終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章10 月夜に輝く砂塵の防壁
帝国ガリアで重傷を負い、未だ生死の境目で眠りにつく航大を救い出すため、ライガたち一行はバルベット大陸の西方に広がるアケロンテ砂漠を西方面に前進を続けていた。
途中で立ち寄った砂に覆われた村・デミアーナで、謎の少女・アリーシャの案内で進み続けるライガたちは、生還者が存在しないと言われる危険地帯と言われている砂漠へと決死の覚悟を持って踏み込んだ。しかし、実際の所は魔獣との遭遇もなく、砂嵐に見舞われることもなく平穏無事な旅路を続けているのが現実である。
「…………」
客車の中で休息を取っている女性陣を先導するようにして、ライガとエレスは地竜を操っており、静寂が包む砂漠の中で何が起こってもいいように気を引き締め続けている。
「アリーシャの話じゃ、そろそろ見えてきていいんだけどなぁ……」
「このまま女神の元まで辿り着いたりしませんかね?」
「まぁ、今までの旅を考えると、それは無いだろうなぁ……」
「冒険に危険は付いて回るものですからね。今、この瞬間も嵐の前のなんとやら……って、こともありえますからね」
「……おい、あまり縁起の悪いことを言うもんじゃねぇぞ」
「すみません。あまりにも静かなのでちょっと冗談でも言いたくなってしまいました」
地竜は真っ直ぐに西方へと進む。
これまでアケロンテ砂漠が難攻不落の危険地帯として名を轟かせていたのは、西方への侵入を拒むかのように存在する砂塵の防壁があったからだと言う。
しかし、ライガたちはそれを生で見たことはなく、イマイチどれだけ危険な存在なのかを想像することが出来ない。
「砂塵の防壁……どんなものなんですかね?」
「さぁな……全く、想像が出来ねぇ……」
「アケロンテ砂漠へと立ち入った者は誰一人として生還を果たしていない……こんなに静かだと言うのに、どうしてそんな噂が立つのでしょうかね」
「…………」
エレスの言葉に対して、ライガが返事をすることはなかった。
そんなライガの異変に気付いたのか、エレスが前方へと視線を向ける。
「…………ライガさん、まさかとは思うのですがアレが?」
「あぁ……違うことを望んではいるがな……」
ライガとエレスが見る遥か先。
そこには砂で形成された『巨大な壁』が存在していた。
正確にはそれは壁ではなく、壁のような形で凝縮された砂塵の暴風であり、それが壁のように横一面にどこまでも広がっている。上空まで砂が舞い上げられており、その異様な光景を前にしてライガとエレスの二人は唖然としてしまう。
「おー、見えてきたねッ! あれが西方を守護する砂塵の防壁だよ」
「なに、あれ……?」
「ふむ……」
「…………」
客車の動きが鈍ったことを敏感に感じ取ったアリーシャたちが窓から顔を出す。
防壁について詳しいアリーシャは、異様な光景を前にしても笑みを絶やすことはなく、シルヴィア、リエル、ユイの三人はライガやエレスと同じように呆然と口を開いて眼前に見える光景を必死に理解しようとしている。
「砂塵の防壁。アレはそう呼ばれてはいるけど、実際のところはただの砂嵐なんだよね」
「いや、ただの砂嵐って……そんな言葉で片付けていいもんじゃねぇだろ……」
アリーシャの言葉にライガは険しい表情を浮かべる。
「でも、君たちはアレを越えなくてはならない」
「…………」
アリーシャの言葉がライガたちの鼓膜を震わせる。
ライガたちの果たすべき目的。それを叶えるためには、誰が見ても危険であると判断できる砂塵の防壁を突破しなくてはならない。
時間は刻一刻を争っており、こんなところで足踏みをしていられないのは事実であり、ライガたち一行は怖気づいた心を再び奮い立たせると、その表情に強い決意を灯して一歩を踏み出す。
「そうだな。俺たちはこんなところで立ち止まる訳にはいかない」
「うん。そうだよね」
「ふん、当たり前じゃ……」
「……私たちは進むだけ」
ライガに続く形でシルヴィア、リエル、ユイの三人も力強く頷く。
「進むのはいいとして、アリーシャさん。今夜、あの防壁は弱くなる……そうでしたよね?」
「うん。その通りだよ」
全員の意志は確認できた。
次はどうやってあの防壁を攻略するかである。
「弱くなる……それはどのタイミングなのでしょうか?」
「……タイミング?」
「どのタイミングで弱くなるのか……時間なのか、他に何らかの条件があるのか」
「あははッ、違うよ騎士さん。あの状態が既に弱体化されているんだよ」
「…………」
エレスの問いかけに対して、アリーシャはケラケラと楽しげに笑った後に絶望的な言葉を投げかけてくる。彼女の軽い調子を目の当たりにして、ライガたちは一瞬その言葉の意味を理解することができなかった。
「……あの状態が既に弱体化されている?」
「そうそう。ずっと観察している人なら分かるんだけどね、今の防壁は絶頂期に比べればとても弱くなってる。防壁としての大きさが絶頂期の半分くらいだし」
「…………」
防壁が見せる現在の状況。それは誰が見ても一目でやばいと判断できるものだった。
しかしそれが既に弱体化状態であるとの言葉にライガたちは険しい表情を禁じ得ない。
「なるほど。それで、どうやってあそこを突破する?」
「そう。そこが問題なんだよね」
このまま弱気になっていてもしょうがない。
ライガは気持ちを切り替えると、アリーシャに突破するための方法を問いかける。
「防壁を突破するための方法……それには、君たちが持つ魔力が必要になる」
「……魔力?」
その言葉に反応を示すのは、ライガたち一行の中で最も魔力を秘めている北方の賢者・リエル。
「ここに水晶玉がある。ちょっとコレに魔力を込めてみて?」
「…………」
アリーシャが取り出したのは、手のひら大サイズの水晶玉。
首を傾げながらもリエルはそれを受け取ると、右手に魔力を集めていく。
「お、おぉ……」
次の瞬間、リエルが立つ周囲に薄い光の膜が生成される。それはリエルが水晶玉に送る魔力を強めるほどに肥大化していき、最終的には全員の身体を包み込むレベルにまで成長を遂げる。
「えっと、ライガくんだっけ? ちょっと、その剣で膜に攻撃してみてよ」
「いいのかよ?」
「いいからいいから」
アリーシャに言われるがまま、ライガは神剣・ボルガを手に持つと思い切りそれを振り下ろしていく。
「――ッ!?」
ライガが振るう剣はリエルが生成した薄い膜を捉える。
甲高い音が響き渡った次の瞬間、ライガが振るった剣は無残にも弾かれており、膜は無傷の状態を保ったままなのであった。
「どう? すごいでしょッ! この水晶玉に魔力を注ぎ続けて砂塵の暴風を突破するんだよ」
「な、なるほど……それは理解した。だけど、こんなもんがあるなら、今までに砂漠を突破できる奴も居たんじゃないか? それこそ、アリーシャ……お前だって突破できたはずだろ?」
「……そう上手くはいかないんだよ。この膜を生成し続けるには膨大な魔力が必要なんだよ――ただの人間では、長時間の運用に耐えることが出来ない」
「…………」
アリーシャの鋭い瞳がリエルを射抜く。
含みのある言葉にリエルも険しい表情を浮かべるが、そのまま無言を保つ。
「それにこの水晶は、私が生まれた時から持ち得ているもので、この世界に二つとない代物なんだよ」
「…………なるほどな」
「どうして持っているか、私には過去の記憶がないからそれは分からない」
「細かいことはいい。リエル、これを維持することは出来るのか?」
「ふむ、それに関しては問題ない。しかし、一つ懸念があるとすれば、それは儂がこの先の戦いで戦力として使い物にならないということじゃろうな」
「膜を作るのに魔力を使っちまうからか……」
「そういうことじゃ」
「この防壁を越えた先に何があるかは分からない。魔獣が待ち受けていた時には、頼むぞ……ライガ」
「あぁ、任せとけ」
「うんうん。これで防壁へチャレンジする準備は整ったね」
ライガたちの様子を再確認して、アリーシャが笑みを浮かべる。
「あぁ、みんな行けるか?」
「私は問題ないよッ!」
「うむ、儂も大丈夫じゃ」
「……私も」
「はい、私の方も問題ありません」
全員を見渡すようにしてライガが最終確認を取る。
その言葉に全員が力強く頷き、これで準備は整った。
「――それじゃ、行くぞッ」
バルベット大陸西方に位置するアケロンテ砂漠。
最初にして最大の難所へとライガたち一行は挑んでいくのであった。
途中で立ち寄った砂に覆われた村・デミアーナで、謎の少女・アリーシャの案内で進み続けるライガたちは、生還者が存在しないと言われる危険地帯と言われている砂漠へと決死の覚悟を持って踏み込んだ。しかし、実際の所は魔獣との遭遇もなく、砂嵐に見舞われることもなく平穏無事な旅路を続けているのが現実である。
「…………」
客車の中で休息を取っている女性陣を先導するようにして、ライガとエレスは地竜を操っており、静寂が包む砂漠の中で何が起こってもいいように気を引き締め続けている。
「アリーシャの話じゃ、そろそろ見えてきていいんだけどなぁ……」
「このまま女神の元まで辿り着いたりしませんかね?」
「まぁ、今までの旅を考えると、それは無いだろうなぁ……」
「冒険に危険は付いて回るものですからね。今、この瞬間も嵐の前のなんとやら……って、こともありえますからね」
「……おい、あまり縁起の悪いことを言うもんじゃねぇぞ」
「すみません。あまりにも静かなのでちょっと冗談でも言いたくなってしまいました」
地竜は真っ直ぐに西方へと進む。
これまでアケロンテ砂漠が難攻不落の危険地帯として名を轟かせていたのは、西方への侵入を拒むかのように存在する砂塵の防壁があったからだと言う。
しかし、ライガたちはそれを生で見たことはなく、イマイチどれだけ危険な存在なのかを想像することが出来ない。
「砂塵の防壁……どんなものなんですかね?」
「さぁな……全く、想像が出来ねぇ……」
「アケロンテ砂漠へと立ち入った者は誰一人として生還を果たしていない……こんなに静かだと言うのに、どうしてそんな噂が立つのでしょうかね」
「…………」
エレスの言葉に対して、ライガが返事をすることはなかった。
そんなライガの異変に気付いたのか、エレスが前方へと視線を向ける。
「…………ライガさん、まさかとは思うのですがアレが?」
「あぁ……違うことを望んではいるがな……」
ライガとエレスが見る遥か先。
そこには砂で形成された『巨大な壁』が存在していた。
正確にはそれは壁ではなく、壁のような形で凝縮された砂塵の暴風であり、それが壁のように横一面にどこまでも広がっている。上空まで砂が舞い上げられており、その異様な光景を前にしてライガとエレスの二人は唖然としてしまう。
「おー、見えてきたねッ! あれが西方を守護する砂塵の防壁だよ」
「なに、あれ……?」
「ふむ……」
「…………」
客車の動きが鈍ったことを敏感に感じ取ったアリーシャたちが窓から顔を出す。
防壁について詳しいアリーシャは、異様な光景を前にしても笑みを絶やすことはなく、シルヴィア、リエル、ユイの三人はライガやエレスと同じように呆然と口を開いて眼前に見える光景を必死に理解しようとしている。
「砂塵の防壁。アレはそう呼ばれてはいるけど、実際のところはただの砂嵐なんだよね」
「いや、ただの砂嵐って……そんな言葉で片付けていいもんじゃねぇだろ……」
アリーシャの言葉にライガは険しい表情を浮かべる。
「でも、君たちはアレを越えなくてはならない」
「…………」
アリーシャの言葉がライガたちの鼓膜を震わせる。
ライガたちの果たすべき目的。それを叶えるためには、誰が見ても危険であると判断できる砂塵の防壁を突破しなくてはならない。
時間は刻一刻を争っており、こんなところで足踏みをしていられないのは事実であり、ライガたち一行は怖気づいた心を再び奮い立たせると、その表情に強い決意を灯して一歩を踏み出す。
「そうだな。俺たちはこんなところで立ち止まる訳にはいかない」
「うん。そうだよね」
「ふん、当たり前じゃ……」
「……私たちは進むだけ」
ライガに続く形でシルヴィア、リエル、ユイの三人も力強く頷く。
「進むのはいいとして、アリーシャさん。今夜、あの防壁は弱くなる……そうでしたよね?」
「うん。その通りだよ」
全員の意志は確認できた。
次はどうやってあの防壁を攻略するかである。
「弱くなる……それはどのタイミングなのでしょうか?」
「……タイミング?」
「どのタイミングで弱くなるのか……時間なのか、他に何らかの条件があるのか」
「あははッ、違うよ騎士さん。あの状態が既に弱体化されているんだよ」
「…………」
エレスの問いかけに対して、アリーシャはケラケラと楽しげに笑った後に絶望的な言葉を投げかけてくる。彼女の軽い調子を目の当たりにして、ライガたちは一瞬その言葉の意味を理解することができなかった。
「……あの状態が既に弱体化されている?」
「そうそう。ずっと観察している人なら分かるんだけどね、今の防壁は絶頂期に比べればとても弱くなってる。防壁としての大きさが絶頂期の半分くらいだし」
「…………」
防壁が見せる現在の状況。それは誰が見ても一目でやばいと判断できるものだった。
しかしそれが既に弱体化状態であるとの言葉にライガたちは険しい表情を禁じ得ない。
「なるほど。それで、どうやってあそこを突破する?」
「そう。そこが問題なんだよね」
このまま弱気になっていてもしょうがない。
ライガは気持ちを切り替えると、アリーシャに突破するための方法を問いかける。
「防壁を突破するための方法……それには、君たちが持つ魔力が必要になる」
「……魔力?」
その言葉に反応を示すのは、ライガたち一行の中で最も魔力を秘めている北方の賢者・リエル。
「ここに水晶玉がある。ちょっとコレに魔力を込めてみて?」
「…………」
アリーシャが取り出したのは、手のひら大サイズの水晶玉。
首を傾げながらもリエルはそれを受け取ると、右手に魔力を集めていく。
「お、おぉ……」
次の瞬間、リエルが立つ周囲に薄い光の膜が生成される。それはリエルが水晶玉に送る魔力を強めるほどに肥大化していき、最終的には全員の身体を包み込むレベルにまで成長を遂げる。
「えっと、ライガくんだっけ? ちょっと、その剣で膜に攻撃してみてよ」
「いいのかよ?」
「いいからいいから」
アリーシャに言われるがまま、ライガは神剣・ボルガを手に持つと思い切りそれを振り下ろしていく。
「――ッ!?」
ライガが振るう剣はリエルが生成した薄い膜を捉える。
甲高い音が響き渡った次の瞬間、ライガが振るった剣は無残にも弾かれており、膜は無傷の状態を保ったままなのであった。
「どう? すごいでしょッ! この水晶玉に魔力を注ぎ続けて砂塵の暴風を突破するんだよ」
「な、なるほど……それは理解した。だけど、こんなもんがあるなら、今までに砂漠を突破できる奴も居たんじゃないか? それこそ、アリーシャ……お前だって突破できたはずだろ?」
「……そう上手くはいかないんだよ。この膜を生成し続けるには膨大な魔力が必要なんだよ――ただの人間では、長時間の運用に耐えることが出来ない」
「…………」
アリーシャの鋭い瞳がリエルを射抜く。
含みのある言葉にリエルも険しい表情を浮かべるが、そのまま無言を保つ。
「それにこの水晶は、私が生まれた時から持ち得ているもので、この世界に二つとない代物なんだよ」
「…………なるほどな」
「どうして持っているか、私には過去の記憶がないからそれは分からない」
「細かいことはいい。リエル、これを維持することは出来るのか?」
「ふむ、それに関しては問題ない。しかし、一つ懸念があるとすれば、それは儂がこの先の戦いで戦力として使い物にならないということじゃろうな」
「膜を作るのに魔力を使っちまうからか……」
「そういうことじゃ」
「この防壁を越えた先に何があるかは分からない。魔獣が待ち受けていた時には、頼むぞ……ライガ」
「あぁ、任せとけ」
「うんうん。これで防壁へチャレンジする準備は整ったね」
ライガたちの様子を再確認して、アリーシャが笑みを浮かべる。
「あぁ、みんな行けるか?」
「私は問題ないよッ!」
「うむ、儂も大丈夫じゃ」
「……私も」
「はい、私の方も問題ありません」
全員を見渡すようにしてライガが最終確認を取る。
その言葉に全員が力強く頷き、これで準備は整った。
「――それじゃ、行くぞッ」
バルベット大陸西方に位置するアケロンテ砂漠。
最初にして最大の難所へとライガたち一行は挑んでいくのであった。
「ファンタジー」の人気作品
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