終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章3 【帝国脱出編】負が満ちる城下町
「アハッ、あれが帝国ガリア。いずれこの世界のすべてを手中に収める国だヨ」
異形の大地を空路で進むこと丸一日。
航大たちの眼前に巨大な国が見えてきた。
一つの山を開拓して作られたそれが帝国ガリア。今まで見てきたどの国よりも巨大であり、更に遠目からでも分かるほどに異様な空気を纏っていた。
「帝国ガリア……」
山を取り囲むようにして存在している巨大な城壁。
階段式に民家が立ち並んでおり、山の上部に行くほど民家は大きくなっていた。
――帝国ガリア。
その姿を目の当たりにしたのは初めての航大だが、何よりも驚いたのはその圧倒的なまでの巨大な全貌だった。アステナ王国の三倍、ハイラント王国の二倍は国土面積を誇っており、国の至る所からは白煙と黒煙が立ち込めていた。その姿は要塞と形容するのに近く、城壁が囲む山の頂点には、天に伸びる巨大な建造物が存在しており、あれが帝国の総統が住まう王城なのだと瞬時に理解することができた。
「燃えてるのか……?」
「あー、アレは炭坑から出てる煙じゃないかナ。帝国ガリアは炭坑による資源が豊富な国だからネ」
――山全体が燃えている。
帝国ガリアの全貌を見ての第一印象がそれであった。
もくもくと立ち込める煙は空を覆っており、街中にも煙が漂っている様子が見える。とても人間が永住するには良い環境とは言えず、帝国でも過酷な現実が存在しているのだと、空から見ても判断できる。
「それじゃ、快適な空の旅はここまで。ここからは降りて歩くヨ。少しだけ城下町を案内してあげるヨ」
「…………」
異様な光景が眼下に広がり、言葉を失う航大に帝国騎士のアリアは底意地の悪い笑みを浮かべると翼竜に降りるように命令を下していく。
アステナ王国を出てから一日と数時間。
長い旅路の果てに待ち受ける帝国ガリアへ、いよいよ航大は足を踏み入れるのであった。
◆◆◆◆◆
「…………」
「アハッ、ここは帝国ガリアの城下町・第一階層だヨ」
「第一階層?」
「帝国ガリアは全部で三つの階層で構成されてるんだよネ。上に行くほど第二、第三階層と分かれてるワケ」
「……スラムみたいだな、ココ」
「第一階層は労働者が集まる場所だからネ。仕方ないネ」
帝国ガリアの正門から中に入ると、そこには貧困街が広がっていた。
山を開拓して作られた帝国を取り囲む城壁は全部で二つ存在しており、それぞれが階層によって区分けされていた。区分けされている中で最も広い面積を誇っているのが、航大たちが居る第一階層であり、ボロボロの民家、貧しい衣服に身を包む人間が多く見られ、首をかしげるのは街中を歩くほとんどが女性と子供であることだった。
「男の人の姿が見えないな……」
「この国の第一階層における男ってのは、全員が労働してるからネ。それもしょうがないんだヨ」
「労働……」
「そう。殆どの人間が鉱山で肉体労働をしているヨ。そうしなきゃ、この国では生きていけないからネ」
何でもないとアリアは航大の疑問に答える。
帝国の城下町を包む白煙と黒煙。これは鉱山から湧き出ているものであり、どう見ても住居環境は最悪だと言わざるを得ない。事実、航大も帝国に足を踏み入れてからは顔を顰め続けている。
「…………」
アリアから説明を受けながら歩を進める航大は、城下町の至る所から向けられる違和感に視線を彷徨わせていた。航大が視線を左右に向けると、民家の影からこちらを見る幾つもの視線があった。
若い女性、年配の女性、そしてまだ幼い子供までが航大ではなく、その隣を歩く帝国騎士の女であるアリアを睨みつけているのだ。
「…………」
負の感情に満ちた視線を一身に浴びるアリアだが、彼女はそんな国民の視線に気付くこともなく軽い口調で城下町の案内を続けている。
なんとも言えない居心地の悪さを感じていると、航大たちの前に飛び出してくる人影があった。
「お前ッ、帝国の騎士だなッ!」
「…………」
航大たちの前に飛び出してきたのは、まだ年若い少年だった。
短く切り揃えた黒髪、顔には絆創膏を貼り付けたいかにもなわんぱく少年は、アリアの前に立つと彼女を指差して大声で怒鳴りだす。
「おい、これ……」
「アハッ、元気な少年だネ。元気なのはいいコトだと思うよ。こういう子供が帝国の未来を支えるんだからネ」
喚き散らす少年を前にして、アリアはその顔に歪な笑みを浮かべていた。
言葉だけなら温厚なのだが、航大はその目が一切笑っていないことを確認した。
「父ちゃんを返せッ! 父ちゃんはどこに行った――もごッ!?」
「――申し訳ありませんッ!」
唾を零しながらアリアを怒鳴る少年の姿を見て、民家の影から飛び出してくる人影があった。それは少年の母親であろうか、二十代中盤といった容姿をした女性は少年の口を塞ぐと、顔面を蒼白させてアリアに何度も頭を下げる。
「こ、この子はどうかしているんですッ……厳しく、厳しく言って聞かせますのでッ……どうか、どうか命だけはお助けくださいッ!」
母親に口元を押さえられているにも関わらず、少年は激しい憎悪の感情を瞳に込めて喚き続けている。母親はそれを必死に止めようとする。
想像を絶する異様な光景を前にして、航大は身動きが取れず、また絶句することを禁じ得ない。これが帝国ガリアの現状なのであると、頭では理解していても、それを受け入れることなど到底できないのであった。
「アハッ、私はそこら辺の帝国騎士とは違うからネ。これくらいのことじゃ怒らないヨ」
「…………」
涙を溢れさせ、許しを請う母親を前にしてアリアはどこまでもマイペースな言葉を漏らす。
「うーん、君に似た男を城で見たことがある気がするヨ。確かあの男は……城で魔獣について研究してたかナ。まぁ、総統に殺されちゃってから日も経っちゃってるし、あまり詳しくは覚えてないんだけどネ」
「――ッ!?」
アリアが漏らした言葉が鼓膜を震わせると、少年と母親の顔が驚愕に満ちていく。何かを察したのか、二人の目からは大粒の涙が溢れ出て止まらない。
「アハハハッ、泣くことはないヨ。私は心が広いからネ。これくらいじゃ、怒らな――」
「おい、アリアッ!」
アリアが前屈みになり、少年に手を伸ばした瞬間だった。航大は険しい声を発すると共に拘束された両手を器用に使って彼女の腕をガッチリと掴む。
「……お前、今――この子を殺そうとしたな?」
「アハッ、察しがイイネ?」
航大が掴むアリアの右手には鈍色に光る小刀が握られており、それを即座に見抜いた航大は険しい顔つきで帝国騎士・アリアを睨みつける。
航大の瞳には強い怒りの念が込められており、その様子にアリアはやれやれ……と、溜息を漏らし姿勢を正す。
「本当なら、この子は死んでるんだけどネ。君の強い気持ちに免じて――幸せな夢を見せてあげることにするヨ」
「――ッ!?」
アリアは言い終えるのと同時に、大罪のグリモワールが持つ権能を使役する。
瞳に十字架が浮かび、それを直視した少年はありもしない『夢』の世界へと誘われていく。
「てめええええええええええぇぇえぇぇッ!」
「――少し、黙ってようか?」
「うぐッ!?」
「ここは君たちが暮らしていた平和な国とは違うんだヨ。ここは帝国ガリア。第一階層の貧民なんかの命は私たちに管理されてるんだヨ」
「お、お前ッ……」
「疲れたよネ? 少し眠っているとイイヨ」
アリアの権能によって夢を見させられた少年は、突如として苦しみ出す。断末魔の叫び声を周囲に轟かせ、自らの手で自らの身体を痛めつけていく。白い肌に爪を立て、怨嗟の声を上げながら自分の肌を切り裂いていく。
母親がどれだけ声をあげようとも、グリモワールの権能に沈む少年の耳には届くことはない。
「はぁっ、ぐッ……絶対にッ……許さねぇッ……」
「アハッ、おやすみなさい」
冷酷な帝国騎士の行動に怒りを瞬間的に爆発させる航大であったが、両手を封じられ自由に行動できない中で、アリアはその拳を航大の腹部にめり込ませる。
激しい嘔吐感が襲う中、航大は少年の叫びを聞きながらその意識を途絶えさせていくのであった。
帝国ガリアの城下町。
そこは絶対なる圧政が支配する悲劇の街なのであった。
異形の大地を空路で進むこと丸一日。
航大たちの眼前に巨大な国が見えてきた。
一つの山を開拓して作られたそれが帝国ガリア。今まで見てきたどの国よりも巨大であり、更に遠目からでも分かるほどに異様な空気を纏っていた。
「帝国ガリア……」
山を取り囲むようにして存在している巨大な城壁。
階段式に民家が立ち並んでおり、山の上部に行くほど民家は大きくなっていた。
――帝国ガリア。
その姿を目の当たりにしたのは初めての航大だが、何よりも驚いたのはその圧倒的なまでの巨大な全貌だった。アステナ王国の三倍、ハイラント王国の二倍は国土面積を誇っており、国の至る所からは白煙と黒煙が立ち込めていた。その姿は要塞と形容するのに近く、城壁が囲む山の頂点には、天に伸びる巨大な建造物が存在しており、あれが帝国の総統が住まう王城なのだと瞬時に理解することができた。
「燃えてるのか……?」
「あー、アレは炭坑から出てる煙じゃないかナ。帝国ガリアは炭坑による資源が豊富な国だからネ」
――山全体が燃えている。
帝国ガリアの全貌を見ての第一印象がそれであった。
もくもくと立ち込める煙は空を覆っており、街中にも煙が漂っている様子が見える。とても人間が永住するには良い環境とは言えず、帝国でも過酷な現実が存在しているのだと、空から見ても判断できる。
「それじゃ、快適な空の旅はここまで。ここからは降りて歩くヨ。少しだけ城下町を案内してあげるヨ」
「…………」
異様な光景が眼下に広がり、言葉を失う航大に帝国騎士のアリアは底意地の悪い笑みを浮かべると翼竜に降りるように命令を下していく。
アステナ王国を出てから一日と数時間。
長い旅路の果てに待ち受ける帝国ガリアへ、いよいよ航大は足を踏み入れるのであった。
◆◆◆◆◆
「…………」
「アハッ、ここは帝国ガリアの城下町・第一階層だヨ」
「第一階層?」
「帝国ガリアは全部で三つの階層で構成されてるんだよネ。上に行くほど第二、第三階層と分かれてるワケ」
「……スラムみたいだな、ココ」
「第一階層は労働者が集まる場所だからネ。仕方ないネ」
帝国ガリアの正門から中に入ると、そこには貧困街が広がっていた。
山を開拓して作られた帝国を取り囲む城壁は全部で二つ存在しており、それぞれが階層によって区分けされていた。区分けされている中で最も広い面積を誇っているのが、航大たちが居る第一階層であり、ボロボロの民家、貧しい衣服に身を包む人間が多く見られ、首をかしげるのは街中を歩くほとんどが女性と子供であることだった。
「男の人の姿が見えないな……」
「この国の第一階層における男ってのは、全員が労働してるからネ。それもしょうがないんだヨ」
「労働……」
「そう。殆どの人間が鉱山で肉体労働をしているヨ。そうしなきゃ、この国では生きていけないからネ」
何でもないとアリアは航大の疑問に答える。
帝国の城下町を包む白煙と黒煙。これは鉱山から湧き出ているものであり、どう見ても住居環境は最悪だと言わざるを得ない。事実、航大も帝国に足を踏み入れてからは顔を顰め続けている。
「…………」
アリアから説明を受けながら歩を進める航大は、城下町の至る所から向けられる違和感に視線を彷徨わせていた。航大が視線を左右に向けると、民家の影からこちらを見る幾つもの視線があった。
若い女性、年配の女性、そしてまだ幼い子供までが航大ではなく、その隣を歩く帝国騎士の女であるアリアを睨みつけているのだ。
「…………」
負の感情に満ちた視線を一身に浴びるアリアだが、彼女はそんな国民の視線に気付くこともなく軽い口調で城下町の案内を続けている。
なんとも言えない居心地の悪さを感じていると、航大たちの前に飛び出してくる人影があった。
「お前ッ、帝国の騎士だなッ!」
「…………」
航大たちの前に飛び出してきたのは、まだ年若い少年だった。
短く切り揃えた黒髪、顔には絆創膏を貼り付けたいかにもなわんぱく少年は、アリアの前に立つと彼女を指差して大声で怒鳴りだす。
「おい、これ……」
「アハッ、元気な少年だネ。元気なのはいいコトだと思うよ。こういう子供が帝国の未来を支えるんだからネ」
喚き散らす少年を前にして、アリアはその顔に歪な笑みを浮かべていた。
言葉だけなら温厚なのだが、航大はその目が一切笑っていないことを確認した。
「父ちゃんを返せッ! 父ちゃんはどこに行った――もごッ!?」
「――申し訳ありませんッ!」
唾を零しながらアリアを怒鳴る少年の姿を見て、民家の影から飛び出してくる人影があった。それは少年の母親であろうか、二十代中盤といった容姿をした女性は少年の口を塞ぐと、顔面を蒼白させてアリアに何度も頭を下げる。
「こ、この子はどうかしているんですッ……厳しく、厳しく言って聞かせますのでッ……どうか、どうか命だけはお助けくださいッ!」
母親に口元を押さえられているにも関わらず、少年は激しい憎悪の感情を瞳に込めて喚き続けている。母親はそれを必死に止めようとする。
想像を絶する異様な光景を前にして、航大は身動きが取れず、また絶句することを禁じ得ない。これが帝国ガリアの現状なのであると、頭では理解していても、それを受け入れることなど到底できないのであった。
「アハッ、私はそこら辺の帝国騎士とは違うからネ。これくらいのことじゃ怒らないヨ」
「…………」
涙を溢れさせ、許しを請う母親を前にしてアリアはどこまでもマイペースな言葉を漏らす。
「うーん、君に似た男を城で見たことがある気がするヨ。確かあの男は……城で魔獣について研究してたかナ。まぁ、総統に殺されちゃってから日も経っちゃってるし、あまり詳しくは覚えてないんだけどネ」
「――ッ!?」
アリアが漏らした言葉が鼓膜を震わせると、少年と母親の顔が驚愕に満ちていく。何かを察したのか、二人の目からは大粒の涙が溢れ出て止まらない。
「アハハハッ、泣くことはないヨ。私は心が広いからネ。これくらいじゃ、怒らな――」
「おい、アリアッ!」
アリアが前屈みになり、少年に手を伸ばした瞬間だった。航大は険しい声を発すると共に拘束された両手を器用に使って彼女の腕をガッチリと掴む。
「……お前、今――この子を殺そうとしたな?」
「アハッ、察しがイイネ?」
航大が掴むアリアの右手には鈍色に光る小刀が握られており、それを即座に見抜いた航大は険しい顔つきで帝国騎士・アリアを睨みつける。
航大の瞳には強い怒りの念が込められており、その様子にアリアはやれやれ……と、溜息を漏らし姿勢を正す。
「本当なら、この子は死んでるんだけどネ。君の強い気持ちに免じて――幸せな夢を見せてあげることにするヨ」
「――ッ!?」
アリアは言い終えるのと同時に、大罪のグリモワールが持つ権能を使役する。
瞳に十字架が浮かび、それを直視した少年はありもしない『夢』の世界へと誘われていく。
「てめええええええええええぇぇえぇぇッ!」
「――少し、黙ってようか?」
「うぐッ!?」
「ここは君たちが暮らしていた平和な国とは違うんだヨ。ここは帝国ガリア。第一階層の貧民なんかの命は私たちに管理されてるんだヨ」
「お、お前ッ……」
「疲れたよネ? 少し眠っているとイイヨ」
アリアの権能によって夢を見させられた少年は、突如として苦しみ出す。断末魔の叫び声を周囲に轟かせ、自らの手で自らの身体を痛めつけていく。白い肌に爪を立て、怨嗟の声を上げながら自分の肌を切り裂いていく。
母親がどれだけ声をあげようとも、グリモワールの権能に沈む少年の耳には届くことはない。
「はぁっ、ぐッ……絶対にッ……許さねぇッ……」
「アハッ、おやすみなさい」
冷酷な帝国騎士の行動に怒りを瞬間的に爆発させる航大であったが、両手を封じられ自由に行動できない中で、アリアはその拳を航大の腹部にめり込ませる。
激しい嘔吐感が襲う中、航大は少年の叫びを聞きながらその意識を途絶えさせていくのであった。
帝国ガリアの城下町。
そこは絶対なる圧政が支配する悲劇の街なのであった。
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