終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章6 アステナ大森林への挑戦

「お、お金を落としたあああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーッ!」

 バルベット大陸を出発した航大たちは、大陸間を結ぶ船の上で女性陣による熱い戦いなどを経て、何とか無事に大自然が支配する新大陸・コハナへと到着した。

 コハナ大陸はその全土を大森林に覆われた大地であり、この世界に存在するあらゆる大陸の中で最も自然に恵まれた場所であった。見渡す限り広がる大森林を前にして、航大たちは度肝を抜かれ、この先に待ち受けるアステナ王国への旅路で待ち受ける新たな発見に胸を高鳴らせる。

「……どうするよ、航大?」

 大森林に覆われた大陸・コハナ。その中心部に航大たちが目指すアステナ王国が存在している。
 航大たちはコハナ大陸の玄関口として利用される港町・シーラに滞在しており、ここからアステナ王国を目指すのだが、それにはこの町で『地竜』を借りなければならない。

「どうするって言われてもなぁ……」

 大森林は通称・迷いの森と呼ばれており、一度迷ったら出ることが出来ないと言われている。そんな迷いの森を通り、アステナ王国へ向かうために道を記憶している地竜の力が必要な訳である。

 そんなこんなで、航大とライガは地竜を借りるための手続きをするために歩いているのだが、そんな二人の前方に何やら騒いでいる人影があった。

「何故、財布が無いんだッ!」

「はぁ……それはレイナ様が落としたからではないでしょうか?」

「わ、私が落とした……な、なんてことだッ!」

 明るいオレンジ色の髪をサイドテールの形で結んだ少女と、男性と女性の間で中性的な外見をした藍色の髪が印象的な青年が話をしている。少女の金切り声が響いてきて、その尋常じゃない様子に航大とライガは顔を見合わせて苦笑を浮かべるしかない。

「とりあえず、話しかけてみるか?」

「……まぁ、あの場所に居る限り無視は出来ないよな」

「航大ならそう言うと思ったぜ」

 地竜の手続きをするために立ち寄らなければならない小屋の前で言い争う二人に、航大たちは恐る恐るといった形で近づいていく。近づくに連れて、少女たちの容姿をしっかりと判別することが出来るようになる。

 オレンジ髪の少女はリエルと同じくらいの背丈をしており、まだ幼いといった印象を持つ。対して、藍色の髪をした青年は、腰に細身の剣をぶら下げており、背丈は航大よりも大きく、ライガよりも小さい。かろうじて男であるとの印象を持つことが出来る。

「あ、あのぉ……」

「お? なんじゃ?」

 航大が声をかけると、まず最初に反応を見せたのはオレンジ髪の少女だった。
 ピョコっとオレンジの髪を揺らし、声をかけた航大の顔をまじまじと観察してくる。目を丸くして小首を傾げているその姿からは、どこか子犬のような愛らしさを感じることができ、航大は無性に頭を撫でたくなる衝動に駆られてしまう。

「いや、何か困ってるようだったんで、ちょっと声をかけてみたんだけど……」

「おぉッ! もしかして君たちも地竜に乗るのかねッ!?」

「うぉッ!? そ、そうだけど……」

「おおおおーーーッ! これはなんたる偶然、奇跡ッ! 天は私たちを見捨ててなかったのだッ!」

 声をかけてきた航大たちが地竜を借りようとしているのだと分かると、オレンジの髪が印象的な少女はその表情に満面の笑みを浮かべると、ピョンピョンとサイドテールの髪を跳ねさせながら喜びを表現する。

「ちょ、ちょっとッ……服が脱げるッ!?」

「いやー、よかったッ! こんなに嬉しいことはないぞッ!」

「……レイナ様、少しはしゃぎ過ぎですよ?」

 喜び全開といった様子の少女は、航大の身体に抱きついてくると何度も何度も飛び跳ねる。あまりにも激しく暴れまわるので、航大は一旦距離を取ろうとするも思いの外に強い力で抱きつかれているため、それすらもままならない。

「およよッ!? ちょ、エレスッ……離さんかッ……コラァッ!」

「突如、無礼な態度を取ってしまい大変申し訳ありませんでした」

「い、いえ……こっちは全然……」

 喜びを表現する少女の首根っこを捕まえ、エレスと呼ばれた男性はニコニコと笑みを浮かべると、子犬のようにはしゃぐ少女の身体をいとも簡単に持ち上げてペコリと頭を下げる。

「大変お恥ずかしい話ではあるのですが、私たちは全財産をどこかに落としてしまったらしく、アステナ王国へ帰ることが出来ない状態となってしまいました」

「な、なるほど……」

「そこでお願いがあるのですが……もし、地竜を借りられるようでしたら、私たちも一緒に乗せていってもらうことはできますでしょうか? 王国へ辿り着きましたら、お礼は致しますので……」

「い、いやッ……そんな頭を下げなくても……」

「私からもお願いだッ……この森林は地竜無しでは進むことができないんだッ。何とか乗せてはくれないかッ……!?」

 エレスと呼ばれた男性が頭を下げているのを見て、首根っこを捕まれ宙に浮いた状態ではあるが、オレンジ髪の少女もペコリと丁寧に頭を下げてくる。

 そんな様子を見せられて、断ることなど航大には出来ないのであった。

「分かりました。それなら、一緒にアステナ王国へ向かいましょう。それで大丈夫か、ライガ?」

「まぁ、借りる地竜の大きさが変わるくらいで、そんなに影響はないから大丈夫だぜ」

「彼もそう言ってるんで、大丈夫ですよ」

 ライガと視線を交わし合い、航大は一つ頷くと少女たちへ笑みを浮かべてお願いを受けることを伝える。

 こうして、航大たちのアステナ王国を目指す旅路に、短い期間ではあるが新たな仲間を加えることとなるのであった。

◆◆◆◆◆

「いやー、本当に助かったッ! 何度お礼を言っても足りぬくらいだッ!」

「あははッ! 本当におにーさんってば、何かと女の子に縁があるよねッ!」

「……航大がまた女の子を拾ってきた」

「またってなんじゃッ!? こっちを見て言うなッ!」

 少女たちとの出会いからしばらくの時間が経過する。

 地竜を借りる手続きは拍子抜けするくらいにあっさりと終わり、航大たちはアステナ王国を目指して、大森林の中を走っていた。

 トカゲをそのまま大きくしたような姿をした地竜は、その外見に見合わぬ速度で木々が立ち並ぶ森林の中を疾走している。必要最低限の動きで眼前を塞ぐ木を避け、道なき道を突き進んでいる。

「悪いな、御者まで任せちまって」

「いえいえ、こういったことは慣れていますので、気にしないでください」

 地竜が引く客車には、航大、ライガ、ユイ、リエル、シルヴィア。それに港町・シーラで行動を共にすることとなったオレンジ髪の少女・レイナが談笑していた。

 藍色の髪を風に靡かせるエレスは、自ら地竜を操る御者を名乗り出て、今は客車の先頭で縄を持って地竜を走らせている。

「旅の人って感じなのか? なんでまた、アステナ王国に?」

「まぁ、色々と用事があってな……」

「そーそー、おにーさんって案外忙しいんだよー」

 航大たちはハイラント王国の王女・シャーリーから預かった親書をアステナ王国に届けるという使命がある。しかしそれは、極秘の任務として受けている部分があるため、レイナたちにも詳細を話すことはできない。

 ライガとシルヴィアも王国騎士として同行してはいるのだが、その身なりにハイラント王国の紋章などは見ることができない。必要最低限の警戒態勢を取りながら、航大たちはアステナ王国を目指しているのであった。

「ふむ、あまり詳しくは聞かないでおこうッ! アステナ王国は良いところだぞッ!」

「儂も初めて行くからな、今から楽しみじゃ」
「……美味しい食べ物、ある?」

「初めてなのかッ! それならば、必ずや満足することができるだろうッ! そちらの少女も、アステナ王国には美味しい食べ物がたくさんだぞッ!」

「……じゅるり」

 ユイたちとは少し前に初めての邂逅を果たしたばかりだと言うのに、レイナは持ち前の天真爛漫さを利用することで瞬く間に打ち解けていった。その結果、客車の中は想像以上に騒がしい雰囲気に包まれ、少女たちが楽しく談笑する姿を、航大とライガは微笑ましい様子で見守るのであった。

「いやー、賑やかになったもんだな」

「あぁ……まぁ、楽しい度になるのはいいことだな」

「この調子でサクッとアステナ王国に着けば文句なしだ――なぁッ!?」

 安堵の笑みを浮かべ、ライガが話をしているその時だった。

 突然、客車が激しく揺れ始めたかと思えば、激しい音を立ててその場に急停止する。
 完全に油断していた航大たちは客車の中を転げ回ることとなる。

「な、何事だッ!?」

 ただならぬ気配を察したライガは、瞬時に表情を険しいものに切り替えると、傍に置いてあった大剣を握ると外に飛び出していく。

「儂たちも続くぞッ!」

「……航大、大丈夫?」
「あ、あぁ……俺たちも行くぞッ!」

 緊張感が漂うライガの声が伝播し、航大たちも異常な気配を察して客車を出る。外に出てみて、やはり地竜が王国に着いた訳ではないことを知る。四方八方を大森林に囲まれており、どうしてこんな場所で停止したのか……その理由はすぐに判明することとなる。

「……魔獣?」
「な、なんでこんな場所に魔獣がッ!?」

 いち早く禍々しい気配を察したのはユイだった。その言葉を聞き、レイナが驚愕に表情を染めて立ち尽くす。

 リエル、ライガ、シルヴィア、そしてエレスは声にはしないが、そんな魔獣たちの気配を既に察した様子で、それぞれ身につけた武器に手を伸ばし、いつ戦闘が起こったとしても対応できるように準備を整えている。

「……まさか、こんな場所で魔獣たちと遭遇することになるとは」

「結構な数が居るぜ……一、十、百……数えだしたらキリがねぇな……」

「みんな気をつけて……完全に囲まれてるよッ……」

「ふん、どの気配も小物じゃな」

 森林の中から近づいてくる魔獣たちの気配を、航大は察することができない。
 しかし、異様に静かで不気味な雰囲気を醸し出す森林の様子に、肌を突き刺すような緊張感が漂ってくる。

「全員、気を抜くなよッ」

 少しずつ、木々のざわめきが強くなっていく。

 どこか離れた場所から魔獣の咆哮が聞こえてくる。

 アステナ王国への旅路。それは急激に不穏な気配を纏い始める――。

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