終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章52 【幕間】それぞれの休息<ライガ・ガーランドの場合>

「さて、どうしたものか……」

 帝国ガリアから生還を果たし、長い航海を経てハイラント王国へと帰還したライガたち一行。王女・シャーリーへの報告を済ませた後、翌日に控えた新たなる旅路に向けて休息を取っていた。

 ハイラント王国の正門前、城下町の一番街で立ち尽くすライガは、この後の予定について頭を悩ませていた。しっかりとした休息を取ったのは何日ぶりか……すぐに思い出せないくらいには遠い過去の話であり、だからこそライガはどのようにして過ごすべきなのかを悩んでいた。

「とりあえず、ぶらぶら歩くか……」

 ライガが立っている城下町の一番街はハイラント王国の王城へと通じる唯一の区画ということもあり、最も人の出入りが激しい場所である。昼夜問わず、人で溢れかえっており、周囲を見渡せば様々な商店が目に入る。

 暇を潰すにはこれ以上にない場所であり、予定が存在しないライガはとりあえず一番街の露店を見て回ることを決めた。

「おーッ、ライガじゃねぇかッ!」

「おっと、おやっさん久しぶりだなぁ……元気にしてるか?」

 それはライガが一番街を歩き始めてすぐのことだった。

 たくさんの人で溢れかえる大通りの両脇には食べ物を中心とした露店が立ち並んでおり、その中の一つで果物を売っている店の店主がライガに声をかけてくる。

 店主は皺の目立つ顔をくしゃくしゃに歪ませると、久しぶりに見たライガの姿にこれでもかと喜ぶ。ハイラント王国で生まれ育ったライガにとって、露店を営む人々は顔馴染みであり、こうして歩いているだけでも幾度となく声をかけられるのだ。

「あったりまえよ。元気じゃなかったら、店なんてやってられねぇぜッ!」

「ったく、相変わらず声がデカイなぁ……その様子なら、まだまだ死ぬことはないな」

「おめぇの子供を見るまでは死ねねぇなぁ……で、どうなんだよ、最近は?」

「はっ?」

「しらばっくれてんじゃねぇよッ! ちょっと前に同じ騎士の女の子と二人で歩いてたって噂じゃねぇか」

「なんだよ、その噂……」

 露店の店主はニヤニヤとゲスな笑みを浮かべると、噂話の真相を本人に尋ねてくる。

「いよいよ、あのライガにも春が来たって、ここら辺じゃ有名な話だぜ?」

「いや、そもそも女の子と二人でなんて歩いたこと…………あるな」

「ほらッ! やっぱりあるじゃねぇかッ!」

「うーん、いや……でもなぁ……多分、アイツとのこと言ってるんだろうけど、そうなんだとしたらおやっさんたちの期待には応えられないな」

「うん? どういうことだよ?」

 店主たちが噂にしているライガと二人で歩いていた女の子。

 それはハイラント城下町の四番街出身である騎士・シルヴィアのことを指しているのだと推測された。確かに、シルヴィアが騎士となった直後は、ライガが指導役として行動を共にしていたことがあった。

 もちろん、ライガとシルヴィアの間にそのような関係が存在しているはずもなく、仕事として一緒に居たところを、噂好きの店主たちが勝手に勘違いしたのだとライガはすぐに理解することが出来た。

「あいつは俺の部下。おやっさんたちが想像しているような関係じゃないんだよ。てか、アイツにはもう好きな奴がいるし。それが俺じゃないのは確実だ」

 今は眠っていて目を覚まさない不思議な少年。

 脳裏に浮かんだ航大の姿に、ライガは彼の周りにはいつも異性が存在していることに気付いた。それを思うと、愚痴の一つも言えない今の状況に胸が苦しくなるのを感じる。

「なんだよぉ……つまんねぇ話だなぁオイ」

「まぁ、今は色々とやることが多いからな。そういった浮ついた話はまだまだ先だ」

「残念だが、その浮ついた話が来るのを楽しみに待つとするよ。ほれ、コレでも持っていけ」

 元気な様子を見せてくれたライガに笑みを向けると、店主は店で売っている果物の一つをライガに手渡してくる。

「ありがとな、おやっさん。また顔を出すよ」

「おうよッ、腹が減ったらいつでも来なッ!」

 店主と別れの挨拶を済ませ、ライガは再びハイラント王国の城下町を歩き出す。

「お、あれは……」

 あてもなくふらふらと歩くライガは、目の前を歩く親子に目を止める。
 少年と母親という二人の姿を見て、ライガの脳裏には自分の家族の姿が蘇ってくる。

「そうだな……久しぶりに帰ってみるか……」

 家を出てハイラント王国の騎士となってから実家には全くといって良いほど帰ることがなかったライガ。普段は騎士に与えられる宿舎で生活しているので、歩いて行ける距離にある実家には帰ることがなかった。

 しかし、目の前を歩く家族連れを見て、ライガは久しぶりの実家へと思いを馳せる。

「めんどくさいことになりそうだけど、たまにはいいか……」

 小さくため息を漏らし、ライガは自分の実家が存在する城下町の二番街へと歩を進める。間違えるはずのない実家への道程。見慣れた家が見えてくるまでには、そんなに時間が掛からないのであった。

◆◆◆◆◆

「ただいまー」

 ライガの家はハイラント王国の城下町にある二番街と呼ばれる住宅街が広がるエリアに存在していた。閑静な住宅街の中を歩けばすぐにライガの家が見えてきて、少し躊躇いを感じながらもライガはその扉を開く。

「あらあら……あらあらあら……誰が帰って来たのかと思ったら……ライガじゃない」

「ただいま、母さん」

「もう、帰ってくるなら連絡でもくれればよかったのに」

「うーん、まぁ……思いつきで帰ってきたみたいなものだからさ。それに、ちょっとしたら城へ戻らないといけないし」

「騎士のお仕事、大変なの?」

「…………まぁね」

 家の奥からパタパタと軽快な足音を響かせて姿を見せたのは、見間違えるはずもないライガの母であるウレナ・ガーランドだった。美しい金髪を一本に縛り、そこそこな年であることを感じさせない若々しさを誇っている。

 おっとりとした性格をしていて、いつも笑みを絶やさない母の姿に、ライガは懐かしさを感じずにはいられなかった。

「お父さんも帰ってきてるのよ」

「え、親父が……?」

「ふふっ……この家に家族が全員揃うなんていつぶりからしらね」

「親父にも挨拶してくるか……」

「そうしてあげなさい。お父さんは庭に居るわよ」

 ウレナの案内に従い、ライガは住み慣れた我が家を歩く。

 すると、大きな背中がすぐに見えてきて、無言で庭に佇む父の背中にライガはちょっとした緊張感を覚えるのであった。

「……ライガか?」

「おう。久しぶりだな、親父……」

「…………まぁ座れ」

 庭にはテーブルと椅子が二つ。
 グレオは多くを語らずにライガへ座るように勧めてくる。

「おう……」

 ライガも断る理由はないので、父・グレオの言葉通りに庭に備え付けられた椅子へと腰を下ろす。

「色々と大変だったみたいだな」

「まぁ、な……」

「アステナ王国での功績は聞いてるぞ」

「功績って言ってもな……俺は何もしてねぇんだよ。ほとんどは航大と嬢ちゃんの功績で、俺は帝国騎士に勝つことが出来なかったんだ」

「…………」

 ライガたちが残したアステナ王国での功績。

 それは王国騎士であるグレオの耳にも入っており、しかしその事実をライガは素直に受け止めることが出来ないでいた。帝国騎士と魔竜の襲撃に遭ったアステナ王国を、ライガたちは確かに救ったのである。

 それは航大だけでは成し遂げられなかったし、やはりアステナ王国へ遠征した全員の力があったからこそ、アステナ王国を襲う脅威を退けることが出来たのだが、ライガは自身に与えられた功績を素直に受け取ることが出来ないでいた。

 結果的にライガは仲間を連れ去られ、王国の命令もなくマガン大陸の帝国ガリアへと乗り込んでいった。そして最も親しい友である航大を無事に救い出すことが出来ず、そのことがライガの心に大きな影を落としていた。

「あの少年のことが気になるか?」

「当たり前だろ。俺が弱かったばかりに、アイツだけが危険な目に遭って……それで自分だけが功績を受け取れるかよ……」

「ふむ。もし俺がお前の立場だったのなら、同じことを考えただろうな」

「…………」

「過去の大陸間戦争。あの時の俺はただ力を欲していた。全てを守る。二度と大切な存在を失わないためにも、自分には力が必要だと思っていた」

「…………」

「しかし、力を欲する強すぎる欲望は、時に人の目を曇らせる。守るための力を得たのに、結果的には更なる憎しみを生み、戦争を肥大化させた」

「…………」

 それは大陸間戦争の英雄として戦いの日々を送った父・グレオの素直な言葉だった。

 戦いの日々に明け暮れる中で、誰もが認める英雄・グレオもまた人間的な悩みで苦しんだ過去を持っているのだ。

「マガン大陸へ行き、帝国ガリアを見たんだろう?」

「あぁ……」

「今はもう戦争などは発生していない。それにも関わらず、あの国にはいつも負の瘴気が取り巻いている。大陸間戦争で帝国ガリアは敗れた。それで世界には平和が訪れると信じていたのだが、結果はお前が見てきた通りだ」

「…………」

「憎しみが新たな憎しみを生む。強すぎる力では何も解決しない。ライガ、お前が力を欲するのは分かる。しかし、強すぎる力にはそれ相応の責任と代償が存在していることを忘れるな」

 グレオの真剣な瞳がライガを射抜く。

 ライガとは比べ物にならない死線を潜ってきた男だからこその言葉に、ライガの背中が無意識に伸びる。

「また旅に出るのか?」

「あぁ……明日には出発する」

「そうか。今度もまたお前にとっては厳しい旅になるかもしれない」

「…………」

「それでも、己が本当に成したいことを決して忘れるな。憎しみは消えないかもしれない。それでも、自分が信じる正義を貫け。もしそれが間違っているのなら、俺が正してやる」

 グレオは静かに立ち上がると、ライガの背中を強く叩く。
 それがグレオの励ましであることを感じて、ライガは静かに目を閉じる。

 騎士となってからの日々、様々なことがあった。
 その日々を思い返して、ライガは自分が信じる正義の道が間違っていないことを再確認する。

「ありがとな、親父」

「ふん、家でくらい父親らしいことをするのも、悪くはないだろう」

「それじゃ、俺はそろそろ行くよ。母さんにもよろしく言っておいてくれ」

「……生きて帰ってこい」

 その言葉を最後にライガもまた立ち上がると、母親のウレナに声を掛けることなく家を出て行く。慈愛に満ちた母親と長い時間を共にしたら、きっとライガの心に甘えが芽生えてしまう。

 だからこそ、心の鬼にしてライガは静かに家を去る決意をする。
 最も親しい友を救うための旅が始まろうとしている。

 新たなる戦いの予感に、ライガは気を引き締めるのであった。

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