終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章8 【帝国脱出編】白の少女と黒の少女

「…………」

 アステナ王国での戦いに破れ、航大とは別の形で捕らわれ帝国ガリアへとやってきた白髪の少女・ユイ。彼女は帝国ガリア王城のどこかに位置する部屋に幽閉されており、航大ほど酷い扱いを受けてはいないが、部屋から一歩も外に出ることを禁じられていた。

 ユイの体内にはまだ、伝説の王・アーサーの力が眠っており、その力を使えばこの場所からの脱出も容易ではあるのだが、航大の身に何かが起こっているのか、ユイはその力を自由に使うことが出来ない。

 英霊・アーサーの力を感じるということは、航大が近くにいて生きていることに間違いはない。しかし、その力を使うことが出来ない現状というのは、彼の身に何かが起きていることの証でもある。

 異様な静寂が包む部屋の中で、刻一刻と過ぎていく時間にユイは焦燥感を禁じ得ない。

「…………」

 心内で焦燥感を滾らせるユイは、窓際に座ると眼下に広がる帝国の街並みを見つめる。

 帝国街並みは今まで見てきたどの国と比較しても異質なものであり、白煙と黒煙が入り交じる中でも何とか生活する人々の姿にユイは表情を険しいものへと変えていく。


「……じー」


「…………」

「……じーー」

「…………?」

 街並みを見下ろすユイの背後。
 そこから強烈な視線を感じたユイは、ゆっくりと背後に目を向ける。

 すると、そこには小柄な少女が立っていて、感情の読み取れない瞳でユイのことをじっと見つめていたのだ。完全に密閉されている部屋にどうやって侵入したのかも気になる所だが、それ以上にユイを驚かせたのは少女の容姿だった。

 ユイの胸くらいまでしかない背丈、美しい艶のある黒髪を背中まで伸ばし、その肌は全身が褐色となっている。

 その容姿は異世界において異質なものであるのは間違いないのだが、ユイが驚く理由、それはあまりにも自分と似ていたからだった。

 髪色、肌の色と確かに違いはあるのだが、その顔立ちであったり感情が読み取れない様子などから、ユイは何故か本質的に彼女は自分と似ているのだと感じるのであった。

「……貴方も外から来た人?」

「……うん」

「……やっぱり、そうなんだ」

 少女はやはり感情が読み取れない声音でユイに問いかけを投げかけてくる。

 その様子から敵意のようなものは感じることが出来ず、ユイは少女の目的等は謎のままではあるのだが、ユイは少女に対する警戒のレベルを下げていく。

「……ねぇねぇ、貴方はどこから来たの?」

「……どこから?」

「……地下にいるお兄さんと一緒?」

「……お兄さんって、もしかして」

「……アステナ王国って場所からきたお兄さん。今は地下で捕まってる」

「――ッ!」

 褐色の少女が漏らした言葉、それは間違いなく航大のことを言っているのであって、それは今一番ユイが知りたい情報なのであった。

「……航大は無事なの?」

「お姉さんが外の世界でのこと、色々教えてくれたらお兄さんのことも教えてあげる」

「…………」

「……大丈夫。お兄さんは今すぐに危険な状態ではないから」

「…………」

 むしろ、少女のその言葉に焦燥感を煽られるユイなのであったが、少女を説き伏せるよりも早いところ話を終わらせて聞き出すほうが早いと判断する。

「私もちょっと前まで記憶喪失だったから、あまり詳しくはないけど……」

 その後、ユイは自分が持てる記憶を頼りに褐色の少女へこの世界で見てきた全てを語り出す。

「…………」

 静かに語るユイの話を、少女は言葉を挟むことなく静かに耳を傾けている。
 まだ見ぬ世界に思いを馳せるかのように、少女はただ沈黙を保って想像を膨らませているのであった。

◆◆◆◆◆

「……お姉さん、ありがとう。面白いお話が聞けた」

「……ごめんね、あまり詳しくお話することができないで」

 あれからしばらくの時間が経過する。
 ユイが持ち得る異世界での話を終えると、褐色の少女は満足げに何度か頷く。

「……それじゃ、お兄さんのこと教えてあげる。お兄さんは今、ガリアの地下牢にいるよ」

「……地下牢」

「そこで毎日のように拷問を受けてる。帝国ガリアに寝返るように要求されて」

「……拷問ッ!?」

 そこで初めてユイの表情に明確な変化が現れた。
 少女の口から語られる航大の現状に、ユイは目を見開き激しく動揺した様子を見せる。

「こ、航大は……無事なの……?」

「……うん。ひとまず命は大丈夫。それでも、すごく憔悴はしてるけど」

「そんな……」

 幽閉されているとは言っても、自分が一人で時間を悪戯に消費していく中、最も大切な存在である航大は帝国ガリアから酷い拷問を受けていた真実。それはユイにとって少なくない衝撃をもたらしており、彼女の焦燥感をより煽る結果となる。

「……でも、どうして貴方が航大のことを?」

「……私は外の世界が知りたいから。だから、お兄さんともお話をしてる」

「…………」

「お兄さんはお姉さんのことも心配してた。会いたいって」

「――――」

 自分が想像を絶する過酷な状況に置かれていても、航大はユイのことを、その他の仲間のことを常に気にかけていた。それがユイにとっては衝撃的であり、彼を守ると豪語していてこの有様である自分が恥ずかしくなる。

「……お兄さんを助け出すの協力してもいい」

「……本当?」

 少女の言葉にユイは弾かれたように顔を持ち上げる。

「……でも、ここからお姉さんを出すのは難しい。私だけならまだしも、ここは帝国騎士たちの監視下にあるから」

「…………」

「だから、お兄さんは私が助け出す」

「……航大を助けられるの?」

「お姉さんよりは、助けるの簡単……お兄さんを助けたら、お姉さんを助けにくるから……それまで、なんとか凌いでいて欲しい」

 褐色の肌をした少女のビー玉のような瞳がユイを射抜き、その瞳にユイは力強く頷いてみせる。

「……この後すぐ、帝国騎士が来る」

「…………」

「気をつけてね、お姉さん」

 少女はそれだけを言い残すと、何の前触れもなく部屋から姿を消した。

 突如として少女の姿が消えたのにユイが驚いていると、固く閉ざされていた部屋の扉がゆっくりと開いていく。

「アハッ、本当にあの厄介な力は消えてるみたいだネ」

「無駄話は良いから、早く仕事をしてくれるかな?」

「……本当に君は頼む側の癖に生意気だネ」

 部屋に姿を現したのは、小柄な体躯をしたハイネと赤髪が印象的な帝国騎士・アリアだった。

「まぁいいか。それじゃ、さっさと仕事を終わらせちゃおうかナ?」

 赤髪の帝国騎士であるアリアが見る先、そこには白髪の少女・ユイ。

 ――曇天覆う帝国ガリア。

 再びの帝国騎士による権能が少女を襲うのであった。

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