終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第二章33 終局への戦い

 航大たちが戦線離脱する中で、ライガとグレオだけが帝国騎士との死闘に残る。
 伝説の英雄を模して作られた男と対峙し、圧倒的な力を前に苦戦を強いられる。

「大丈夫だ。私はお前を信じている」

 ハイラント王国の英雄であり、ずっと背中を負い続けてきた憧れの父親から掛けられる言葉は、金髪を靡かせ、錆び付いた大剣を握るライガに無限の力を与えてくれる。

 初めて一人前の男であると父親に認められたような気がして、そんな事実にライガはこれ以上ない笑みを浮かべるのであった。

「ライガあああああああぁぁッ!」

 単独で過去の英雄に突進するライガの背後から、そんな少年の声が鼓膜を震わせた。

「遅いぞッ、航大ッ!」

「待たせたな、ライガッ!」

 ライガが声をかける先、そこには三つの人影があった。

 一つは少年のものだった。
 一つは小さな少女のものだった。
 一つは純白の白髪を靡かせ、両手に片刃の剣を持った少女だった。

「はあああああああぁぁッ!」

 再び姿を現した航大は、その後ろに二人の少女を引き連れており、片刃の剣を持った白髪の少女・クリミア戦争の英雄フローレンス・ナイチンゲールは、戦場に参戦するのと同時に咆哮を上げながら飛翔する。

「…………ッ!?」

 無駄のない美しい跳躍を披露したナイチンゲールは、その美しい顔に凛々しい表情を浮かべながら、ライガと対峙するアンデッドへ向けてその剣を振るっていく。
 瞬時に危険を察したアンデッドは、ライガの剣を振り払うとすぐさま宙を待っているナイチンゲールに向けて、その大剣を突き出していく。

「――甘いッ!」

 瞬速で突き出される剣先を、ナイチンゲールは身体を捻り、そして左手に持った片刃剣で受け流していく。大剣の刀身を火花を散らしながらナイチンゲールの片刃剣が滑っていく。

「喰らうがいいッ!」

 瞬く間の内に零距離まで接近を果たしたナイチンゲールは、そんな声を吐き捨てると、右手に持った剣をアンデッドの男へと振り下ろしていく。
 完全に虚を突かれた男は、眼前に迫ってくる斬撃を躱すことができなかった。

「…………ッ!」

 右手に持ち、突き出した大剣で反撃する暇はない。
 それならばと男はナイチンゲールが振り下ろす片刃の剣に対して、無防備な左手を突き出していく。

「――なにッ!?」

 その命を刈り取ろうとするナイチンゲールの斬撃。
 振り下ろされる片刃剣の刀身を左手でガッチリと掴むことで、その動きを制止させる。

 男は決して声を上げない。
 そして痛みを表情に出すこともしない。
 しかしそれでも、剥き出しとなった剣の刀身を握ることで、その左手からは鮮血が噴出する。

「ライガッ!」
「あいよッ!」

 自分の剣が受け止められたことを確認するなり、ナイチンゲールはすぐさま隣で立ち尽くすライガへ鋭い声を発していく。

 その声に弾けるように俊敏な反応を見せたライガは、崩した体勢を立て直すと両手に持った大剣を男の脇腹へ向けて振るっていく。

「おらあああああああああぁぁぁぁッ!」

「…………ッ!?」

 ここまで触れることすら叶わなかった男に対して、ライガが放つ渾身の斬撃が脇腹に炸裂する。
 メキメキと音を立てて体内の骨を砕いていく感触を確かに感じながら、ライガは咆哮を上げて全力の斬撃を打ち込んでいく。
 身体をくの字に折った男は、その口からも鮮血を吐き出しながらも、決して倒れることはなかった。

「マジかよコイツッ!」

「ふむ、相当に頑丈のようだ」

 それぞれの攻撃を繰り出し、それでも倒れずに険しい顔で睨みつけてくる男を見て、ライガとナイチンゲールはそれぞれ感想を漏らす。

「…………ッ!」

「むッ……退くぞ、ライガッ!」
「おうッ!」

 男の目つきが変わり、三人を中心に膨大な魔力を察したライガとナイチンゲールは視線を交わすと、それぞれアンデッドの男から離脱を図る。

 ライガの攻撃のおかげでナイチンゲールの剣を握っていた手の力が抜けており、二人は苦労することなく男の身体から一歩後ずさることができた。

 その瞬間、男の身体から灼熱の業炎が湧き上がる。飛び散ってくる火の粉を全身に浴びながら、ライガたちは最前線からの離脱を継続する。

「あっちいいいいぃッ!」

「もう少し退避が遅れていたら、あの炎にやられていたな」

 服に燃え移る炎を必死に振り払うライガを尻目に、ナイチンゲールは片刃剣に付着した鮮血を拭きながら、冷静に状況を分析する。

「あいつ、こんな技を持ってたのかよ……」

「大丈夫か、ライガッ!」

「あぁ、俺は大丈夫だ。そっちこそ、無事に嬢ちゃんを見つけられたみたいだな。助かったぜ」

「当たり前だ。あいつに勝つためには、ユイとナイチンゲールの力が必須だからな」

 隣に永久凍土の賢者を従えた少年・神谷航大は前線から離脱してきたライガの言葉に応えると、視線は前方の帝国騎士に固定したまま、握り拳を作ってぶつけ合わせる。

「ライガよ、身体は大丈夫か?」

「ん? あぁ、これくらい唾をつけておけば治るってもんよ」

「そうはいかない。先の魔獣と戦っていた時よりも、動きが鈍っている。その身体、結構キツイのではないか?」

「うぐッ……」

 険しい表情で問いかけてくるナイチンゲールには、ライガの両腕と両足を傷つける怪我の深刻度などお見通しであった。あの一瞬の剣を見て、ナイチンゲールはライガの身体が痛みで鈍っていることを見抜いていた。

 ライガの両腕と両足からは絶え間なく血液が流出しており、それを見て航大の表情は苦々しく歪んでしまう。

「それくらいの怪我であれば、私の治癒剣を持ってすれば一瞬で回復するだろう」

「マジで?」

「しかし、問題はグレオの方であるな」

 戦場に参戦したナイチンゲールは、瞬時に敵の存在と味方の現状について理解していた。その中で、精神を統一させているグレオの姿を見て、表情を険しいものへと変えていく。

「あの傷は相当に深い。今すぐ、そして時間をかけて治さなければ危険だ」

「でも、今は……」

 この絶望的な状況をひっくり返すため、グレオは目を閉じて力を溜めている。どこからか湧いてきた膨大な量の魔力がグレオを中心に渦巻いているのを感じる。
 航大は今までに感じたことのない力の本流をその身に感じ、思わず生唾を飲んでしまう。

「嬢ちゃん、親父のことは任せてやってくれないか? 俺は親父を信じたい」

「……何をしようとしているのかは分からぬが、今すぐ治療しなければ危険だぞ?」

「親父だってそれは承知のはずだ。とにかく、俺達は親父の準備が完了するまで、あいつをどうにかしないといけないんだ」

 ライガは後ろを振り返ることをしなかった。偉大なる父親の姿がそこにはあった。今はとにかく敵を近づけさせない。それがライガに与えられた使命であった。

「……わかった。全てが終わってから、私が持ち得る全ての力を持ってして、グレオを治癒するとしよう」

 ライガの真剣な言葉にオレたナイチンゲールは、小さく溜息を漏らすとその瞳で再び眼前を睨みつける。

「はぁ……話し合いは済んだ? こっちは早く帰りたいって言ってんのに、無視して長話とか有り得ないんだけど? 本当に憂鬱……」

 新たに姿を現したナイチンゲールの姿を捉えると、帝国騎士の少女は重苦しい溜息を漏らす。

「てか、一人変なのが増えてるし……とりあえず、そろそろ本当に終わらせるよ?」

 少女はその顔を凛々しく豹変させると、片手に持ったグリモワールに光を灯していく。

「…………ッ!」

「一応、英雄の血を使って作ってるんだから、こんな奴らちゃっちゃと倒しちゃってよね」

 少女の命令に従い、グレオの若き日を模して作られたアンデッドは、咆哮を上げて跳躍を開始する。
 その身体の至る所には、まだ炎が存在しているがアンデッドの男は自分の身体が燃えていることに対して気にした様子を見せることはない。

「ライガッ、いくぞッ!」

「おうよッ……」

「儂も援護するぞッ」

 接近を果たそうとするアンデッドに対して、ライガ、ナイチンゲール、リエルの三人が迎え討つ。
 ライガとナイチンゲールがアンデッドと真正面からぶつかるようにして前進し、その後方からはリエルが魔法の詠唱を始める。

「「はああああああぁぁぁぁッ!」」

 二人の咆哮が響き、それぞれが手に持つ剣をアンデッドへと振り下ろしていく。

「…………ッ!」

 アンデッドは両手に持った大剣で二人の斬撃を受け止めると、全身の筋肉を躍動させて弾き返していく。

「ぐぅッ!」

「うおぉッ!?」

 圧倒的な力の差に吹き飛ばされるライガとナイチンゲールは、苦しげな声を漏らして宙を舞っていく。

「――ヒャノアッ!」

 その直後、リエルの魔法が炸裂する。
 虚空に生成された両剣水晶がアンデッドの両足に突き刺さる。
 アンデッドの足を貫通した両剣水晶は、地面に突き刺さると動きを封じようと試みる。

「…………ッ!!」

「なにッ!?」

 しかし、アンデッドは声にならない咆哮を上げると、足に突き刺さった両剣水晶を砕きながらも前進を続けていく。

 両足から夥しい量の鮮血が噴出し、教会の床に大きな水溜りを作っていくが、それすらも気にした様子はなく危険な兆候を見せるグレオへと突進していく。

「しまったッ!?」

 あらゆる障害を跳ね除け、前進を続けるアンデッドは足の怪我を感じさせない跳躍を続け、グレオの身体を両断しようと、その剣を振り上げていく。

「親父いいいいぃッ!」

 不覚を取ったライガの叫びが教会に響き渡る。
 アンデッドの剣がグレオに到達しようとした、その瞬間だった。


「――全てを灰燼と化せ、神剣ボルガッ!」


 グレオの口から小さな言葉が紡がれ、それをトリガーとして彼の身体を業炎が包み込んでいく。
 その炎はグレオの身体を包み込むだけではなく、その勢いと大きさを増して一つの炎柱を形成していく。

 その炎を前にして、航大たちはただ呆然と立ち尽くすのであった。

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