終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章42 終幕ノ刻

「――行かせません」

 帝国騎士の女が見せてきた『夢』から覚めた航大。

 眼前には瓦礫と化したアステナ王城の一部が広がっており、周囲には傷つき、倒れ伏す仲間たちの姿があった。

 北方の女神・シュナと深層世界に眠る影の王が持つ力をその身に宿すことで、航大は異形の力を得て魔竜・ギヌスの分身を討つことに成功した。しかし、強大すぎる力は航大の身体に多大なる負担を強いており、帝国騎士の女が見せた『夢』から覚めるのと同時に女神たちの力は消失してしまっていた。

 これで航大に戦う力は残されてはおらず、仲間たちも戦闘不能に陥っていることもあり帝国騎士を前に航大たちの敗北が決定したかのように見えた。

「はぁ……さすがにしつこいなぁー、そのまま寝てればいいのに――死にたいのかナ?」

 突き付けられる絶望を前に、航大が全てを諦めかけた瞬間だった。

 魔竜・ギヌスの攻撃を受け重傷を受けたアーサーが立ち上がると、震える声で帝国騎士の女を睨みつける。その片手には金色に輝く聖剣・エクスカリバーが握られており、継戦不可能だと思われていたアーサーは、その瞳に闘志を燃やして自身が健在であると誇示している。

「はぁ、はぁ……私はまだ戦えます。航大さんは行かせませんッ!」

「戦えるって、自分の格好を見て言ってるー?」

 金色の甲冑ドレスに身を包むアーサーは、誰が見ても満身創痍といった様子を呈していた。彼女は魔竜との戦いにおいて、全身を大樹の根で貫かれたのだ。アーサーの身体を包む金色の甲冑ドレスは見るも無残にボロボロな状態へと変化し、更にあちこちから鮮血が溢れ出しては鎧を汚している。

「アーサーッ、やめろッ! それ以上は戦えないだろッ!?」

「……いえ、敵がいる限り私は戦いますッ! この聖剣・エクスカリバーを持つ限りッ……敗北は許されませんッ!」

「敗北は許されないとか、意味分かんないんだけど……まぁいいや、そこまで言うならやっぱりまずは君から殺してあげよっか?」

 アーサーの身体は左右にふらふらと揺れており、それだけで立っているのがやっとな状態であることが分かる。それでも彼女は諦めることをせず、自分自身に敗北は許されないと言葉を漏らすことで溢れんばかりの闘志を燃やしていく。

 そんなアーサーの様子に苛立ちを隠せない帝国騎士の女は、こめかみをヒクヒクと痙攣させるとターゲットをアーサーへと固定していく。

「――夢の中で藻掻き苦しもっかッ!?」

「――ダメだ、アーサーッ! こいつの目を見ちゃいけないッ!」

 敵意を見せるアーサーに、帝国騎士の女は漆黒の装丁をしたグリモワールを手に持つと、相手を幻術に陥れる異形の力を行使していく。女の瞳に『十字架』が浮かんでいるのが、力を使っている証であり、その目を直視したものは有りもしない『夢の世界』へと誘われてしまう。

「アハッ、もう遅いかなって――ッ!?」

「――王剣・絶対なる勝利(聖剣・エクスカリバー)ッ!」

 帝国騎士の女が瞳に十字架を浮かべると、アーサーは対策手段を取ることなく直視してしまう。その瞬間、誰もがアーサーの敗北を覚悟した。幻術に掛かった瞬間に、対象の人間は正気を失ってしまう。アーサー以外に戦う力を持たないこの状況で幻術に掛けられるのは、絶対なる敗北を意味していた――はずだった。

「ちッ……」

 女の瞳を直視したはずだった。しかし、アーサーは正気を失うことなく、聖剣・エクスカリバーに膨大な魔力を充填させると、それを帝国騎士の女へ向けて一直線に射出していく。

 完全に油断していた女は瞳に十字架を浮かばせたまま、瞬時に状況を把握するとアーサーが放った光の斬撃を寸前の所で回避していく。

「幻術が効いてない、のか……?」

「理屈は分かりませんが、どうやらそのようですねッ……」

 帝国騎士の女が瞳に浮かばせる十字架をどれだけ直視しても、アーサーはしっかりと自我を保ったままだった。眼前を包み込んだ絶望の中に差す一筋の光。アーサーは確かな手応えを感じてその表情に笑みを浮かべる。

「どうやら貴方は直接戦う力を持たないようですね……」

「…………」

「それならば、この聖剣・エクスカリバーの敵ではありませんッ!」

 ここまでの戦いにおいて、帝国騎士の女は幻術を使った攻撃が主となっていた。アーサーが指摘した通り、女は武器を使った近接戦闘には不向きであると推測できる。

 そんなアーサーの言葉に表情を歪ませる帝国騎士の女は一歩後ずさると、無言を貫いている。女の顔は今までにないほど焦りと怒りに満ちており、英霊・アーサーが復活したことで形成は完全に逆転した――と、誰もが確信していたはずだった。

「アーサー油断するなよッ、何してくるか――ッ!?」

 まさに航大がアーサーに忠告をしたその瞬間だった。

 突如として周囲に甲高い銃声が轟いた。それは一つだけではなく、瞬く間の内に無数の銃声が響き渡る。あまりにも突然のことで、航大とアーサーは轟く銃声に反応することが出来ず、上空から降り注ぐ銃弾の雨に無防備にも身体を曝け出してしまう。

「なんだこれッ……銃撃ッ……!?」

「あぐッ、うッ……ぐッ……あああぁぁッ!」

「ア、アーサーッ!?」

 降り注ぐ銃弾は周囲を無差別に攻撃してきているように思えたが、航大の眼前に立つアーサーが苦しげな声を漏らして身体を痙攣させていた。

 ――その時、航大は突如として発生した攻撃の意図を理解した。

 これは無差別に攻撃しているのではなく、最初から狙いは伝説の王・アーサーだったのだ。周囲に散らばる銃弾は航大たちが近づけないようにするためのものだった。

「もーさー、遅いから来てみれば、まだ任務を完了させてなかったの、アリア?」

「ちッ……うるさいなー、もうちょっとで終わるところだったんだよ、ハイネッ」

 激しい銃撃が終わったかと思えば、そんなハイネと呼ばれた少年の声が上空から響いてくる。
 鼓膜を震わせた声に顔を上げてみると、そこには異様の光景が広がっていた。

「なんだよ、コレ……」

 航大の視線の先。

 そこには栗色の髪を綺麗に肩上で切り揃えた少年の姿があった。端正に整った顔立ちと、小学生程度の容姿をしている少年は退屈といった表情を浮かべると、アリアと呼んだ帝国騎士の女に声をかける。

「さっきまで魔竜の姿が見えたと思うんだけど、それも居ないし……まさか、そこにいる雑魚に遅れを取った……なんて言わないよね?」

「…………」

「あーあ、だから全部僕に任せておけば良いって言ったのに。帝国ガリアの騎士として恥ずかしいことこの上ないよ」

 航大たちの存在を無視して話を続ける少年。

 少年は何度も見た帝国騎士の衣服に身を包んでおり、この状況で現れた新たな帝国騎士の姿に航大は絶望を禁じ得ない。

「まぁ、そこのお姉さんは倒しておいたから、これで任務は完了かな?」

 同じ帝国騎士のアリアから視線を外し、少年は次に航大とアーサーに視線を向ける。少年は気怠げな表情を浮かべており、真っ直ぐに航大の目を見つめている。

「ま、まだッ……私はッ……」

「はぁ……しつこいなぁ……」

「――うぐッ!?」

 一度は静寂に包まれた場において、再びアーサーの弱々しい声が響き渡った。

 あれだけの銃弾を浴びながらも、アーサーは不屈の闘志を持って立ち上がる。金色の甲冑ドレスは見るも無残な様子と変わり果てており、再び降り注いだ無数の銃弾が幾度となくアーサーの身体を貫いていく。

 新たに姿を現した少年は、異世界には存在しないはずの『重火器』を武器として使役していた。虚空に浮かぶ少年の身体を取り囲むようにして、現実世界でも圧倒的な殺傷能力を持つマシンガンが浮遊している。

 少年の右手には漆黒の装丁をしたグリモワールが握られており、少年が持つグリモワールの力に航大は何度目か分からない絶望感に唇を噛みしめる。

「うん、これで静かになったかな」

「アーサーッ……」

 ――何度、彼女は倒れ伏せばいいのだろうか。

 ――何度、その身を犠牲にして戦えば良いのだろうか。

 航大を、リエルを、レイナとエレスを、このアステナ王国に住まう全ての人を救うため、彼女は何度も何度も立ち上がりその力を振るってきた。しかし、帝国ガリアが誇る騎士たちは、異形の力を使うことでその度にアーサーを打ち倒していく。

「全くさ、街中でも僕の邪魔をしてきた奴が居たけど、なんでみんな弱いのに邪魔をするんだろうね」

「……街中で、邪魔?」

「んー? コイツらのことだけど、もしかして君の仲間だったりした?」

「――ライガ、シルヴィアッ!?」

 ハイネと呼ばれている帝国騎士の少年がそう言って航大の眼前に放ってきたもの。それは二つの人影だった。

 一つは全身を鮮血で染め上げた、明るい茶髪と身の丈ほどある大剣を振り回す姿が印象的な青年・ライガ。

 もう一つはライガと同じように全身を傷だらけにした、血だらけの甲冑ドレスに身を包んだ少女・シルヴィア。

「僕達の目的についてはアリアから聞いてるんだよね? それなら、僕は早く帰りたいからさっさと答えを出して欲しいんだよね」

「…………」

「君が抵抗するって言うなら――この場で倒れてる君の仲間を順番に全員殺す。その後に君の手足と両足を切断して、無理矢理にでも連行するよ」

「くッ……」

 少年の言葉に航大の視線が周囲を彷徨う。

 ――誰よりも傷つき倒れ伏すアーサーとシンクロしたユイ。

 ――魔力を使い果たし、気を失っているリエル。

 ――帝国騎士の前に無残にも倒されたライガとシルヴィア。

 ――そして突然の襲撃によって捕らえられたレイナとエレス。

 全ての人間を人質に取られた状況において、航大に選択肢など存在するはずがなかった。

「……付いていけば、全員の命は保証してくれるんだな」

「うん、もちろん。僕は嘘をつかないよ」

 再び、航大は視線を周囲に彷徨わせる。
 全員の姿を視界に捉え、言葉にならない謝罪を述べると一度目を閉じ、再び眼前に立つ帝国騎士と向き合う。

「――分かった。ガリアへ付いていくよ」

「うんうん、それでいいんだよ、それで」

「ふんッ、まぁ最初の計画とはずれたけど、まぁこれでいっかー」

 航大の言葉に帝国騎士のアリアとハイネが満足気に頷く。
 全員の命を救うためには、これが最善の選択であることは間違いない。

「アハッ、帝国はイイところだヨ。きっと、君も気に入ってくれると思うんだよネ」

 航大が歩き出す。それに続くような形でアリアが歩き出す。

「……僕はちょっとだけ用事があるからここに残る。先に行っててくれる?」

「…………なに勝手な行動を取ろうとしてんのかナ?」

「あぁ、そうか。この手錠をかけておけば力を抑制できるから、アリアでも何とかなるでしょ」

「そうじゃないんだけド。ハイネ、お前が勝手な行動を取ろうとしていることを聞いてるんだヨ」

「……うるっさいなぁ。無能だった癖に態度デカイね? 僕は総統から自由な行動が約束されてるんだよ。それが分かったら早く行け。じゃないと、君も殺すよ?」

「――ホントにお前は嫌いだヨ」

 二人の間には総統な力量差があるのか、少年の言葉に同じ帝国騎士であるアリアは強く出ることが出来ないようだった。

「総統への報告もあるんだから、遅くならないように」

「はいはーい」

 アリアの言葉に軽く返事をすると、少年は背を向けて歩き出す。

 こうして、コハナ大陸のアステナ王国を舞台にした壮絶なる戦いは最悪の形で幕を閉じようとしていた。

 終末へと向かう異世界を巡る運命の歯車は、少しずつ、そして確実に狂っていく。

 少年と少女と異世界の終末へと向かう物語はまだまだ続くのであった。

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