終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章5 大自然が支配する大陸・コハナ

「はぁ……朝から疲れた……」

 激動の夜が明け、航大たちは朝食を取っていた。

 夜。シルヴィアと同じベッドで寝ることとなった航大だが、シルヴィアが寝返りをうつ度に緊張が走り、完全に寝付けたのは夜も更けた深夜のことだった。

 それだけでも十分疲れる原因となるのは間違いないのだが、朝になっても疲労感が抜けない根本の原因となったのは、ご機嫌な様子で食べ続けている二人の少女、ユイとリエルだった。

「あのさ、一つ聞いてもいい?」

「……どうしたの、航大?」
「むっ? 儂に答えられることなら何でも聞くといいぞ」

「いや、なんで結局全員で一緒に寝てたのかなって……」

 誰よりも早く目を覚ました航大。

 心地いい微睡みの中で、顔面が柔らかい何かに包まれていることを感じた。次に両手がマシュマロのような物を掴んでいて、違和感に目を開けば、そこには極限まで肌を露出して爆睡している美少女が三人居たのであった。

「あははーッ、結局こうなっちゃったね?」

「笑い事じゃないだろ……あのな、ユイたちはもっと女の子としての恥じらいって奴を持てッ!」

「……恥じらい?」

「わ、儂にだって恥じらいくらいはあるぞ!」

 航大の言葉をユイは理解できていないのか、可愛らしく小首を傾げ、リエルは心外だと言わんばかりに頬を赤く染めて声を上げる。

 目を覚ましてからもこんな感じだったのである。
 航大が驚きの声を上げるのと同時に、ユイたちも目覚め、まずシルヴィアが抗議の声を上げる。
 それに負けない剣幕でユイとリエルが、シルヴィアだけ抜け駆けするのはズルいと反論。
 そこから何故か枕投げ大会が始まり、それに航大も巻き込まれてしまったのである。

「……こんなんで、この先大丈夫なのかな」

 ギャーギャーと騒ぐ航大たちを見て、蚊帳の外でちょっと寂しいライガは一人黙々と朝食を食べ続けるのであった。

◆◆◆◆◆

「そろそろ着くのか?」

「あぁ、もうちょっとしたら大陸も見えてくるはずだぜ」

 朝食も終わった後の時間。
 女性陣は船を降りる支度があるといって、それぞれの部屋へ閉じこもっている。もちろん、男性陣の立ち入りは厳禁である。

「大変だったみたいだな、航大ッ!」

「いってッ……だから、背中叩く時は加減しろって」

「はぁ……何か、航大の周りだけ女の子が多すぎないか? 俺なんて存在すら認識されてないのか、みんな目すら合わせてくれないぜ……」

「それは……なんかドンマイ……」

 ここまでずっと蚊帳の外状態だったライガは、その目にうっすらと涙を浮かばせながら、目の前に広がる海を見つめ続ける。
 なんとも哀愁が漂ってくるその姿に、航大も苦笑いを浮かべることしかできない。

「それにしても、こんな平和な任務は久しぶりだよ」

「そうなのか?」

「こんなんでも、ずっと戦場に駆り出されてたからな」

 ライガの背中には背丈ほどの大きさを持った大剣がある。少し前まで刀身が錆び付いていて、とても剣としての使い道が存在しなかったのだが、氷都市・ミノルアでの出来事を経たことで、今では太陽の光を受けて鈍色に輝くようになっていた。

「今回の任務は、このまま平和に行って欲しいぜ……」

「なんかそれ、フラグっぽいからやめようぜ」

「フラグ? フラグってなんだ?」

「……いや、こっちの世界での話だよ」

 ベタなフラグを立てるライガに詳しく説明するのも大変だと、航大は小さな溜息を漏らして視線をライガから海に戻す。

「おーい、見えてきたーッ?」
「こら、シルヴィアッ! 人が居るんじゃから、あまり走るでないッ!」

「……航大、どこ?」
「ユイッ! そっちではない、こっちじゃッ!」

 穏やかな海を眺めていると、賑やかな声が背後から響いてきた。

「おっと、お姫様たちの登場だぜ?」

「……相変わらず騒がしいな」

 太陽も上り航大とライガが居る甲板も、もうじき到着するコハナ大陸を一目見ようとする人で混雑していた。あちこちから談笑の声が木霊する中でも、ユイ、リエル、シルヴィアの声は特に目立っていた。

「まだ見えてないぜ」

「えー、まだなのーッ!?」

「シルヴィア……お前、ちょっと声が大きいぞ……」

「なによ、これくらいで耳抑えてんじゃないわよ」

「なんか、航大と俺で扱いの差が酷くねッ!?」

 昨日の夜みたいに、航大の隣までやってきたシルヴィアは、眼前に広がる水平線を見て肩を落とし落胆といった様子を見せる。

 シルヴィアに軽蔑の眼差しを向けられたライガは、その口を大きく開けた状態で停止し、年下の少女が吐き捨てるように漏らした言葉にショックを隠しきれないでいた。

「でも、もうすぐで着くってよ」

「へぇーッ、早く着かないかなー」
「コハナ大陸……儂も少し話を聞いただけで、上陸するのは初めてじゃ」
「……私も初めて」

 ユイ、リエル、シルヴィアの三人は甲板から身を乗り出すようにして、新大陸への期待感を膨らませていく。子供のような反応を見せるユイたちに航大は微笑を浮かべる。

 和気藹々とした空気が甲板に漂う中、『それ』はなんの前触れもなく姿を現した。

「ねぇねぇッ! あれがそうじゃないのッ!?」

「おぉッ、見えてきたぞッ!」

「ほぉ……あれがコハナ大陸なのか」

「……木がいっぱい」

「まるでジャングルみたいだな……」

 まだ距離は遠いが、航大たちが向ける視線の先、そこには所狭しと木々が立ち並ぶ大陸が広がっていた。まだ全容はハッキリとはしないが、どこまでも続く雄大な自然が存在しているのが分かり、本格的に始まる新たな旅路に航大の胸は否応にも高鳴ってしまうのであった。

◆◆◆◆◆

「ここは、コハナ大陸の玄関口として使われる港町・シーラだ」

「へぇ……確かに船と人がいっぱいだな」

「アステナ王国へ向かうのなら、この港町は絶対に通らないといけないんだよ。特に他の大陸からやってきた俺たちはな」

 遙か先まで続く木々を切り開いて存在する港町・シーラ。ライガが言う通り、この小さな港町はコハナ大陸の玄関口としての機能を果たしており、大小様々な船が到着しては、再び広大な海を目指して出航していく。

「おにーさーんッ! 私たちはちょっとお買い物してくるねーッ!」

「はっ? 買い物ッ!?」

「……本当に、あいつは自由だなぁ」

「絶対に道に迷うだろ。大丈夫なのか……?」

「まぁ、まだアステナ王国へ出発するには時間があるし、少しくらいならいいんじゃないか?」

「はぁ……心配だ……」

「賢者のお嬢ちゃんも居るし、そんなに心配すんなってッ!」

 港町シーラには様々な大陸から絶え間なく人がやってくる。

 それはアステな王国で新たな商売をしようとする商人であったり、大自然が広がる大陸を見て回りたいという観光客であったりもする。多種多様な人間が集まるようになり、いつしか港町シーラはコハナ大陸でも屈指の露店が多い場所として知られるようになった。

 コハナ大陸名産の物以外にも、他の大陸より持ち込まれた特産品も多い。
 やはり異世界でも女の子は買い物好きなのだろうか。変な所で異世界と現実世界のシンクロを目の当たりにして、航大は何度目か分からない溜息を漏らす。

「よし、それじゃ俺たちは地竜の手続きでもしに行くか」

「地竜の手続き?」

「そうだ。この町からアステナ王国へは必ず地竜を借りないといけないんだよ。その証拠にあちこちに地竜がいるだろ?」

 ライガが言う通り、四方八方に視線を巡らせてみると確かにトカゲのような姿をした生物を多く見ることが出来た。屈強な身体をした地竜と呼ばれる生物は、その後ろに人間が乗る荷台を引いている。

「確かに地竜が多いのは分かったけど、どうしてそれが必要なんだ?」

「この港町からアステナ王国へは、必ず大森林を通らなくちゃいけないんだ」

「これを抜ける……」

 航大たちの目の前にはどこまでも続く木々が立ち並ぶ森林が存在していた。

「アステナ王国ってのは、この大森林の中に存在しているんだが……この森林ってのが面倒でな、ここら辺では迷いの森って呼ばれてるんだよ」

「迷いの森ね……」

「大陸全土を森林が覆ってるからな、一度迷ったら出ることが出来ない。でも、地竜であるなら道を記憶してるから、迷わずにアステナ王国へ辿り着ける。だから、絶対に必要なんだよ」

 ライガの説明を聞きながら、航大たちは歩を進める。
 向かう先は地竜の貸付を行っているとされる場所である。そこで地竜を借りて、航大たちはアステナ王国へと向かうのだ。

「……ん? なんか騒がしいな」
「誰か居るぞ?」

 航大とライガが歩く先。そこには小屋が存在していて、ライガ言うにはそこで地竜の貸付を行っているらしい。そんな小屋の前で騒いでる人影が存在していた。

 一人はオレンジ色の髪をサイドテールにして結んだ小さな少女。
 もう一人は藍色の髪を肩下まで伸ばし、男性なのか女性なのか判別が付かない中性的な外見をした人間。

 主に騒いでいるのはオレンジの髪を揺らす少女であり、その瞳にうっすらと涙を浮かべて何か喚いている。

「お、お金を落としたあああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーッ!」
「はぁ……だからあれほど、しっかり持っていてくださいと言ったのに……」

 地団駄を踏み、四肢を暴れさせる少女はそう絶叫すると、地面を踏みつける力をより強くしていく。そんな様子を見て、腰から細身の剣をぶら下げた中性的な外見をした男性はやれやれ……と、大きなため息を漏らしている。

「……どうするよ、航大?」
「どうするって言われてもな……」

 航大たちが目指す目的地の前で困り果てている様子の二人を見て、航大とライガ目を合わせてそんなことを呟くのであった。

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