終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章11 砂塵の罠

「これは……想像以上だね……」

 ハイラント王国を出発し、バルベット大陸西方に位置するアケロンテ砂漠へと足を踏み入れたライガたち一行。予想に反して平穏な道程を進んでいた一行の眼前に突如として姿を現したのは、遥か先まで続く巨大な砂塵の防壁だった。

 西方へ進む者を拒むかのように存在する砂塵の防壁を前にして、呆然と立ち尽くすことを禁じ得ないライガたちであったが、このまま立ち止まっている訳にもいかない。

「これは確かに、凄まじい光景ですね……」

「あぁ……すげぇ嵐なのに音が全くしない……」

 アリーシャが所持していた水晶玉へと魔力を注ぐことで防壁を展開し、ライガたちは猛烈な嵐の中でも苦労することなく進むことができていた。

「なぁ、アリーシャ。この結界の中って、音も通さないのか?」

「いや、そんなことはないよ。外部からの衝撃とか攻撃を守ってくれるものであって、音を通さないとかは無かったはず」

「……なるほど。ってことは、本当にこの砂嵐は無音ってことか」

「でも、そんなことって有り得るの……?」

 これまで、誰の突破も許したことのない防壁の中。

 ライガたち一行は、異様な静寂と光景を前にして険しい表情を浮かべる。しかしそれでも、一行は足を止めることなく慎重に周囲の状況を確認しながら歩を進める。

「無音の砂嵐か……聞いたことはないけどな」

「それにしても、ここまで魔獣の一匹にも出会いませんね」

「ふむ、まぁ楽なのはいいことじゃ」

「ちょっと、楽過ぎる気がするんだけど……」

 砂塵の防壁へと侵入してからしばらくの時間が経過した。

 静寂の中を進むライガたち一行は、いつでも戦うことが出来るよう準備はしている。しかし、肝心な魔獣の姿は一行に現れる気配はない。

「このまま進んでくれればいいんだけどな……」

「…………何か聞こえませんか?」

 慎重に歩を進める一行の中で、そんな言葉を漏らしたのはアステナ王国の近衛騎士であるエレスだった。眉を顰め、耳を澄ますようにして周囲を確認する。

「おい、エレス……いきなりなんだよ」

「そ、そうだよッ! 私たちを驚かせようとしても無駄なんだからねッ!」

 様子が変わったエレスに、ライガとシルヴィアが敏感に反応を見せる。二人にはエレスが言うような違和感を感じることが出来ていない。

「……何か聞こえる」
「うむ、まだ遠いが……何かあるな……」

 ライガ、シルヴィアとは違い、ユイとリエルの二人は何か感じるものがあるようだった。

 白髪と青髪の少女二人は、エレスと同じように表情を顰めて呼吸を殺して周囲の状況を入念に確認する。そんなリエルとシルヴィアの様子を見て、ライガとシルヴィアの二人もキョロキョロと首を振って周囲を確認する。

「アリーシャは何か感じるか?」

「え、うーん……どうだろ……?」

 何かの異変を感じている一行の中で、唯一、声を発していない砂の村・デミアーナで出会った少女・アリーシャ。張り詰める緊張感の中で、アリーシャは相変わらずニコニコと笑みを浮かべているばかり。

「皆さん、注意してください……近づいてきてます」

「ち、近づいてきてるって……?」

 額に薄っすらと汗を浮かばせたエレスのただならぬ空気に、シルヴィアがビクビクと身体を震わせる。

「なんだよ、この音……」
「……地面が揺れてる」

 どこか遠目からライガたちの鼓膜を震わせるのは、何かが地面に着弾し、炸裂する爆発音だった。遠くから聞こえてくる轟音は凄まじい威力を炸裂させているのか、ライガたちが立つ地面を僅かに揺らしている。

「爆発……?」

「ふむ、こんな砂嵐の中で爆発するものなんぞあるのか?」

「誰かが攻撃してるとか……?」

 遠くから聞こえてくる爆発音は断続的に続いている。

 ライガたちはその音の正体を探ろうとするが、砂塵の防壁は常に嵐が発生しており、視界は劣悪な状態である。目に見える光景に変化は無いにも関わらず、鼓膜を震わせる音だけが焦燥感を煽ってくる。


「――来ますッ!」


「えっ?」

 エレスの一際鋭い声音が響いた瞬間だった。
 ライガたち一行のすぐ近くで何かが着弾した。

「きゃあああぁぁぁッ!?」

 音がした方に目を向ければ、そこには巨大な炎球が存在しており、猛烈な嵐の中でも異様な存在感を放っていた。炎球は一つがライガたちの背丈を越える大きさを誇っており、もしこれが直撃したら……と、想像すると血の気が引いていくのを禁じ得ない。

「ど、どどどどどうしようッ!?」

「……うるさい、シルヴィア」

「全くじゃ。慌ててもしょうがないじゃろう」

「なんでそんなに冷静なのッ!?」

 この状況でも表情の一つすら変えないリエルとユイ。
 最初は遠くに聞こえていた爆発音。それが今では一行のすぐ近くで轟くようになっていた。

「やはり、敵の攻撃と推測するのが良いですかね?」

「……狙いは俺たちで間違いないだろうな。少しずつ狙いが正確になっている」

 慌ててもしょうがないと腹をくくっているのか、ライガとエレスの二人は必要以上に取り乱すことをせず、努めて冷静に状況を判断しようとする。

「……アリーシャ。こんな場所で俺たちを狙ってくるような奴……何か心当たりはあるか?」

「さっきも言ったと思うけど、私だってこの中に入るのは初めてなんだよ。今、この状況では私も君たちと情報については同じな訳」

 アリーシャもまた、この状況については驚きを隠すことが出来ず、ライガの問いかけに答えることが出来ない。

「でも、アケロンテ砂漠に人が住んでるなんてことは聞いたことないよ。住めるような環境じゃないし」

「俺たちが進むことをよく思わない連中が居るってのか……?」

「もし、そんな人たちが居るのなら……かなり厳しい状況であるのは間違いないですね」

「儂たちはこの膜から外に出ることも出来ない、敵の姿も見えない……ふむ、絶望的な状況じゃな」

「…………」

「だから、どうしてみんなそんなに冷静なのッ!?」

 こうして会話を続けている間も、ライガたちを狙った炎球は着弾を繰り返している。今では、どこからか落下してくる炎球の姿を視認できるレベルには接近を果たしている。

「どうします、ライガさん?」

「――全員、とにかく西を目指せ」

「……はっ?」

 足を止めたライガが放った一言。
 それを聞いたシルヴィアが呆けた声を漏らした瞬間だった。

「――――ッ!」

 砂塵の中から襲来した炎球がライガたち一行を直撃する。

 幸い、リエルが展開していた膜のおかげで炎球の直撃は避けることが出来たが、凄まじい衝撃の果てに膜は決壊し、ライガたちは猛烈な嵐に吹き飛ばされてしまう。

「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁッ!」

 身体が浮遊し、右も左も、下も上も分からない感覚の中でシルヴィアの叫び声だけが木霊するのであった。

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