終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章36 【帝国終結編】模倣魔法<コピーマジック>の脅威
「ちょっと、エレスッ!」
「はい。なんでしょうか?」
「あんたの魔法剣……超絶にめんどくさいんだけどッ!?」
「……申し訳ありません」
ライガと王城騎士団・グレイが戦っている真っ只中。
そこから少し離れた場所では、シルヴィアとエレスの二人が爽やかな外見と他人を見下す卑しい瞳を浮かばせる王城騎士と対峙していた。
「シルヴィアさん、右から来ますよッ」
「あぁ、もうッ!」
息を切らすシルヴィアとエレスは、音もなく接近してくる『攻撃』を必死の様子で躱していく。二人を襲うのは、風を切り、万物を切り裂く『水の鞭』である。大きく撓る水鞭は、対象を叩き潰すだけではなく、切り裂く能力も持ち合わせており、鞭としての特性を得た剣による攻撃は脅威そのものであった。
「あ、危なかったぁ……」
「自分の魔法ながら、ここまでの威力を持っているのは誇らしいですね」
「ドヤ顔してんじゃないのッ! ちょっと、弱点とかないのッ!?」
「自分の攻撃が持つ弱点……残念ながら、そんなことを研究したことがないので……」
今、シルヴィアとエレスの二人を襲っている魔法。
それは、アステナ王国の近衛騎士であるエレスが持つ宝剣術の一つだった。
「おーい、逃げるだけじゃ話にならないんだけど?」
「……それじゃ、その攻撃をやめてもらえる? そうしたら、すぐにでもぶっ倒してあげるんだけどッ!」
「うーん、弱い君たちのためにもそうしてあげたいんだけどね……帝国ガリアの騎士として、侵入者には手加減することが出来ないんだよね」
「あらら……それは残念ですね。それならば、せめて種明かしだけでもお願いできませんか?」
シルヴィアとエレスが睨みつける先。そこには帝国ガリアの王城騎士であるカルロ・リックが存在しており、その右手にはエレスが得意とする宝剣術・水流鞭剣が握られている。
「種明かしと言われてもなぁ……見た通りの力ってだけなんだけど?」
王城騎士との戦いが始まると、シルヴィアとエレスの二人は先制攻撃と言わんばかりに攻撃を仕掛けた。
しかし、それが迂闊であったと言わざるをえなかった。
「模倣魔法……といったところですか……」
「うーん、厄介……」
エレスが宝剣・水流鞭剣を使った次の瞬間、対峙していた王城騎士・リックも同じ攻撃を仕掛けてきたのだ。
「まぁ、そんなところだね。とりあえずさ、自分の攻撃で死ぬってどんな気持ち?」
「……それは死んでみないと分からないですね」
「あっはっは、そりゃそうだ――じゃあ、さっさと死ね」
「――ッ!?」
話もそこそこにと、リックは爽やかな笑みと下劣な瞳を浮かばせた後に右手を振るってくる。剣の刀身を包む水の鞭がエレスたちの元へと殺到し、その命を散らそうとしてくる。
「シルヴィアさん、気をつけてくださいッ」
「はいはーいッ!」
凄まじい速度で接近してくる鞭を躱し、両手に持った二対の剣を振るっていくのはハイラント王国の騎士・シルヴィア。剣姫となった彼女は、軽やかな身のこなしで攻撃を躱し続け、接近を果たそうとしている。
「ふん、すばしっこい奴め……」
「はあああああああああぁぁぁぁッ!」
「――だけど、ちょっと不用心すぎるかな?」
「――シルヴィアさん、ダメですッ!」
「……えっ?」
二対の剣がリックの身体に到達しようとしたその瞬間だった。
突如として、死角から接近していた鞭剣がシルヴィアの小柄な身体を捉え、吹き飛ばしていく。
「この魔法、中々に悪くない。こちらの思いのままに操ることができる」
「……とまぁ、そんな感じなんですよね」
「けほっ、けほっ……エ、エレスぅ……そういうのは先に言ってよッ!」
吹き飛ばされ、土埃を上げながら後退してきたシルヴィアに、エレスは冷や汗を流しながら自分の宝剣について解説する。
  脇腹にヒットした鞭剣によって、シルヴィアの甲冑ドレスには大きな亀裂が生じていた。魔力を帯びた甲冑ドレスが無ければ、彼女の身体は鞭剣によって真っ二つになっていたのは間違いない。
「あの宝剣は、一撃を見舞うことを目的としているのではなく、標的を永続に追尾し、嬲るようにして命を奪うためのものなのです」
「なにそれ、めっちゃ厄介なんだけど……」
「まぁ、そういうことだからさ。さっさとやられちゃってくれないかな?」
エレスが使う宝剣術に対して、有効な打開策というものは見つかっていない。
しかし、それを探す暇すら与えないと王城騎士・リックは再び剣を振るっていく。
「シルヴィアさん、とにかくあの鞭から注意をそらさないようにしてください」
「でもそれじゃ……」
「私が囮になります。あの攻撃を熟知しているのは私ですから」
「……大丈夫なのッ?」
「――私だって騎士なのですから。これくらい造作もないことですよッ!」
エレスはニコッと笑みを浮かべると、地面を蹴って飛び出していく。
「――宝剣・水流鞭剣ッ」
「その魔法は俺には通じないって……」
「それはどうですかね?」
模倣された魔法と同じものを生成すると、エレスは姿勢を低くして飛び出す。右手に握られた宝剣の刀身を渦巻く水が包み、更にそれが伸びていくことで鞭剣となる。
「はあああああああああぁぁぁぁッ!」
鞭剣を大きく撓らせ、エレスは怒号と共に剣を振り下ろしていく。
その様子を、王城騎士団のカルロ・リックは薄っすらと笑みを浮かべて待ち構えるようにして立ち尽くす。
風を切って接近を果たす鞭剣と全く同じ動きで、リックは右手に持つ模倣された鞭剣を振るっていく。
「――ッ!?」
「ただの模倣じゃないってこと、分かってくれたかな?」
全く同じ魔法がぶつかり合う。
本来であるならば、互いに弾き合うはずなのだとエレスは思っていた。
しかしそれは、エレスの期待を裏切る結果となって眼前に姿を見せるのであった。
「くッ……本当に厄介と言わざるを得ませんねッ……」
「ほらほら、休んでる暇はないよ?」
エレスが振るった鞭剣はいとも容易く弾き返され、カルロ・リックが操る強化された鞭剣は蛇のようにその剣先を揺らすとエレスの身体を切り裂こうとする。
「――結晶防壁ッ」
エレスの身体を取り囲むようにして飛翔を続け、度重なる攻撃を繰り出してくる鞭剣に対して、エレスはたまらずと防御魔法を展開していく。
カルロ・リックが使役する鞭剣の攻撃を、エレスの周囲に展開された宝石たちが全て防いでいく。しかし、一撃を喰らう度に宝石は跡形もなく崩壊していき、長時間の運用は厳しいことを如実に物語っている。
「こちらもやられてばかりじゃありませんよッ……」
「――そういうことッ!」
「――――ッ!?」
劣勢だと思われたエレスの背後から姿を現すのは、甲冑ドレスを風に靡かせた少女・シルヴィア。エレスが時間を稼ぎ、相手の注意を引きつけることで、彼女は不意を打つ形でリックの前まで接近を果たすことに成功していた。
鞭剣はエレスを襲うために展開されており、今からでは突進してくるシルヴィアを止めることはできない。
「そう。これが水流鞭剣の弱点。さすがシルヴィアさん、よく見つけましたね」
「あったりまえッ!」
「……なるほど。これは上手くやられた――なんて、言うと思った?」
「――はっ?」
シルヴィアたちは完全に相手の裏を突いたはずだった。
事実、シルヴィアの眼前に立つリックには防御の手段などはなく、その場から動こうともしていない。このままでは、あと数秒後にはシルヴィアの剣によって斬り伏せられるはずだった。
「――結晶防壁」
「ちょッ、嘘でしょッ!?」
「君たちは学習能力が足りてないなぁ。俺の前で不用意に魔法は使うものじゃないよ?」
「ぐッ!?」
もう少しでシルヴィアの剣が届く。
その瞬間、リックの周囲に無数の宝石が展開されると、シルヴィアが放つ二対の剣による斬撃の全てを受け止め弾き返していく。
「あぁ、もうッ! めんどくさいッ!」
「シルヴィアさんッ、冷静になってくださいッ!」
「うっさいッ! そんな防壁、砕いてやるってのッ――聖なる剣輝ッ!」
突っ込んだ勢いのまま吹き飛ばされるシルヴィアは、怒りに身を任せて二対の剣を融合させていく。融合した『緋剣』と『蒼剣』は眩い輝きを放つ聖剣へと姿を変え、溢れんばかりの力を刀身へと集中させていく。
「喰らえええええええぇぇぇぇッ!」
シルヴィアは両手に持った聖剣を王城騎士・リックへと振り下ろしていく。
すると、凄まじい轟音と共に聖なる斬撃が一筋の光となってリックへと殺到していく。
「――――」
圧倒的なまでの力。
全てを飲み込み、破壊する絶対的な力が王城騎士の身体を飲み込んでいく。
周囲に吹くのは暴風。土埃を舞い上げて地面を揺らす爆発音が鼓膜を震わせる。
「さすがにやったんじゃないの、コレッ!」
「……そうだといいんですけどね」
土埃が風に流されることで視界が晴れていく。
シルヴィアが放った攻撃によって、カルロ・リックが立っていた場所を中心に広大なクレーターが発生していた。しかし、その中心に存在するリックは目を閉じたまま、無傷の状態で生存していた。
「なッ!?」
「…………」
その様子を見て、シルヴィアとエレスは驚きに表情を変えていく。
「なるほどねぇ。さすがにあれほどの攻撃は一発で防御魔法がダメになっちゃうね」
「エレス、あんたの防御魔法……すごくない……?」
「いやいや、それほどでも……というのは冗談で、先ほどの魔法の件もあります。私が使う時よりも、それは強化されているのでしょう」
「くぅッ……」
自分の攻撃が直撃したにも関わらず傷一つ負わせることができなかった。
それは力を欲するシルヴィアにとって、自らの力不足を痛感させる事実であり、突き付けられた現実にシルヴィアは融合を解除した二対の剣を持つ手に力を込める。
「さて、そろそろお遊びはこれくらいにして……侵入者の掃除をするかな」
「こっちだって、まだまだ……」
「――シルヴィアさん、気をつけてください。今までにない力が集中しています」
巨大なクレーターの中心部。そこに立つリックは不敵な笑みを浮かべると、その魔法を詠唱していく。
「聖なる宝石の数々よ……我に、力を与えたまえ――千破宝剣ッ」
その魔法を詠唱すると、リックの周囲に無数の宝石が出現するとそれらが剣の形を形成していく。それは氷獄の大地で、暴走したシルヴィアを止めるためにエレスが使役した宝剣術の中でも最上位に位置する攻撃魔法。
千個にもなる宝石が剣となり、標的の永続的に追尾するものである。
「話が違いますね、それはまだ見せてないはずですが……」
「――もし、俺が既に見てたとしたら?」
「…………」
氷獄の大地での戦い。
あの場において、本当にエレスの死闘を目撃していたのだと言うのなら――それは考えうる限り最悪な状況にあると断言することができる。眼前に広がっていく無数の剣を前にして、エレスとシルヴィアは絶句し立ち尽くす。
「ねぇ、エレス。あれ……なに……?」
「私が使う魔法でも、最も強いと言えるものですね」
「初めて見たんだけど、やばくない?」
「……初めて、そうなりますよね」
実際、シルヴィアが見るのは二度目となるのだが、その時の記憶を彼女は覚えていない。
「あれも強化されているのだと言うのなら――本格的にまずいですね……」
「やっぱり、そうなるよねー」
肌をピリピリと刺す膨大な魔力を前にして、本能的な恐怖が全身に広がっていく。
この後の展開を予測し、それに対する対策を模索するエレスとシルヴィア。
「…………」
二人が警戒を最大限に高めていく中、王城騎士団・リックは魔法を展開させたまま、険しい表情を浮かべると、エレスたちから視線を逸らし王城の方向を睨みつける。
「はぁ……これだから、帝国騎士のグリモワール持ちとは仲良くやれないんだよねぇ」
「……何のこと?」
「ちッ……今回は命拾いしたね。ただし、次また帝国の前に立ち塞がるって言うのなら、必ず殺すから」
忌々しげに舌打ちを漏らすと、リックは展開していた魔法を消していく。
そして、つまらなさそうに溜息を漏らすと踵を返して歩き始めてしまう。
「何なの、アイツ。勝手に戦いをやめて、なんで上から目線なワケッ!?」
「……いえ、この場合に限って言えば、彼の行動には助けられたと言っていいでしょう」
「…………」
「彼は、もしかしたらこの世界において、最も危険な人物かもしれませんね」
「…………」
とりあえずは凌ぎきった。
その安堵感が胸に広がる中、エレスとシルヴィアは険しい表情を浮かべた状態でしばしの間、その場で立ち尽くすのであった。
「はい。なんでしょうか?」
「あんたの魔法剣……超絶にめんどくさいんだけどッ!?」
「……申し訳ありません」
ライガと王城騎士団・グレイが戦っている真っ只中。
そこから少し離れた場所では、シルヴィアとエレスの二人が爽やかな外見と他人を見下す卑しい瞳を浮かばせる王城騎士と対峙していた。
「シルヴィアさん、右から来ますよッ」
「あぁ、もうッ!」
息を切らすシルヴィアとエレスは、音もなく接近してくる『攻撃』を必死の様子で躱していく。二人を襲うのは、風を切り、万物を切り裂く『水の鞭』である。大きく撓る水鞭は、対象を叩き潰すだけではなく、切り裂く能力も持ち合わせており、鞭としての特性を得た剣による攻撃は脅威そのものであった。
「あ、危なかったぁ……」
「自分の魔法ながら、ここまでの威力を持っているのは誇らしいですね」
「ドヤ顔してんじゃないのッ! ちょっと、弱点とかないのッ!?」
「自分の攻撃が持つ弱点……残念ながら、そんなことを研究したことがないので……」
今、シルヴィアとエレスの二人を襲っている魔法。
それは、アステナ王国の近衛騎士であるエレスが持つ宝剣術の一つだった。
「おーい、逃げるだけじゃ話にならないんだけど?」
「……それじゃ、その攻撃をやめてもらえる? そうしたら、すぐにでもぶっ倒してあげるんだけどッ!」
「うーん、弱い君たちのためにもそうしてあげたいんだけどね……帝国ガリアの騎士として、侵入者には手加減することが出来ないんだよね」
「あらら……それは残念ですね。それならば、せめて種明かしだけでもお願いできませんか?」
シルヴィアとエレスが睨みつける先。そこには帝国ガリアの王城騎士であるカルロ・リックが存在しており、その右手にはエレスが得意とする宝剣術・水流鞭剣が握られている。
「種明かしと言われてもなぁ……見た通りの力ってだけなんだけど?」
王城騎士との戦いが始まると、シルヴィアとエレスの二人は先制攻撃と言わんばかりに攻撃を仕掛けた。
しかし、それが迂闊であったと言わざるをえなかった。
「模倣魔法……といったところですか……」
「うーん、厄介……」
エレスが宝剣・水流鞭剣を使った次の瞬間、対峙していた王城騎士・リックも同じ攻撃を仕掛けてきたのだ。
「まぁ、そんなところだね。とりあえずさ、自分の攻撃で死ぬってどんな気持ち?」
「……それは死んでみないと分からないですね」
「あっはっは、そりゃそうだ――じゃあ、さっさと死ね」
「――ッ!?」
話もそこそこにと、リックは爽やかな笑みと下劣な瞳を浮かばせた後に右手を振るってくる。剣の刀身を包む水の鞭がエレスたちの元へと殺到し、その命を散らそうとしてくる。
「シルヴィアさん、気をつけてくださいッ」
「はいはーいッ!」
凄まじい速度で接近してくる鞭を躱し、両手に持った二対の剣を振るっていくのはハイラント王国の騎士・シルヴィア。剣姫となった彼女は、軽やかな身のこなしで攻撃を躱し続け、接近を果たそうとしている。
「ふん、すばしっこい奴め……」
「はあああああああああぁぁぁぁッ!」
「――だけど、ちょっと不用心すぎるかな?」
「――シルヴィアさん、ダメですッ!」
「……えっ?」
二対の剣がリックの身体に到達しようとしたその瞬間だった。
突如として、死角から接近していた鞭剣がシルヴィアの小柄な身体を捉え、吹き飛ばしていく。
「この魔法、中々に悪くない。こちらの思いのままに操ることができる」
「……とまぁ、そんな感じなんですよね」
「けほっ、けほっ……エ、エレスぅ……そういうのは先に言ってよッ!」
吹き飛ばされ、土埃を上げながら後退してきたシルヴィアに、エレスは冷や汗を流しながら自分の宝剣について解説する。
  脇腹にヒットした鞭剣によって、シルヴィアの甲冑ドレスには大きな亀裂が生じていた。魔力を帯びた甲冑ドレスが無ければ、彼女の身体は鞭剣によって真っ二つになっていたのは間違いない。
「あの宝剣は、一撃を見舞うことを目的としているのではなく、標的を永続に追尾し、嬲るようにして命を奪うためのものなのです」
「なにそれ、めっちゃ厄介なんだけど……」
「まぁ、そういうことだからさ。さっさとやられちゃってくれないかな?」
エレスが使う宝剣術に対して、有効な打開策というものは見つかっていない。
しかし、それを探す暇すら与えないと王城騎士・リックは再び剣を振るっていく。
「シルヴィアさん、とにかくあの鞭から注意をそらさないようにしてください」
「でもそれじゃ……」
「私が囮になります。あの攻撃を熟知しているのは私ですから」
「……大丈夫なのッ?」
「――私だって騎士なのですから。これくらい造作もないことですよッ!」
エレスはニコッと笑みを浮かべると、地面を蹴って飛び出していく。
「――宝剣・水流鞭剣ッ」
「その魔法は俺には通じないって……」
「それはどうですかね?」
模倣された魔法と同じものを生成すると、エレスは姿勢を低くして飛び出す。右手に握られた宝剣の刀身を渦巻く水が包み、更にそれが伸びていくことで鞭剣となる。
「はあああああああああぁぁぁぁッ!」
鞭剣を大きく撓らせ、エレスは怒号と共に剣を振り下ろしていく。
その様子を、王城騎士団のカルロ・リックは薄っすらと笑みを浮かべて待ち構えるようにして立ち尽くす。
風を切って接近を果たす鞭剣と全く同じ動きで、リックは右手に持つ模倣された鞭剣を振るっていく。
「――ッ!?」
「ただの模倣じゃないってこと、分かってくれたかな?」
全く同じ魔法がぶつかり合う。
本来であるならば、互いに弾き合うはずなのだとエレスは思っていた。
しかしそれは、エレスの期待を裏切る結果となって眼前に姿を見せるのであった。
「くッ……本当に厄介と言わざるを得ませんねッ……」
「ほらほら、休んでる暇はないよ?」
エレスが振るった鞭剣はいとも容易く弾き返され、カルロ・リックが操る強化された鞭剣は蛇のようにその剣先を揺らすとエレスの身体を切り裂こうとする。
「――結晶防壁ッ」
エレスの身体を取り囲むようにして飛翔を続け、度重なる攻撃を繰り出してくる鞭剣に対して、エレスはたまらずと防御魔法を展開していく。
カルロ・リックが使役する鞭剣の攻撃を、エレスの周囲に展開された宝石たちが全て防いでいく。しかし、一撃を喰らう度に宝石は跡形もなく崩壊していき、長時間の運用は厳しいことを如実に物語っている。
「こちらもやられてばかりじゃありませんよッ……」
「――そういうことッ!」
「――――ッ!?」
劣勢だと思われたエレスの背後から姿を現すのは、甲冑ドレスを風に靡かせた少女・シルヴィア。エレスが時間を稼ぎ、相手の注意を引きつけることで、彼女は不意を打つ形でリックの前まで接近を果たすことに成功していた。
鞭剣はエレスを襲うために展開されており、今からでは突進してくるシルヴィアを止めることはできない。
「そう。これが水流鞭剣の弱点。さすがシルヴィアさん、よく見つけましたね」
「あったりまえッ!」
「……なるほど。これは上手くやられた――なんて、言うと思った?」
「――はっ?」
シルヴィアたちは完全に相手の裏を突いたはずだった。
事実、シルヴィアの眼前に立つリックには防御の手段などはなく、その場から動こうともしていない。このままでは、あと数秒後にはシルヴィアの剣によって斬り伏せられるはずだった。
「――結晶防壁」
「ちょッ、嘘でしょッ!?」
「君たちは学習能力が足りてないなぁ。俺の前で不用意に魔法は使うものじゃないよ?」
「ぐッ!?」
もう少しでシルヴィアの剣が届く。
その瞬間、リックの周囲に無数の宝石が展開されると、シルヴィアが放つ二対の剣による斬撃の全てを受け止め弾き返していく。
「あぁ、もうッ! めんどくさいッ!」
「シルヴィアさんッ、冷静になってくださいッ!」
「うっさいッ! そんな防壁、砕いてやるってのッ――聖なる剣輝ッ!」
突っ込んだ勢いのまま吹き飛ばされるシルヴィアは、怒りに身を任せて二対の剣を融合させていく。融合した『緋剣』と『蒼剣』は眩い輝きを放つ聖剣へと姿を変え、溢れんばかりの力を刀身へと集中させていく。
「喰らえええええええぇぇぇぇッ!」
シルヴィアは両手に持った聖剣を王城騎士・リックへと振り下ろしていく。
すると、凄まじい轟音と共に聖なる斬撃が一筋の光となってリックへと殺到していく。
「――――」
圧倒的なまでの力。
全てを飲み込み、破壊する絶対的な力が王城騎士の身体を飲み込んでいく。
周囲に吹くのは暴風。土埃を舞い上げて地面を揺らす爆発音が鼓膜を震わせる。
「さすがにやったんじゃないの、コレッ!」
「……そうだといいんですけどね」
土埃が風に流されることで視界が晴れていく。
シルヴィアが放った攻撃によって、カルロ・リックが立っていた場所を中心に広大なクレーターが発生していた。しかし、その中心に存在するリックは目を閉じたまま、無傷の状態で生存していた。
「なッ!?」
「…………」
その様子を見て、シルヴィアとエレスは驚きに表情を変えていく。
「なるほどねぇ。さすがにあれほどの攻撃は一発で防御魔法がダメになっちゃうね」
「エレス、あんたの防御魔法……すごくない……?」
「いやいや、それほどでも……というのは冗談で、先ほどの魔法の件もあります。私が使う時よりも、それは強化されているのでしょう」
「くぅッ……」
自分の攻撃が直撃したにも関わらず傷一つ負わせることができなかった。
それは力を欲するシルヴィアにとって、自らの力不足を痛感させる事実であり、突き付けられた現実にシルヴィアは融合を解除した二対の剣を持つ手に力を込める。
「さて、そろそろお遊びはこれくらいにして……侵入者の掃除をするかな」
「こっちだって、まだまだ……」
「――シルヴィアさん、気をつけてください。今までにない力が集中しています」
巨大なクレーターの中心部。そこに立つリックは不敵な笑みを浮かべると、その魔法を詠唱していく。
「聖なる宝石の数々よ……我に、力を与えたまえ――千破宝剣ッ」
その魔法を詠唱すると、リックの周囲に無数の宝石が出現するとそれらが剣の形を形成していく。それは氷獄の大地で、暴走したシルヴィアを止めるためにエレスが使役した宝剣術の中でも最上位に位置する攻撃魔法。
千個にもなる宝石が剣となり、標的の永続的に追尾するものである。
「話が違いますね、それはまだ見せてないはずですが……」
「――もし、俺が既に見てたとしたら?」
「…………」
氷獄の大地での戦い。
あの場において、本当にエレスの死闘を目撃していたのだと言うのなら――それは考えうる限り最悪な状況にあると断言することができる。眼前に広がっていく無数の剣を前にして、エレスとシルヴィアは絶句し立ち尽くす。
「ねぇ、エレス。あれ……なに……?」
「私が使う魔法でも、最も強いと言えるものですね」
「初めて見たんだけど、やばくない?」
「……初めて、そうなりますよね」
実際、シルヴィアが見るのは二度目となるのだが、その時の記憶を彼女は覚えていない。
「あれも強化されているのだと言うのなら――本格的にまずいですね……」
「やっぱり、そうなるよねー」
肌をピリピリと刺す膨大な魔力を前にして、本能的な恐怖が全身に広がっていく。
この後の展開を予測し、それに対する対策を模索するエレスとシルヴィア。
「…………」
二人が警戒を最大限に高めていく中、王城騎士団・リックは魔法を展開させたまま、険しい表情を浮かべると、エレスたちから視線を逸らし王城の方向を睨みつける。
「はぁ……これだから、帝国騎士のグリモワール持ちとは仲良くやれないんだよねぇ」
「……何のこと?」
「ちッ……今回は命拾いしたね。ただし、次また帝国の前に立ち塞がるって言うのなら、必ず殺すから」
忌々しげに舌打ちを漏らすと、リックは展開していた魔法を消していく。
そして、つまらなさそうに溜息を漏らすと踵を返して歩き始めてしまう。
「何なの、アイツ。勝手に戦いをやめて、なんで上から目線なワケッ!?」
「……いえ、この場合に限って言えば、彼の行動には助けられたと言っていいでしょう」
「…………」
「彼は、もしかしたらこの世界において、最も危険な人物かもしれませんね」
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