。そして振るう剣の軌跡だけで次の行動を予測し、ただひたすらに勝利を目指して剣を振るっていく。

 武装魔法によって強化されているライガの動きに、グレオは生身の状態で完全に反応することが出来ていた。傍から見れば互角の戦いを演じているように見える戦いだが時間が経つごとにライガの胸中には嫌でも焦燥感が募っていってしまう。

「……見事だ、息子よ」

「あんまり嬉しくねぇな、親父……」

 自分が想像している以上に対等な様子で渡り合うライガを見て、グレオの胸は踊りっぱなしだった。自分が剣を振るい、それを受け止め反撃してくる。剣士の戦いであるならば、当然とも言えるその行為を楽しめている。その事実がグレオの胸をこれ以上ないほどに高鳴らせている。

 しかも、その相手がまだ見ぬ自分の息子である。

 父親としての自覚は全くないのだが、それでもグレオは眼前で必死に剣を振るう青年を赤の他人だとは思えないのであった。

「……親父、本気を出せッ!」

「…………」

 ライガの言葉にグレオの表情が僅かに曇る。
 幾度と剣を交えたことで、どうしても隠せない事実がライガに伝わってしまっていた。

 グレオが本来の力を使っていないことを敏感に察したライガは、真剣な表情を浮かべて鋭い声音を漏らす。父と息子という関係性など、今の二人には関係ない。

「手加減は無し……そうじゃねぇのかよッ!?」

「…………」

「本気でぶつかって来いッ、グレオッ!」

「…………そこまで言われてしまったら仕方がない」

 ライガの言葉が届いたのか、グレオは瞳を閉じると静かにそんな声音を放つ。
 一際大きな剣戟の音を響かせ、互いに距離を取って睨み合うライガとグレオ。

「簡単に死んでくれるなよ?」

「…………」


「――武装魔法・業火炎舞ッ!」


 グレオがその言葉を呟いた瞬間だった。
 砂塵の防壁内に存在する空間に業炎が吹き荒れていく。

 突如として姿を現した炎の渦は、ひとしきり暴れまわった後にグレオの身体へと纏わりついていく。神剣・ボルガが持つ魔力が炎という形で具現化し、それを身に纏うことで立ち塞がる全てを葬り去る力を得る。

 瞬速の風装神鬼。
 破壊の業火炎舞。

 相対する二つの武装魔法が今、真正面から衝突しようとしていた。

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