終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章10 幽霊屋敷での戦い

「……まさか、今の一撃を躱すとは思っていませんでした。驚きです。驚愕です」

 アステナ大森林の奥深くにひっそりと佇む洋館。魔獣たちの襲撃から逃げてきた航大たちは、古びた洋館に飛び込んだ。

 そこで出会ったのはメイド服に身を包み、ヘッドドレスと桃色の髪、そして感情の篭もらない冷めきった瞳が印象的な少女だった。避難してきた航大たちを歓迎こそはしないものの、力づくで追い出すといったことはしなかった。だから航大たちは安堵して、油断してしまったのだ。

「ぐぁッ……!?」

 これまで感情というものを見せて来なかった少女が纏う絶対零度の殺気。

 肌を突き刺す殺気に航大は思わず少女を突き飛ばした。咄嗟の行動が航大の命をギリギリのところで異世界に繋ぎ止めることに成功したのだが、その代わりに航大の脇腹からは鮮血が噴き出すこととなった。

「主様ッ!?」
「おにーさんッ、大丈夫ッ!?」

 メイド服の少女はいつの間にか、右手に短刀を握りしめていた。

 シンプルなデザインをした短刀の刃先からは、ポタポタと音を立てて鮮血が滴り落ちていて、それが航大の血液であることに疑う余地は存在しない。

 瞬間的な光景を前にして、ライガ、リエル、シルヴィア、そしてレイナとエレスの全員が唖然とした表情を浮かべることしか出来ないでいた。王国騎士として鍛錬を積んでいるライガたちでさえ、少女が内に秘めていた殺気に気付くことが出来なかった。

「な、なんでッ……?」

「……ここは貴方たちのような人間が訪れて良い場所ではありません。そうなのです」

「だからって……くッ……はぁッ……いきなり、切りつけるか……普通……?」

「私はセレナ・トニミナ。代々、この屋敷のメイドとして仕えてきた家系の人間であり、その使命は屋敷の守護。主より招かれた人間以外は、この場所を知ってはいけない。立ち入ってはいけない。それが絶対の掟なのです。そうなのです」

 出血を続ける脇腹を押さえ、航大はふらつきながらセレナと名乗ったメイド少女から距離を取る。

「そういうことなので、残念ではありますが……貴方たちにはここで死んでもらいます。そうします」

 淡々と言葉を紡ぐセレナは右手に持った短刀を振る。
 小さく短刀の刃先が風を切る音が聞こえてきて、刀身を濡らしていた鮮血が屋敷の床に飛び散る。

 セレナの小さな身体からは強い殺気が溢れ出ており、圧倒的な力量差を前に航大は慄く。しかし、そんな彼女と航大の間に立つ人影があった。

「すまない、主様。儂が油断していたばかりに……」

「大丈夫か、航大? 早く治療を受けるんだ」

「いきなり攻撃してくるなんて、さすがの私も怒っちゃうんだけど?」

「そうですね。今のは私も見過ごすことが出来ませんね」

 片膝をつく航大の前に背中を見せて立ち尽くすのは、ライガ、シルヴィア、そしてエレスの三人だった。

 リエルは小走りで航大の傍まで駆け寄ってくると、謝罪の言葉を漏らしながら治癒魔法を唱え始める。他の三人はそれぞれ静かな怒りをその身に纏いながら、刃を手に取る。

「……はぁ、三人を同時に相手するのは久しぶりですね。そうですね」

「そっちから喧嘩を吹っ掛けてきたんだ。覚悟は出来てるんだよな?」

「覚悟? それは何の覚悟でしょうか? 分かりません」

「やられる覚悟は出来てるのかって話ッ! 絶対に許さないッ!」

 表情を変えず小首を傾げるセレナの様子を見て、シルヴィアの怒りは頂点に達しようとしていた。傷つく航大を横目で見て、彼を守ることが出来なかった悔しさに唇を噛み締め、両手に握った二対の剣を強く握りしめる。

「あまり大勢で戦うのはフェアじゃないですが、貴方も相当な手練のようですし、構いませんよね?」

「……私は問題ありません。手間が省けて楽だと思うくらいです。そうです」

 王国騎士を二人。それに負けないほどの実力を持つエレスを前にしても、セレナは自分の勝利を信じていた。

「……いくぜぇッ!」

 ライガの咆哮を合図に、シルヴィア、エレスが跳躍を開始する。
 戦いは突然に始まり、刹那の静寂を挟んだ後に衝突を繰り返す。

「――ッ!? コイツッ!?」

「身体に無駄が多いですね。隙だらけです」

「ぐあぁッ!?」

 先陣を切って刃を振るったのはライガだった。
 自分の背丈ほどはある大剣を振り上げ、力任せに振り下ろしていく。

 錆から解放された風を纏いし神剣・ボルカニカはセレナの身体を確実に狙っていて、手のひらサイズの短刀しか持たない少女を両断しようとしていた。

 その斬撃に迷いはなく、ライガは戦いが始まった瞬間にセレナの命を絶つ覚悟を整えていた。

「風塵剣・クロノス。短い剣だと思って油断しましたね? そうですね?」

「なんだよ、コレッ……どうして受け止められてんだッ!?」

「貴方には見えませんか? 風を纏う短刀の姿が。そうですか」

 ライガが振るう大剣をセレナが持つ短刀で受け止めることなど到底出来るはずがなかった。

 騎士としての経験を持つライガはそんな考えの元に刃を振るったのだが、現実は彼の想像通りには行かなかった。

 もう少しでセレナの小さな身体に神剣・ボルカニカが到達しようとした瞬間だった。鈍色に輝く大剣は甲高い音を立てて虚空で制止し、そこから微塵も先に進むことが出来ないでいた。

「貴方の剣も同じ風を使うものと拝見します。それなのに見えないなんて、とても弱いですね。まだまだ未熟ですね」

 覇気を纏い飛び込んでくるライガを目前にしても、セレナは表情を一つも変えることなく右手に握った短刀を横に寝かせることで、ライガが放つ斬撃を受け止めていた。

「風を纏うってッ……マジかよッ……!?」

「剣にばかり意識が行ってますね。身体がガラ空きです。隙だらけです」

「ぐおおぉッ!?」

 見えない風の刃で斬撃を受け止められた。

 その衝撃に驚きを隠せないライガは、素早い身のこなしで動くセレナが放つ攻撃に対応が遅れてしまった。セレナはいとも容易くライガの大剣を弾き返すと、その場で身体を回転させて重い蹴りをライガの脇腹に見舞っていく。

「ぐあああぁッ!?」
「骨の何本かは折っておきましょう。そうしましょう」

 脇腹にめり込むセレナの足。
 ライガは苦悶の声を漏らしながら、ミシミシと軋む骨が放つ音を確かに聞いていた。

 小柄で外見年齢と同等の身体つきをした少女とは思えない怪力から放たれる回し蹴りによって、ライガは狭い屋敷の中を吹き飛んでいく。

「ライガッ!?」

「貴方はさっきの人に比べて、身体の使い方は上手ですね。美しいです」

「うるっさいッ!」

 激しい音を立てて屋敷を転がっていくライガを見て、次に攻撃を仕掛けたのはシルヴィアだった。
 甲冑ドレスを風に靡かせると、空中で身体を回転させながら剣を振り下ろしていく。

 その姿はあまりにも美しく、そして無駄がない。 

 呆然と立ち尽くすセレナもシルヴィアの身のこなしを褒める余裕を見せながらも、回避行動を取ることは無かった。

「くうぅッ!」

「身のこなしは百点満点です。しかしあまりにも非力。そして、貴方の身体からも不思議な力を感じますね。残念なことに内に秘める力を欠片も使いこなすことは出来ていないようですが」

「きゃあぁッ!?」

 右手に持った『緋の剣』を振り下ろす。
 セレナは必要最低限の動きでそれを受け流す。

 今度はシルヴィアの左手に握られた『蒼の剣』を横に薙ぎ払う。
 セレナはそれを両足を使った跳躍で躱す。

「こんのッ、ちょこまかとぉッ!」

「――剣を握ったのは最近ですか?」

「――ッ!?」

 初撃を全て躱された。
 しかし、シルヴィアにはそれも計算の内だった。
 予測していたからこそ、シルヴィアの動きは早かった。

「自らが持つ天賦の才に溺れ、力を使いこなしている気になって、貴方はその剣に使われているだけなのです。そうなのです」

「――なにをッ!」

「それほどまでの才能を持っていながら、ここで死んで貰わなければならないことに悲しみを覚えます。残念です」

 シルヴィアが放つ連撃。それは常軌を逸した速度で繰り出されている。しかしその全てがセレナの身体に届くことはなく、見えない風を纏った短刀によって尽く弾き返されていく。

「――助太刀しますッ!」

「……おや、同時に襲いかかってくるとは……騎士として恥ずかしくはないのですか? そうですか」

「それはもちろん、恥ずかしいに決まってますよ。しかし、貴方の実力を冷静に分析しての行動であると褒めて欲しいものですッ」

「貴方も身体の使い方はとても良いですね。しかし、剣が優等生すぎますね」

「くッ!?」

 シルヴィアの連撃を受けるセレナに飛びかかっていく人影がもう一つ。
 濃い紫色の髪を靡かせた青年・エレスは、腰にぶら下げた細身の剣を握ると、それを瞬速の速さで突き出していく。

 手練の騎士が二人。しかも同時に繰り出されていく攻撃の連続。
 しかし、それを持ってしてもメイド服に身を包んだ少女・セレナを討ち倒すことは叶わない。

「メイド服が少し破けてしまいました。これは想定外です。そうなのです」

「……この連携攻撃も躱しますか」

「二人の攻撃は悪くありませんでした。本当の意味で完璧な連携が取れていたのなら、私の肌に傷をつけることは出来たかもしれませんね。きっと」

 シルヴィアが繰り出す剣に足を乗せ、それを足場にして虚空を舞うセレナ。その動きによってエレスが繰り出す突き攻撃を完璧に躱すと、柔軟な身体を生かしてシルヴィアとエレスの上半身に蹴り技を繰り出していく。

「きゃああああぁぁぁぁーーーッ!?」
「くううううぅーーッ!?」

 シルヴィアは胸に、エレスは腹部にそれぞれ重い一撃を食らったことで、それぞれが苦しげな声を漏らしながら吹き飛び、後退を余儀なくされる。

「はぁ、はあぁ……コイツ、マジで強い……」

「これだけやっても触れることすら出来ないなんて……」

「……想像以上。いや、こんなデタラメな動きは想像することは出来ないですね」

 小柄なメイド少女・セレナを前に歯が立たないライガたち。
 それぞれが痛む身体に鞭を打って立ち上がる。

「さて、お遊びはこれくらいにしましょう。次で決めましょう。そうしましょう」

 セレナは右手に握った短刀による攻撃を繰り出していない。
 ライガたちに甚大なダメージを与えたのは、その尋常ならざる蹴り技のみである。

 その事実を認識することで、ライガたちに絶望感にも似た負の感情が込み上げてくる。

 風塵剣・クロノスと名付けられた短刀の刃先には、凝縮された風の刃が存在している。凝縮された刃は少女の背丈ほどの大きさを誇っており、見えない刃がライガたちの身体を切り裂こうと狙いを定める。

「さぁ、死んでください」

 セレナの無感情な声が響くのと、少女の身体が素早く跳躍を開始したのはほぼ同時なのであった。

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