終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第二章46 脈動する不穏な気配
時は少し戻り、場所はマガン大陸。
自然が極端に少なく、荒廃した大地が目立つその大陸の中心部、そこには一年を通して水蒸気と黒煙に包まれている『帝国ガリア』と呼ばれる独裁国家が存在していた。
一般的な国民は全て鉱山による肉体労働を強制されており、若く才能がある者は帝国の下っ端騎士として戦いの日々を送っている。帝国ガリアには一般的な国家が持ち得る『幸福』というものが極端に少なく、そこに住まう人々の顔から笑顔が漏れることはないのであった。
「はぁ……ようやく帰れた……超憂鬱……」
そんな帝国ガリアの中枢には巨大な城が己を誇示するかのように存在していた。
無骨な造りであり、天を目指して聳え立つ城の最上階。そこに現れたのは帝国ガリアの騎士であり、憂鬱のグリモワールを所有するシュナ・ルイラだった。
「ちッ……てめぇ、どこで何してやがった?」
「……はっ? それはこっちの台詞なんですけど?」
謁見の間にはルイラを含めて六人の姿が既にあった。
空席となった玉座の前で並ぶようにして立ち尽くすのは、帝国ガリアが誇る大罪のグリモワールに選ばれし戦士たち。全員が異形の力を行使することを可能とし、その力は絶大である。
「てめぇもランズも待ち合わせ場所に来なかったんだろうがッ」
ルイラの登場に声を荒げるのは、怠惰のグリモワールを持つ青年アワリティア・ネッツ。乱雑に伸ばされた金髪とその奥で光る灼眼が印象的であり、犬歯を剥き出しにしてルイラを怒鳴りつけている。
「確かにちょっと遅れちゃったけど、私はちゃんと行ったし。変な言いがかりやめてくんない?」
「あぁッ?」
「……喧嘩はそれくらいにしておきなよ。見苦しい」
ルイラとネッツの口喧嘩を、この場に存在する騎士たちは静観していた。
しかし、いよいよ我慢できなくなったと言わんばかりに薄紫の髪とどこか幼い顔つきをした少年で憤怒のグリモワールを所有するルクスリア・ランズが声を漏らした。
「……ランズ、てめぇが待ち合わせ場所を指定してきたんだろうがよ」
「そうだったかな? どうでもいいことは覚えてないんだよね」
「あのどうでもいい小さい村を指定したと思えば、俺が着いた時には消し炭になってたんだが?」
「あぁ、君たちが遅くて暇になってね、つい燃やしちゃったんじゃないかな」
「なーるほど。だから燃えてたんだ」
航大たちがミノルアへ到達する前に立ち寄った宿村・ヨムドン。
氷都市を襲撃した帝国騎士たちは、ヨムドン村を集合場所としていた。しかしそれも、ランズの気まぐれによって焼失していた。
「……なんで待ち合わせ場所を燃やすんだよ」
「暇だったから」
ネッツの言葉にあらゆる炎を使役する異能力者・ランズは無感情に答える。
氷都市・ミノルアを襲撃する作戦。本来は三人の騎士が同時に攻める予定だったのだが、帝国騎士たちはあまりにも統率が取れてなく、結果的にそれぞれ単独によって行動することとなってしまった。
それもこの作戦の統率を取るべきランズが適当だったせいであった。
「まぁ、結果的に作戦は成功したんだし、良いんじゃない?」
「ちッ……」
これ以上、不毛な言い争いをしていても時間の無駄だと判断しルイラがミノルア襲撃作戦の総括をする。
その様子につまらなさそうな表情を浮かべるネッツではあるが、それ以上なにか言うことはなかった。
「――元気なようで何よりだ」
ネッツ、ルイラ、ランズの話が終わるのと同時に、謁見の間に響く重低音な声があった。
軍靴の音を響かせながら現れた巨漢は、その表情に満足げな笑みを浮かべて一直線に玉座へと向かって歩く。
「さて……ネッツ、ルイラ、ランズよ報告してくれ」
「…………」
玉座に座り、異形の力を行使する騎士たちを見下ろすのは帝国ガリアの総統であるガリア・グリシャバル。
異形の力を持ち得る帝国騎士たちであっても、ガリアには絶対服従である。それは、彼らの力を持ってしても玉座にあるこの男には勝つことが出来ないと本能で理解しているからである。
「作戦は何ら問題なく完遂されました」
「……ほう」
「バルベット大陸に存在する女神の祠、そこの一つは完全に崩壊しました」
まず口を開いたのはランズだった。ネッツたちと話す時のように崩した言葉は使わず、ガリアに対してはしっかりとした敬語を使っていた。
「さすがは我が帝国が誇る最良の騎士たち。この程度の仕事は造作もないようだな」
「ちょっとだけ邪魔は入ったけど、ルイラちゃんの手に掛かればなんてことはないよ」
「ルイラ。邪魔とは?」
「変なおっさんと、ガキ共が邪魔してきたってだけ」
ランズはガリアに対して敬語を使うが、ルイラだけはマイペースだった。
小生意気な様子を見せるルイラではあったが、ガリアは特に気に留めた様子もなく、その表情に好奇心を浮かばせて言葉を続ける。
「変なおっさん……?」
「なんかでっかい剣を持った奴。そこそこ出来る感じだったかな」
「……そうか。あやつも居たのか」
ルイラが語った人物にガリアは心当たりがあった。
それは過去にハイラント王国と繰り広げた大陸間戦争。
小康状態となっていた戦場において、ガリアはただ一度だけその命を危機に晒したことがある。その時の相手こそが、ハイラント王国の英雄であるグレオ・ガーランドだった。
互いをよきライバルだと認めあったからこそ、ガリアはルイラの報告に上がった人物がグレオであると瞬時に理解した。
「それでガキというのは?」
「けッ……俺たちと同じでグリモワールを使う奴のことだよ」
「……グリモワール?」
その声に謁見の間に少なからずの衝撃が走った。
ここまで無言を貫いている帝国騎士たちは、自分たち以外のグリモワール所有者がハイラント王国にいるという事実に表情を歪ませる。
対するガリアは静かに目を閉じ、その口を楽しげに曲げていく。
「以前にも報告があった不思議な力を使う少年と少女のことか」
それは航大が初めて異世界にやってきた際のこと。魔獣を討伐した事実を報告されたガリアは、その少年に異形の力があることを予見していた。
今回の報告により、ガリアの予測は確実なものになった。
帝国が所有するグリモワールは全部で六つ。
この世界に存在する大罪の名を冠するグリモワールは全部で七つ。
「ふははははッ! いよいよ最後のグリモワールが顕現したッ。全てが揃った時、この世界は我々が手中に収めるだろうッ!」
玉座から立ち上がり、天を仰ぐガリア。
謁見の間に轟くその言葉に、帝国騎士たちは無言を持って肯定とする。
「――報告にある少年を捕らえよ」
喜色に染まった声を漏らし、ガリアはグリモワールを所有する少年・航大を捕らえるように命令を下す。
「……抵抗するようであれば、手足のどれかを失っていてもよい。ひとまず、命があればそれで良しとしよう」
帝国ガリアの総統である彼の言葉はこの国において、絶対であった。
それは異形の力を持つ帝国騎士たちに対しても適用される。
「さぁ行け、我が帝国の誇り高き最良の騎士たちよッ。良い報告を期待しておるぞ」
帝国ガリア。
世界をその手中に収めようとする破壊と破滅の動きは着実にその速度を上げていく。
自然が極端に少なく、荒廃した大地が目立つその大陸の中心部、そこには一年を通して水蒸気と黒煙に包まれている『帝国ガリア』と呼ばれる独裁国家が存在していた。
一般的な国民は全て鉱山による肉体労働を強制されており、若く才能がある者は帝国の下っ端騎士として戦いの日々を送っている。帝国ガリアには一般的な国家が持ち得る『幸福』というものが極端に少なく、そこに住まう人々の顔から笑顔が漏れることはないのであった。
「はぁ……ようやく帰れた……超憂鬱……」
そんな帝国ガリアの中枢には巨大な城が己を誇示するかのように存在していた。
無骨な造りであり、天を目指して聳え立つ城の最上階。そこに現れたのは帝国ガリアの騎士であり、憂鬱のグリモワールを所有するシュナ・ルイラだった。
「ちッ……てめぇ、どこで何してやがった?」
「……はっ? それはこっちの台詞なんですけど?」
謁見の間にはルイラを含めて六人の姿が既にあった。
空席となった玉座の前で並ぶようにして立ち尽くすのは、帝国ガリアが誇る大罪のグリモワールに選ばれし戦士たち。全員が異形の力を行使することを可能とし、その力は絶大である。
「てめぇもランズも待ち合わせ場所に来なかったんだろうがッ」
ルイラの登場に声を荒げるのは、怠惰のグリモワールを持つ青年アワリティア・ネッツ。乱雑に伸ばされた金髪とその奥で光る灼眼が印象的であり、犬歯を剥き出しにしてルイラを怒鳴りつけている。
「確かにちょっと遅れちゃったけど、私はちゃんと行ったし。変な言いがかりやめてくんない?」
「あぁッ?」
「……喧嘩はそれくらいにしておきなよ。見苦しい」
ルイラとネッツの口喧嘩を、この場に存在する騎士たちは静観していた。
しかし、いよいよ我慢できなくなったと言わんばかりに薄紫の髪とどこか幼い顔つきをした少年で憤怒のグリモワールを所有するルクスリア・ランズが声を漏らした。
「……ランズ、てめぇが待ち合わせ場所を指定してきたんだろうがよ」
「そうだったかな? どうでもいいことは覚えてないんだよね」
「あのどうでもいい小さい村を指定したと思えば、俺が着いた時には消し炭になってたんだが?」
「あぁ、君たちが遅くて暇になってね、つい燃やしちゃったんじゃないかな」
「なーるほど。だから燃えてたんだ」
航大たちがミノルアへ到達する前に立ち寄った宿村・ヨムドン。
氷都市を襲撃した帝国騎士たちは、ヨムドン村を集合場所としていた。しかしそれも、ランズの気まぐれによって焼失していた。
「……なんで待ち合わせ場所を燃やすんだよ」
「暇だったから」
ネッツの言葉にあらゆる炎を使役する異能力者・ランズは無感情に答える。
氷都市・ミノルアを襲撃する作戦。本来は三人の騎士が同時に攻める予定だったのだが、帝国騎士たちはあまりにも統率が取れてなく、結果的にそれぞれ単独によって行動することとなってしまった。
それもこの作戦の統率を取るべきランズが適当だったせいであった。
「まぁ、結果的に作戦は成功したんだし、良いんじゃない?」
「ちッ……」
これ以上、不毛な言い争いをしていても時間の無駄だと判断しルイラがミノルア襲撃作戦の総括をする。
その様子につまらなさそうな表情を浮かべるネッツではあるが、それ以上なにか言うことはなかった。
「――元気なようで何よりだ」
ネッツ、ルイラ、ランズの話が終わるのと同時に、謁見の間に響く重低音な声があった。
軍靴の音を響かせながら現れた巨漢は、その表情に満足げな笑みを浮かべて一直線に玉座へと向かって歩く。
「さて……ネッツ、ルイラ、ランズよ報告してくれ」
「…………」
玉座に座り、異形の力を行使する騎士たちを見下ろすのは帝国ガリアの総統であるガリア・グリシャバル。
異形の力を持ち得る帝国騎士たちであっても、ガリアには絶対服従である。それは、彼らの力を持ってしても玉座にあるこの男には勝つことが出来ないと本能で理解しているからである。
「作戦は何ら問題なく完遂されました」
「……ほう」
「バルベット大陸に存在する女神の祠、そこの一つは完全に崩壊しました」
まず口を開いたのはランズだった。ネッツたちと話す時のように崩した言葉は使わず、ガリアに対してはしっかりとした敬語を使っていた。
「さすがは我が帝国が誇る最良の騎士たち。この程度の仕事は造作もないようだな」
「ちょっとだけ邪魔は入ったけど、ルイラちゃんの手に掛かればなんてことはないよ」
「ルイラ。邪魔とは?」
「変なおっさんと、ガキ共が邪魔してきたってだけ」
ランズはガリアに対して敬語を使うが、ルイラだけはマイペースだった。
小生意気な様子を見せるルイラではあったが、ガリアは特に気に留めた様子もなく、その表情に好奇心を浮かばせて言葉を続ける。
「変なおっさん……?」
「なんかでっかい剣を持った奴。そこそこ出来る感じだったかな」
「……そうか。あやつも居たのか」
ルイラが語った人物にガリアは心当たりがあった。
それは過去にハイラント王国と繰り広げた大陸間戦争。
小康状態となっていた戦場において、ガリアはただ一度だけその命を危機に晒したことがある。その時の相手こそが、ハイラント王国の英雄であるグレオ・ガーランドだった。
互いをよきライバルだと認めあったからこそ、ガリアはルイラの報告に上がった人物がグレオであると瞬時に理解した。
「それでガキというのは?」
「けッ……俺たちと同じでグリモワールを使う奴のことだよ」
「……グリモワール?」
その声に謁見の間に少なからずの衝撃が走った。
ここまで無言を貫いている帝国騎士たちは、自分たち以外のグリモワール所有者がハイラント王国にいるという事実に表情を歪ませる。
対するガリアは静かに目を閉じ、その口を楽しげに曲げていく。
「以前にも報告があった不思議な力を使う少年と少女のことか」
それは航大が初めて異世界にやってきた際のこと。魔獣を討伐した事実を報告されたガリアは、その少年に異形の力があることを予見していた。
今回の報告により、ガリアの予測は確実なものになった。
帝国が所有するグリモワールは全部で六つ。
この世界に存在する大罪の名を冠するグリモワールは全部で七つ。
「ふははははッ! いよいよ最後のグリモワールが顕現したッ。全てが揃った時、この世界は我々が手中に収めるだろうッ!」
玉座から立ち上がり、天を仰ぐガリア。
謁見の間に轟くその言葉に、帝国騎士たちは無言を持って肯定とする。
「――報告にある少年を捕らえよ」
喜色に染まった声を漏らし、ガリアはグリモワールを所有する少年・航大を捕らえるように命令を下す。
「……抵抗するようであれば、手足のどれかを失っていてもよい。ひとまず、命があればそれで良しとしよう」
帝国ガリアの総統である彼の言葉はこの国において、絶対であった。
それは異形の力を持つ帝国騎士たちに対しても適用される。
「さぁ行け、我が帝国の誇り高き最良の騎士たちよッ。良い報告を期待しておるぞ」
帝国ガリア。
世界をその手中に収めようとする破壊と破滅の動きは着実にその速度を上げていく。
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