終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章12 【帝国奪還編】灼熱の大地

「……お前ら、絶対に生きて地竜を返しに来い。そいつらは、俺が生きていく中での大事な足なんだからな」

 帝国騎士たちによって連れ去られた航大とユイを救い出すため、ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人は帝国ガリアが統治する異形の大地・マガン大陸へと上陸を果たす。

 ライガたちを乗せた資材船は無事に軍港・ズイガンへと到達するのだが、そこで待ち受けていたのは数十人にも及ぶ帝国兵士たちだった。

「…………ありがとうな、じいさん。いきなりやってきた俺たちに協力してくれて」

「ふんッ、憎き帝国の野郎どもに一泡吹かすことができるなら、お安いもんだ」

 あの手この手を使って帝国兵士たちが乗り込む資材船からの脱出に成功したかのように見えたが、老齢の兵士が持つ観察眼から逃れることは敵わなかった。帝国兵士たちに取り囲まれたライガたちを助けてくれたのは、軍港の町・ズイガンに暮らす老人だった。

 老人は家族を帝国の手によって失った過去を持っており、強い憎悪の感情を持ち合わせていた。そのため、帝国に抗おうとするライガたちを放っておくことができず、こうして力を貸すことを決めたのだ。

「さっき渡した地図はちゃんと持っているな?」

「あぁ……コレだろ?」

「うむ。目の前に見えるのは、かつて起こった大陸間戦争の異物だ……」

「大陸間戦争の異物……?」

 老人は目を細めて、遥か前方に見える異形の大地に思いを馳せる。
 その言葉に首を傾げるのはシルヴィアだった。

「今は急いでいるのだろう? この話は無事に戻ってきた時にでも、ゆっくり話そう」

 全員の興味が老人に集中する中で、話を始めた張本人である老人は柔らかい笑みを浮かべると、それきり話を切り上げてしまう。

「あの場所は帝国へ向かうための最も早い近道になる。しかし、見ての通り環境は劣悪。それに強大な魔獣も住み着いている。回避するのがいいだろう」

「……まぁ、迂回しても時間はそんなに変わらないし……帝国に着く前に体力を温存しておく必要もある」

「私もそれがいいかと思います。最も戦いが激しくなるのは、間違いなく帝国内部でしょうしね」

「うん。私もそれでいいと思うよ。ライガに任せる」

「うむ。氷の大地なら、儂にとっては好条件なんじゃが……ここは全員の意見を尊重しよう」

 荒廃した大地の遥か先。そこには絶え間ない炎に包まれた灼熱の大地と、猛吹雪が吹き荒れる凍てつく氷の大地が広がっていた。

 そこを突っ切るのが帝国への最短ルートにはなるが。無用な消耗を避けるためにライガたちは異形の大地を迂回して進むことを決める。

「うしッ、じゃあ方針も決まったところで、、そろそろ行くかッ」

「はーいッ!」

「分かりました」

「うむ」

 ライガの言葉にシルヴィア、エレス、リエルの三人がそれぞれ返事をする。その様子を見て大きく頷くライガは、老人から借りた地竜の背中に乗る。

 今回の旅ではライガたちそれぞれに専用の地竜が与えられている。客車を引いて進めるような環境ではないための措置である。

「……絶対に帰ってくるんだぞ」
「――当たり前だッ!」

 老人の言葉に強く頷くと、ライガたちは地竜の手綱を引き、異形の大地を駆け出していく。
 遠くなっていくライガたちの背中を、老人は目を細めていつまでも見守る。

「……行っちまったなぁ」

 どこか淋しげで、それでいて懐かしさが入り混じった複雑な表情を浮かべる老人は、誰に言うでもなく言葉を呟く。

「……なんか、あいつを見た時……放っておけなかったんだよな。俺はアイツにあんたの面影を見ちまったんだよ…………グレオさん」

 呟かれた言葉は優しく吹く風に混じって消えていく。
 眼前に広がる異形の大地。老人はそお光景を見て、遠い過去の記憶を思い返していた。

 ――大陸間戦争。

 灼熱の大地と氷の大地は、戦争が終結した場所でもある。

 二人の男が衝突したあの場所は、大地の環境すらも変えた。それだけの衝突を繰り返した先に、今の戦争がない世界が広がっているのだった。

◆◆◆◆◆

「ちょっと、ライガ……本当にこっちで合ってるの?」

「あ、あぁ……合ってると思うんだけどな……」

「さっきからずっと同じ光景が続いてる気がするんだけど……ライガに道を任せたのが心配になってきた……」

「まぁまぁ、ここはライガさんに任せてみましょう」

「そうじゃぞ。景色が代わり映えしないのは、土地のせいってこともあるじゃろ」

 軍港の町・ズイガンを出発してからしばらくの時間が経過する。

 ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人はそれぞれ地竜に跨ると、どこまでも続く荒廃した大地をひたすらに突き進んでいた。

 右手の方向には灼熱と氷の大地が広がっていて、そちらへ近づかないようにしつつ、ライガたち一行は慎重に帝国ガリアを目指していた。

「はぁ……なんか、眠くなって来ちゃったんだけど……」

「ため息をつきたいのはこっちじゃ……いつ戦闘が起こるか分からんのに、気を抜きすぎじゃぞ?」

「むー、そんなこと言われても……眠いものは眠いし……」

「そんなに眠いなら寝ててもいいぞ? その代わり、迷ってもしらぬがな」

 シルヴィアは自分が跨る地竜に身体を預けた状態でグータラとした様子を見せている。それを見て、リエルライガは揃って溜息を漏らし、エレスは相変わらずニコニコと笑みを浮かべている。

 軍港・ズイガンを出てからというもの、ライガたちの前には荒廃した大地が広がっているだけで、魔獣たちとの遭遇なども一切無かった。ここまで張り詰めた空気を保っていたからこそ、その反動がライガたちに襲いかかろうとしていた。

「平和なのはいいことです。これが最後まで続けばいいのですがね」

「なんだよ、エレス……意味深なこと言うな?」

「いえ、今静かなのは嵐の前の静けさなんじゃ……と、危惧しているだけです」

「嵐の前の静けさ、か……そうならないことを祈るよ……」

 グータラと油断しっぱなしのシルヴィアとは違い、ライガとエレスはむしろ警戒心を強くしていた。そんなライガたち一行の前に、違和感は現れる。

「……なんか、急に天気が悪くなってないか?」

「暗くなってきましたね……」

「なーんか、嫌な予感がするんだけど……」


「――全員ッ、気をつけるんじゃッ!」


 突如として周囲が暗くなり冷たい風が吹くようになる。
 天候が急激に変化したかと思えば、リエルの声を合図に猛烈な突風が吹き荒れる。

「うわぁッ、なんだこれッ……!?」
「か、身体がッ……飛ばされるッ……!?」

 吹き荒れる暴風に戸惑いを隠せないライガたち一行。目を開けているのも困難な状態の中、ライガたちの身体は地竜ごと浮き上がってしまう。

「このままでは離れ離れになってしまうぞッ……!」
「くっそッ……とにかく、みんな近くの奴と手を繋げッ!」

 暴風に飲まれようとしているライガたちは、それぞれが単独で吹き飛ばされないようにと手を伸ばす。しかし、そんな試みすらも嘲笑うかのように、大地を吹き荒れる突風は勢いを増していき、全員が手を繋ぐよりも先にライガたちは暴風の中へと完全に飲み込まれていってしまうのであった。

◆◆◆◆◆

「いってぇ……」

 暴風に飲まれてからすぐ、ライガは全身を焦がす熱を感じて目を覚ます。

「ふん、やっと起きたか」
「あれ、リエル……?」

 目を覚ましたライガに声をかけてきたのは、北方の賢者・リエルだった。彼女は不機嫌そうな表情を浮かべると、ライガを睨みつけている。

「ったく、どうしてこんなこと……に……?」

「ようやく状況が把握できたかの? ゆっくりと寝ている暇はないぞ」

 上半身を起こしたライガは、そこでようやく自分が寝ていた場所を把握することができた。ライガとリエルが佇む場所……そこは、辺り一面を灼熱の炎が包む異形の大地だった。

「なんだよ、コレ……」

「さっきの暴風……あれに飲み込まれて飛ばされてきたんじゃろうな。よりにもよって、立ち入るなと言われた危険な場所にじゃ」

「マジかよ……」

 軍港の町・ズイガンを出る前に地竜を貸してくれた老人が言っていた、帝国への遠回りになるとしても、通るべきではない場所。そこにライガとリエルは飛ばされてきてしまったのだった。

「どうすんだ、コレ……」

「あの老人から借りた地竜たちは、この環境にも慣れているようじゃの。炎に包まれていてもピクリともせん……」

「じゃあ、とりあえず地竜に乗ってここから出よう。シルヴィアとエレスの姿も見えねぇ。早く二人を探さないと……」

「そうじゃな。儂もそうするのがいいと思う――しかし、まずはアイツをどうにかしてからじゃな」

「アイツ……?」

 リエルが睨みつける先。
 そこに『異形の存在』が佇んでいた。

「燃える……獣……?」

「……あいつ、相当強いぞ」

 ライガたちの視界の先、そこには全身を業炎で包んだ炎の獣が存在していた。それは虎のような姿をしており、大きさはライガたちの倍ほどはあった。

 灼熱の地獄が支配する場所においても、炎虎は圧倒的な存在感を誇っており、身動き一つ取ることなくライガたちを見つめていた。

「……去るがいい。愚かなる人間たちよ」

 大気を震わす炎虎の声に、ライガたちの身体は無意識の内に強張る。

 ただ目を合わせているだけでも、ライガたちは気付けば呼吸することを忘れてしまうくらいに圧倒される。

「あいつを、倒さなくちゃいけないんだよな……コレ」

「そうなるじゃろうな。帝国へ向かうのなら」

 絶え間ない炎が支配する異形の大地。
 そこで壮絶な戦いが始まろうとしていた――。

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