終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章37 復活の魔竜

「――四神解封印」

 その言葉が響き渡ると、アステナ王国の筆頭治癒術師であり先祖代々に渡り魔竜・ギヌスの封印に力を注いできたプリシラ・ネポルの身体を眩い光が包み込む。目を開けていることすら困難な光が溢れ出し、次の瞬間にはその光が魔竜・ギヌスの体内へと吸収されていく。

「アハッ、やっとお目覚めかナ?」

「――ようやく、だ」

 凄まじい光は魔竜の体内へ取り込まれ、魔竜・ギヌスの分身が本来持ち得ていた力の全てが巨体の中へと収められていく。アーサーが決死の覚悟で与えた一撃によるダメージが瞬時に癒えていくと、魔竜はその顔を天に向けて全世界に轟く咆哮を上げたのだ。

「そ、そんな……今までと全然違います……」

「あぁ……ヒリヒリと伝わってくるよ……」

 本来の力を取り戻した魔竜・ギヌスの身体は溢れんばかりの禍々しい魔力で満ちており、それは近くに立っている航大たちが肌で感じることが出来るレベルだった。

 強大な魔力を前にして、航大たちは為す術もなく圧倒されるだけ。
 眼前に蘇りし魔竜は本体ではなくただの分身である。

 その事実が頭から離れず、かつて世界を滅ぼした『魔竜』と呼ばれる存在が放つ絶望に恐れ慄く。

「うーん、バッチリって感じだネ。偽物だとしても、十分じゃないかなー」

 封印を解くきっかけを作った張本人である帝国騎士の女は歪な笑みを浮かべると、背後に立つ魔竜の姿を見る。

 そして満足気に何度か頷くと、虚ろな瞳を浮かべその場に立ち尽くしているプリシラへと近づいていく。いつの間にか女の手には両刃剣が握られており、瞬間的に何かを察した航大は鋭く声を上げる。

「おい、何しようとしてんだッ!」

「航大さんッ、下手に動いたら危険ですッ!」

 帝国騎士の女が見据える先。
 そこには魔竜を封印してきた治癒術師・プリシラが居る。

 この状況から導き出される答え。それは至極簡単なものであり、帝国騎士の女は魔竜を復活させたことで、プリシラを用無しであると判断し、無防備な状態を晒す彼女を手に持つ剣で殺そうとしているのだ。

「――動くなッ」

「ぐあああぁッ!?」

 女の行動を予見した航大が一歩を踏み出し、プリシラを助けに行こうとするも、それは力を取り戻した魔竜の一喝によっていとも簡単に阻止されてしまう。魔竜が放つ咆哮と衝撃だけで航大の小さな身体は後方に吹き飛ばされてしまい、改めて魔竜が持つ力の強大さを実感させられる。

「アハハッ、また魔竜ちゃんが封印されちゃったら可哀想だから……ココで殺してあげるネ?」

「やめろッ……!」

「アハッ、やめないよ――ッ!?」

 航大の声も虚しく、帝国騎士の女が持つ剣がプリシラの胸を貫こうとした瞬間だった。突如、周囲に電流が走り視界が眩い光に包まれた。それはプリシラの身体から放たれたものであり、突然のことに航大は思わず目を閉じてしまう。

「ふーん、守護魔法が掛けられてるんだ。つまんないの」

「……ぶ、無事なのか?」

「ど、どうやらそうみたいですね……」

 光は一瞬で消失し、視界が回復するとそこには痛む右手を押さえて不敵な笑みを浮かべる女の姿があった。その手に剣は握られておらず、周囲を見渡すと航大たちから少し離れた場所で床に突き刺さって存在していた。

「魔竜を封印する力を持つ者だから、特別に守られているようじゃな……」

「そ、そうなのか……とりあえず、無事でよかった……」

「まぁいいか。じゃあ、この子は後でゆっくりと殺すとして……先に君たちの相手をしよっか?」

「来るぞ、アーサーッ!」

「……はいッ!」

 プリシラを今すぐには抹殺することが出来ないと判断した女は、ゆっくりと航大たちの方へ向き直ると嗜虐的な笑みを浮かべてターゲットを変更してくる。女の背後に立つ魔竜・ギヌスは幾度となく咆哮を上げており、その瞳は航大たちに固定されている。

「魔竜ちゃん、いっぱい暴れてもいいけド、そこのお兄さんだけは殺さないでネ」

「――それ以外はいいんだな?」

「それ以外は全員殺しちゃってイイヨ」

「――ッ!」

 女の言葉を合図に魔竜・ギヌスはアステナ王国全体に轟く咆哮を上げると眼前で身構える航大たちへ攻撃を仕掛けてくる。

「航大さんは下がっててくださいッ!」

 魔竜の咆哮が轟くのと同時に危険を察したアーサーが跳躍を開始する。

 右手に握った聖剣・エクスカリバーに魔力を充填させていくと、眼前にて復活を果たした魔竜へ急接近していく。飛びかかってくるアーサーを前にしても魔竜・ギヌスは怯むことなく真っ向から迎撃体勢を整えていく。

「――王剣・宿命の勝利シャイニング・ブレイドッ!」

 聖剣・エクスカリバーから放たれるのは無数の斬撃。その一つ一つが強大な力を持っており、無数に接近を果たす光の斬撃が魔竜に襲いかかろうとしていた。

「――木葬陣壁アンチ・フォレストッ!」

 しかし、それに対抗するように魔竜・ギヌスも新たな創世魔法を繰り出してくる。アーサーの行動を予測していたように完璧なタイミングで唱えられたその魔法は、何もない空間に木造の巨大な壁を無数に生成するものであり、アーサーが放つ光の斬撃から身を守るものだと予測された。

「その程度の壁で――ッ!?」

「アーサーッ!?」

 魔竜が生成した木の壁。
 一見、何の変哲もないただの壁にアーサーが放つ斬撃が直撃した直後だった。

 この瞬間、航大とアーサーは確かな手応えというものを感じていた。見るからに薄い木の壁ではアーサーの斬撃を防ぐことは叶わず、一瞬の内に消えてなくなるものだと慢心を抱いていた。

「きゃああああああぁぁぁーーーーッ!」

 しかしそんな慢心も一瞬の内に打ち砕かれた。
 魔竜が放つ創世魔法・木葬陣壁アンチ・フォレスト

 この魔法はただ壁を作って相手の攻撃を防ぐことを目的とした防御魔法ではなかった。

 アーサーが放つ斬撃は確かな破壊力を持って創世魔法を打ち砕こうとしたのだが、その行動が致命的なミスだったと言わざるを得ない。魔竜が生成した木の壁はアーサーが放つ攻撃の全てを吸収すると、全く同じ攻撃をそのまま返してきたのだった。

「アーサー大丈夫かッ!?」

「くッ……はぁッ……はあぁッ……だ、大丈夫ですッ……」

「アハッ、自分の攻撃を受けてみるのはどんな感じかナ?」

「くッ……」

 魔竜による反射攻撃。

 予見していなかった反撃をアーサーは正面から受けてしまい、凄まじい力を秘めた斬撃が彼女を襲う。予想外の事態にもアーサーは冷静に状況を判断すると、自分に向けて飛翔してくる斬撃を己の剣で受け止め、叩き落としていく。

 尋常ではない反射速度で対応するアーサーであったが、それでも彼女は無傷でいられる訳ではなかった。金色の甲冑ドレスの至る所に切り傷を作り、更に露出された肌にも無数の裂傷が刻まれていく。

「――創世魔法を持ってしても、一発が限度か」

 傷だらけになりながらも対峙し続ける英霊・アーサー。

 彼女が放った一撃によって、魔竜が生成したアンチ魔法の壁は脆くも崩れ去っていく。それは彼女の攻撃が甚大なものであるということの証明であり、眼前で崩れさっていく壁を前にして、魔竜・ギヌスも驚きを隠せない様子だった。

「――しかし、次はどうかな?」

「――ッ!?」

 生々しい傷が癒える暇を与えてくれる訳もなく、万全な状態を維持するギヌスによる次なる攻撃が炸裂しようとしていた。

「――大樹千雨サウザンド・フォレストッ」

「――ッ!」

 魔竜・ギヌスが放つ創世魔法。
 休む暇もなく与えられる世界創造の魔法を前に航大たちは幾度となく絶望へと突き落とされていく。

 ――大樹千雨。

 それは大樹から生成されし無数の木針を雨のように降らせる攻撃魔法だった。

 眼前を覆い尽くす木鉢を前にして、強い『絶望』という名の感情が身体を支配することを禁じ得ない。しかしそれでも、航大たちは負ける訳にはいかなかった。

「……アーサー、厳しかったら俺も前線に出るぞ」

「…………」

 何の力も持たず異世界へやってきた少年。
 少年はどこまでも無力だった。異世界にやってきた直後も、氷都市・ミノルアでの戦いでも――。

 ――しかし今は違う。

 自分だけの力ではない。今の少年には力を貸してくれる存在がついている。

 だからこそ、今までのように一人で傍観するだけではないのだ。いつも自分を守ってくれる存在と肩を並べて戦うことが出来る。今度は自分が彼女を守ることが出来るのだ。

「……航大さんが力を持っていることには気付いていました。しかしそれは、あの騎士を討つために温存しておいたものですよね?」

「…………」

「――それならば、その力をここで使わせる訳にはいきません」

 ――英霊と憑依した時から。
 ――あるいはその前から。

 彼女は航大が『力』を持っていることに気付いていたのだ。
 内なる邪悪な魔力を押さえ込み、その代わりに得た世界を守護する強大な力の存在に。

 そして、周りの仲間が苦戦する中で航大がその力を使わなかった理由についても、彼女は全てを察していたのだった。

「でも、アレを防ぐのは……」

「――私を誰だと思っているんですか?」

「…………」

「私は伝説の王・アーサー。勝利を約束されし――英霊ですッ!」

 アーサーは強く宣言すると、再び己が持つ聖剣・エクスカリバーに膨大な魔力を充填させていく。その量はこれまでの中で最も強いものであり、彼女が次の一撃に賭ける決意を現しているようだった。

「アハッ、相談は終わったかナ?」

「――いくぞッ」

 言葉を交わす航大たちを嘲笑う帝国騎士。

 創世魔法の準備を終えた魔竜・ギヌスはその瞳を輝かせると虚空に生成した無数の木針を航大たちへ降り注がせるのであった。

「それに、私は一人ではありません――そうですよね、リエルさんッ!」

「――待たせたのッ!」

「リエルッ!?」

 木針が落下を始めるのと、アーサーが飛び立つのと、そんな賢者の声が轟くのはほぼ同時だった。

「――氷雨大連弾アイス・グランニードルッ!」

 航大が立つ後方。そこから聞き慣れた少女の怒号が響き渡る。

 魔力を失い戦線離脱かと思われた北方の賢者・リエルが最後の力を振り絞って魔法を放っていく。それは両剣水晶を生成する『氷雨連弾アイス・ニードル』の上位互換版といえるものであり、より多くの両剣水晶を生み出すことができる魔法だった。

 リエルが放つ氷魔法と、魔竜・ギヌスが放つ創世魔法。
 双方が真正面からぶつかり合う形で相殺を始めた。

「――なにッ?」

「――ありがとうございます、リエルさんッ!」

 この状況でリエルが参戦してくるのは予想外だった魔竜・ギヌス。
 自身が放つ創世魔法が打ち消されていく中で、高く跳躍を果たした存在に気が付く。

「――真王剣・約束されし勝利の剣(究極剣・エクスカリバー)ッ!」

 金色に輝く聖剣・エクスカリバーを振り上げるアーサー。
 その剣は直視することが不可能な輝きを放っており、その剣から放たれる一撃はあらゆるものを打ち砕く。

「――ウオオオオオオオオオオッ!?」

 さすがの魔竜・ギヌスも今までに感じたことのない魔力を前にして咆哮を上げることしかできない。アーサーの剣が振り下ろされた時、それが魔竜の最期となる――はずだった。

「――さぁ、私に至高の夢を見せて?」

 アステナ王国を包み込む聖なる力の本流に大陸全土が激しく揺れる。
 目前まで迫った魔竜撃破の瞬間。航大たちが勝利を確信した瞬間、どこまでも冷酷な女の声が響き渡った。

「――アーサーさんッ!」

「――ッ!?」

 そんな声と共に魔竜の前に立ち塞がったのは、アステナ王国の治癒術師・プリシラだった。彼女の瞳には確かな光が宿っていて、魔竜を守るかのように立ち塞がる彼女を前にして、アーサーはその剣を振り下ろすことが出来なかった。

「――これで終わりだッ!」

「――ッ!?」

 勝利はすぐそこにあった。
 かつて世界を滅ぼし、そして世界を創造した魔竜の分身。
 完全なる復活を果たし、再びこの世界に悪意を振りまこうとする悪の権化。

 その存在を操るのは帝国ガリアの騎士。

 少年と少女は絶望に慣れていると思っていた。
 ここまでの長い日々の中で、少年と少女は数多の絶望を乗り越えてきたのだ。

 しかし、帝国騎士が放つ数多の絶望は少年と少女の儚い希望を何度も打ち砕いてくるのだ。それはこの瞬間も変わることがなかったのだ。

 一瞬の躊躇い。
 それが勝負を決する致命的な分かれ道となったのだ。

「がはッ!?」

 動きが止まったアーサーが見せた隙を魔竜・ギヌスは見逃さなかった。

 魔竜の身体から生える大樹の根が虚空で身動きの取れないアーサーの身体を無情にも貫いていく。それも一本だけではない。二本、三本、四本、五本……大樹の根はアーサーが身に包む金色の甲冑ドレスを突き破ると両腕、両足、腹部、胸部と様々な部位を貫いていく。

「――アーサー? ユイ?」

 全身を串刺しにされ、虚空にその無残な姿を晒される伝説の王・アーサー。

「アハッ、魔竜ちゃん……もっとやっちゃって?」

「――ッ!?」

 異世界に召喚されし伝説の王・アーサー。英霊をその身に宿す少女・ユイは完全に沈黙していた。彼女が右手に持った聖剣・エクスカリバーは力なく石造の床に落下していく。

 誰が見ても彼女は継戦不可能だと判断できた。
 しかし、帝国騎士の女はそれだけでは飽き足らず、魔竜に更なる攻撃を指示する。

「おい、やめろよ……」

 すると、魔竜の身体から生える大樹の根が数を増していき、沈黙する少女の身体を何度も貫いていく。

 刺しては抜く。
 刺しては抜く。
 刺しては抜く。
 刺しては抜く。
 刺しては抜く。
 刺しては抜く。
 刺しては抜く。

 目を覆いたくなるような地獄絵図が広がる中、ユイの小柄な身体から夥しい量の鮮血が噴出していく。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! 死んじゃえ、死んじゃえええええぇッ!」

 壮絶なる光景が広がる中、そんな声が響き渡った次の瞬間。
 少年の身体を邪悪なる感情が支配する。
 そして、自らの身体に潜む『二つ』の異形を呼び覚ましていく。

「――英霊憑依」

「アハッ?」

 少年の声が轟くと、そこには深層世界でも圧倒的な力を見せた『氷神』の姿があった。

「なに、ソレ?」

 アステナ王国に具現化した『氷神』。それは正しい姿であるとは到底言えるものではなかった。
 北方の女神・シュナの力を引き出し己の身体に憑依させる。全身を水色の魔法ローブに身を包み、短く切り揃えられていた薄茶色の髪を美しい水色に染め上げる。

 ここまでが正しい『氷神』の姿であると言える。
 しかし、今の少年は半身を漆黒に染め上げていた。

 右半身を氷神。
 左半身を影に覆わせた少年は異様な姿で異世界に具現化したのであった。

 内に眠る『女神の力』と滅したはずの『影の王の力』を身に纏った少年はどこまでも冷徹な瞳で眼前を見据えると、悪を討つために一歩を踏み出すのであった。

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