終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章22 【帝国奪還編】暴走の剣姫
「――そいつは私が倒す」
氷獄の大地に響く声。
それは一人の少女が発したものであり、この場に存在する誰もが驚愕の瞳を持って後方を振り返った。恐ろしいほどに感情が消失した少女の声に周囲が凍てついていく。何かしらの理由から復活を果たした少女・シルヴィアは、おぞましい殺気を伴って跳躍を開始すると、圧倒的なまでの力で異形の大地を支配する魔獣・氷竜を葬り去っていく。
「シルヴィア、さん……?」
先ほどまでとは別人と言わざるを得ない。
白銀の甲冑ドレスは氷竜の鮮血で汚れ、金と銀が入り交じる髪は風に靡き輝く。そんな華やかな外見からは想像も出来ないほどに、シルヴィアが振るう剣は凄惨たるものだった。
「――――」
氷の大地にて苦戦を強いられた氷竜は、突如として覚醒したシルヴィアの連撃によって、あっさりと沈んでしまう。鬼神の如き剣捌きによって、倒すべき敵である氷竜は絶命した。
これでエレスたちの歩みを止めるものは居なくなったはずである――。
「お話はできますか?」
「…………」
「色々と聞きたいことはあるのですが……」
「…………」
「うーん、これは困りましたね……」
いとも容易く氷竜を葬ったシルヴィア。
その身に鮮血の雨を浴びても表情が晴れることはなく、むしろその身に纏う殺気は増していくばかりである。異様な静寂が包む中でエレスはその顔から笑みを消すと、何度かシルヴィアに問いかけを投げかけてみる。
「…………」
「おやおや……そんなに分かりやすく殺気を放って……」
ここで初めてエレスの存在に気がついたと言わんばかりに、ゆっくりとした動作で首を傾げながらシルヴィアが背後を振り返る。そこには右足を負傷したエレスが立っているのであって、氷竜を倒した勝利の余韻に浸ろう……という雰囲気は微塵も存在しないのであった。
「……私は穏便に事を進めたいと思っています」
「…………」
「貴方はアステナ王国を救ってくれた恩人の仲間……そんな人に剣は向けたくありません」
「…………」
「だからこそ、その殺気を収めて欲しいのですが……そういう訳にはいきませんか?」
「…………」
エレスが何を言っても、シルヴィアは光を失った傀儡の瞳を持って無言を貫くばかりである。とてもじゃないが友好といった雰囲気は感じ取ることができず、エレスは自分の身体を取り巻く殺気に冷や汗を流す。
「……次はお前だ」
「…………やはり、そうなりますか」
共に戦う仲間から突き付けられる非情な現実。
それがシルヴィアの本心ではないことをエレスは知っている。
「そのような状態になったのには、何か理由がありそうですね……」
「――ッ!」
「こんなことなら、まだ氷竜を相手にするほうがマシですよ……」
話し合いの余地もない。
シルヴィアは険しい顔つきのまま、思い切り地面を蹴るとエレスへと切りかかってくる。凄まじい速さで接近を果たすシルヴィアは両手に持つ二対の剣を振るう。
「くッ!?」
異形の大地に凄まじい衝撃が走り、大地に甲高い音が響き渡る。
エレスは正面からシルヴィアの剣を受け止め、その衝撃に唇を噛み締める。
「これほどまでとはッ……」
「はああああああああああぁぁぁぁぁッ!」
シルヴィアの咆哮が響き、エレスは容易く後方へと吹き飛ばされる。
氷竜との戦いで負った右足の負傷が響き、強く踏み込むことが出来ないのが仇となってしまう。雪の中を滑るようにして後退を余儀なくされ、シルヴィアはそれだけに留まらず追撃を図る。
「――ッ!」
「容赦しない……って、ことですかッ!」
エレスの体勢が立ち直る前に、シルヴィアは距離を詰めると右手に持った『緋の剣』を振るっていく。刀身に眩い炎を纏わせた緋剣を、エレスは宝剣で受け流していく。
「――次ッ!」
「二刀流……厄介ですねッ……」
緋剣による攻撃が当たらないことは織り込み済みだったのか、シルヴィアは休む暇すらなく左手に持つ蒼剣を振り払ってくる。
「――結晶防壁ッ」
「――ッ!」
シルヴィアが放つ蒼剣がエレスの身体を捉えようとした瞬間、剣の軌道上に複数の宝石が出現する。エレスが放つ宝石による魔法剣によって、シルヴィアの剣は受け止められてしまう。
「宝石がッ!?」
シルヴィアの剣戟を何とかやり過ごしたエレスだったが、蒼剣と触れ合う宝石に異変が現れる。シルヴィアの剣を受け止めた宝石は瞬時に凍結した後に崩壊する。
「本当に想定外の強さですよッ、貴方はね――ッ!」
「…………」
一旦、シルヴィアから距離を取るように飛び退るエレスは、頭をフル回転させて次なる策を模索する。
シルヴィアは間違いなくエレスの命を狙っており、放つ剣戟には容赦がない。
エレスもまた死ぬ気で戦わなければ命がないことを承知しており、しかしそれは出来ないといったジレンマに苛まれる。
「……ここで貴方を失う訳にはいかないのです。失ってしまったら、ライガさん、航大さんに合わせる顔がありませんからねッ!」
「…………」
「――千破宝剣ッ!」
エレスが胸に秘める想いは強く、険しい顔つきを浮かべると新たなる宝剣術を唱えていく。七色に煌めく無数の宝石がエレスの周囲に展開されると、眩い光を放ちながら『剣』へと姿を変えていく。
「貴方を止めるため、少し本気でやらせてもらいますよッ!」
「私は負けないッ!」
エレスの周囲に展開された宝剣は、術者の意のままに使役することが可能であり、千本にもなる宝剣が絶え間なく宙を跳躍することで、絶大なる連撃を相手に見舞うことが可能となる。
「くッ、ぐぁッ……!」
「多少の傷は覚悟してくださいッ!」
右足の負傷を堪え、エレスは眼前に立つシルヴィアへ宝剣を振るっていく。
エレスの動きに合わせて周囲に展開した宝剣もシルヴィアを狙うようになり、人知を超えた凄まじい攻撃の中で、シルヴィアは防戦一方となる。
しかしそれでも、シルヴィアは強い殺意を込めた瞳で応戦すると、致命的な攻撃だけを瞬時に判断して両手に持つ二対の剣で捌き、肌を切り裂く数多の攻撃には目もくれない。
「どうしてそこまでッ……」
「私はもうッ……二度と負ける訳にはいかないッ……守りたいものを守るッ!」
「――ッ!?」
この戦いで初めて、シルヴィアの感情が爆発した瞬間だった。
光を失った瞳に一瞬だけ光が宿り、苦痛に染まる表情を浮かべて心の声を曝け出す。
それにも驚くエレスなのであったが、彼はシルヴィアの背後に姿を現した『異形の存在』に目を見開く。
「――竜?」
シルヴィアの身体に取り憑くようにして姿を現したのは、氷竜の身体など比にならない巨体を誇る白銀の龍だった。先ほどまで戦っていた氷竜とは何もかもが異質であった。
圧倒的なまでの威圧感。本能的な恐怖がエレスの身体を貫いていく。
『……愚かなる人間よ、どうして少女の願いを邪魔する?』
「――ッ!?」
シルヴィアとぶつかり合う中、異形の大地に姿を現した白銀の竜が放つ言葉がエレスの脳内に響き渡った。それに動揺を隠せないエレスであったが、その間にもシルヴィアとの戦いは続いている。
「いや、私はシルヴィアさんの願いを邪魔しているつもりはないんですけどね……」
『この少女は力を欲している。目の前に立つ者を討ち滅ぼし、自らの願いを叶えようとしているのだ』
「その願いと行動が一致していないと思うのですがねッ!」
『少女が守りたいと願うのは、ただ一人の少年だ。それ以外は眼中にないのだろう』
「貴方が、シルヴィアさんに悪影響を与えている……という認識でよろしいですか?」
『…………』
「彼女が内に秘める想いに手を出して、それを増長させ暴走させている……そういうことでしょうか?」
『……私は主たる存在の願いに力を貸してやっているだけだ。悪影響などとは心外である』
「これ以上は話していても無駄なようですね。シルヴィアさんの暴走は、私が止めますッ」
眼前に立つシルヴィアは、絶え間なく溢れ出てくる力を使いこなすことが出来ていない。だからこそ、身体の動きは繊細を欠いており、負傷しているエレスを相手にしても互角な戦いを演じてしまっている。
エレスは冷静の状況を分析し、その事実に対して多少の安堵を覚える。
彼女が見せる力の片鱗は圧倒的なものであり、それをこの場で自由に使役できていたら、エレスの命は確実に失われていたからである。
「……こんな場所で使うことになるとは」
千本の宝剣を一斉に使ってシルヴィアの身体を吹き飛ばしていく。
「――宝剣術・宝来終覇ッ!」
その術が唱えられた瞬間、異形の大地が七色の光に包まれていく。
アステナ王国、筆頭近衛騎士であるエレスが展開した宝石の全てが眩い光を放つと、その全てがエレスの身体へと収束していく。
これはエレスが使う宝剣術の最終形態とも呼べるものであり、膨大な魔力を宿した宝石をその身に宿す武装魔法の一種である。七色に輝くクリスタルの鎧を身に纏い、絶大なる力を得ることができる。
「――制限時間は一分。全力で貴方を倒します」
「ぐッ、あああああぁぁぁッ……私はッ……二度とッ……負けないぃッ……!」
突如として姿を現した白銀の龍が持つ力によって、自我を失ったハイライト王国騎士の少女・シルヴィア。
血で汚した甲冑ドレスと、金銀の長髪が印象的な『剣姫』は自らの無力さを嘆いていた。
――大切なものを守る。
騎士として当たり前に持つべき感情が彼女を苦しめ、異形の力に取り込まれる結果となってしまった。
彼女を倒すことは可能かもしれない。しかし、その道をアステナ王国の騎士である青年は選ばない。この度はハッピーエンドでなければならないのだ。誰もが笑顔を浮かべて故郷に帰らなければならない。
「――安心してください。少しだけ眠っててもらうだけですッ!」
「ああああああぁぁぁぁーーーーーーッ!」
七色の鎧を身に纏った青年は飛ぶ。
氷が支配する氷獄の大地。その戦いは一瞬の内に終結するのであった。
◆◆◆◆◆
「ふぅ……中々、難儀な戦いでしたね……」
あれからしばらくの時間が経過し、エレスは地竜と共に氷の大地を進んでいた。
シルヴィアとの戦いはエレスに軍配が上がる形で収束した。精彩を欠くシルヴィアの動きに対して、宝剣術士の最強魔法とも言えるものを使って何とかの勝利。エレスは力を使った代償である全身の倦怠感に苦悶の表情を浮かべながらも、しっかりと先に進んでいた。
「シルヴィアさん……貴方の想いは強い。だからこそ、焦る気持ちというのも分かります。しかし、強すぎる力には必ず代償というものが付いて回る……私みたいにね」
エレスが使った『宝来終覇』は、術者に多大なる負担を強いる武装魔法である。おいそれと使うことは出来ず、使用した際には騎士としての寿命にも関わる代償が待っている。
その代償を覚悟してでも、エレスはシルヴィアを救う道を選んだ。
同じ騎士として彼女が進む先の未来に光があることを信じたからである。
「……さて、ライガさんたちも心配ですが、とりあえずは先に進むとしましょうか。見つけられる自信もないですし」
地竜がゆっくり進む。
その先に待つのは帝国ガリア。
異なる異形の大地で繰り広げられた壮絶なる戦いは、それぞれの結末を持って終局を迎える。果たすべき目的までは越えなくてはならない壁も多い。
しかし彼らは進む。
仲間を取り戻すために――。
氷獄の大地に響く声。
それは一人の少女が発したものであり、この場に存在する誰もが驚愕の瞳を持って後方を振り返った。恐ろしいほどに感情が消失した少女の声に周囲が凍てついていく。何かしらの理由から復活を果たした少女・シルヴィアは、おぞましい殺気を伴って跳躍を開始すると、圧倒的なまでの力で異形の大地を支配する魔獣・氷竜を葬り去っていく。
「シルヴィア、さん……?」
先ほどまでとは別人と言わざるを得ない。
白銀の甲冑ドレスは氷竜の鮮血で汚れ、金と銀が入り交じる髪は風に靡き輝く。そんな華やかな外見からは想像も出来ないほどに、シルヴィアが振るう剣は凄惨たるものだった。
「――――」
氷の大地にて苦戦を強いられた氷竜は、突如として覚醒したシルヴィアの連撃によって、あっさりと沈んでしまう。鬼神の如き剣捌きによって、倒すべき敵である氷竜は絶命した。
これでエレスたちの歩みを止めるものは居なくなったはずである――。
「お話はできますか?」
「…………」
「色々と聞きたいことはあるのですが……」
「…………」
「うーん、これは困りましたね……」
いとも容易く氷竜を葬ったシルヴィア。
その身に鮮血の雨を浴びても表情が晴れることはなく、むしろその身に纏う殺気は増していくばかりである。異様な静寂が包む中でエレスはその顔から笑みを消すと、何度かシルヴィアに問いかけを投げかけてみる。
「…………」
「おやおや……そんなに分かりやすく殺気を放って……」
ここで初めてエレスの存在に気がついたと言わんばかりに、ゆっくりとした動作で首を傾げながらシルヴィアが背後を振り返る。そこには右足を負傷したエレスが立っているのであって、氷竜を倒した勝利の余韻に浸ろう……という雰囲気は微塵も存在しないのであった。
「……私は穏便に事を進めたいと思っています」
「…………」
「貴方はアステナ王国を救ってくれた恩人の仲間……そんな人に剣は向けたくありません」
「…………」
「だからこそ、その殺気を収めて欲しいのですが……そういう訳にはいきませんか?」
「…………」
エレスが何を言っても、シルヴィアは光を失った傀儡の瞳を持って無言を貫くばかりである。とてもじゃないが友好といった雰囲気は感じ取ることができず、エレスは自分の身体を取り巻く殺気に冷や汗を流す。
「……次はお前だ」
「…………やはり、そうなりますか」
共に戦う仲間から突き付けられる非情な現実。
それがシルヴィアの本心ではないことをエレスは知っている。
「そのような状態になったのには、何か理由がありそうですね……」
「――ッ!」
「こんなことなら、まだ氷竜を相手にするほうがマシですよ……」
話し合いの余地もない。
シルヴィアは険しい顔つきのまま、思い切り地面を蹴るとエレスへと切りかかってくる。凄まじい速さで接近を果たすシルヴィアは両手に持つ二対の剣を振るう。
「くッ!?」
異形の大地に凄まじい衝撃が走り、大地に甲高い音が響き渡る。
エレスは正面からシルヴィアの剣を受け止め、その衝撃に唇を噛み締める。
「これほどまでとはッ……」
「はああああああああああぁぁぁぁぁッ!」
シルヴィアの咆哮が響き、エレスは容易く後方へと吹き飛ばされる。
氷竜との戦いで負った右足の負傷が響き、強く踏み込むことが出来ないのが仇となってしまう。雪の中を滑るようにして後退を余儀なくされ、シルヴィアはそれだけに留まらず追撃を図る。
「――ッ!」
「容赦しない……って、ことですかッ!」
エレスの体勢が立ち直る前に、シルヴィアは距離を詰めると右手に持った『緋の剣』を振るっていく。刀身に眩い炎を纏わせた緋剣を、エレスは宝剣で受け流していく。
「――次ッ!」
「二刀流……厄介ですねッ……」
緋剣による攻撃が当たらないことは織り込み済みだったのか、シルヴィアは休む暇すらなく左手に持つ蒼剣を振り払ってくる。
「――結晶防壁ッ」
「――ッ!」
シルヴィアが放つ蒼剣がエレスの身体を捉えようとした瞬間、剣の軌道上に複数の宝石が出現する。エレスが放つ宝石による魔法剣によって、シルヴィアの剣は受け止められてしまう。
「宝石がッ!?」
シルヴィアの剣戟を何とかやり過ごしたエレスだったが、蒼剣と触れ合う宝石に異変が現れる。シルヴィアの剣を受け止めた宝石は瞬時に凍結した後に崩壊する。
「本当に想定外の強さですよッ、貴方はね――ッ!」
「…………」
一旦、シルヴィアから距離を取るように飛び退るエレスは、頭をフル回転させて次なる策を模索する。
シルヴィアは間違いなくエレスの命を狙っており、放つ剣戟には容赦がない。
エレスもまた死ぬ気で戦わなければ命がないことを承知しており、しかしそれは出来ないといったジレンマに苛まれる。
「……ここで貴方を失う訳にはいかないのです。失ってしまったら、ライガさん、航大さんに合わせる顔がありませんからねッ!」
「…………」
「――千破宝剣ッ!」
エレスが胸に秘める想いは強く、険しい顔つきを浮かべると新たなる宝剣術を唱えていく。七色に煌めく無数の宝石がエレスの周囲に展開されると、眩い光を放ちながら『剣』へと姿を変えていく。
「貴方を止めるため、少し本気でやらせてもらいますよッ!」
「私は負けないッ!」
エレスの周囲に展開された宝剣は、術者の意のままに使役することが可能であり、千本にもなる宝剣が絶え間なく宙を跳躍することで、絶大なる連撃を相手に見舞うことが可能となる。
「くッ、ぐぁッ……!」
「多少の傷は覚悟してくださいッ!」
右足の負傷を堪え、エレスは眼前に立つシルヴィアへ宝剣を振るっていく。
エレスの動きに合わせて周囲に展開した宝剣もシルヴィアを狙うようになり、人知を超えた凄まじい攻撃の中で、シルヴィアは防戦一方となる。
しかしそれでも、シルヴィアは強い殺意を込めた瞳で応戦すると、致命的な攻撃だけを瞬時に判断して両手に持つ二対の剣で捌き、肌を切り裂く数多の攻撃には目もくれない。
「どうしてそこまでッ……」
「私はもうッ……二度と負ける訳にはいかないッ……守りたいものを守るッ!」
「――ッ!?」
この戦いで初めて、シルヴィアの感情が爆発した瞬間だった。
光を失った瞳に一瞬だけ光が宿り、苦痛に染まる表情を浮かべて心の声を曝け出す。
それにも驚くエレスなのであったが、彼はシルヴィアの背後に姿を現した『異形の存在』に目を見開く。
「――竜?」
シルヴィアの身体に取り憑くようにして姿を現したのは、氷竜の身体など比にならない巨体を誇る白銀の龍だった。先ほどまで戦っていた氷竜とは何もかもが異質であった。
圧倒的なまでの威圧感。本能的な恐怖がエレスの身体を貫いていく。
『……愚かなる人間よ、どうして少女の願いを邪魔する?』
「――ッ!?」
シルヴィアとぶつかり合う中、異形の大地に姿を現した白銀の竜が放つ言葉がエレスの脳内に響き渡った。それに動揺を隠せないエレスであったが、その間にもシルヴィアとの戦いは続いている。
「いや、私はシルヴィアさんの願いを邪魔しているつもりはないんですけどね……」
『この少女は力を欲している。目の前に立つ者を討ち滅ぼし、自らの願いを叶えようとしているのだ』
「その願いと行動が一致していないと思うのですがねッ!」
『少女が守りたいと願うのは、ただ一人の少年だ。それ以外は眼中にないのだろう』
「貴方が、シルヴィアさんに悪影響を与えている……という認識でよろしいですか?」
『…………』
「彼女が内に秘める想いに手を出して、それを増長させ暴走させている……そういうことでしょうか?」
『……私は主たる存在の願いに力を貸してやっているだけだ。悪影響などとは心外である』
「これ以上は話していても無駄なようですね。シルヴィアさんの暴走は、私が止めますッ」
眼前に立つシルヴィアは、絶え間なく溢れ出てくる力を使いこなすことが出来ていない。だからこそ、身体の動きは繊細を欠いており、負傷しているエレスを相手にしても互角な戦いを演じてしまっている。
エレスは冷静の状況を分析し、その事実に対して多少の安堵を覚える。
彼女が見せる力の片鱗は圧倒的なものであり、それをこの場で自由に使役できていたら、エレスの命は確実に失われていたからである。
「……こんな場所で使うことになるとは」
千本の宝剣を一斉に使ってシルヴィアの身体を吹き飛ばしていく。
「――宝剣術・宝来終覇ッ!」
その術が唱えられた瞬間、異形の大地が七色の光に包まれていく。
アステナ王国、筆頭近衛騎士であるエレスが展開した宝石の全てが眩い光を放つと、その全てがエレスの身体へと収束していく。
これはエレスが使う宝剣術の最終形態とも呼べるものであり、膨大な魔力を宿した宝石をその身に宿す武装魔法の一種である。七色に輝くクリスタルの鎧を身に纏い、絶大なる力を得ることができる。
「――制限時間は一分。全力で貴方を倒します」
「ぐッ、あああああぁぁぁッ……私はッ……二度とッ……負けないぃッ……!」
突如として姿を現した白銀の龍が持つ力によって、自我を失ったハイライト王国騎士の少女・シルヴィア。
血で汚した甲冑ドレスと、金銀の長髪が印象的な『剣姫』は自らの無力さを嘆いていた。
――大切なものを守る。
騎士として当たり前に持つべき感情が彼女を苦しめ、異形の力に取り込まれる結果となってしまった。
彼女を倒すことは可能かもしれない。しかし、その道をアステナ王国の騎士である青年は選ばない。この度はハッピーエンドでなければならないのだ。誰もが笑顔を浮かべて故郷に帰らなければならない。
「――安心してください。少しだけ眠っててもらうだけですッ!」
「ああああああぁぁぁぁーーーーーーッ!」
七色の鎧を身に纏った青年は飛ぶ。
氷が支配する氷獄の大地。その戦いは一瞬の内に終結するのであった。
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「ふぅ……中々、難儀な戦いでしたね……」
あれからしばらくの時間が経過し、エレスは地竜と共に氷の大地を進んでいた。
シルヴィアとの戦いはエレスに軍配が上がる形で収束した。精彩を欠くシルヴィアの動きに対して、宝剣術士の最強魔法とも言えるものを使って何とかの勝利。エレスは力を使った代償である全身の倦怠感に苦悶の表情を浮かべながらも、しっかりと先に進んでいた。
「シルヴィアさん……貴方の想いは強い。だからこそ、焦る気持ちというのも分かります。しかし、強すぎる力には必ず代償というものが付いて回る……私みたいにね」
エレスが使った『宝来終覇』は、術者に多大なる負担を強いる武装魔法である。おいそれと使うことは出来ず、使用した際には騎士としての寿命にも関わる代償が待っている。
その代償を覚悟してでも、エレスはシルヴィアを救う道を選んだ。
同じ騎士として彼女が進む先の未来に光があることを信じたからである。
「……さて、ライガさんたちも心配ですが、とりあえずは先に進むとしましょうか。見つけられる自信もないですし」
地竜がゆっくり進む。
その先に待つのは帝国ガリア。
異なる異形の大地で繰り広げられた壮絶なる戦いは、それぞれの結末を持って終局を迎える。果たすべき目的までは越えなくてはならない壁も多い。
しかし彼らは進む。
仲間を取り戻すために――。
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