終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章47 【帝国終結編】帰還の旅路

「……ライガは大丈夫なのかな?」

「ふむ、無事を信じるしかなかろうな……」

 ライガの手助けもあり、無事に帝国ガリアを脱出することに成功したシルヴィアたち一行は地竜を操りなんとか軍港の町・ズイガンへと帰還を果たしていた。

 シルヴィア、リエル、エレスの三人が地竜の操者を努め、ユイと航大がそれぞれの地竜に乗る形で異形の大地をすり抜けてきた。行きとは違い、帰りの旅路は拍子抜けするほどに楽な旅路だった。

 途中で小型の魔獣と邂逅を果たすことはあっても、リエルたちの手によって瞬く間に葬り去ることができた。ズイガンへ帰還する旅路は異様に静かなものであった。

 いつ、敵が襲ってくるか分からないという緊張感があったのも事実だが、それ以上に自分たちが望んだ結果を得られない中での帰還というのが、シルヴィアたちの気持ちに影を落としていた。

 そんな一行ではあるが、軍港の町・ズイガンへと到達し、地竜を貸してくれたズイガンの老人と再びの邂逅を果たすことで、その気持ちが僅かに楽になる。

「この兄ちゃんと嬢ちゃんを、お前たちは助けたかったんだな」

「…………」

 今、シルヴィアたちはズイガンに住まう老人の家に滞在していた。

 到着して間もないというのと、ライガを待つという二つの意味で滞在することを選択し、今ではそれぞれが沈痛な表情を浮かべて思い思いの時間を過ごしている。

「よかったじゃないか。この程度の人数で帝国へ侵入を試みて、そして過程はどうあれ、こうして目的の仲間を助けることができたんだ

「それはそうだけど……」

「この兄ちゃんだって、死んだ訳じゃない。希望はまだあるんだろ?」

「…………」

 ズイガンに住まう老人が見るのは、固く目を閉ざし、北方の女神・シュナの力によってその身体を凍結させる航大だった。帝国ガリアの闘技場において、暴走したユイと対峙した航大。彼は自らが持つありったけの力を使い、愛する白髪の少女を助けようとしていた。

 結果、少女を負の力から救い出すことに成功した。

 しかし、それと引き換えに致命的なダメージを身体に負うこととなり、かろうじて命を繋ぎ止めるために仮死状態へと変わり果ててしまった。

「……お兄さんは絶対に助ける」

「うむ。しかし、その前にライガを待たなくてはならぬ……」

 リエルの言葉に、再び場が沈痛な雰囲気に包まれる。

 帝国を脱出する間際、リエルたちを逃がすために一人で残ったハイラント王国の騎士・ライガ。彼の安否をシルヴィアたちは知る由もなく、しかし無事で合流を果たすと信じてズイガンで待つことを選択しようとしていた。

「……私は停滞するのではなく、一刻でも早く前に進んだほうがいいと思います」

 沈痛な雰囲気をぶち壊すかのように口を開いたのは、アステナ王国の騎士であるエレスだった。エレスは表情を険しく歪ませると、ライガを待たず、航大を助けるために動くべきだと提言してきた。

「……な、なによそれッ!」

 その言葉に一同は驚きを隠せず、最初に声を荒げたのはライガと共にハイラント王国の騎士を務める少女・シルヴィアだった。

「一緒に戦った仲間の無事を信じて待つ……それすらも許さないって言うのッ!」

「…………」

「ラ、ライガは……絶対に生きてる。生きて帰ってくるッ!」

「…………」

「航大だって……お兄さんだって、みんなが無事で居ることを望んでるはずッ……だから、それを私たちが諦めて先に帰るなんて出来ないッ……」

 それはシルヴィアの心からの叫びだった。
 目に涙を滲ませ、自分が抱える思いの丈を溢れ出させる。

「……俺は兄ちゃんの言葉が正しいと思うぞ」

「な、なんで……ッ!?」

 一瞬の沈黙が場を支配する中で、エレスの言葉に賛同したのは軍港の町・ズイガンに住まう老人だった。老人は目を閉じ、腕を組んだ状態でシルヴィアの言葉と真っ向から衝突していく。

「この町だって、いつまでも安全って訳じゃない。今は帝国兵が居ないから、ゆっくりすることも出来るが、そもそもここはマガン大陸。帝国ガリアが統治する大地だ」

「…………」

「ここでのんびりしてて、帝国兵にでも捕まってみろ。ツンツン頭の兄ちゃんが一人で残った努力が全部水の泡だ。仲間が繋いでくれた希望を、無闇に断ち切るような真似は感心しないな」

「そ、それでも……」

「……分かった。明日の昼を期限としよう」

「リ、リエルッ!?」

 老人の言葉を聞いて、断腸の思いで決断したのはリエルだった。

 彼女の言葉にシルヴィアは目を見開いて抗議しようとするが、リエルの毅然とした態度がそれを封じ込める。

「老人の言うことは何も間違ってはいない。これでまた帝国にでも捕まってみろ。儂たちがこれまでにしてきたことが全部無駄になる」

「…………」

「明日の昼。期限を過ぎてもライガは戻らなかった場合、ハイラント王国を目指して出発する」

 その言葉に反論する者はいなかった。
 リエル、シルヴィア、エレス、ユイ。
 それぞれが深刻な表情を浮かべる中、一行が取るべき行動が決まるのであった。

◆◆◆◆◆

「本当に船をお借りしてもよろしいんですか?」

 翌日の昼。
 リエルたち一行は、人影少ない港へと足を運んでいた。

 一行の前にはそこそこの大きさを誇った船が停泊しており、これはズイガンに住まう老人の所有物であった。

「あぁ、これも何かの縁だ。俺もこんな身体になっちまって、使うことはないから持っていけ」

「……本当にありがとうございます」

 そういって頭を下げるのはエレスであり、ズイガンの老人は今回のマガン大陸上陸において重要な役割を担い、ライガたちを助けてくれた人物である。

「いいってことよ。帝国と戦う奴は俺の仲間だ。助けるのなんて当たり前のことさ」

 老人との別れの挨拶もそこそこに、リエルたち一行は船に乗り込むと出港の準備を進めていく。期限となる時刻を間近に控える中、一同の表情は暗い。

「……さて、出発の時間じゃ」

 リエルの言葉を合図に船が出港しようとしていた。

 船の中にライガの姿はなく、それぞれが複雑な想いを抱えながらも船は港を離れようとする。シルヴィアは帝国ガリアが存在する方向をジッと見つめており、最後の瞬間までライガの到着を待っていた。それはエレスやリエルも同じ気持ちである。しかし、先日も話したようにずっと停滞している訳にもいかない。

「…………」

 船が港を離れる。
 ゆっくりとした動きで船が動き出す。それを止めることはもうできない。
 老人が見守る中で出港を果たす船の上で、リエルたちはただ沈黙を保っていた。

「――――」

 そんな静寂を切り裂くようにして、遠くから何者かの声が響いた。

「声がッ……声が聞こえるッ……」

「まさか……」

「ふッ……この声、間違いないじゃろうな」

 遠くから響いた声を聞いた瞬間、リエルたちの表情に久しく笑みが灯った。
 全員が向ける視線の先、そこには地竜に跨って町を疾走する男の姿があった。

「遅いッ、ライガッ!」

「――すまねぇッ!」

 一直線に港まで走ってきたライガは、その勢いのまま地竜から飛び降りると船に向かって猛烈な勢いで走り出す。

「じいさんもッ、本当にありがとうなッ!」

 走る際、ズイガンの老人とすれ違う瞬間に感謝の言葉を忘れないライガ。
 大慌てで走るライガを見て、老人はその顔に笑みを浮かべて頷くだけ。


「また会おう、未来ある若者たちよッ!」


 そして去っていくライガたち一行へ、老人は最後に大きな声を掛ける。

「――おうよッ!」

 その言葉に力強く返事をし、ライガは強く地面を踏みしめると仲間たちが待つ船へと飛び乗っていく。
 様々な戦いがあったマガン大陸。

 決して楽ではない時間を過ごし、得たもの、失ったものはあれど、こうして全員が揃って異形の大地を脱出することができた。

 まだまだ戦いは終わらない。
 果たすべき役割もある。

 強い想いを秘めてライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人は異形の大地を離れていくのであった。

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