終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章23 【帝国奪還編】帝国城下町侵入作戦

「……案外、長いんだな」

「そうかの? まだあの大地を出発して、数日しか経っておらんぞ?」

「いや、数日経ってんだよッ!? こんなのんびりしてていいのかッ!?」

「ふむ……のんびりしている訳ではない。地竜に負担を掛けてはいるが、これでも最善の手を尽くして進んでおる」

「……お前さ、なんでそんなに冷静なんだよ?」

「…………?」

「航大とユイが危険な目に遭ってるかもしれないんだぞッ!? もしかしたら、帝国の奴らに処刑されてるかもしれねぇッ!」

「…………」

 マガン大陸に上陸し、軍港の町・ズイガンでの逃走劇、そして灼熱が支配する異形の大地での戦い。それらを何とか切り抜けて、ライガとリエルの二人は帝国ガリアへ向けて歩を進めている最中だった。

 異形の大地を抜けた後、ライガたちの前に広がるのはどこまでも続く荒野であり、全く変わらない景色を見ながら休む暇すらなくひたすらに進み続けている。

「儂と主様は繋がっておる。だから、今この瞬間に関して言えば、主様は無事であるとの確信を持てる」

「……どうしてそれが分かるんだよ?」

「主様の中には、女神である儂の姉様が持つ魔力が眠っておる。肉親の魔力であるならば、どんなに離れていても感じ取ることはできる」

「…………」

「確かに、姉様の魔力は万全ではない。それは主様が疲弊していることに間違いはないが、それでも魔力を感じ取ることが出来る限り、主様は無事であると断言することが出来るのじゃ」

「……まぁ、無事だって言うならそれでいいけど、でもそれもいつまで続くかは分からねぇ」

「その通りじゃ」

「…………」

「だからこそ、最善を尽くして進んでおるのじゃ。主様は無事であると信じて……」

 代わり映えのしない景色にライガは焦りを感じずには居られなかった。今すぐにでも航大とユイを助けたいという強い思いが先行するのに対して、目の前の景色は一向に変わる様子がない。積もる焦燥感は苛立ちへと変わり、そして言葉遣いが荒くなってしまう。

 ライガの少し後ろを地竜に跨って進むリエルも、ライガと同じかそれ以上に強い思いを抱いて進んでいるのが実情である。

「…………ッ」

 ライガには見せないリエルの激情。
 彼女の手綱を握る力は増していくばかりであり、その激情は地竜にも伝わっている。

「……リエルッ」

「分かっておる……魔獣じゃな?」

 ライガたちが思うように進めない理由。
 それは何も広大な荒野を四苦八苦しながら進んでいるだけではない。

 荒廃した大地には大小様々な魔獣が多く生息しており、それは絶え間なく現れてはライガたちを襲ってくるのであった。特に満天の星が輝く夜においては、魔獣たちの動きも活発化しており、少し進んでは魔獣に遭遇するということを繰り返している。

「――ッ!」

 静寂が支配する闇夜の荒野に、魔獣の重低音な咆哮が響き渡る。

 大地を震撼させる咆哮を前にしても、ライガとリエルの表情はピクリとも変わることがない。恐れなどを抱くことはありもせず、むしろその表情には諦観のようなものが入り交じる始末である。

「ったく、次から次へと……」

「……今度のは少々大きいの」

 月明かりだけが照らす荒野。

 この状況下では魔獣の姿を視界に捉えることも難しい。しかし、ライガとリエルの二人はどこまでも冷静な態度を崩すことなく、周囲に神経を張り巡らせていく。

「……数は?」

「二匹といったところじゃの」

「二匹か、まぁ、一匹ずつって感じかな」

「まぁ、儂が全て殺ってしまってもいいがの」

「いや、俺だってこのまま地竜に乗ってるだけじゃ、腕が鈍っちまう」

 チラリと視線を交わし、全身をヒリヒリと焦がす魔獣の気配に頷き合うライガとリエル。

「――ッ!」
「――ッ!」

 誰が合図することもなく、ライガたちは地竜の背中から音もなく飛び出していく。
 それと同時に乾いた地面を引き裂くようにしてムカデのような姿をした魔獣が姿を見せる。

「――武装魔法・風装神鬼ッ!」

 まず最初に動きを見せたのはライガだった。

 両手を合わせ、精神を統一させると神剣・ボルカニカが持つ風の魔力をその身に纏っていく。吹き荒れる暴風がライガの身体に取り巻くことで、青年は誰にも負けない瞬速を手に入れることができる。

「――ッ!?」

 大地を裂いて姿を現したムカデの魔獣は、ライガの気配を感じて姿を現したのだが、標的となる青年の姿をいとも簡単に見失ってしまう・

「そのまま――烈風風牙ッ!」

 暴風を纏った青年・ライガは天高く飛び上がると、獲物の姿を見失って混乱しているムカデの魔獣に対して、ありったけの魔力をぶつけていく。

 ――烈風風牙。

 武装魔法・風装神鬼を発動しているとき限定の攻撃魔法は、風牙の上位互換といえるものだった。周囲の天候を変えてしまうレベルの暴風を一点に集中させると、それを対象へ叩きつけるものだった。

「――――」

 強大な攻撃魔法を前にして、ムカデの姿をした魔獣は跡形もなく消失していく。
 たった一撃の攻撃で魔獣は葬り去られ、後には静寂が残るだけなのであった。

「ふんっ……他の魔獣を刺激することも考えずに、アホみたいに技を放ちおって……」

 そんなライガの戦いを傍で見ていたリエルは、つまらなさそうに鼻息を漏らす。

 彼女の前にはライガを襲った魔獣と同一の存在が立ち塞がっており、ギラリと赤く光る瞳でリエルにターゲットを固定している。

「まぁよい。早く先に進まなければならぬ……こんなところで足踏みをしている余裕はないのでな」

「――ッ!」


「――氷槍龍牙ッ」


 それは航大の中に眠る北方の女神・シュナが使う氷系最強魔法の一つ。

 見上げるほどの巨大な氷槍を生成し、それで対象の身体を貫き、凍結させ瓦解させる禁魔法。リエルは感情の篭もらない瞳で魔獣を睨みつけると、己が持つ力を余すところ無く披露した後に、絶命させるのであった。

「――ふん、つまらぬ」

 氷槍で身体を貫かれた瞬間に、魔獣は全身を凍結させ月明かりを浴びて粉々に砕け散っていく。

 ――深夜の荒野。

 魔獣との戦いは強大な魔法のオンパレードの後に終結を迎える。
 ライガとリエルが持つ鬱憤とした感情が表に現れる凄惨な結末にも、二人の表情は晴れることがない。

「そっちも終わったか。それじゃ、先に進むぞ」

「分かっておる」

 絶命した魔獣に目をくれることもなく、ライガとリエルは再び地竜の背中に乗ると帝国ガリアを目指して進み出す。

 幾度となく繰り返されてきた代わり映えのしない光景。
 無限に続くのかと錯覚しそうになる荒野にも終わりは、何の前触れもなく姿を現すのであった。

◆◆◆◆◆

「さて、問題なのはどうやって中に入るかってことだ……」

「儂もそれを考えておったところじゃ」

 魔獣と遭遇してから数時間後。
 『それ』は唐突に姿を現した。

 遥か前方に人工的な灯りを見つけたライガたちは、それが帝国ガリアが放つものであることを直感的に理解した。よくよく目を凝らして見れば、それはまさに要塞と形容するのに相応しい外観をした巨大な王国が存在していたのだ。

 山を一つ開拓して作られた帝国の外観。遠くで見てもハッキリと分かるその姿に、否応なしにライガたちの緊張感を高めていく。

「正面から入る訳にも行かないしな……とりあえずは周辺を探索して、道が無いか調べてみるか?」

「いや……今日のこのタイミングがチャンスじゃな」

「……はい?」

「真夜中の今、敵の兵士も油断しているじゃろ? そこを突くんじゃ」

「……マジで言ってんのかよ?」

 少し迂回するように地竜の軌道を修正し、ライガたちが向かうのは最も大きな正門。
 誰も予想しないからこそ、あえてそこを突く。

 あまりにも大胆で無謀な試みにさすがのライガも唖然とした表情を禁じ得ないが、それでもリエルはその表情に笑みを浮かべて足を進ませる。

 こうして、帝国ガリアへの侵入作戦が始まるのであった。

◆◆◆◆◆

「ふわぁ……マジで眠くね?」

「まぁな……ここは帝国ガリアだぜ? 夜中とはいえ、晋遊舎なんてあるはずがねぇ」

「そうなんだよなぁ……そもそも、この荒野を越えられる奴も少ないしな……」

「でも、あまり気を抜くなよ。欠伸なんてしてるとこ見られたら、速攻で死刑だぞ?」


「わかってるって……ふわあぁ――ッ!?」
「ん? どうしたんだ、急に黙って――ッ!?」


 帝国ガリアの正門。
 その両脇には帝国兵士が駐屯する小屋が存在していた。

 外に二人。
 中にいる兵士の数は不明。

 そんな状況にも関わらず、ライガとリエルはその俊敏性を生かして油断しきっていた帝国兵士二人を失神させる。

「マジでやるのか……」

「これくらいは問題ない。本当の問題はこの中じゃ」

「救援でも呼ばれたらきっちぃぞ……?」

「大丈夫。こやつらにはただ眠ってもらうだけ。侵入者である儂たちの姿が見られなければそれでいいのじゃ」

 リエルはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、小屋に突入する前に魔法の詠唱を済ませていく。そして、一つ深呼吸した後に小屋へと侵入していく。

「……大丈夫なのかよ」

 リエルの指示で外で待機するように言われたライガ。
 静寂に包まれる小屋の中に肝を冷やしていると、ゆっくりと扉が開いていく。

「うむ、入っていいぞ?」

「え、もう終わったの?」

 小屋の中から顔を出すのはリエル。

 彼女の言葉に従って恐る恐る中を覗いてみると、そこには一面を氷の世界に姿を変えた小屋の内部が存在していて、だらけた様子で凍結した帝国兵士たちの姿が転がっていた。

「瞬間的に凍らせたのか……」

「かっかっか、これくらい儂の手に掛かれば容易なことよ」

 上機嫌な様子で高笑いするリエルの様子に溜息を禁じ得ず、それでも何とか上手くいったことに安堵するライガ。

「それじゃ、この後はどうする?」

「うむ、とりあえず街の宿屋へ向かうぞ」

「宿屋?」

「そこをしばらくの拠点とする。宿の主にありったけの金を渡して、しばらくの間だけ匿ってもらうとしよう。その後、シルヴィアたちが合流してから帝国へ突入する」

「…………」

「シルヴィアとエレスの魔力なら、近くまで来れば感知することができる。だからすれ違うこともないじゃろう」

「……お前、案外なんでも出来るんだな」

「ふん、褒めても何も出んぞ?」

 上機嫌な様子で小屋の奥に存在する扉へと手を伸ばすリエル。

 その先には静まり返る帝国ガリアの城下町が待ち構えており、あまりにも順調すぎる侵入作戦に首を傾げるライガであったが、リエルの後に続いて外へと出る。

「…………」

「おい、どうしたんだよ、リエル?」

 扉を開けて外に出た瞬間だった。
 あれだけ上機嫌だったリエルが身体を固まらせている。
 その様子に驚きながらも彼女が向ける先へと、視線を向けるライガ。

「……油断、よくない」

 二人が向ける視線の先。
 そこには純白の軍服に身を纏う存在が一つ。

 それが帝国騎士であると理解した時には全てが遅かった。

「待ち構えてた……ってか?」

 考えうる限り、最悪な状況であると言わざるを得ない。

 帝国ガリア侵入作戦。

 それは最悪な状況へとひたすらに突き進んでいるのであった。

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