終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章19 【帝国奪還編】大地の果て
「はぁ……とりあえず、これで終わりか……?」
「ふむ、そうじゃといいんだがの……」
――灼熱が支配する異形の大地。
そこでライガとリエルが出会ったのは全身を炎に包んだ魔獣だった。
炎虎と呼ばれる魔獣は、炎を使った攻撃でライガたちを苦しめ、最後にはリエルが使う氷魔法・氷獄葬送によって、氷で出来た棺の中に取り込まれていった。
これまでの壮絶な戦いが嘘のように静まり返る異形の大地。眼下に広がるマグマを視界に収めるライガたちは炎虎が閉じ込められている棺を前にして言葉を交わす。
「まぁさ、終わったんならこんなとこから早く出ようぜ」
「……そうじゃの」
「暑くて暑くてたまんねぇぜ……」
全身に汗を浮かび上がらせるライガは、一刻も早くここから出たいと歩き出す。
しかし、リエルだけは険しい顔つきのまま、眼前に浮遊する氷棺を見つめている。リエルが使った氷獄葬送は、炎の影響で解けて消えることはない。基本的に術者が魔法を解除しない限りは存在し続けるのだ。
それに取り込まれれば最後、対象は生きて出ることはできない……これが、リエルが持つ魔法への知識であった。
「…………」
「おい、どうしたんだよ……リエル……?」
「……ライガよ、まだ終わってないようじゃぞ?」
「――はっ?」
リエルの言葉に目を丸くしたライガは、背後を振り返り虚空に制止している氷棺を見る。一見、なんら変化を見せない氷の塊なのだが、不意に一つのヒビが入る。
「――ッ!」
氷に入ったヒビは大きくなる一方であり、リエルが警告の言葉を漏らすのと同時に瓦解していく。
「マジかよッ……」
「構えろッ、ライガッ……!」
再び姿を現した炎虎は、異形の姿をしていた。
先ほどまでは紅蓮に燃える炎に包まれた身体をしていた炎虎だったが、マグマを身に纏った状態で氷結したことで、その身体は黒く変色していた。
驚きに絶句するライガは咄嗟に行動することが出来ず、その場で固まってしまう。それはリエルも同じであり、炎虎の出方を伺うような形になる。
「……戦いは私の敗北だ。これ以上の戦闘を行う意志はない」
静かに佇む炎虎は、リエルとライガを見ると己に継戦の意志がないことを告げてくる。その言葉に拍子抜けするライガたちであったが、これ以上の戦闘がないことを知って安堵の溜息を漏らす。
「付いて来るがいい。出口まで案内しよう」
炎虎は感情が篭もらない声音を漏らすと、ライガたちに背を向けてゆっくりとした動きで歩き出す。炎虎の身体を形成していたマグマは氷棺の中で急速に冷却され、岩石となった身体は一歩歩く度に少しずつ崩壊していく。
「……どうする?」
「あやつの言う通り、敵意は全く感じないの」
「道に迷ってもしょうがないしな……とりあえず、付いていってみるか」
「うむ。儂もそれでいいと思うぞ」
ゆっくりと虚空を歩く炎虎の少し後ろを歩くライガとリエル。眼下には煮えたぎるマグマがどこまでも続いており、全身を焦がす熱を感じながらも歩き続ける。
「それにしても、あの魔法から生きて出てきたのは、あやつが初めてじゃな」
「……そうなのか?」
「うむ。出てきた時は敗北も覚悟したの……」
「えっ、マジで……?」
「一時的とは言え、あの魔法は消費する魔力が大きすぎるのじゃ。あの魔獣がまだ戦う気だったら、ライガ……お主は確実に死んでいたぞ?」
「俺が死ぬのかよッ!?」
「何故なら、お主の動きに合わせて氷の床を生成することが難しかったじゃろうからな」
炎虎との戦いを繰り広げる中、ライガは暴風を身に纏う武装魔法を使役していた。今まで攻撃に使っていた風の力を身に纏うことで瞬速を手にするその魔法は、灼熱が支配する大陸での戦いにおいては何かと制約が多いものであった。
眼下のマグマに落下しないよう、リエルが支援する形での戦闘は彼女にとって負担が大きかった。
「まぁ、命があっただけでも良かった……ってことにするよ」
「幸運に感謝するんじゃな」
どこまでも続いているではと錯覚する程に長かった大地の裂け目に終わりが見えて、ライガは自分の命があることに心底感謝するのであった。
◆◆◆◆◆
「……この大地は、かつて二人の英雄が戦った際に生まれたものだ」
「英雄?」
絶え間ない炎に包まれる大地をしっかりと踏みしめながら、ライガとリエルは歩を進める。ライガたちの前を歩く炎虎の身体は見るも無残な様子へと変わり果てており、一歩を踏み出す度に身体から剥がれ落ちる岩石が、炎虎の命がそう長くないことを告げていた。
「……炎と氷の使い手として戦った二人の英雄は、それぞれの正義を守るために戦い続けた」
「…………」
「結果的に、決着がつくことは無かったが……二人が戦った証というものは、こうして形として残るようになった」
「大地をこんな風にしちまうって、どんな戦いだよ……聞いたことないぜ……」
炎虎の口から語られる異形の大地が生まれるきっかけとなった物語。
それはライガたちの想像を遥かに超える物語であり、とてもではないが信じ難いものだと言えた。
「炎を使う英雄。それが私の主であった」
「……主?」
「私をこの場に召喚し、共に戦った主だ……」
「召喚……お主は魔獣ではないというのか?」
「……厳密に言えば、違うと言えるだろう。私はそこら辺に生息する魔獣とは違う。魔獣のような姿をしているが、与えられた使命を守るために戦っていた」
炎虎の言う通り、しっかりとした自我を持ち、こうして意思の疎通が取れる魔獣という存在をライガは聞いたことも見たこともなかった。それはリエルも同じであり、戦いの中ではその違和感に表情を歪めたままだった。
「で、与えられた使命ってのは何なんだ?」
「……二つの大地が重なり合う場所。そこに守るべきものがある」
「二つの大地が重なり合う場所……」
炎虎がチラリと顔を向けた方角。そこにライガたちも視線を移してみると、遥か先の空に天高く聳え立つ塔の先端に似た建造物を見つけることが出来た。
「あれは……?」
「……この大地に遥か昔から存在する特別な場所。普段は結界が張られていて見ることもできないのだが、私の力が著しく衰弱しているためにああやって姿を現したのだろう」
「あそこには何があるんだ?」
「…………」
当然のように湧いて出てくるライガの疑問に、しかし炎虎は答えることはなかった。塔から視線を逸らし、無言のままで歩き続ける。
「……私も自分が守るべき場所については、何も知らされていない。それを知ろうとも思わない。私はただ、主から命じられた使命を果たすだけ」
「いいのかよ、こんな風に俺たちに協力するようなことして」
「お前たちの目的が塔ではないことを知っている。命を賭けてでも、向かいたい場所があるのだろう? どこか主に似ているお前を、何故か放っておくことが出来なかった……そういうことにしておいてくれ」
この時、炎虎は初めて感情らしい感情を見せる。
どこか懐かしげな声はライガに向けられたものであり、その僅かな変化をライガは見逃すことはなかった。
「……私が案内できるのはここまでだ」
その後もしばらく歩き続けると、灼熱の大地に終りが見えてきた。
炎が支配する世界は終わりを迎え、その先に広がるのは荒れ果てた大地だった。
「ありがとな、案内してくれて」
「うむ。礼を言うぞ」
異形の大地を抜けることに成功し、後は帝国ガリアを目指すだけ。
「お前たちの歩く先に光があらんことを……」
炎虎は最後にそう言い残すと、ゆっくりとした動きで踵を返すと、再び灼熱の大地へと歩き出していく。
「さて……このまま帝国に向かうのもいいけど、まずはシルヴィアたちと合流するのが先だな」
「合流……とは簡単に言うが、それは難しいかもしれぬぞ?」
ライガたちの前に広がるのは、なんら目印すらない大地である。
シルヴィアたちがどこへ行ったのかも分からない中、広大な大地を歩き回るのは得策ではないと言えた。
「じゃあ、どうするんだよ……」
「まず、儂たちはこのまま帝国ガリアへ向かう。そして、城下町でシルヴィアたちを待つ……これが良いじゃろうな」
「……結局、目的地は一緒なんだからそこで合流した方が良いってことか」
「そういうことじゃ」
ライガたちの傍らには軍港の町・ズイガンに住まう老人から借り受けた地竜がいる。地竜は帝国ガリアまでの道程を熟知しており、跨っていれば辿り着くことはできるだろう。
「……分かった。そうしよう」
「うむ。それじゃ、休んでいる暇はないぞ。すぐに出発じゃ」
地竜に跨り、ライガたちは再び荒野を進み出す。
向かう先は全ての諸悪が終結する帝国ガリア。
航大とユイを助け出す旅の終わりは、まだまだ先なのであった。
「ふむ、そうじゃといいんだがの……」
――灼熱が支配する異形の大地。
そこでライガとリエルが出会ったのは全身を炎に包んだ魔獣だった。
炎虎と呼ばれる魔獣は、炎を使った攻撃でライガたちを苦しめ、最後にはリエルが使う氷魔法・氷獄葬送によって、氷で出来た棺の中に取り込まれていった。
これまでの壮絶な戦いが嘘のように静まり返る異形の大地。眼下に広がるマグマを視界に収めるライガたちは炎虎が閉じ込められている棺を前にして言葉を交わす。
「まぁさ、終わったんならこんなとこから早く出ようぜ」
「……そうじゃの」
「暑くて暑くてたまんねぇぜ……」
全身に汗を浮かび上がらせるライガは、一刻も早くここから出たいと歩き出す。
しかし、リエルだけは険しい顔つきのまま、眼前に浮遊する氷棺を見つめている。リエルが使った氷獄葬送は、炎の影響で解けて消えることはない。基本的に術者が魔法を解除しない限りは存在し続けるのだ。
それに取り込まれれば最後、対象は生きて出ることはできない……これが、リエルが持つ魔法への知識であった。
「…………」
「おい、どうしたんだよ……リエル……?」
「……ライガよ、まだ終わってないようじゃぞ?」
「――はっ?」
リエルの言葉に目を丸くしたライガは、背後を振り返り虚空に制止している氷棺を見る。一見、なんら変化を見せない氷の塊なのだが、不意に一つのヒビが入る。
「――ッ!」
氷に入ったヒビは大きくなる一方であり、リエルが警告の言葉を漏らすのと同時に瓦解していく。
「マジかよッ……」
「構えろッ、ライガッ……!」
再び姿を現した炎虎は、異形の姿をしていた。
先ほどまでは紅蓮に燃える炎に包まれた身体をしていた炎虎だったが、マグマを身に纏った状態で氷結したことで、その身体は黒く変色していた。
驚きに絶句するライガは咄嗟に行動することが出来ず、その場で固まってしまう。それはリエルも同じであり、炎虎の出方を伺うような形になる。
「……戦いは私の敗北だ。これ以上の戦闘を行う意志はない」
静かに佇む炎虎は、リエルとライガを見ると己に継戦の意志がないことを告げてくる。その言葉に拍子抜けするライガたちであったが、これ以上の戦闘がないことを知って安堵の溜息を漏らす。
「付いて来るがいい。出口まで案内しよう」
炎虎は感情が篭もらない声音を漏らすと、ライガたちに背を向けてゆっくりとした動きで歩き出す。炎虎の身体を形成していたマグマは氷棺の中で急速に冷却され、岩石となった身体は一歩歩く度に少しずつ崩壊していく。
「……どうする?」
「あやつの言う通り、敵意は全く感じないの」
「道に迷ってもしょうがないしな……とりあえず、付いていってみるか」
「うむ。儂もそれでいいと思うぞ」
ゆっくりと虚空を歩く炎虎の少し後ろを歩くライガとリエル。眼下には煮えたぎるマグマがどこまでも続いており、全身を焦がす熱を感じながらも歩き続ける。
「それにしても、あの魔法から生きて出てきたのは、あやつが初めてじゃな」
「……そうなのか?」
「うむ。出てきた時は敗北も覚悟したの……」
「えっ、マジで……?」
「一時的とは言え、あの魔法は消費する魔力が大きすぎるのじゃ。あの魔獣がまだ戦う気だったら、ライガ……お主は確実に死んでいたぞ?」
「俺が死ぬのかよッ!?」
「何故なら、お主の動きに合わせて氷の床を生成することが難しかったじゃろうからな」
炎虎との戦いを繰り広げる中、ライガは暴風を身に纏う武装魔法を使役していた。今まで攻撃に使っていた風の力を身に纏うことで瞬速を手にするその魔法は、灼熱が支配する大陸での戦いにおいては何かと制約が多いものであった。
眼下のマグマに落下しないよう、リエルが支援する形での戦闘は彼女にとって負担が大きかった。
「まぁ、命があっただけでも良かった……ってことにするよ」
「幸運に感謝するんじゃな」
どこまでも続いているではと錯覚する程に長かった大地の裂け目に終わりが見えて、ライガは自分の命があることに心底感謝するのであった。
◆◆◆◆◆
「……この大地は、かつて二人の英雄が戦った際に生まれたものだ」
「英雄?」
絶え間ない炎に包まれる大地をしっかりと踏みしめながら、ライガとリエルは歩を進める。ライガたちの前を歩く炎虎の身体は見るも無残な様子へと変わり果てており、一歩を踏み出す度に身体から剥がれ落ちる岩石が、炎虎の命がそう長くないことを告げていた。
「……炎と氷の使い手として戦った二人の英雄は、それぞれの正義を守るために戦い続けた」
「…………」
「結果的に、決着がつくことは無かったが……二人が戦った証というものは、こうして形として残るようになった」
「大地をこんな風にしちまうって、どんな戦いだよ……聞いたことないぜ……」
炎虎の口から語られる異形の大地が生まれるきっかけとなった物語。
それはライガたちの想像を遥かに超える物語であり、とてもではないが信じ難いものだと言えた。
「炎を使う英雄。それが私の主であった」
「……主?」
「私をこの場に召喚し、共に戦った主だ……」
「召喚……お主は魔獣ではないというのか?」
「……厳密に言えば、違うと言えるだろう。私はそこら辺に生息する魔獣とは違う。魔獣のような姿をしているが、与えられた使命を守るために戦っていた」
炎虎の言う通り、しっかりとした自我を持ち、こうして意思の疎通が取れる魔獣という存在をライガは聞いたことも見たこともなかった。それはリエルも同じであり、戦いの中ではその違和感に表情を歪めたままだった。
「で、与えられた使命ってのは何なんだ?」
「……二つの大地が重なり合う場所。そこに守るべきものがある」
「二つの大地が重なり合う場所……」
炎虎がチラリと顔を向けた方角。そこにライガたちも視線を移してみると、遥か先の空に天高く聳え立つ塔の先端に似た建造物を見つけることが出来た。
「あれは……?」
「……この大地に遥か昔から存在する特別な場所。普段は結界が張られていて見ることもできないのだが、私の力が著しく衰弱しているためにああやって姿を現したのだろう」
「あそこには何があるんだ?」
「…………」
当然のように湧いて出てくるライガの疑問に、しかし炎虎は答えることはなかった。塔から視線を逸らし、無言のままで歩き続ける。
「……私も自分が守るべき場所については、何も知らされていない。それを知ろうとも思わない。私はただ、主から命じられた使命を果たすだけ」
「いいのかよ、こんな風に俺たちに協力するようなことして」
「お前たちの目的が塔ではないことを知っている。命を賭けてでも、向かいたい場所があるのだろう? どこか主に似ているお前を、何故か放っておくことが出来なかった……そういうことにしておいてくれ」
この時、炎虎は初めて感情らしい感情を見せる。
どこか懐かしげな声はライガに向けられたものであり、その僅かな変化をライガは見逃すことはなかった。
「……私が案内できるのはここまでだ」
その後もしばらく歩き続けると、灼熱の大地に終りが見えてきた。
炎が支配する世界は終わりを迎え、その先に広がるのは荒れ果てた大地だった。
「ありがとな、案内してくれて」
「うむ。礼を言うぞ」
異形の大地を抜けることに成功し、後は帝国ガリアを目指すだけ。
「お前たちの歩く先に光があらんことを……」
炎虎は最後にそう言い残すと、ゆっくりとした動きで踵を返すと、再び灼熱の大地へと歩き出していく。
「さて……このまま帝国に向かうのもいいけど、まずはシルヴィアたちと合流するのが先だな」
「合流……とは簡単に言うが、それは難しいかもしれぬぞ?」
ライガたちの前に広がるのは、なんら目印すらない大地である。
シルヴィアたちがどこへ行ったのかも分からない中、広大な大地を歩き回るのは得策ではないと言えた。
「じゃあ、どうするんだよ……」
「まず、儂たちはこのまま帝国ガリアへ向かう。そして、城下町でシルヴィアたちを待つ……これが良いじゃろうな」
「……結局、目的地は一緒なんだからそこで合流した方が良いってことか」
「そういうことじゃ」
ライガたちの傍らには軍港の町・ズイガンに住まう老人から借り受けた地竜がいる。地竜は帝国ガリアまでの道程を熟知しており、跨っていれば辿り着くことはできるだろう。
「……分かった。そうしよう」
「うむ。それじゃ、休んでいる暇はないぞ。すぐに出発じゃ」
地竜に跨り、ライガたちは再び荒野を進み出す。
向かう先は全ての諸悪が終結する帝国ガリア。
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